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1話

「なんっ――だよこのクソゲーはっ! ふざけんな!」


 怒鳴り声を上げて、男はバシンと机を叩いた。空のペットボトルが跳ね上がり、ころりと床へ落ちていく。

 軽い音を立てたそれに、一瞬我に返った男。だが彼の怒りは収まらなかった。


「はー……運ゲーしてんなよクソっ」


 そう吐いて、彼はゲーム機本体の電源をブツリと切った。


 モニタの画面がパッと消え、ヘッドホンからの音楽も途絶える。

 ゲームからの情報が無くなり、意識が現実へ戻ってくる。

 普段ならここで、多少は興奮が治まるはずだった。


「悠里、悠里、聞こえてる? ご飯、ここに置いておくからね?」


 先程からずっと、部屋の外で聞こえる母親の声。

 その声が彼の神経を逆撫でした。


「分かったって! そんな事良いからもう行けよ! 仕事遅れるぞ!」


 母親に大声を返し、彼はゲーミングチェアにどかりと背を預ける。


「いっつもほっとけって言ってんのに……何なんだよ、もう」


 階段を下りていく足音にため息を吐きながら、小さくそう口にした。


 彼は田中たなか悠里ゆうり。今年で23歳になる。

 彼の人生は今まで順風満帆とは言えないが、しかしさして苦労もしない、面白味も無いものだった。


 学生時代、勉強は殆どしなかった。

 受験勉強もあまりせず、そこそこの高校に入り、ほどほどに遊びながら高校生活を送った。

 部活には所属しなかったし、かと言ってバイトも特にしなかった。


 良くも悪くもない成績で高校3年になった。

 そしてそのまま適当な大学へ進学する。

 想像ではそのはずだった。


 入試に彼は落ちた。

 就職という選択肢もあったが、しかし彼は浪人する道を選んだ。


 今まで上手くやってきた。だから一年かければ大学に入れるはず。

 そんな思いがあった。

 しかし、そうして早5年。


 今ではもう勉強などしていない。かと言って働いてもいない。

 夜通しゲームに熱中し、眠くなった時に寝る。

 家から出るどころか、部屋からすら殆ど出ない。


 自分の小さな部屋でゲームをしながら送る日々。

 それが今の彼が送る人生の全てだった。


 チェアに体を預けて目を瞑った悠里。体を預けると徐々に眠気が襲ってきた。

 時間は朝の7時。普通なら皆起床する時間だ。

 しかし彼にとっては眠る時間だった。


 持って来てもらった食事のことなどもう忘れた。

 彼はゆっくり微睡んでいき、そしてすぐに寝息を立て始めた。





「あー……トイレ」


 悠里が目を覚ました時、外は赤く染まっていた。

 ぼんやりする頭でチェアから起き上がると、悠里はドアを開けて外に出る。

 ふと見ると、サイドテーブルの上に母親が持ってきた朝食が乗っていた。


「……今はいいや」


 ばつの悪さに一言漏らした彼は、それを素通りして二階のトイレに入る。

 そして用を足した後、また部屋に戻っていった。


 中からすぐにいびきが聞こえ始める。

 母と父は仕事で出かけている。家には今誰もいない。

 彼を起こすものは一人もいない。


 外は赤く染まっている。

 その赤は徐々に大きくなり、彼の部屋までを包み込んで行く。


 悠里はまだ眠っている。

 その赤が炎の光であることを、彼は最後まで知ることは無かった。




 ------------------



「……何だ、ここ」


 悠里が次に目を覚ました時、目に飛び込んできたのは真っ白な空間だった。

 彼はぐるりと周囲を見回す。しかしどこを見ても白。

 そんな異様な空間に、悠里はぽつんと存在していた。


「おい、何だよ。どうなってんだよこれ?」


 白い空間に投げ出されたような自分。あまりにも白く、自分が白い空間に浮いているような錯覚さえ覚えた。

 とは言え二本の足で立っているため、地面があるのは確かだ。

 そう思い下を見ると、白一色で遠近感が全く無かった。


 非現実的な状況にぞわりと寒気を覚える。寝起きの頭がさっと冷え、ぶわりと不安を搔き立てられた。


「おいって――!」


 彼の声に焦りが滲み始める。

 しかしそんな時、彼の気持ちに応えてか、一人の人物が姿を現した。


「はーい、聞こえてますよー。ごめんなさいね、ちょっと遅れちゃった」

「うわっ!?」


 のほほんとした穏やかな声と共に、一人の女性がパッと目の前に現れたのだ。

 彼女はすまなそうに眉を八の字にしながら、呆然とする悠里をよそに勝手に喋り始めた。


「前の子が随分食い下がるから、ちょっと話し込んじゃったの。本当は悠里ちゃんより早くここに来てるはずだったのに……不安にさせてごめんさないね」

「は、はぁ……?」


 頬に手を当てて、悩まし気なため息を吐く女性。

 何やら何かがあったらしい。だが悠里にとってはどうでもいい事だ。


「あ、あの……一体、何なんですか。俺、何が何だか分からなくて。ここ、何なんですか。貴方は誰なんですか」


 混乱しながらも、自分が置かれている状況を何とか確かめようとする。

 そんな彼へ、女性は気遣わしそうな目を向けた。


「気持ちは分かるけど、一体落ち着いて。ね? 大丈夫よ、ここは危険な場所じゃないから。はい。これ飲んで、座ってお話しましょう?」


 そして、ペットボトルを手渡してくる。

 あまりにも自然な動作で、つい悠里も無意識に受け取ってしまった。

 目を落とすと、よく見るパッケージが目に映る。

 悠里が好んで飲んでいた緑茶だった。


 いつの間にかちゃぶ台と座布団も現れている。

 余計に混乱する悠里。しかし現実に存在する物が出てきた事で、少し安心感も覚えていた。


 促されるまま悠里は座布団に座る。

 女性も彼と向き合う形でたおやかに座り、「じゃあ自己紹介からしましょうね」と柔らかく笑った。


「私の名前はティリスタリス。貴方達の言うところの、神様に近いわね」

「ぶふっ!」


 落ち着こうと口に含んでいたお茶を噴き出す。

 それに「あら大丈夫?」などと言って、ティリスタリスは軽く腕を振る。

 周囲に飛んだ飛沫がぱっと消える。悠里の服もぱっと乾いた。


「か、神様?」

「貴方達の世界の、宗教上の神様とは違うわよ? 私達を表現するならそれが違いってだけ。ん-……何か、すっごい力を持った奴、くらいに思っていてもらえれば良いわ」


 にっこりと笑うティリスタリス。それを悠里はまじまじと見つめた。

 柔和な顔つきに澄んだ青色の目。緩いウェーブを描く空色の髪は首元で一つにまとめられ、ふわりと胸元に垂れている。

 穏やかな雰囲気とその見た目は、悠里には非常に母性的に映った。

 そしてその印象は、彼女の体つきにも大きく関係していただろう。


 彼女が着ているのは白と淡い青のグラデーションが神秘的なワンピースだ。ゆったりとした衣装だというのに、自己主張が激しい部分があったのだ。

 彼女の大きな胸に、悠里は思わず釘付けになってしまう、そんな彼を、ティリスタリスは咳払いで注意した。


 慌てて顔を上げる悠里。しかし意外にも、彼女はくすくすと可笑しそうに笑っていた。


「それでね、私と仲の良い神様がいるんだけど。その子がね、私達と貴方達の言う神様の違いが、チワワとチクワくらいの違いだって言うの。言い得て妙ってこの事よね」


 ティリスタリスは口に手を当てて笑うが、しかし悠里には何のことか分からなかった。

 全然違うじゃんと思いながら生返事を返す悠里に、ティリスタリスはまたおかしそうにころころと笑った。


「あ、話がそれちゃったわ。戻すわね。……それでね。これを言うのは可哀想なんだけど」


 しかし次の瞬間、そんなティリスタリスの表情が急に曇る。


「悠里ちゃん、死んじゃったの」

「は――?」


 突然の死亡宣告。悠里の頭から思考が飛んだ。

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