恋は色を問わず
喫茶店の窓際の席で、赤井は通り過ぎる人々を眺めているうちに、ふと自分の気持ちを誰かに聞いてほしくなった。窓の外を流れる景色に目をやりながら、ぽつりと声を漏らす。
「西園寺とは、本当に良い感じだったんだよ。飲みには頻繁に行っていたし、なんなら一緒に旅行も行ったこともある。あぁ、笑ってる彼女を見るのが何より好きだったな。でも、告白したら、彼女は...彼女はなんて言ったと思う?」
向かいに座っている氷室は、衝撃の事実に暫く動けなかったが、ひとまずコーヒーのカップをテーブルに置いて、疑問を投げかける。
「まって、話の流れが読めない。え、告白したの?西園寺に?」
赤井は、表情を曇らせた後、肩を落としてみせた。
「ああ、先月のことさ。彼女の反応は、まあ...俺を友人にしか見れないだとよ。告白してから中々予定が合わせられなくて、ついに返信すらなくなった。これは嫌われちゃったかな...」
氷室は目を見開いて赤井を見つめ、その驚きに言葉を失った。彼の言葉を受け止めるのに少し時間がかかった。
「そうか、君がそこまで本気だとは知らなかったよ。というか、ちょくちょく西園寺さんのことを僕に聞いてきていたのは、好意があったからだったんだね」
しばらくの沈黙が二人の間に流れた。外の喧騒とは裏腹に、店内の時間はゆっくりと進んでいるようだった。カップに残されたコーヒーの熱さも少しずつ薄れていき、氷室はふと外を見やりながら何か言葉を探していた。
赤井はカップを回しながら遠い目をした。
「それで、西園寺さんのことが、どうしても忘れられないんだ。」
氷室は、彼の苦悩を察して、言葉を選びながら話し始めた。
「まあ、恋心って不思議なものだよね。赤井、新しい出会いも大事だよ。いつまでも一つの失恋に囚われてちゃもったいない。」
赤井は苦笑いを浮かべながら返した。
「でも、西園寺さんは...俺が今まで出会った中で最も素晴らしい女性だったんだ。もう、本当に...見た目が...」
「...見た目?」
氷室が興奮する赤井を不気味に思いながら反芻する。
赤井は少し態度を強くしながら、「あ、ああ...外見がな。めちゃくちゃ美人じゃん、スレンダーだし」と、素直な気持ちを打ち明けた。
氷室は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐにいつもの穏やかな笑顔を取り戻した。
「ふふ、そうか。西園寺さんは君にとって紅梅のような存在だったんだね。」
赤井は首を縦に振りながら答える。
「そう!彼女はまるで紅梅のような存在だったんだ。明るくて人の目を引く。なんならしぐさの一つ一つに妖艶さも感じることだって出来たよ」
赤井の様子に氷室はこれは重症だな、と思う。
「でもさ、白梅のように違った美しさを持つ人もいる。夜になれば白梅はその香りで存在を知らしめるようにね。」
赤井は一瞬考え込むと、少し首を傾げながら迷い交じりに言葉を続けた。
「でも夜の白梅なんて、ぼやけていてよく見えないじゃないか」
氷室はそれに対し、静かな確信を持って言葉を紡ぎ出した。
「まあ、見るという観点で言うとそうかもしれないね。でもさ、赤井。梅の真の良さは香りの高貴さだとは思わないかい。紅梅のような見た目の派手さはないけれど、夜ともなればその白梅は月に輝き、その香りの雅さと儚い気高さがより一層白梅の良さを引き出してくれる。」
赤井は氷室の言葉を噛みしめ、ようやく心の中にあった煩悩が解けていくのを感じた。彼は氷室に感謝の眼差しを向け、深く頷いた。
「その通りだな。梅には様々な美がある。外見にとらわれすぎていたかもしれんな。西園寺さんへの想いが強すぎて、他のものが何も見えなくなってたかもしれない。」
「まあ、それがわかっただけでも進歩だよ。人の感情は移り変わる。今は紅梅の魅力に囚われていて辛いだろうけど、そのうち白梅の静かな美しさに気づいて未練をなくせるかもしれない。」
赤井は納得の笑みを浮かべた。
「ああ、そうだな。西園寺に惹かれたのは事実だけど、これを機に広い視野で世界を見ることにする。次は、外見と内面、両方のバランスを大切にしたい。」
「念のため西園寺の名誉のために言っておくと、彼女だって外見だけが取り柄の女性じゃないと私は感じているけれどね。どこから見ても素敵な女性だ。」
赤井は外の世界を眺めると、それぞれの人が持つユニークな美しさを想像した。人にはそれぞれの美しさがある。彼は心のどこかで、西園寺さん以外の人との出会いにも価値があることを理解し始めていた。
「そうだな、新たな出会いを探しに行くのも一興かもしれない。心を通わせることのできる人との繋がりを求めてな。」
「うん。心の繋がりを見つけられたらきっとより特別な存在になれるだろうね」
赤井はそっと微笑み、最後のコーヒーを飲み干した。氷室の言葉が彼の心にしみた。紅梅も白梅も、それぞれの場所で輝いている。赤井にとって、これから訪れるであろう新しい季節には、新たな輝きが待っているのかもしれない。