第六節【大僧正バウル】
激しい力のぶつかり合いの中、レウスの力が大きく膨らんでいるのが解った。
それと同時に、ハデスの力もまた、強大に膨れ上がっていく。このままでは、レウスが勝ったとしても無事ではいられない。どうにかして、レウスの手助けがしたかった。昨夜のように、自分の力をレウスに宿すことが出来れば、勝機が見付かるかもしれない。レウスの挙動を見逃さない様に、しっかりと目を凝らす。激しい砂埃の所為で姿は見えないが、レウスの気配を感じとる事ができた。
呼吸を整えて、レウスの呼吸を意識して力を練り込む。
――レウスが好きだった。
出逢って間もないが、レウスが心の奥に居る。初めて出逢った時に、既に惹かれていた。暴走する力を、レウスは全て受け止めてくれた。最初は哀しみばかりが、心を埋めていた。闇がレウスに牙を剥くたびに、罪悪感が膨らんでいった。その最中、レウスはずっと優しく話し掛けてくれた。少しずつ、少しずつ、心が安らいでいた。気付けば、レウスが心の中を満たしている。
レウスには本当に、心から感謝している。レウスの力に為りたい。レウスの為なら、何だってしてあげたい。レウスを想えば想うほどに、心の中が温かいものが広がっていく。レウスが自分には、必要だ。レウスを求める気持ちが、どんどん強く為る。
だけど、レウスは素っ気ない態度ばかりで、不安や悲しみが押し寄せる。それなのに時折、見せる優しさが、堪らなく心地良い。気になってこっそり視線を送ると、いつも自分を見ている。目が合うたびに、恥ずかしくて目を逸らしてしまう。本当は嬉しくて、嬉しくて、仕方がない。どうして、こんなにも好きなのだろう。
レウスを想いながら、闇を纏う。闇が無数の筋と為ってレウスへと、伸びている。飛散して、レウスを包み込む。
「出来たッ……」
拮抗していた力が、闇の力が加わった事によって、次第に傾いていく。レウスに軍配が上がっている。砂埃が激しさを増して、姿が見えないが、レウスの力を強く感じている。
闇を通じて、レウスの鼓動や動きが伝わってくる。まるで、レウスと感覚を共有しているかの様に、錯覚してしまう。本当に、不思議な感覚で在る。
見えないけれど、イメージとして状況が視えるのだ。
激しい力が、ぶつかり合う。ハデスの力が、少しずつだが弱まっている。レウスの勝利が、目前かと思われた時だった。
――唐突に、それは起きた。
遥か先の壇上から、巨大な力が地面を通して、物凄い勢いで疾走り抜けてきた。その刹那に、レウスの足元の地面が隆起して、勢い良く土砂が吹き上がる。気付けば砂埃が晴れていた。空高く飛ばされたレウスからは、何の力も感じられない。どうやら、意識を失っている様だった。
「パパ上ッ!」
「パパッ!」
ハウゾウとハウタが、空中でレウスを受け止めるのを見て、胸中を安堵が満たす。
「そこのお嬢さん、投降しなさい。大人しく降伏すれば、危害を加えないと約束しよう」
気付けば、バウルがそこに居た。
●
「どうして、邪魔をするッ!」
牢獄の中で、レウスが激しい口調で問い掛けている。いつもと様子が違う所為か、急に不安な気持ちが満たしていく。
なぜかハウゾウ達が、自分の膝の上で丸まりながら、可愛らしい寝息を立てている。ふわふわしていて、気持ちを紛らわせてくれている。
「邪竜を討伐しろと、言った筈や。折角、邪竜の封印を解きに来たのに、台無しにしたいのか?」
真顔で答えるバウル。
初めて逢うが、レウスが言っていた印象とは少し違った。全身から、哀しそうな雰囲気が伝わってくる。なのに、同時に優しさや厳しさも、強く感じる事ができた。少しだけ、レウスに似た物を感じる。
「ふざけるなッ! あんな化物が、復活してみろ。絶対に、大事になる。俺には、荷が重すぎるッ!」
「おいおい。やる前から諦めて、どうするつもりや? 何事も恐がらずに、ぶつかって行く事が大切やと思わん? 龍鳳石を失ったらそれこそ、邪竜を討てなくなる事は明白。ならば、私が復活させた方が、賢くはないか?」
「アンタなら、龍鳳石がなくとも勝てるんだろう?」
尚も食い下がるレウスが、父親にプレゼントを強請る子供のように見えたのは自分だけだろうか。
ハクビの心は、いつの間にか平常心を取り戻していた。ギルドマスターだけ在って、バウルは堂々としている。自信と威厳に満ちている。其処に居るだけで、不思議と安心感を抱かせてくれる。レウスが慕う理由が、理解った気がする。
本人には慕っている意識は無いかもしれないが、親子の会話の様に聞こえて微笑ましい。
「勝てる――楽勝や」
満面の笑みには、一点の曇りもない。
自信に満ち溢れている。
「だったら――」
「断る。これは、お前さんに与えた仕事や。自分の責を、しっかりと果しなさい」
呵呵大笑の声を響かせながら、バウルは去っていった。
バウルの背を見送りながら、レウスは溜め息をついている。
「もういい。寝るッ!」
「寝ちゃうの?」
簡素なベットに横たわると、レウスは眼を綴じる。
まるで、不貞寝だ。
「ハクビも寝て、しっかりと魔力を回復させてッ!」
「えっ……?」
途端に、鼓動が跳ね上がる。
「邪竜を斃すには、ハクビの協力が必要だ。だから、ちゃんと寝て」
そうじゃない。
ハクビの抱いた感情に、レウスは気付いていない。
「……あ、あのっ。寝るって……」
ベットは、一つしかない。
それも、シングルサイズだ。
「今さら何、恥ずかしがってるの?」
確かに、裸で寄り添っていたけど、それとこれは別だ。
それに、あの時の事を思い出して、余計に意識してしまう。
「ママ上、ちゃんと眠るでござるよ」
いつの間にか目を覚ましたハウゾウが、笑顔でこちらを見ている。
邪念のない純粋な笑顔に充てられて、意を決する。
「……失礼、しますっ!」
「ハウタ、真ん中が良い~!」
遠慮がちに、レウスの横に潜り込む。
ハウタが間に入っているので、少しだけ隙間が生まれる。内心では、少し残念に感じて余計に恥ずかしさが増した。
落ち着かなかったが、疲れの所為で不思議とすぐに眠りに墜ちていた。
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