お聞きしても宜しいでしょうか?
「リアムさま、お聞きしても宜しいでしょうか?」
私は、隣を歩くリアムさまに問いかける。
ここは私、侯爵令嬢ミア・ローレンド・トゥ・マッキンリーの暮らす邸の庭園。マッキンリーの名が表す通り、金髪の英雄が我が家系の始まり。その歴史は300年と、由緒ある侯爵家の長女ですわ。
私をエスコートして歩く隣の男性は、お父さまが本命の婚約者として考えている辺境伯令息リアム・カンバーバッチ・ラルフ・ベルさま。私の一つ歳上で、今年19歳。ベル、つまり『ハンサムな男』という意味。
名前負けしない、長身で爽やかな笑顔を絶やさないハンサムな男性だわ。
年頃の私たち二人が庭園を散策しているのは、お茶会という名目のお見合いなのです。
「ええ、何でもどうぞ。答えられる事なら、全てお答えしますよ」
鼓膜を震わせる声まで美しいなんて、どこかに三枚目要素はありませんの?
「ありがとうございます。それでは遠慮なく、お尋ね致しますわ」
そんな事を思いつつ、私はリアムさまのエスコートから外れて正面に回り込み、穏やかながら強い意志を感じさせるグレーの瞳を見詰めた。そして、ゆっくりと言葉を解き放つ。
「リアムさまは私との婚約が整っても、ご不満はございませんの?」
まさかそんな質問をされるとは、夢にも思わなかったのでしょう。少し肩が揺れ、少し見開かれた目で見詰めて来られますもの。
貴族の結婚など、家どうしの結び付きの為。誰と結ぶのかは、男性と言えど当主の決定には逆らえませんわ。
……それは私も理解していますわ。頭では、ちゃんと分かっておりましてよ。ただ、こうして本当に私の気持ちなどお構いなしに話が進むのに、心がついて行けませんの……
「それは、貴族の結婚とは、当人の感情は別だという前提でお尋ねなのですね?」
「ええ、勿論そうですわ」
そこでリアムさまは一瞬考えを巡らせ、お返事を下さいました。
「そうですね。不満も満足も、そこまで言える程、私はミア嬢の事を知りません。今の段階では、何ともお答えできかねる、かな」
「社交界での噂や、事前の絵画とプロフィールなどは?」
「社交界の噂は、精査したものしか信用しません。噂ほど責任のない、デタラメが多いものですから。
絵画とプロフィールは見ました。しかし、それも誰かから見てのミア嬢でしょう。本当のミア嬢から、少しズレていると思うので……やはりそれも、あまり信用していません」
噂になるような事はしておりませんから、聞かれて困るような噂はない筈。プロフィールも、確かに私本人より良く書かれた内容でしょう。100%信用するには、少々心許ないものですわね。
心地よい一陣の風が吹き抜け、後ろで束ねられたリアムさまの金糸のような髪を揺らしましたわ。その風は私の心も揺らし、ほんの少し軽くしてくれたようにも思えました。
「そうなのですわね。噂に左右されるお方ではないのですね」
「とても良く言えば、そうなるのかな?」
リアムさまが手でカーデンセットを指されましたので、エスコートでそこまで歩を進める。それぞれ椅子に落ち着くと、次の質問を投げ掛ける。
「では、会ってみた印象は?」
「何度か、舞踏会などでお見かけしました。その時は可愛らしい印象でしたが、しっかりした意見をお持ちのお方のようですね」
印象は……悪くはないのかしら? 女性が差し出がましいのは、あまり好まれませんが……悪い印象を含んだ声音ではないと思いましたわ。
「私は妻となられる方には、後ろではなく、隣を歩いてもらいたいのです。
ミア嬢なら、それが叶いそうだと思いました」
隣を……。それは合っていますわね。誰かの後ろを歩いていても、先が見えませんわ。誰かの背中しか見えないなんて、想像しただけで怖いですわ。
私たちは侍女がお茶を淹れてくれた後、おおよそこんな状況の男女がするとは思えない事を沢山お話ししましたの。
好きな事や趣味はほんの少し。申し訳程度に話しただけで、殆どの時間をお互いに結婚したらどう過ごしたいのかを話しましたわ。
「私は、妻になった方の話はできるだけ聞きたいと思います。
愛し合えるかは分かりませんが、せめて信頼し合って、寄り添える夫婦でありたいですから」
『愛し合えるかは分かりませんが、せめて信頼し合って、寄り添える夫婦でありたい』と言うお考え。この言葉をお聞きでき、充分ですわ。
この方となら、理解しあえる良い夫婦になれるかもしれない……
そんな風に思えたのですもの。
時間になり、お父さまたちのところに控えていた侍女が呼びに参りましたわ。それを、私たちの元に控えていた侍女が伝えに来たました。
「ミア嬢。もし婚約が成立しても、まずは沢山話しをしましょう。お互いを知るところから始めていければ、ご不安も減るでしょう」
不安……。そう、不安だったのですわ。お見掛けした事はあっても、どんな方かが分からない方に嫁ぐのが怖かったのですわ。
でも、リアムさまになら嫁いでも大丈夫かもしれないと、今日お話しただけで思える方だったのは幸い。
「はい、リアムさま。ありがとうございます」
色々とお聞きして良かった。お聞きしたから、随分不安が減りましたもの。
どうか、リアムさまとの婚約が成立致しますよう――――
―終―