配属
天空宮殿。帝都の中心にあり、贅の限りが尽くされた巨大な建造物である。その場所は、すべての皇族、上級貴族の邸宅があり、かつ、政を行うための権力が集約された魔窟であった。
そんな華々しい舞台で、新任将官の任命式は執り行われた。
ヘーゼン=ハイムは、他の新任将官と同じく直立不動で整列した。今年選ばれたのは、24人。次代の帝国の中枢を担う人材である。
壇上では、首席であったレザード=リグラが挨拶を始めている。
「てっきり、ヘーゼンが首席だと思ってたけど」
同期のエマ=ドニアが隣でささやく。彼女とはかつて同じ学院で過ごした間柄だ。講義、昼食、その他のイベントもずっと共に過ごしていた、いわば学友である。
「3位でいいんだ。首席の出自が平民だと、悪目立ちする」
「……そんなこと、あなた以外だったら負け惜しみに聞こえるけどね」
エマは思わず苦笑いを浮かべた。
帝国将官は軍事、内政を執り仕切る、いわゆるエリートである。平民、貴族の貴賤を問わず、数万を超える国内の有能な人材がこぞって将官試験を受けにくる。まず、合格すること自体が超難関の狭き門だ。それゆえ、各々が試験に通るため全力を注ぎ、順位を操作しようという思考など思いつきもしない。
しかし、ヘーゼンという男にとっては、当然だった。
帝国の中枢を目指すのだから、戦略的な思考が必要不可欠である。特に上級貴族がひしめく天空宮殿内では、慎重に立ち回らなければいけない。
首席将官の挨拶が終わり、次々と上官たちが挨拶を始める。さらに退屈極まりないスピーチが数時間続き、いよいよ新任将官の配属が決められる。
「レザード=リグラ。天空宮殿護衛省」
精悍な青年の声が響くと、新任将官同士がにわかにザワつく。
「やっぱり、彼は中央の武官配属なのね」
エマが思わず苦笑いを浮かべる。
天空宮殿護衛省は、皇族、上級貴族の護衛を担当する、いわゆる出世コースである。レザードの父ガザリアは、超名門貴族のリグラ家当主である。彼は上級貴族の地位の中で、3位の地位『大東』。したがって息子であるレザードの配属は、成績だけでなく、出自なども大いに反映した結果と言えるだろう。
しかし、ヘーゼンは特に気にした様子はない。
「形ばかりの配属だよ。敵対国と隣接していない帝都がどこから攻められるというんだ」
「上級貴族の不正も取り締まらなければいけないから、大変よ?」
天空宮殿は、中央の政庁としての機能も備えているだけでなく、帝都すべての上級貴族が住まう邸宅が建てられている。当然、華やかな社交や晩餐会なども開かれる一方で、賄賂や収賄なども横行する。確かに、まともに取り締まれば、厳しい仕事となるはずだ。
あくまで、まともに取り締まれば、の話だが。
「エマ。君は真面目な理想家だから、そう思うんじゃないかな」
「どういう意味?」
ブラウンヘアの美少女は首を傾げるが、そろそろ順番が回ってきそうだったので二人は口を閉ざした。
「エマ=ドネア。天空宮殿農務省」
「はい!」
気合の入った声が響く。もともと、彼女は文官志望だったので、嬉しそうな表情を浮かべている。
将官試験の内容は、魔法の実技と筆記試験の2つ。その成績で試験官が適性を審査する。そこに文武の区分けがないので、まったく希望していない部署に配属される者も多い。
「ヘーゼン=ハイム。北方ガルナ地区。国境警備」
「はい」
黒髪の青年は、無機質な返事を響かせる。だが、周囲のザワつきはひときわ大きかった。
北方ガルナ地区は、配属された者の死傷者が半数を超える激戦地区だ。地理的にはディオルド公国と隣接しているが国交はなく、関係性もよくない。互いに領土を食ったり食われたり、そんな鍔迫り合いが日夜行われている。さらに、異民族であるクミン族が時折出没し、その対応にも追われている。通常、そのような危険地域は、准尉以下の下士官が配属され、幹部候補である将官の派遣はまず行われない。
恐らくは、ヘーゼンが平民出身だからだろう。帝国の将官試験は貴族だろうが、平民だろうが等しく試験を受けられる。しかし、その中で生き残っていける平民は少なく、こう言った差別も往々にして行われる。
「いきなり、すごい所に決まっちゃったね?」
エマが隣でささやく。
「最前線は望むところだ。最短で戦果を挙げて、帰って来てみせるよ」
「……あなたを迎えるガルナ地区の将官、敵、すべての人が可哀想に見えてきた」
ヘーゼンはその言葉を聞いて、不敵に笑った。




