第9話 ※ヒロイン?は転生者
断罪されちゃった男爵令嬢カトリーナの視点です。
あたしには『前世』の記憶がある。いや、『前世』じゃないのかもしれない。だってここは、あたしがハマってた乙女ゲーム『I Canキミに恋してる L』通称『恋L』の世界だったんだもん。
『恋L』の世界は、『高等学院』って学校の『中等部』ってとこが舞台なんだ。『高等学院』は、初等部、中等部、高等部に分かれてるんだけど、攻略対象は、中等部の同級生が3人と、教師1人、それから、先輩が2人。
エンディングは中等部の卒業式の日で、ハッピーエンドだと、卒業と同時に結婚することになるんだ。
なんかおかしな設定だけど、ギャルゲーからのキャラの引き継ぎのせいで、変な設定になったって、友だちが言ってた。ま、どうでもいいけどね。
ちなみに、何であたしがここにいるのかは良くわかんない。ていうか、『前世?』のあたしの顔とか名前とか職業とかも良く覚えてない。ただ、自分がしてきたことや、身に付けたテクなんかは覚えてる。当然『恋L』のイベントや攻略法だってバッチリだ。
あたしがその記憶を取り戻したのは、中学生の時。先生に調べ物の宿題を出されて、「あーあ、こんなのググったらすぐなのになぁ」って口から出たんだ。
お友達に「ねぇ、カトリーナさま。『ググる』ってなんですの?」って聞かれて、「あれ!?『ググる』って何だっけ?」って考えたとき、頭の中が爆発したみたいになって、一気に記憶が戻ってきたんだ。あたしはその場でいきなり気を失って倒れちゃって、教室は大パニック。もっとも、気を失ってたあたしは、そのシーン見てないんだけどね! 見たかったなぁ!!
気がついたときは家のベッド。おっきなたんこぶを作って寝てた。意識を取り戻したとき、パパや屋敷のみんなは安心して喜んでた。あたしも「心配かけてごめんね」とか言ってたけど、内心は超大喜び。にやけ顔を隠すのが大変だった。だってあたしカトリーナ・ブラウンだよ! カトリーナっていったら主人公じゃん!! どんな転生特典だよ!!
あ、ちなみにママはいないよ。あたしが小さいときに死んじゃったって設定。
……それにしても『恋L』かぁ。他の乙女ゲーだったら無いんだけど、『恋L』は逆ハーあるんだよね。ギャルゲーからのスピンオフだったんで、スタッフが妙なこだわりを見せたって話。おかげであんまり売れなかったらしいケド。
でも、あたしはすっごいやり込みがいがあるから好きだったなあ。だって、現実で逆ハーなんてあり得ないじゃん! あり得ないからこそ燃えると思うんだけど。友だちみんなソレをわかってくんなかったんだよねぇ。
あ、あと、このゲーム、悪役令嬢もいるんだった。普通の乙女ゲーには出てこないのに不思議だよね。まあ、悪役令嬢が引っかき回してヘイト集めてくれるから、逆ハーができるんで、そういうところは悪役令嬢さまさまなんだけど……。
でも感謝はしないよ。だって、あいつ性格悪いし、いつも高慢ちきでむかつくんだもん! あたしの踏み台になって、しっかり『ざまぁ』されてもらわないと!
……でも、よく考えると現実問題、逆ハーもハーレムも怖くない? あたしを巡ってイケメンが張り合うのは嬉しいけど、下手したらそれが一生つづくんだよ? 『逆ハーメンバーが嫉妬に狂って、殺されちゃった』なんてことにならないように、毎日毎日、イケメンどもの仲裁と、病まないためのご機嫌取り。それ、どんな罰ゲームだよ!? これに気付いちゃうなんて、実はあたし、かなり冴えてるんじゃね? よし、目標は『地道』だね。地道に行きましょ。地道にね。そうと決めたら、作戦を立てなくちゃ。
いろいろ考えて、私の立てた作戦はコレ。
『まんべんなく好感度アゲアゲ、最後は皇后になっちゃうぞ!』作戦。
せっかく乙女ゲームの中にいるんだから、イケメンのイケボ、神スチル、堪能したいじゃん。だから、逆ハー狙ってく感じで前半はびしびし攻める。それで、ギリギリまで引っ張って、最後は悪役令嬢を『ざまぁ』して、フリードリヒ陛下とゴールイン。もう完璧っしょ。ああぁ、早く高校生にならないかなぁ。
中等部進級から2年。パラメータアップを頑張ったおかげで、あたしは、みんなの注目の的になってた。
パラメータの数字が見えたのか?
それがさ、見えないんだよ! ゲームの世界だったら、きっちり見えるように設定しとけっつーの!!
だ・か・ら「パラメータアップ」つってもカンだよ。カン!
そんなわけで、6人の攻略キャラのうち、同級生だった幼なじみの男爵次男と国一番の大商人の息子と、騎士家の嫡男は、1年で落とした。担任教師は、かなり揺れてたけど、それでもちょっと前に落ちた。
ホントのゲームの攻略だって、これだけのメンバーを一度に攻略しようとしたら最速で3年の春まではかかるはずだったのに。
ちょっと! あんたらチョロすぎない!?
メインキャラで残ってるのは、先輩で大学生の伯爵令息と、皇帝だけ。これなら、残り1年で全員のフラグ立てて、悪役令嬢『ざまぁ』からの、ゴールイン。いけっかも!
それだけじゃないよ。やろうとは思わないけど、もし、気が変わったら逆ハーだってできるじゃん。なにこれ、サイコー!! もう自分で自分の才能が怖くなるわ!
アホのご機嫌取りや、猫かぶった演技はメンドかったケド、それもあと少し。あたしの幸せのためだ。がんばろっと。
もう!あいつなんなのよ!!
『悪役令嬢』だったら、きちんと仕事しろっての!
皇帝に近づいたら、予定通り『呼び出し』イベントは起こったんだけど、『取り巻きを使った嫌がらせ』も、『侯爵家の権力を使った脅迫』もしてこない。時々手紙が届くだけってどういうこと!? あいつが何にもしてこないから伯爵令息とのイベントも進まないし、腹黒のイベントがクリアできないと陛下にも近づけないじゃん!
ゲームみたいに高ビーじゃないし……! アイツさては転生者ね! きっと良い子ちゃんぶって断罪回避とか狙ってるんだ! 『悪役令嬢』のくせにあたしの幸せを邪魔するなんて許せない! 絶対断罪してやるんだから!!
……階段から落ちるって初めての経験だったけど、本当に死んだかと思ったわ! 治癒魔法があるから良いけど、こんな痛い思い二度としたくない。でもこれでイベントが進むわ。
ほら、ノックの音がする。きっと『腹黒』と『陛下』よ。キャラを作らなきゃ!
「はぁい。どうぞぉ」
「カトリーナ嬢。ご無事でしたか?」
「ブラウン嬢。怪我の具合はどうだ?」
予想的中!『腹黒』と『陛下』よ! ゴツイSPが一緒なのが残念! 後ろに立たれると背景が腐るんだよね。ホント、どっか消えてほしいわ! あたしが皇后になったら、みんなクビにしてイケメンと入れ替えてやるんだからね!! 汚物は視界に入れないように、視界に入れないようにと。
「陛下ぁ、コンラート様ぁ。来てくださったんですねぇ。カトリーナうれしいですぅ。でもでもでも、あたしのことは「ケイト」って呼んでくださいってお願いしたじゃないですかぁ……」
「うん、無事で何よりだ! ところで階段から転落したと聞いたが、何があったのだ?」
……チッ。「ケイト」呼びを避けるなんて。まだ好感度が上がってないみたいね。これはちょっと話を盛ってやんないと。そうだ!『金蔓』と『脳筋』のイベントもアイツのせいにしちゃえ!
あたしはアイツのせいじゃないのはわかってるけど、やってないって証拠もないし。あたしって頭イイ!!
「はーい、エミリアさまわぁ、カトリーナちゃんを、カトリーナちゃんを……、学院の階段から突き落として殺そうとしたんですぅぅぅぅぅ。 きっとぉ、カトリーナちゃんがかわいいからぁ、嫉妬?してたんですぅ。今までもぉ、イヤミを言ってきたりぃ。かいぶんしょ?を送ってきたりぃ。あいつらの仲間に呼び出されてぇ、大勢に囲まれてぇ、脅かされたりぃ。教科書を汚されたりぃ……。 うえーーーーん」」
「む! なんとそのようなことが! それは徹底的に調査せねばならん。コンラート。調査の指揮を執れ!」
「御意!」
よっしゃ! やっとフラグが立った!! 痛い思いはしたけど、これでアイツも終わりね!
待ってたよ。やっと舞踏会の日が来たよ!
昨日『腹黒』が「ケイトには『証言』をしてもらうから、呼ばれたらすぐに出てこられるように準備しておいてね」って言ってきたから確定だね! おいしく断罪イベントいただきます!
この1か月、好感度上げをしなくちゃいけないから、エンカウントを増やさなきゃと思ってがんばったんだけど、『悪役令嬢』とその取り巻きどものガードが堅くてさ、なかなか『陛下』と会えなかったんだよね。
どうにか連中をスルーして上の階に行くのに、雨樋を使うのを思いついたところまでは「あたし頭イイ」って思ったけど、途中で落ちて服を破いちゃったこともあったっけ。
病室でうなってたら、『陛下』と『腹黒』がお見舞いに来てくれたんだ。これって『怪我の功名』ってやつ? そしたら『陛下』も『腹黒』も、あたしを「ケイト」って呼んでくれるようになってたから、好感度もばっちり! ついでに、制服が破れたのをエミリアのせいにしてやった! これでアイツおしまいね! あー、イベント。今からチョー楽しみなんですけど!!
あたし。断罪されちゃった……。
なんか『腹黒』に嵌められたみたい。
断罪されちゃったときは取り乱しちゃったけど、よく考えたらあの流れじゃあ、グッドエンドはあり得なかったんだよね。
あーあ。『悪役令嬢』がゲームと違うってわかったときに、やめときゃよかったんだよ。
欲張りすぎてバッドエンドとか、自分のことだけど馬鹿だなぁ。
舞踏会の時の話からすると、結構あたし罪は重いっぽい。
パパごめんね。あたしの馬鹿につきあわせちゃった。
あたしが欲張って余計なコトしたからいけないんだ。
もしかしたらあたし、奴隷エンドかな。
できれば痛くなかったり苦しくなかったりする方法にしてほしいな。
でも、それよりもパパをなんとかしなきゃ。
だってパパは何にも知らなかったんだもん。
あたしはどんな罰を受けても構わないから、パパの罪は軽くしてくださいってお願いしよう。
そうだよ、そうしなきゃ! それがあたしの責任だ!
あたしは今、セーブル王国の首都ルテティアに住んでるんだ。パパたちも一緒だよ。
結局あたし、国外追放になったんだ。でも、本当は、あたしは奴隷落ち。パパは爵位剥奪のうえ、流刑の予定だったらしいよ。
なんか、牢屋にいるときに、「あたしはどうなっても良いからパパの罰を軽くして」ってお願いしたのがよかったみたい。
後で聞いたらパパも「自分はどうなっても良いから娘の命だけは」って訴えてくれてたんだって。帝都を出されるときに、わざわざ皇兄殿下が来て教えてくれたんだ。
殿下は「そんなに愛情が深いのに馬鹿なことをしたものだ」って言ってたから、「本当に馬鹿ですよね!」って答えたら苦笑いされた。
結局領地は没収されちゃったけど、貴族籍は一応残してもらえたみたいだから、いきなり捕まって売り飛ばされるとかの心配が無いっていうのも助かったよ。
それにしても皇兄様はすごいね。屋敷の使用人たちが路頭に迷わないように、就職の世話まで指示してくれてた。もう足を向けて寝られないよ。
……でも『恋L』にあんなキャラいたっけか?
「やあ、ケイトおはよう」
「ケイト、元気そうだね」
「ケイト。俺の天使」
……言い忘れてたけど、一緒にいるのはパパだけじゃないんだ。男爵家の次男で幼なじみのアドルフと、大商人の息子のブルクハルトと、騎士家の嫡男だったクリストファーも一緒に住んでる。
どうやら愛情値を上げ過ぎちゃったみたいで、みんな持ってる地位を投げ出して付いてきちゃった。
アドルフは次男だし、ブルクハルトのお父さんの店は隣国にも支店があるからまだわかんなくもないんだけど、クリストファーは継承権放り出して付いてくるってどういうわけ!? しかも会うたびに「天使、天使」言うし、どんだけ重いのよ!!
たしかにみんなイケメンだよ。それに地位を投げ出してまで付いてきてくれたんだもん。感謝してるし、愛しく思う気持ちはあるよ。でもね、みんなこんなに重くちゃ選べないよ。逆ハー? この状態でそんなこと言ってられないよ! 自分でやった結果だから仕方ないけど、逆ハーなんてやるもんじゃないって心底思ってる。
とりあえず、せっかく拾ったこの命。絶っっっ対、簡単に死んでなんかやらないんだからね!
次回は主人公視点に戻ります。皇帝からの婚約破棄・断罪を受けて倒れてしまったエミリア。家で家族の優しさに触れた彼女は、あることを決意します。次回は『名案』。お楽しみに!