第8話 断罪(真)
フローラ様、コルネリア様への、祝福の渦が、ひとしきり落ち着きますと、陛下は、改めて、お2人へ問われました。
「フローラ嬢、コルネリア嬢。勝手に話を進めてしまって悪かったが、受けて貰えるだろうか」
「もちろんでございます陛下」
「ありがとうございます」
「うむ、それは良かった。ときにコルネリア嬢。先に1つ謝っておく。」
「何でございましょう?」
「この度のその方らの功績は大きい。願いを全て叶えてやりたいところではあるのだが、1つだけどうしても叶えてやれないことがあるのだ。了承してくれ」
陛下は、コルネリア様の返事を待たずに、わたくしに目を移されました。
「さて、エミリア・ローゼンブルグ。理由はわかったか?」
「は?」
わたくしは思わず間抜けな声を出してしまいました。
理由とは、一体何のことでございましょう。フローラ様、コルネリア様は勇気があることをして賞されました。それは、カトリーナが嘘をついて、わたくしのことを陥れようとしたからで、あの女の嘘は、既に露見しております。『理由』とは一体……?
「なんだ、まだわからぬのか!?」
「恐れながら、陛下。『理由』とは、何のことでございましょうか?」
「……此度の婚約破棄の理由だ!」
予想外の陛下のお言葉に、祝福に湧いていた会場の空気が凍り付きました。
「恐れながら申し上げます! 先頃のやりとりで、カトリーナ様の発言が嘘であったことは露見いたしました。勇気を持って正直に発言してくださいました、フローラ様、コルネリア様への報償も行われました。この期に及んで、なぜわたくしが罪に問われなければならぬのでしょうか?」
「ふむ、何か勘違いをしているようであるから話してつかわそう。まず、考えてみるがよい。カトリーナ・ブラウンを罪に問えたのはなぜだ? こちらで行動を全て把握していたからではないのか? カトリーナの証言を信じ切っていたのが原因なら、なぜどんどん嘘が暴けるのか……。お前は、おかしいと思わなかったのか?」
確かに言われてみればその通りです。ということは……
「つまり、カトリーナの嘘と婚約破棄の間に因果関係はないということになる」
「で、ではなぜ?」
「まだわからぬか!カトリーナの証言のうち真実の部分を拾い上げればよい」
「とおっしゃいますと?」
「まずは、下級生を人気のないところに呼び出し、1人の下級生を多数の上級生で囲んだ。
これは、客観的に見れば『脅迫』ではないのか? カトリーナは注意しても理解せず、注意されたことを繰り返すので、行為がエスカレートして行ったのかもしれん。しかし、エスカレートする前に、教員にでも、朕にでも相談することは出来なかったのか?
やり方が浅はかであるし、自分たちで解決できないことを、他者に相談できないのも、浅はかである。
次に、階段から転落した下級生を放置して去った。
直前のやりとりや、それまでのいきさつはどうあれ、それだけの高さを転落すれば、カトリーナが無傷でいられるはずがないことはわかっていたであろう? にもかかわらず、お前はカトリーナを見捨てたのだ。
自分が無傷であるのに、助けられるケガ人を見捨てるのは狭量ではないのか?」
「確かにおっしゃることはわかりました。そのとおりでございます。しかし、一緒にいらっしゃったフローラ様、コルネリア様は賞されました。なぜ、わたくしだけが罪に問われなければならないのでしょうか?」
「そこにも誤解があるようなので申しておく。朕は婚約破棄を宣言しただけで、そちを罪に問おうとしていたわけではない。その方らがしていたことは、一般的には重罪に値するようなことではないからだ。
しかし、考えてみるがよい。その方は皇后になる予定だったのだ。上に立つ者が脅迫を行ったり、正しい解決方法を導けなかったり、自分より弱く、なおかつ、ケガをしている者を見捨てるようなことがあって良いのか?
そのような者に、人の上に立つ資格はあるのか?
そちの行動は、将来の皇后として、不適切ではないのか?
だから婚約を破棄したのだ。
そちの婚約者が皇帝ではなく、一般的な貴族であったのなら、此度の件は、全く問題にはならなかったであろう。だから、フローラ嬢やコルネリア嬢を罪に問うことはしていないし、今後もするつもりはない。従って、婚約を解消した後、そちを、罪に問うこともない……」
ああ、今、腑に落ちてしまいました。自分と他の皆様とでは最初から求められるものが違ったのです。立場が違ったのです。『皇后として不適切』その通りかもしれません。それを理解できなかったわたくしは確かに『浅はか』でした。わたくしはぐうの音も出ませんでした。
しかし話はこれで終わらなかった。わたくしは自分の愚かさを思い知ることになる。
知らず知らずのうちに、自分で自分の首を絞めていたとは……。
「そちの婚約者が皇帝ではなく、一般的な貴族であったのなら、此度の件は、全く問題にはならなかったであろう。だから、フローラ嬢やコルネリア嬢を罪に問うことはしていないし、今後もするつもりはない。従って、婚約を解消した後、そちを、罪に問うこともない……つもりであった!」
話の流れから考えて、悪い予感しかいたしません。わたくしは身構えました。
「その方は弁明の中で、カトリーナの色香に惑わされた者が、不公平な告発を受け付けているかのごとく話しておった。その、カトリーナの色香に惑わされて、不公平な告発を受けた者とは、一体誰のことをさしておるのだ?」
血の気が引いていくのが自分でもわかります。自分で見られないので確認の術はありませんが、きっと、わたくしの顔は、蒼白になっていることでございましょう。明らかに、わたくしの発言には、陛下への侮辱ととられても不思議ではない内容が入っておりました。
「さらに問うが、フローラ嬢やコルネリア嬢は、カトリーナとのやりとりの中で行きすぎがあったことを自ら認めた。カルラ嬢とレギーナ嬢も、呼び出されて後のこととはいえ、自ら罪を告白し、謝罪した。それに比べてそちはどうだ? 自らの行き過ぎを認めたか?
なぜ、フローラ嬢、コルネリア嬢が賞され、己だけが罪に問わるのか、と言っておったが、正直で勇気のあるフローラ嬢やコルネリア嬢と、自らに非があったことを、未だに認めようとしない己を、同列に並べようとするのは、人として間違っているのではないか?
どうだ?」
「そ、そんなつもりは……」
「『つもり』は無かったと申すか? では、聞こう。その方の窮地に、フローラ嬢とコルネリア嬢は、勇気を持って助太刀に現れた。そちにとっては恩人である。その恩人たちが、朕の前に呼び出されて青い顔をしていたとき、そちは何をしていた?」
はっとして、フローラ様、コルネリア様の方を振り向きました。陛下のご指摘に考えるところがあったのでございましょう。お2方の表情がみるみる硬くなっていきます。
わたくしだって助けに入る気がなかったわけではありません。しかし、声を上げることが出来なかったのは事実です。
もはや、何を言っても言い訳にしかなりません。決断が一瞬間に合わなかった。一瞬早く、一声でも上げられていれば……。
わたくしは親友たちの信頼を失ってしまったのです。
「自己を正当化し、自己弁護に終始するその姿勢。全くもって見苦しい!
さらに、皇帝に対する不敬な物言い。その罪は決して軽くない!
エミリア・ローゼンブルグ。都からの追放と自領での謹慎を申しつける!」
「へ、陛下それはあんまりです。娘が……」
「ローゼンブルグ侯。貴公の娘は皇帝の婚約者であるにもかかわらず、目下の者を見捨てるような行為をした。その上、自らの役割を自覚せず、不敬な発言までしおった。貴公はどのような教育をしていたのだ?」
お父様が陛下に叱責されています。
お父様、申し訳ございませんでした。いつもほめてくださったお父様。わたくしのことを『誇り』だと言ってくださったお父様。このような馬鹿な娘に育ってしまったがためにお父様にも御迷惑をおかけしてしまいました……。
当時の記憶はここで途切れている。わたくしは倒れてしまったらしい。
気がついたのは翌日。自室のベッドの上だった。
皇帝からの婚約破棄・断罪を受けて倒れてしまったエミリアですが、次回は視点を別人物に移します。次回は『ヒロイン?は転生者』。お楽しみに!
ようやく婚約破棄シーンに到達しました。長々と引っ張ってしまってすみませんでした。ごめんなさい。でも、まだまだ終わらないんです。