第6話 断罪
「ローゼンブルグ嬢、先程の2人の証言に誤りはないか?」
以前まで、わたくしのことは『エミリア』とおっしゃってくださいましたのに、『ローゼンブルグ嬢』とは、あまりに他人行儀。
そこまで、あのカトリーナに誑かされてしまわれたとは……。皇帝としてあまりに情けない有様でございます。
あの女の本性をお教えし、目を覚まして差し上げなければ。
「神に誓って間違いございません。そもそもわたくしは陛下の婚約者でございます。陛下に近づく女性が現れましたなら、素性や素行を調査し、その上で、陛下にふさわしくない女性に対しては、不用意に接近なさらぬよう、たしなめて差し上げるのが、道理ではないかと存じます。
ところが、カトリーナ様は、全く聞く耳を持たれませんので、ご理解いただくために、フローラ様、コルネリア様を始めといたします、皆様方のご助力をいただきました。
あとは、お2人のご証言にあったとおりでございます。一昨日、左手にあった包帯が、今日、右手に移動していらっしゃるケガの件といい、カトリーナ様のお話は、いささか誇張が多いように存じます。また、教科書や服の件につきましては、全くの事実無根でございます。
いくら可愛らしくてプロポーションが良いからといって、カトリーナ様のお話だけを聞かれてご判断なさるのはいかがかと存じます。ぜひ、今一度、精査をお願い申し上げます」
その時、陛下の口元がかすかにゆがみました。しかし、それが何を意味するのか、わたくしが考えを巡らせる前に、陛下はあの女に向かって語りかけます。
「ブラウン嬢、3人の証言は、そちの訴えとは異なる部分が多いようだが?」
「陛下ぁ。『ブラウン嬢』だなんてぇ。ケイトって呼んでくださヒィッ!」
陛下に睨まれて、あの女、思わず悲鳴を上げましたわ。ふふ、いい気味です。
……それにしても、馬車に尻尾を轢かれた子豚のような声。どんなに取り繕ったとしても、このようなことがありますと、やはりお里が知れますわね。
「あ、あのぉ、あいつらわぁ、いつもぉ一緒にぃつるんでるんでぇ、きっとぉ、口裏をぉ合わせてるんですぅ」
「その証言に間違いないか?」
「はーい! 間違いないでぇーす!」
「ふむ、コンラート!」
「はっ!」
陛下のご指示を受け、手帳のようなものを手に持たれたコンラート様が、前に進み出、そして、お2人の下級生をご指名なさいました。
「ブフナー子爵令嬢カルラ殿、グロッシュ男爵令嬢レギーナ殿、前へ」
お2人とも貴族令嬢でございますので、パーティーでお会いすることはございます。したがって、お名前は存じ上げておりましたが、校内ではあまり親しくさせていただいてはおりません。それは確か、カトリーナとかいう女も、一緒だったはずでございます。
まあ、あの女に親しい同性の友人がいるとは考えられませんが。
しばらくして御前に進まれた、カルラ様とレギーナ様は、本来の気の強そうなお顔が見る影もなく、憔悴しきったご様子。下を向かれ、足取りもおぼつきません。
「さて、カルラ殿、レギーナ殿。何か、お話ししなければいけないことがあるのではございませんか?」
お2人は顔を見合わせますと、頷き合い、いきなり床に膝をつき……。土下座なさいました。
「「も、申し訳ございませんでした!!」」
「「カトリーナ様の教科書を汚したのは私たちです!」」
「お2人とも、謝る方向が違うのではありませんか?」
コンラート様のご指摘で、カルラ様とレギーナ様は、向きを変え、
「「カトリーナ様。申し訳ございませんでした!」」
「「エミリア様にも御迷惑をおかけして、申し訳ございませんでした!」」
彼女たちのお気持ちは、わからない訳ではございません。快く赦して差し上げることにいたしましょう。
「済んだことです。もうよろしいのですよ。次は、フローラ様、コルネリア様のように勇気を出せると、なお良いですわね」
「さすがはエミリア殿! 寛容でございますな。で、カトリーナ殿はいかがなさいますか?」
「……赦すわよ。赦せば良いんでしょ!」
……完全にメッキが剥がれています。さっきまでの間延びした言葉遣いはどこにいったのでございましょうか。
周囲の方も唖然としていらっしゃいます。
そんな中、本人だけが気付いていないのが、より滑稽さを深めております。
「……コホン。これで、教科書の件は誤解が解けましたね。……ああ、ちなみに、カルラ殿、レギーナ殿。赦しを受けたとはいえ、故意に他者の財産を損壊した事実は残ります。教科書の弁済につきましては、確実に行うようになさってください」
「「は、はい。申し訳ございませんでした!」」
もう一度謝罪をなさったカルラ様とレギーナ様は、再び後方へ下られました。
「次に服の件ですが、カトリーナ殿。確か、服が破かれたのは、10日前の昼頃でしたね」
「はーい!そうですぅ。わたしがぁ、お外から戻るとぉ、お気に入りのお洋服のぉ、スカートの部分がぁ、とがったものでぇ、裂かれたみたいにぃ、破れてたんですぅ」
この女、まだ続けるのでしょうか。いい加減にばれていると気付いていただきたいものです。
「そう、ですか、私の方に入っている報告ですと、カトリーナ殿は、昼休みに人目を避けるように校舎裏に回り、雨どいを伝わって壁をよじ登ろうとなされましたが、足を滑られ転落なさった。その際に釘でスカートに鍵裂き傷を作ったことになっていますが……」
「な、なんで! 誰にも見られてないはずなのに!!」
「たしか、階段から落ちたのは17日前だったはずですね。その7日後に雨どいをつかんで壁を登れたとのこと。先程のエミリア殿のご指摘も含めて、愚考しますと、ケガはもう完治していらっしゃいますよね?」
「…………」
「さらに、訴えを受けまして、校内の魔道カメラを調査いたしましたところ、集団で脅迫されたという件は、データが残っておりませんでしたが、階段の件はデータが残っておりまして、カトリーナ殿がエミリア殿に襲いかかり、そのまま階段を落ちていくシーンが映っていたんですけどね。これって、何を意味してるんですかねぇ。カトリーナさん?」
「い、いえ、あの、わたしは……ヒィッ!」
助けを求めて、陛下の方に視線を送ったあの女は、陛下の目をご覧になって、悲鳴を上げました。いい気味です。そして、陛下はその刺すような視線を来賓席に向けられました。
「……ブラウン男爵。そちの娘が何をしたのか。よもやわからぬということはあるまいな?」
「は、はひぃ」
ああ、あの方が、ブラウン男爵様なのでございますね。1/3ほどお痩せになり、髪を5倍に増量されれば、さぞかし女性におもてになることでございましょう。
それにしてもずいぶん怯えていらっしゃいますね。陛下のあの視線をお受けになられたらいたしかたないことでございます。少し気の毒にも思いますが、あのようなモンスターを生み出し、育んでしまわれた方です。それ相応の責任は取っていただかなければいけません。
「そちの娘は、皇帝に虚言を吐き、人を陥れようとするという二重の罪を犯した。しかも、各国の大使諸兄や、多くの貴族家当主も列席する中でだ。命まで取るつもりはないが、相応の罰を受けるものと思え。
そして、今たびの娘の不始末は、決して軽くはないぞ。貴公も連座は逃れられぬものと覚悟するがよい。正式な通達は後日いたす。部屋を与えるゆえ、正式に沙汰のあるまで、城内にて謹慎しておれ!」
「ブラウン男爵ご一行様は退場なさるぞ! 衛兵! お連れいたせ!!」
「「「「「はっ!!」」」」」
「…………」
「うそでしょ! あ、あんたたち! 汚い手で触らないでよ!! へ、陛下うそですよね! 陛下! 陛下ァ!!!!!……」
コンラート様の一声で衛兵が現れ、お2人を連れて行かれました。覚悟なさったご様子で悄然と出て行かれる男爵様と、最後まで見苦しくわめき続けるあの女。本当に親子なのでございましょうか。
何はともあれ、めでたいことです。これで謂われのない罪に問われることはなくなりましたわ。
勇気をもって証言を行ったエミリアの友人たち。その行いに対し皇帝による評価が下さる。
次回は『褒賞』。お楽しみに!