第31話 天国への途 ~未来へ~
西大陸歴901年11月 3日 夜。
「初めて会うから、もっと怖がられるかと思ったけど。すぐに打ち解けてくれて助かったよ」
「映像は、見たことのある場所にしか投影できませんから……。今まで寂しい思いをさせてしまってごめんなさいね」
「いやいや、念話の指輪があるからって完全に油断してたこっちのミスだよ。ただ、あれは効いたなぁ!」
「ふふふ。しかたないですわよ。私でも相当臭うと思ったくらいですから」
「おいおい! 酷いなぁ。こっちは1秒でも早く君たちに会いたいと思って、戦場から急行してきたのに!」
「あら。わたくしは、何も言わずに抱きしめて差し上げたではございませんか?」
「もう! ……でも、今回は、本当に助かったよ。君の使ってた魔導人形を貰っておいて。
あれがあったから、戦場からこっそり抜け出せたし、そもそも、俺、戦闘中に3回は敵に刺されてるから、生身で戦ってたら、いくら治癒魔法があったって、助からなかったかもしれない……」
彼は興奮すると、一人称が『俺』になる。きっとそれが『素』なのだろう。もっと、わたくしの前では、『素』の自分をさらけ出してくれても良いのに。
そんなことを考えながら、わたくしは、2年前のあの日のことを思い出していた。
西大陸歴899年10月24日 ローゼンブルグ城近郊、某洞窟内。
魔導人形の体が水濠に叩きつけられた瞬間、わたくしは自分に意識を戻した。
しばらくして轟音、そして振動が伝わってくる。城から1里ほど離れたこの洞窟内まで伝わるほどの大きさだ。作戦は成功だろう。
(「ミリィ。聞こえるかい?」)
(「フェル! どうでした? うまくいきましたか?」)
(「ああ! 大成功だよ! いきなり城が、爆発・炎上したから、こっちは大混乱だよ!」)
(「では、手はず通り、こちらは、夜を待って動きます。」)
(「ああ、こっちはこれから、会議を招集する。会議では、不測の事態に備えるため、周辺にいる斥候部隊も戻して、陣営地付近の警戒を厳重にするように指示を出す。ある程度動きが落ち着いたら、また連絡する。夜になると思うけど、一応、その連絡を待って動くようにして」)
(「はい、わかりました。お待ちしています!」)
結局、作戦は、ほぼ事前に計画したとおりに展開した。大成功といっていい。
金品や宝物が運び出されるのを、多くの人が見ていたこともあって、わざわざ瓦礫の山を掘り返そうとする人はいなかったし、差し出した宝物を褒美として軍内で分けるようフェルが指示してくれたおかげで、領民に対する略奪や暴行は起こらなかった。
さらに、濠に身を投げた、わたくし(※の魔導人形)を捜索するという名目で、多くの人員を動員したことで、軍の目をそらすことができた。
唯一の失敗は、陛下の呪を発動させてしまった愚か者がいたことだ。
聞いたところによると、多くの人の目がある中で、周囲の制止を振り切って治癒魔法を掛け、心臓を弾けさせてしまったそうだ。フェルはものすごく怒っていたが、その後の経過を聞くと、「神も味なことをなさる」としか思えなかった。
そして、その混乱のおかげで、ローゼンブルグ家への意識が薄れてくれたことは、わたくしたちの脱出に、大いに役立ってくれた。
帝国軍が混乱する中、わたくしたちは、洞窟の前から川を下り、無事に外洋船に乗り換えた。そして、城の炎上から6日後、1人も欠けることなく、最初の目的地であるノイローゼンブルグ島の土を踏んだのだ。
島に着いてからも激動の日々は続いた。
家屋の建築と農地の開墾は計画的に進めていたため、領民の受け入れはスムーズに進んだ。しかし、本来数千人規模を計画していた島の住民が、万単位に膨れあがっていたこともあって、着いてすぐの数か月は、連日目の回るような忙しさだった。
幸い島は広く、東西20里・南北10里もあったので、当座の土地に困らなかったのは助かった。それでも、お父様とフェルを交えて事前に入念に計画をしていなかったら、大変なことになっていただろう。
しばらくして、島が落ち着き始めると、お父様は、真の目的地である『天国』へと発たれた。
『天国』は不思議なところだった。
生き物が珍しいことは覚悟していたので、さほど驚かなかった。
では、何にが不思議だったのかというと、一番は気候だ。何と、今までとは季節が逆になっていた。
春夏秋冬の順番こそ変わらないが、7月なのに冬で、1月は夏。南に行けば行くほど涼しくなるのも逆だった。
春のつもりで4月に種をまいたが、4月は秋だったとか、暖かく作物を作りやすい南に拠点を作ったつもりが、実は一番寒いところだったとか、笑い事では済まされない。
事前にフェルに聞いていなかったら間違いなく大惨事になっていたと思う。
この2年間には、別の意味でも大事件があった。
事件の一報を入れたとき、開拓の指揮を取らなければいけないお父様も、最前線で戦っているフェルも、「島に向かう!」と言って大騒ぎをするので必死で止めたものだ。
2人の剣幕にあきれつつも、自分がいかに大切にされているかを知ることができた。
これも、今となっては良い思い出になっている。
西大陸歴901年11月 3日 ノイローゼンブルグ島。
旋風鳥に先導されて、大型の飛行機械が近づいてくる。そして、スカイブルーの礁湖に面した広い砂浜の上で動きを止めると、徐々に高度を落とし始めた。
白い砂が舞い上がる。止まるのを待つ時間すら惜しい。風防壁の魔法で舞い散る砂をよけながら、一歩一歩着陸地点に足を進める。
短くも長い数分が過ぎて、それは完全に動きを止めた。
扉が開いて中の人影が見える。わたくしは、砂に足を取られながら、中から飛び出してきた彼に抱きついた。
「フェル!」
「ミリィ!」
足がもつれて2人そろって砂浜に倒れ込んだ。
彼は感極まって涙していたようだ。飛び散った砂が、目の下にべったり付いている。
「フェル! あなた、涙に砂がついて、すごい顔よ!」
「ミリィ! 君だって同じだぞ!」
「まぁ! いやだ!」
「「あははははは」」
砂浜で転がって笑い合うわたくしたちだったが、その甘い雰囲気は、メイドのヘルマによって、たちまちに破られた。
「奥様! 旦那様!
嬉しい気持ちはわかりますが、待っていらっしゃったのは、お2人だけではございません。もう大人なのですから。少し周りを見ていただきませんと!」
……返す言葉もない。
「おとうしゃま?」
ヘルマの陰から、幼子がこちらを覗く。
わたくしたちの娘エルフリーデだ。
「ミリィ! もしかしてこの子が!」
「そうよ! エルフィよ!
エルフィ。お父様よ。さ、お父様にご挨拶なさい」
「……こんにちは、おとうしゃま」
「こんにちは! エルフィ! おいで。これからはお父様がいっぱい遊んであげるられぞ!」
目を輝かせた我が子は、フェルに歩み寄り、飛びつこうとした瞬間。ピタリと足を止め、一言こう言った。
「……おとうしゃま。くしゃい?」
わたくしの最愛の夫は、娘を迎えようと手を広げた体制のまま、顔面から砂地に突っ伏した。
フェルは、初めて会った娘にいきなり「くしゃい」と言われて、泣くほど凹んでいたが、お風呂を済ませてから再会した娘に「おとうしゃま。いいにおい」と言われ、途端に機嫌を直した。
その後は、私ではしてあげられないような力強い遊びに、エルフリーデも大満足。喜ぶ我が子にフェルもご満悦だった。
遊び疲れたエルフリーデはヘルマと一緒にお昼寝を始めた。この様子なら、今日のお昼寝は充実したものになりそうだ。
わたくしたちは、優しく波が洗う青い礁湖に臨む四阿で、2年ぶりとなる2人だけのひとときを過ごすことになった。
「やっと、家族らしいことができたよ。お義父さんにお目にかかれないのは残念だけど……」
「父は、天国で楽しくやってますから」
「本当に? でも、あんなにかわいい孫に会えないなんて、死ぬほど凹んでるんじゃないの?」
「定時連絡の時には、毎回顔を合わせてるから大丈夫ですよ。この間も
『エルフリーデのためにも、天国を本当の天国にするまで俺は死ねない!』
なんて言っちゃって……。それに、父は『内政』とか『開拓』とかが大好きなので、逆に生き生きとしているぐらいなんです。きっと今の父なら、殺したって死にませんわ」
「ははは。それはすごいな! 私も落ち着いたら、早速開拓のお手伝いに行かなきゃだな」
「そうですね。でも、フェルには、それより先にもっと大切な仕事をしていただきませんと」
「?」
「まずは、わたくしたちをもっと可愛がってください」
それを聞いたフェルは、瞬時にわたくしを抱え上げた。
「ちょ、ちょっと」
「『可愛がって』って言ったのは、ミリィだからね!」
「まだ、昼間……」
「関係ないね! 俺はいつでも君たちを可愛がりたいと思ってるんだ。さっき、エルフィは、いっぱい遊んで可愛がったから、次は、ミリィの番だよ」
わたくしの話は全く聞いてもらえず、そのまま、部屋に抱え込まれて、たくさん可愛がられた。
夕方。エルフィを連れたヘルマに「時と場をわきまえてくださいませ!」って、2人して怒られた。
思えば、ちょっと軽率な発言だったと思う。反省している。次から気をつけようと思った。
でも、すっごく嬉しかった!
西大陸歴905年12月11日 朝。船上。
茫洋たる大海原。
波をかき分けて、船団は南へと進む。
島を離れて7日目。最初は海の広さを喜んでいた子どもたちも、いつまでも続く海に飽きてしまい、部屋で遊ぶことが増えた。船速を強化した魔導船にもかかわらず、7日経っても島影の一つも見当たらない。旋風鳥を飛ばしたときは、1日で着いたのに…。
わたくし自身も海を見るのが嫌になり始めてきたころ、子どもたちがブリッジに駆け込んできた。
エルフリーデが、空を指さして言う。
「おとうさま、おかあさま、みて! 鳥さんがいる!!」
目を凝らして、南を見ると、抜けるような青空に、白い鳥が2羽、羽ばたいているではないか!
フェルが叫ぶ。
「エルフィ! お手柄だ!
みんな鳥だぞ! 陸地は近い!!」
船内が歓声に包まれる。わたくしたちはお互いを見つめ合い、そして、3人の子どもたちをひしと抱きしめた。
数刻後、海の彼方に青く霞んだ山々が見え始めた。
そして、時間とともに、朧気だったそれは、どんどんと輪郭をはっきりさせていく。
数隻の漁船が見えた。漁師たちは作業を止めてこちらに手を振っている。
日が西に傾き始めた夕刻、出迎えの人々の歓声に包まれながら、船は滑るように港の桟橋に着岸した。
待ちきれなくなった子どもたちが、タラップを駆け下りていく。そして、出迎えの先頭に立つ、お父様に飛びついた。
「ミリィ。私たちも行こう!」
「ええ!!」
わたくしは、夫と手をとりあい、初めて、新大陸『天国』の地を踏んだ。
思えば、この10年。いろいろなことがあった。
悲しいことや、辛いことも数え切れないほどもあった。
予期しない悪意を受けて、人生を諦めかけたこともあったけれど、彼を始めとする多くの優しい人たちに支えられたから、わたくしは今ここにいる。
そして、険しい道を乗り越えた先には、たくさんの嬉しいこと、楽しいことが、諸手を上げて待っていた。
新大陸の国づくりは始まったばかり。課題も山積している。これからも、大変なことはたくさん起こるに違いない。しかし、起こるのは悪いことだけではないということもわかっている。
今、わたくしには、たくさんの仲間がいる。そして、大切な家族がいる。
その人たちみんなで手を携え、たとえ、傷つき、苦しむ人が出ても、支え合い、乗り越えていける国を作っていこう。
多くの絶望を乗り越えてきたわたくしたちだからこそ、それはできるはずなのだ。
わたくしは、夕焼けに顔を染めながら、隣に立つ夫に、思いを伝える。
(「フェル。幸せになりましょうね」)
(「私は、今、かなり幸せなんだけど……」)
(「もう! ……じゃあ、みんな、もっともっと幸せになりましょうね!」)
(ああ! みんなで、もっともっと幸せになろう!)
わたくしたちの立つ新しい大地を、爽やかな海風が、ひとすじ、吹き抜けていった。
約1か月、全31話に渡って連載を続けてまいりました『皇帝の罠、令嬢の罠』本話をもちまして完結です。皆様、ここまでおつきあいいただき、ありがとうございました。
本作は、謎解きの要素なども取り入れながら進めてまいりましたが、いかがでしたでしょうか。読了された方、まだでしたら是非、下の☆を押して★~★★★★★で評価をいただけますと幸いです。




