第30話 天国への途 ~別れ~
西大陸歴899年10月24日 ローゼンブルグ城。
とうとうこの日がやってきた。今日、城とは永遠の、旦那様とは暫しの別れとなる。
先ほど、旦那様が100名ほどの人員を引き連れてやってきた。
昨日の使節メンバーに加えて、治癒師と輸送隊が随伴している。
その目的だが、第1は、なんと言っても陛下と虜囚たちを連れ出すため。第2に、失わせるのは惜しい大きな宝物や、税として徴収した金銭を運び出すため。そして、第3に、城内へ酒やご馳走を運び込むためだ。
城内に運び込むものは要らないのではないかと思ったのだが、旦那様に言わせると「武士の情け」だそうだ。この辺の理屈については、わたくしにはよくわからないので、旦那様があちらに来たときに聞くことにする。
ああ、そうそう、昨日交換したばかりの指輪だが、念話は発動させていない。
あれはすごかった。正直なことを言えば、いつでも発動させていたいのだが、ちょっとした問題があることがわかった。
仕事にならなくなってしまうのだ。
わたくしも旦那様も立場のある人間だ。仕事に遅滞が出ては周囲への害が大きすぎる。泣く泣く時間を決めて使うことにした。
さて、今日の流れだが、追討軍としては、旦那様が1人、人質となって、ローゼンブルグ家に拘束されている間に、物資の運び出しと、陛下を除く虜囚たちのの治療を行う。その間に我がローゼンブルグ家は、別れの宴を催す。宴の終了とともに、陛下と虜囚たちを伴って旦那様は城を去り、わたくしたちローゼンブルグ主従は、天国へ向かう長い旅に出る。
そして城は最期を迎えるのだ。
旦那様を立会人の名目で迎え入れた大広間には、今も城に残る家臣の1/3が集められている。これから3交代で、この城での最後の宴を行うのだ。
女・子どもや、足腰の弱った老人たちのほとんどは、先に送った。だから、ここに残っているのは、屈強な男か、身体強化が使える魔力持ちだけだ。
魔法で大広間に追討軍の間諜がいないことを確認すると、旦那様と一緒に全ての窓や扉に『防音』と『施錠』と『認識障害』の魔法を掛けた。これで、中で何が行われているのか、外から知る手立てはなくなった。ちなみに外の様子は映像魔法で鏡に映しているから、いきなり奇襲を受けることはないだろう。
準備が整ったのを受けて、家宰のグンターが宣言する。
「これより、ローゼンブルク家、送別の宴。並びに、結婚披露宴を挙行いたします
まずは、我らが主君、オイゲン様よりお言葉を頂戴いたします」
「此度は、我らの不徳のいたすところによって、皆の者には大変迷惑を掛けた。そして、先祖の残してくれたこの城も、ローゼンブルグ侯爵家も今日が最後の日を迎えるになった。
ここにいる諸君は、我らとともに長い旅路に赴く同志である。この土地に残って人生を全うするという無難な選択肢もあった中、辛い道を選んでくれた諸君の忠義には感謝しかない。代々のローゼンブルグ家当主の代表として礼を言う。ありがとう。」
会場のあちこちから、すすり泣きや嗚咽が聞こえる。
「しかし、悲しいことばかりではないぞ、先ほど宣言があったとおり、この侯爵家最後の日に、我が長女エミリアに夫を迎えることができたのだ。
ただ、お相手のフェルディナント殿下は、皇帝の兄。不信を覚える者も多いだろう。しかし、それは心配無用だ。皆も知っているとおり、エミリアは、あの騒動以来多くの辛い出来事の中を生きてきた。それをずっと支えてくれたのが、このフェルディナント殿下だったのだ。そんな殿下を、ようやく新たな家族としてお迎えすることができた。
最後の日を慶事で笑って過ごすことができる。こんな素晴らしいことはまずあるまい。だから、皆の衆。今日は存分に笑って楽しんでほしい」
「続きまして、新郎新婦を代表いたしまして、新郎フェルディナント殿下より、ご挨拶を頂戴いたします」
「まず挨拶の前に、2点ほど。まず、この度は、弟たちが大変な迷惑を掛けた。そして、私の力が足りないばかりに、諸君らには、しなくてもいい苦労をさせることになってしまった。この2点について皇家を代表して謝罪する。大変申し訳なかった」
会場の各地で、感嘆や、戸惑いの呟きが漏れる。わたくしは頭を下げたままの旦那様に話しかけた。
「旦那様。頭を上げてください」
「ミリィ。でも」
「わたくしたちはあなたに救われたの。そんなあなたが、ずっと頭を下げていたら、わたくしたちローゼンブルグ家の者は立つ瀬が無ありませんわ」
旦那様は、はっとした顔でこちらを見た。そして、わたくしに頷いてまた話し始めた。
ふふふ。他の人を助けるときはとても優秀なのに、自分のことは見えていないなんて。世話の焼ける旦那様だこと。
「大変失礼した。話を戻そう。
諸君らの心配はいくつかあると思う。ひとつは、『この地に残ることを決めた縁者や知人友人が理不尽な扱いをされないか』ということだ。それに関しては、確約しよう。『残る者は一切罪に問われない』これは、神の下に誓約が行われた。だから、今日は心置きなく、宴を楽しんでほしい。
と、なるともう一つ心配があるだろう。
……酒や料理は足りるのか? これも心配無用だ。軍の方から大量に物資をせしめてきた。思う存分飲み、心の赴くままに食ってくれ。酔いすぎたヤツには解毒魔法を掛けてやるからな!」
会場が笑いに包まれた。そして、その笑いが治まった後、改めて旦那様は話し始めた。
「さて、諸君、昨日、我々両名は、夫婦の契りを立てた。本来であれば、愛する妻エミリアとともに旅立つのが筋だし、わたくしもそうしたいと思っている。しかし、申し訳ないが少しだけ待ってほしい。
諸君らとともに私が行ってしまえば、この国はどうなる。今上帝の解呪ができるのは、おそらくこの世では私とエミリアだけだ。諸君らにとっては憎き皇帝かもしれないが、この者が死ねば、次の皇帝は間違いなく愚弟ヴィルヘルムだ。ヤツの噂は諸君らも漏れ聞いていよう。あれが皇帝になどなってしまったら、この国は終わりだ。残された民たちは塗炭の苦しみを味わうことになりかねん。
愚帝の登極を阻止する。皇家に生まれた者の義務としてそれだけは果たさねばならぬのだ。しかし、私は必ず諸君らの下に向かう。その誓いをここで立てる。皆には証人になってほしい。
大司教様。お願いします」
「うむ。
×××××××× 神よ。小さき人の子、フェルディナントの誓いをお聞き届けたまえ」
「私こと、フェルディナントは、何年かかろうとも、必ず妻エミリアの下に向かいます。もし、それをあきらめるようなことがあれば、私に重い罰をお与えください」
大叔父様に続いて旦那様が神に祈りを捧げると、旦那様の体が白く光り輝いた。
広間に歓声が上がる。
「フェルディナント様万歳!」「エミリア様万歳!」「ローゼンブルグ家万歳!」
もうそこからは、身分の上下を感じさせない無礼講になった。ここにいる全ての者は、一緒に旅立つ同志なのだ。今日ぐらいは良いだろう。わたくしも、普段はあまり話すことのない家臣と言葉を交わすなどして、とても楽しい時間を過ごすことが出来た。
ただ、旦那様は大変だっただろう。一人アウェー状態なので仕方がないのだが、行った先々で、酔った家臣に絡まれる。酔っていない家臣にも絡まれる。泥酔者の解毒をさせられる。
極めつけは、酔っ払ったお父様に壇上に呼びだされて、結婚の許可を得るシーンの再現(?)をやらされていた。
「エミリアさんと結婚させてください!」
「憎きザルツランド家の者などに娘はやれん!」
「ちょっ! お父様! そんなセリフなかっ……。」
「エミリア! 黙っておれ! わしはこれを一度やってみたかったのだ!」
「……もう一度だ。 娘はやれん!」
「私が必ず幸せにしてみせます!」
「若造が、聞いたような口をたたきおって! ええい! くそ! 一発殴らせろ!!」
殴られた旦那様は、お父様に言った。
「お義父さん。これでお許しいただけますか」
「わしはお前の父ではない!……しかし、その根性に負けた! 娘をやろう!」
「ありがとうございます! やったよミリィ!」
そのままわたくしは、抱きしめられ、抱え上げられて、くちびるを奪われた。
会場も大喝采。
わたくしもね、うれしかったわよ。確かにうれしかったけどね。……絶対後でお説教だ!
この日は、こんなことを3回繰り返すことになった。
しかし、楽しい時間は足早に通り過ぎて、最後の時が近づいてくる。
広間の片付けも終わった。
あとは、陛下を引き渡すだけだ。
使節団が広間に入ってくる前に、わたくしはこれまで約5年間書き続けた日記を旦那様に託した。
渡してほしい相手は従弟のエアハルト。
彼は、陛下を守るために獅子奮迅の活躍をした。私が魔導人形を遠隔操作して参戦しなければ、あそこでローゼンブルグ家は終わっていただろう。
そんなエアだが、陛下を守りきれなかったことに変わりはない。放っておいたら、間違いなく罰せられるだろう。立場は敵になってしまったが、私を好いてくれていたかわいい従弟が罰せられるのは本意ではない。
旦那様は「絶対身を守る」と言ってくださったが、いざというときは、この日記をさし出せば、罪を軽くできるのではないかと思うのだ。
この5年弱、本当にいろいろなことがあった。辛いことも嬉しいこと書き記してきた大切な日記だが、人の命には替えられない。私は思い出だけをもって旅立つとしよう。
引き渡しの儀式も無事に済んで、旦那様たちは広間を去った。
(「ミリィ聞こえる?」)
××××(「はい、旦那様」)
(「準備が出来たら合図を送るからよろしくね」)
(「はい、こちらからも送りますので、その時は手はずどおりに」)
(「わかった。待ってる」)
さあ、旅立ちだ。
わたくしも地下へと向かう。宴に参加した者たちも、順番に旅立ちを進めている。わたくしとお父様は、みなの出立を見守るため、最後に行く予定だ。大叔父様は、家宰のグンターとともに先に行っていただいた。大叔父様は最後まで残りたいと渋ったが、「先に行って、忠臣たちをお導きいただくのも領主一族の務めです」と頼み込んで、ご了承いただいた。
お父様は領主として最後まで残る義務があるし、わたくしにも役割がある。
出立があらかた済んだとき、旦那様から合図があった。それをお父様たちに伝え、残った者たちの出立を急がせる。
5分後。とうとう皆行ってしまった。
「よし、私たちも行くとしよう。では、エミリア頼んだよ」
「お父様。しっかり勤めて参ります」
わたくしの意識は急いで塔の上へと向かう。塔の上からは、ローゼンブルグ城と、その周囲を取り巻く追討軍の様子がよく見える。跳ね橋のたもとに旦那様の率いる行列が見えた。目をこらすと旦那様の姿が見えた。
××××(「旦那様。全て整いました」)
(「ああ、こちらからも姿が見えたよ」)
(「それでは参ります。ご覧ください」)
「皆の者! 塔の上を見よ!!」
「誰だ!」「女だ!」「何をしている!?」
「あれは、エミリア・ローゼンブルグだ!!」
「何だと!」「何をするつもりだ?」「まさか大魔法か!?」
追討軍の注目を浴びる中、わたくしは胸のボタンに短剣を突き立てた。そして、そのまま眼下の濠に向かって身を投げる。そして、その体が水堀に叩きつけられたとき、城の各所で爆発が起き、城は炎上した。
長い歴史を誇るローゼンブルグ城と侯爵家、最期の瞬間だった。
時は進み2年後。皇弟ヴィルヘルムを討ち取った直後から行方不明になったフェルディナント。彼はその後どうなったのか。約束通りエミリアとの再会はできたのか。
次回、最終回『天国への途 ~未来へ~』。お楽しみに。




