第3話 舞踏会
もう。なんて長いのかしら。
わたくしは長いので有名な、学院長の挨拶を、聞いておりました。
それにしても、今日はいつにも増して長いように感じます。
これというのも、お父様がせかすからですわ。そう思い、壇上の貴賓席に座るお父様を、にらみつけました。
……お父様は、冬だというのに大量の汗をかき、視線を、あちこち彷徨わせていらっしゃいました。
はぁ。本当にあきれました。
このような体たらくでは、結婚式ではどうなることか。家に戻りましたら、鍛えて差し上げませんと。これでは、亡くなられたお母様に、申し訳が立ちませんわ。
そんなことを考えておりますと、自席に戻られた学院長に代わり、赤い長髪をなびかせた、端正な顔つきの男性が、舞台に現れました。その雅やかなお姿に、主に女性を中心とした溜息が聞こえます。
この舞踏会の司会を務められます、メクレンブルグ伯爵家の嫡男、コンラート様でございます。
コンラート様は、わたくしや陛下と同じ学年でございますが、その端正なマスクと、優しい眼差し、そして大貴族の嫡子でありながら、全く驕るところがない気さくな態度で、同級生のみならず、上・下級生にも多くのファンがいらっしゃいました。そして、嫡子でありながら、婚約者がまだ決まっていらっしゃらないことが、その人気に拍車をかけていらっしゃいます。
陛下の側近である、コンラート様ですが、実は、わたくしは少々苦手に感じております。
女性関係がだらしないから?
いいえ、そうではございません。わたくしだって女です。最初は、美しく優雅な姿、紳士的で理知的な言動を好ましく思っておりました。しかし、陛下を通じて深くつきあううちに、少しずつ気になっていったのでございます。
どこが気になったか。
それは、コンラート様は、誰にでもお優しいところでございました。
『優しいなら問題がないのではないか』
そう思われる方は多いと存じます。わたくしも、幼年学校時代まででしたら、全く気にならなかったでしょう。けれども、わたくしはフェルディナント様にやり込められることで、知ってしまいました。
耳ざわりの良いことだけを言ってくれる人は、本当に優しい人ではないのだと。
そういえば、コンラート様から注意を受けたとか、たしなめられたとかいう人は聞いたことがございません。そして、コンラート様は、誰にでも平等に、優しい言葉をかけてくださいます。
では、コンラート様は、誰に一番優しいのでしょうか。
コンラート様は、実は、ご自分に一番優しいのではないでしょうか。
誰にでも優しく敵を作らないのは、ご自分を守るため。ご自分を守るためなら、周囲の方がどうなられようと、さほど関心がない。そしてひとたび敵と認識なさったら、容赦なく切り捨てる。そんな貌を裏でおもちなのでは?
そんなことを考え始めてしまいますと、もう、100%安心して、心を許すことはできなくなっておりました。
わたくしの勘ぐり過ぎで済めば良いのですが……
そんな、わたくしの考えをかき消すように、コンラート様の透き通った声が、会場に響き渡りました。
「皆様、壇上に御注目ください。陛下の御入場でございます!」
コンラート様のお声に合わせて、光魔法が発動し、照らされた扉の奥から、陛下が颯爽とこちらに歩んでいらっしゃいます。光魔法に照らされたブロンドの髪。切れ長な目の奥に輝く青い瞳。透き通るような白い肌。いつにも増して凛々しいそのお姿。いつものことながら見とれてしまいます。
万雷の拍手が轟く中、舞台中央に進まれ、手で拍手に応えられた陛下。それを受けて、拍手は一際大きくなり、そして、ピタリと治まりました。
「学院生諸君。今日は年に1度の高等学院舞踏会である。是非、楽しんでいってもらいたい。
さて、毎年恒例の舞踏会であるが、今年は例年と違う点がいくつかある。
まず、1つ目は朕が、皇帝の立場で参加していることだ。
2つ目は、保護者以外の貴族諸兄が招集されており、各国大使の方々にも御臨席いただいていることだ。
噂で聞いている者もあろうが、実はこの場を借りて、重大な発表をすることになった。諸外国含め、様々な者に知ってもらいたいことなので、あえて加わってもらった。
このような学園行事で、私的な発表を行うことに、違和感をもつ者もいるだろう。また、その内容に不快感をもつ者もいるだろう。
しかし、これから発表することは、帝国の将来にも関わる重要なことなのだ。どうか寛恕の心をもって聞いてもらいたい」
「エミリア様、いよいよでございますね!」
「おめでとうございます。エミリア様!」
皆様方が、小声で話しかけてくださいます。本来でしたら、はしたないことですので、おたしなめ申し上げるところでございますが、わたくしもうきうきしておりましたので、思わず、お話に加わってしまいました。
「ありがとうございます。でも、ちょっと気が早いのではございませんか?」
「もう、エミリア様だって『ありがとうございます』って、おっしゃっているではございませんか!」
「あら、いけませんわ。わたくしとしたことが」
「「「ふふふふふふふ」」」
「ローゼンブルグ侯爵令嬢エミリア殿。前へ」
「はいっ!」
とうとう来ましたわ。早速陛下の御前へ参りましょう。
会場には、大勢の方がいらっしゃいますが、わたくしが歩を進めますと、自ずから前に道が開けて参ります。そして、歩むごとに皆様の視線が集まります。憧憬、羨望、嫉妬。見つめる目差しに込められた感情は人それぞれでございますが、今はどれも心地よく、そして誇らしく受け入れられます。
わたくしはゆっくりと皆様の間を歩み、御前に進み出ました。そして、陛下と、壇上に居並ぶ来賓の方々にご挨拶申し上げます。
舞い上がって、カーテシーが乱れてしまっては、どういたしましょうかと、正直、危惧していたのですが、どうやら普段通り、完璧に行えたようです。
「諸君、この者が、朕の婚約者である、エミリア・ローゼンブルグである」
「本日この場において、皇帝フリードリヒ・ザルツラント・シュバルツは、エミリア・ローゼンブルグとの婚約の破棄を宣言する!」
わたくしはその時、彼が何と言ったのか、理解できなかった。
いや、わたくしだけではない。ほぼ全ての人間が同じ反応をしていたことだろう。
舞踏会の会場で、その意味を理解していたのは、2人だけだったのだから。
舞踏会冒頭で、いきなり発表された婚約破棄。婚約破棄の理由を尋ねる主人公エミリアの前に証言者が現れる。その人物の語る内容とは。次回は『証言者』。お楽しみに!




