第28話 天国への途 ~希望~
??? 7月31日 天国?
魔法を効かせているとはいえ、夜はそれなりに寒い。ベッドに入り込んできた冷気に私は目を覚ました。
「……あら、あなた?」
「すまんな、起こしてしまったか」
時計に目をやると、もう夜半過ぎ。今日はずいぶん長い相談だったらしい。まあ、ずいぶんと久しぶりだったから、仕方がない。
「あまり長く起きていらっしゃいますと、お体に障りますよ」
「ああ、そうだな。……それで、朝になってからと思っていたんだが、君に、ちょっとお願いがあるんだ」
彼のばつの悪そうな顔を見るのはいつ以来だろう。これは、重大なことを勝手に約束してしまったときの顔だ。
もしかすると、嫌な話かもしれないけれど、笑って許して差し上げよう。
だって、あなたは、わたくしの恩人で、わたくしの誰よりも大切な人。
わたくしがあなたの話を断るなんてあり得ない。
それにね、わたくし、分かっているの。あなたが、わたくしの本当に嫌がることをするはずがないってね。
「それで、旦那様。わたくしにどのような願いごとがございますの?」
「実は……。」
西大陸歴899年6月28日 ローゼンブルグ城。
後悔する時間は過ぎた。もう、たくさんの方々を巻き込んでしまった。今は、どれだけ被害を抑えられるかを考えなければならない。
わたくしが物思いにふけっていると、コツコツと窓をたたく音がする。この音は使い魔のクーちゃんだろう。しきりに窓をつついているようだ。怪訝に思ったわたくしが、窓を開けると、夜の爽やかな空気が、部屋に流れ込んできた。
外は闇。部屋の明かりに慣れた目では、周囲を見渡すには、いささかきつい。
クーちゃんの視界を借りて外を見と、夜空に奇妙なものが浮かんでいるのが見えた。
あれが何かは、はっきりとはわからないが、誰が飛ばしているのかはすぐにわかった。
動きを見ると、なにやら探し回るように城の周りを飛んでいたようだが、暫くすると窓の明かりの中に、わたくしの姿を認めたのか、こちらに向かって飛んできた。
やってきたのは、わたくしの作った旋風鳥とは全く違う形の魔導具だった。
わたくしの知るどんな生き物にも似ていない飛行機械。これを飛ばそう……。いや、これが飛べると想像できるのは、あの方だけだ。
魔道具はスムーズに方向転換すると、なめらかな動きで窓から部屋に入ってきた。そして、ゆっくりと床に降りた魔導具は、空中に人の姿を映し出す。
やっぱり。
フェルディナント様だった。
直接でないとはいえ、フェルディナント様が、わざわざお越しくださったことは、とても嬉しい。
もう二度と、お会いすることは叶わないと思っていたフェルディナント様。愛しいこのお方に、死ぬ前にお目にかかれた。それだけで私の胸はいっぱいになっていた。
ここ数年、わたくしは多くの不幸に見舞われていた。こんなわたくしを神も「哀れ」とお思いになり、最後にご慈悲をくださったのだろう。
しかし、わたくしたちローゼンブルグ家の人間は、大逆を犯した。関わりになっては、フェルディナント様に傷が付く。
わたくしが拒絶の言葉を口に出そうとした瞬間、フェルディナント様が語り出した。
「待って、エミリア。まず、私の話を聞いて。君たちを助けに来たんだ。私は君の味方だ。信じられなかったら、この魔道具を介して、私に制約魔法をかけてもらってもいい」
「いえ、わたくし、フェルディナント様のことは信じられます。それに、もし、フェルディナント様が手柄を立てたいとお考えでしたら、この命差し出すことに否やはございません」
「何でそんな全てを諦めたようなことを言うの!」
「でも、わたくし、勘違いでとんでもないことをしてしまいました」
「まだ、終わったわけじゃない! フリードリヒは生きてるんだろう?」
わたくしは、力なく首を横に振る。
「なぜ! 真筆の発給文書だって出ていたじゃないか!」
「あれは魔導具の力で操って書いていただいただけなんです」
「でも、操るにしても、死んでしまっているのなら、体が固まって、動きがおかしくなるはずだ。生きていなければ、あんな滑らかな字は書けないだろう!」
わたくしは、また、力なく首を横に振る。
「確かに、陛下は動くことは出来ますが、あれは心臓に突き刺した短剣の魔力で無理矢理生かしているだけなのです。」
「じゃあ、抜くと同時に治癒魔法をかければいいじゃないか。君だけなら無理でも、私が一緒にやれば……。」
わたくしは殿下の言葉を遮り、話を続けた。
「短剣にかけてある魔法は呪を利用しています。刺されている方に魔法をかければ暴走して心臓を破壊いたします。そして、無理に抜こうとしても、心臓が一緒に引き抜かれるようになっています。
治癒魔法があるとはいえ、心臓が無くなってしまった方を一瞬で治癒できるほど万能なものはございません」
「そこまで恨まれていたとは……。いや、婚約破棄といい、君やローゼンブルグ未亡人を愚弟が愛妾に望んだことと言い、君たちが皇家にされてきたことを考えれば当然か……」
「はい。陛下は、もう本格的に我が家を潰そうとしていらっしゃるものとばかり……。
4年前の婚約破棄はともかく、このような辱めを受けて、その上、家門まで奪われるなら、いっそ、その元凶を葬って、親子共々潔くこの世を去ろうと……。
ただ、父は出征することになっておりましたので、時間がございませんでした。
父が帝都を安全に脱出し、亡き母と兄の葬られているこの街で、一緒に最期を迎えるためには、呪いを利用するよりほか、方法が見つからなかったのです」
わたくしは、一度、視線をそらした。そして、フェルディナントに様に向き直ると、話を続けた。
「……でも、あなた様のお手紙を拝見して、気が抜けてしまいました。
その上、愛妾の話は、ヴィルヘルム殿の独断だったのですね。傀儡状態の陛下にも伺いました。それどころか、あの者は早晩粛清される予定であった。と。
それを知ってしまいますと、自分が浅はかなことをしてしまったという思いばかりが大きくなり、もう怒りが沸いて参りません。
最初は、城を枕に郎党共々討ち死にするつもりで気勢を上げておりましたのに……」
「いや、君たちは悪くない。4年前君たちを貶めたのも、愚弟をのさばらせたのも、全てフリードリヒの仕業だ。悪くない君たちをむざむざと死なせるわけにはいかない」
「陛下は瀕死。援軍のあてもない。父と2人でなら、逃げることも出来るかもしれませんが、そんなことをすれば、残された郎党や領民は大変な目に遭わされるでしょう。そこまでして生き続けたいとは思いません」
「そんなことは言わないで。エミリア。諦めたら終わりだ。だけど、諦めなかったら大概のことは何とかなるんだ」
「でも、この期に及んでは、何とも……」
「それを、どうにかするために私が来たんだ。腹案も幾つか持ってきた。一緒に考えよう。まず、フリードリヒの状態を知りたい。見せてもらえないか」
わたくしは、陛下が寝かされている隣室に、フェルディナント様の魔導具を運んだ。
フェルディナント様は、魔剣の柄に描かれた呪や、寝ている陛下の様子などを確認していたが、ふっ、とため息をつくと、話し始めた。
「これは、年単位で時間をかけないと解呪は厳しそうだね」
「やはり、フェルディナント様でも、無理ですか」
「ああ、しかも、魔法なしで体を維持することは不可能だ。このままなら保って半年というところだろう」
「乱を起こしたら、最低でも3か月程度は時間を稼いで、領都の民を避難させ、死に場所を作るつもりでしたから。確かに、陛下の体が保つのは、うまくいってもそのぐらいだと思います」
「でも、やり方はある。この剣は、刺された者の魔力を奪って、それを基に体を動かしている。魔力が尽きれば動けなくなるから、そのまま死ぬしかない。そういう呪がかけられているね」
「はい。そのとおりです」
「でも、剣に直接魔力を注ぐことはできる」
「あっ、確かに! その通りです! そうか! 剣に魔力を充填してやれば、体から吸収するのを抑えられるから、魔力が尽きて命を落とすことは避けられるというわけですね!!」
「そうだ、それで、『皇帝暗殺』による追討という事態は当面避けられる」
「なるほど、それで時間を稼いでいる間に、解呪を進めるのですね!」
「そのとおり。ただ、『皇帝の拉致』を追討の理由にすることに決まったら、この策はもうだめだ。
私もフリードリヒをむざむざと殺したくはないから、文書発給が続いていることを理由に粘るつもりだけど、最後まで粘りきれるかはわからない。
だから、うまく行かなかったときのための策も平行して進めておいてほしいんだ」
「それは、どのような策なのですか?」
「それはね……。
ローゼンブルグ城を木っ端微塵に噴き飛ばすんだ!」
わたくしは最初、フェルディナント様の策を聞いたとき、唖然とした。でも聞いているうちに、だんだん可笑しくなってきて、最後は笑いだしてしまった。
この方は、なんてことを思いつくのだろう。こんなにわくわくされられたのは、初等部の魔法勝負以来。いや、それ以上だ!
最初の策がうまくいくのが、ベストなはずなのだが、わたくしは不謹慎にも、追討令が出て、彼の策が実行されるのを見てみたい。そう思ってしまった。
この日の話は早々に切り上げた。でも、焦りはない。フェルディナント様は通信用の魔石を置いて行くそうなので、これからはいつでもお話をすることが出来るからだ。
明日は、お父様も交えて計画を詰める。色々と準備しなければいけないこともあるから、今まで以上に忙しくなりそうだ。気が昂ぶって、すぐに寝られるかどうかは怪しいが、今日は早く床につかなくては。
そう思いながら、フェルディナント様にお別れを言おうとしたとき、突然彼はおっしゃった。
「あ! ごめん! 一番大切なことを言い忘れてた」
「?」
「エミリア。手紙に書いた結婚の話。私は諦める気はないからね!」
やられた。今日は寝られそうにない。
西大陸歴899年10月23日。ローゼンブルグ城は、追討軍に包囲されていた。降伏勧告と皇帝の身柄の引き渡しのための全権として、使節を率いて入城したのは、皇兄フェルディナント。彼は策を巡らし、城内でエミリアと再会する。そこで行われたことは果たして何だったのか。次回、『天国への途 ~繋がり~』。お楽しみに。




