第27話 ※メクレンブルグ伯コンラートの最期
※閲覧注意です。読む人によってはかなり不快感を覚えるシーンがあるかと思います。不快に感じた方は、ブラバしていただくか、後半、痛めつけられるシーンからお読みくだると良いかと思います。
私が、自分自身を美しいと気付いたのはいつの日だったろうか。そして、ある日気付いたのだ。美しいだけでなく、頭も良く、魔力も高く、武術も使える。私は完璧ではないか!
「『全ての上に立つ至高の存在』それが私、コンラート・メクレンブルグだ!」
と、幼い日の私は思っていた。
それが打ち砕かれたのは高等学院でのことだった。
空前絶後とも言われる魔力を誇る『魔導の化身』エミリア・ローゼンブルグ。
新たな技術をどんどん開発する『内政の天才』フェルディナント・ザルツラント。
外交政策に詳しく野心溢れる『次代の皇帝』フリードリヒ・ザルツラント。
武の名門に生まれ、12歳にして実戦経験を持つ『辺境の若獅子』ディートリント・フェルゼンラント。
同年代に、複数分野で私以上の才能をもつ天才たちが顔をそろえていた。
私は全ての頂点ではなかったのだ。
心を折られかけた私だったが、あることに気付いた。
『美しさは誰にも負けていないじゃないか!』
エミリアは見た目がキツイ、フェルディナントはひょろひょろ。フリードリヒは無表情。ディートリントはタレ目だし、筋肉がつきすぎている。それに比べて私はどうだ。サラサラな赤毛に。端正な顔つき。優しげな目。均整の取れたボディー。まさに完璧じゃないか!
私は自信を取り戻した。
それからはとにかく自分磨きに精を出した。
自分磨きは顔や体だけじゃない。頭が悪ければ頭の悪さは顔に出る。体や魔力を鍛えなければ自信のなさが顔に出る。誰にでも優しく接しなければ、性格のきつさが顔に出る。そして私は完璧な貴公子になったんだ。
そうしたら、女たちがどんどん近づいてきた。美しすぎる私には釣り合いの取れない女ばかりだが、この美しさが罪なのだろう。求めるてくる女には情けをかけてやることにした。
当然、付き合いは、基本的に一夜限りだ。全て事前に同意は取っているし、その一夜は誠心誠意相手に尽くしている。彼女ら程度の者が、こんなに美しい私を一人占めしようなんて、何ともおこがましいことではないか。
そんな時、ある女が近づいてきた。カトリーナとか言う男爵家の娘だ。見た目こそ、悪くないのだが中身が何とも薄っぺらい。その上言うに事欠いて「そんなに頑張らなくても良いんですよ」だと。笑わせてくれる。
全てトップを取ろうとするならまだしも、学院の学習など上位ランクに入っていればいいのだ、こんなものは、私にとって、努力のうちに入らない。まさかと思うが、仮に美貌の維持のことを言っているのだとしたら、噴飯やる方ない。好きでやっていることなのだ。あいつのような小娘に口を挟まれるなど、許されることではない。確たる処分を検討せねばならない。
皇帝陛下が崩御なさり、フリードリヒが即位した。まだお互い在学中なので、大きなことはできないが、これで私も宰相への道が近づいた。フリードリヒには頑張ってもらって早く宰相にしてもらわねば。『美貌の宰相』として、国内外から賞賛される姿が、今から目に浮かぶというものだ。
そんなある日、フリードリヒが悩んでいるようだったから、
「陛下。いかがなさいましたか? お悩みのことがございましたら、ご相談ください。臣で出来ることでしたら何でもいたしますぞ」
って言ってやったら、何と、エミリアとの婚約を破棄したいんだと。
あいつ、
「エミリアの実家は今後頼りにならないから、別のところと交代させたい。でも、皇家から婚約解消を言い出したら、こっちの責任になって、賠償をしなきゃいけない。自分は大貴族の権限を削ぎたいから、そんなのは嫌だ」
なんて無茶なことを言うんだ。そんな相談を受けてる私も大貴族の息子なんだけどねw。
まあいいや『美貌の宰相』への第一歩だ。あの頭の足りない女をけしかけたらいいってアドバイスをしてやった。
ちょっと粗い謀略だとは思うけど、相手は単純なオイゲンと魔法バカのエミリアだ。どうせばれっこない。上手くいったら、査定よろしくお願いしますよ。陛下。
怖かった。本当に怖かった。
婚約破棄が大成功だったんで、宴会でフリードリヒにおねだりしてたら、いきなり、フェルディナント殿下に殴られた。それですごく怒られた。あの人ひょろひょろだったから、たいしたことないんじゃないかと思ってたんだけど、グーで殴られて、部屋の端まで吹っ飛ばされた。歯は折れるし、口は切るし、鼻血は出るし。怖くて鏡を見られなかったけど、きっと鼻だって曲がってた。せっかく整えてきた私の美貌が無になるんじゃないかと思ったら頭が真っ白になった。さんざん怒られたのはわかっているけど、何を言われていたかはほとんど覚えてない。最後には元通り直してくれたから良かったようなもので、そうでなかったら私は生きていけなかったかもしれない。
フェルディナント殿下には、絶対逆らっちゃ駄目だ。でも待てよ、もしかしたら、殿下の言うことをよく聞いておけば、何かあったとき治癒師が治せないようなものでも、すぐに治してくれるんじゃないか? そう考えたら余計離れられないわ。
そう言えば、エミリアって、魔法に関しては殿下以上だよな。もしばれたら、治せないような呪いとかかけられてたかも。
フリードリヒの野郎! 危ない橋を渡らせやがって!
フリードリヒが結婚することになった。相手は隣国の王女だそうな。で、俺が帝都までのエスコート役を仰せつかった。これは、隣国に顔を売ってこいって言う、フリードリヒの温情だろう。
どうやらメクレンブルグ家もそろそろ代替わりしそうだし、主君(笑)も結婚する。俺も結婚相手を見つけなきゃいけないんだろうな。
ただなぁ、ピンと来る相手がいないんだよな。だから「主君が結婚してないから」って難癖付けて断ってたんだけど、この期に及んでは覚悟を決めるしかないかもしれないな。ま、私、だれでもできるから、その辺は問題ないんだけどね。
最高の女を見つけた。
こいつ、……いや、この人なら俺の隣に並んでもおかしくない。というか、この人以外が俺の隣に並ぶなんて許されない。
問題はそれが、フリードリヒの奥方、ルイーゼ皇后様なんだよね。ただ、フリードリヒは目が悪いのか、ルイーゼ様の魅力が良くわかっていないみたいだ。それなら私にくれたって良いじゃないかと思うんだけど、あんなに欲しがってた、『実家が権力を持っている妻』だから、手放すわけないよな。
あ、待てよ! 実家の権力がなくなれば良いんじゃないか? そうしたら、フリードリヒは『離婚』とか言い出すかもしれない。前科もあるし。
難しいのは重々承知の上だけど、可能性があるならやってみる価値はあるな。
よし、エスコートする途中で仲良くなった皇后付きの侍女さんたちと、もっと親密になりに行きますかね。これは毎晩忙しくなるよ。
思ったよりも早くチャンスが来た。イリリア王国が、敵国に攻め込まれて、危機に陥ってるのに、フリードリヒのやつが、条件闘争を始めちゃって、援軍を出し渋ってるんだ。
ルイーゼ様はだいぶ心を痛めてるしらしいし、皇后付きの侍女さんたちは、みんなイリリア出身だから、誰も彼もすごく怒ってる。だから、2人きりのときに、さも心を痛めていそうな感じで「皇后様をお慰めしたい」って言ったら、みんなすごく喜んでくれた。
こんなこともあって、皇后様の居室までフリーパスになるのはすぐだったし、一線を越えるのも、大して時間はかからなかった。
夫婦仲がぎくしゃくしてからは、フリードリヒが寝室に来ることはなくなっているらしいから、ばったり鉢合わせすることもない。
これなら、危ない橋を渡って、イリリアの滅亡工作なんかしなくても大丈夫だったな。
なんて思っていたら、大問題が発生した。
どうやら出来ちゃったらしいんだ。未婚の娘さん相手の時は色々気をつけてたんだけど、ルイーゼは既婚者だったし、理想の女性過ぎて箍が外れてたかもしれない。
彼女は青い顔をしていたけど、当てつけの気持ちもあるから生みたいらしい。だから、「フリードリヒに、しこたま酒を飲ませて、酔いつぶれたところを運んできて、裸にひん剥いて、ベッドに転がしておけばいい」ってアドバイスしてあげた。
後で聞いたら、工作は上手くいったみたいで、フリードリヒは相当喜んでいたらしい。ちょっと罪悪感はあるけど、そもそも、自分の嫁さんもうまくつなぎ止められないようなやつが悪いんだからと、あんまり気にしないことにした。
フリードリヒが拉致された。帝都に不在なのは確実なので、慰めるって名目でルイーゼと毎日仲良くできるのは嬉しいね。当然妊娠中だから、節度を守って仲良くしているぞ。私は女性に優しい男なんだ。
とうとうルイーゼが子どもを生んだ。だけど、結局フリードリヒは助からなかった。子どもが生まれる1か月ぐらい前に死んだらしい。気の毒に、子どもの顔も見ずに逝ってしまった。ま、本当は俺の子なんだけどね(笑)。
ただな、自分の子なんだけど、まだ見てないんだよね。皇后付きの侍女さんたちはみんな仲良しさんなんだけど、乳母は違うんだ。だって乳母は、最近子どもを産んだ人じゃないと出来ないだろう。こんなことなら、侍女さんの何人かに子どもを産んでもらっとくんだった。
早く会いたいな。だって、かわいいってことはわかっりきってるんだ。私とルイーゼの子なんだから。
なんてことを考えてたら、フェルディナント殿下に、フリードリヒJrの部屋に呼び出された。
入ってみると、ルイーゼと侍女さんたちが、みんな揃いも揃って青い顔をして立ってる。初めて見るJrはとても整った顔をしている。流石は私とルイーゼの子だ。……ただ、あの目つき、どっかで見たことがある気がするんだよな。誰だっけ?
ふっとフェルディナント殿下に目をやると、目元口元は笑顔なのに、目の奥が全く笑っていらっしゃらない。
こ れ は や ば い !!!
逃げだそうとした瞬間、拘束魔法をかけられました。
はい、逃げられるわけがありません。
「コンラート。貴様に聞かねばならぬことがある」
貴様! 貴様来ましたよ。これは相当怒っていらっしゃる。
あー、これ絶対ばれてるやつだわ、でもどこまでばれてるのかな? イリリアの滅亡工作がのことがばれたら、ルイーゼに嫌われちゃう。それだけはしゃべれないぞ!
「コンラート。知っていることを話せ」
「いや、あの、私は、しら」
「万国吃驚掌」
「あががががががががが!」
「コンラート。知っていることを話せ」
「あの、や、やめて」
「万国吃驚掌」
「ぐげげげげげげげげげげ!」
「コンラート。知っていることを話せ」
「ま、まって、その」
「万国吃驚掌」
「おごごごごごごごごごご!」
結局、あと5回、同じ魔法をかけられて、子どものことは洗いざらいしゃべった。しゃべった後で、治癒してもらったんだけど、さらに「まだ隠していることはあるか?」って聞いていらっしゃるから、「ありません!」ってお答えしたら、「……嘘だな」っておっしゃって、別の魔法をかけられた。あんたはエスパーか!
倒れた私を見下しながら、Jrに向かって「手討ちにしますか?」なんておっしゃってるから、何のことかと思ったら、Jrの中身、先帝の方のフリードリヒなんだって。そっちにもばれてたのね。そこまでばれてるなら、子どものことは最初から洗いざらいしゃべっておけば良かったよ。
でも、その後の条件は最高だった。近い将来ルイーゼを妻にできることになったし、侍女さんたちも、そのまま一緒に暮らせることになった。今後の子に皇帝家の継承権は与えられないなんて条件もあったけど、そんなのはどうでも良い。美しい私と美しいルイーゼの子がこれからも生まれる。こんなに世界のためになることはないよ。
それにしても、あの豚野郎め。ルイーゼを狙ってやがったとは。しかも愛妾だと。『世界の秘宝』・『世界の双璧』たる存在になんてことを考えていやがる。あいつは不倶戴天の敵になった。即位なんか虫酸が走る。力尽くでも阻止だ!
こんな時選帝侯は良いね。合法的に邪魔できるんだから。
多数派工作に戦争準備。これから忙しくなるぞ。
あれから20年。私は45歳になった。まだ上が残っているから、宰相までは届いていないが、外務卿として仕事漬けの毎日を送っている。
今の悩みの種は髪だ。体は気をつけているから大丈夫なんだが、髪だけはどうしようもない。上手く隠してはいるつもりだが、隠し通せなくなる日も近いだろう。これは宮廷に仕える治癒師でもどうにもならないそうだ。こんな時、先帝フェルディナント陛下がいらっしゃったなら。本当に惜しい方を失った。きっと陛下なら、若返りの魔法ぐらい簡単に開発してくださっただろう。そうすれば『美貌の外務卿』をいつまでも他国に知らしめることが出来るというのに。
そうそう、この年になってやっと2番目の子どもができるんだ。まあ、1人目は絶対公表できない存在だから公式には初めての子どもと言うことになる。1人目の時は、すぐだったのに、その後は誰と何回頑張ってもできなかったから、喜びもひとしおだ。
母は平民出身のマルギッタ。平民出身だからって馬鹿にするなよ。彼女はルイーゼに勝るとも劣らない逸材なんだ。美しさに貴賤はないのさ。
お忍びで行った酒場で見つけたときは、ビビビッときたね。もう後は何回も通って口説き落とした。最初のころは「年の差があるから」って渋ってたんだけど、「私は貴族だ。たとえどれだけ年齢差があろうとも、君を一生不幸にすることはない」って、貴族として真心を持って接したら、すぐにほだされてくれた。これだけ美しい私が、真心を持って話すんだ。振り向かない女がいるわけがない。
おっと。産屋から声が聞こえてきたぞ。生まれたようだ。
今度は男だろうか女だろうか。最初の子も美しかったが、中身がアレだったから、美には興味が無い子に育ってしまった。今度は腕によりを掛けて、私の子にふさわしい美しい子に育てねば!
「生まれたか! して、男か? 女か?」
「……男の子でございます」
「おお、マルギッタ、でかした! 早く我が子を見せよ!」
「あっ!」
「えっ?」
なんだ。これは?
最初の子を初めて見たのは、生後2週間ほどしてからだった。まだ、ぽやぽやだったが、赤い髪。栗色の目。目鼻の位置。どこをとっても私とルイーゼの子だった。
赤子は最初は猿のような顔をしていると聞く。だからそれはいい。
生まれたてだから目が開いていない。だからそれはいい。
髪も少ししか生えていない。だからそれはいい。
しかし、少しだけ生えたその髪。なぜくすんだ茶色なのだ!?
私の子ともあろう者が、そのような美しくない髪で生まれてくることがあっていいはずがない。
私はカッとなって立ち上がり、そして、口を開こうとした瞬間、目の前が真っ赤になった。
「おい、フリードリヒ。フェルディナントだ。久しぶりだな。1年ぶりくらいか?」
「はい、兄上。お待ちしておりました。兄上もお元気そうで何よりです」
「お前もな。久しぶりに会うけど、どんどん風格が増してくるな。まだ、20歳そこそこなのに。色々修羅場をくぐってるんだろ。あんまり無理するなよ。それで、今日は何があった?」
「実は、コンラートが死にました」
「え、ずいぶん早いな。で、メクレンブルグ家の後継はどうするんだ?」
「実は、コンラートが倒れた日に、最近娶った平民出身の側室が、男の子を出産しておりまして……」
「何だと! ちょっと待ってろ!」
1度姿を消した兄上は、すぐに何やらの書き付けを持って現れた。
「今から言う呪文をメモしろ。それで、誰か人をやってコンラートの息子を産んだという女に、この魔法を掛けてから、こう聞かせるんだ。
『お前の生んだ子の父親は誰だ?』って」
「まさか!」
「ああ、その子はコンラートの子ではない。コンラートに子どもを作る能力は無い」
「しかし、私がいるでは……」
「今生のお前と、初めて顔を合わせた日、コンラートを、さんざん痛めつけたことを覚えているか?」
「はい、あれは見ていて相当スカッとしました。少なくても、あれで溜飲が下がったおかげで、私は父殺しをしなくて済みましたので」
「ははは! 俺も相当腹に据えかねてたからやったんだけどな、やっておいてよかったよ!
で、話を戻すけど、あいつ、最後まで何かを隠していたんだ。なんだかはわからなかったけど、こんなに痛めつけられても隠し事をするやつは、きっと何かをしでかす。あいつは小ずるいところがあるから、ルイーゼとの間に子ができたら、制約の穴をすり抜けて、良からぬことを考えるかもしれない。だから、この機会に魔法で子どもができないようにしておいたんだ」
「兄上。ご配慮ありがとうございます」
「かわいい弟のためだ。このぐらいはしておかないとな。じゃあ、俺は帰るよ。あ、結果報告はいいや。今のお前だったら上手くできるだろ。元気でな」
「はい、兄上もお元気で」
結局、マルギッタとかいう側室は、最初からコンラートを裏切っていたらしい。当然しらは切ろうとしたが、兄上の魔法によってすぐにウソがばれた。
取り調べでマルギッタは、「貴族でも無けりゃ、あんなハゲのおっさん誰が好きになるもんか」と嘯いていたと言うことだ。
これを聞かずに死んだのだから、きっとコンラートは幸運だったのだろう。
結局マルギッタは、酒場の常連だった情夫ともども処刑。メクレンブルグ家はルイーゼが継承した。ルイーゼが再婚することは流石にもうないから、これで、何年後になるかはわからないが、メクレンブルグ領は帝国の直轄領に編入されることが確定した。
コンラートめ、色々とひっかき回してくれたが、最後に少しは国の役にたってくれたよ。
それにしても兄上はすごいな。私もあんな風になれるように頑張ろう。
※「万国吃驚掌」は、一応、某仙人の某必殺技とは違います(主に漢字がw)
皆様、長らくお待たせいたしました。
ローゼンブルグ事件後、早まったことを後悔しつつも、破滅へと突き進むことを覚悟したエミリア。そこに現れたのは。
物語は最終章に突入、視点もエミリア視点に戻ります。次回、『天国への途 ~希望~』。お楽しみに。




