第24話 ※皇帝フリードリヒ ~転生~
俺はどうやら、あの世とやらに着いたらしい。
ただ、目が開かないし辺りは暗闇だ。これが地獄というものだろうか。しかし、ここは暑くもないし寒くもない。ふわふわと浮いているような感じがする。この暖かな感じは天国と言っても良いのだが、いかんせん狭い。少し動くと壁に当たる。その壁も柔らかいから困らないのだが……。
身動きもとれないから、できるのは眠ることぐらいだ。それにしてもやることがないせいか、異様に眠い。まあ、痛かったり苦しかったりするわけではないので、眠くなったら抵抗せず寝ることにする。
この微睡みの時をどれだけ送っただろうか。ある日唐突にそれは終わることになった。
いきなり、頭が搾油機で締められたようになって、強烈な痛みが襲ってきた。
それがしばらく続いた後、突然周囲が明るくなった。
そして、俺はいきなり巨人に捕らえられた。
逃れようとした俺の発した言葉は
「おぎゃー」だった。
ちょっと混乱したが、俺も前世は皇帝フリードリヒ4世と呼ばれた男。すぐに状況を理解した。
どうやらエミリアは最後に転生の魔法を掛けてくれたらしい。あれだけやらかしてしまった俺が人生をやり直せるなんて幸運でしかない。
しかも、俺「若様」って呼ばれてる。これは2重にツいている!
何かって言えば、まずは、裕福な家に生まれたこと。次に、言葉のわかる国に生まれたことだ。これで、何になるにしてもスタートダッシュはバッチリだ!
ただ、親は産後があまり良くないのか、まだ顔を見たことがない。時々顔を出してはいるようなのだが、俺が眠っている間に来るらしく、非常にタイミングが悪い。どんな親だろう。優しい親がいいな。
ちなみに、乳をくれているのは、言葉遣いからして乳母だ。しかも1人じゃない。乳母が複数つくような家だ。これは期待できるぞ!
こんな俺の期待は、ある日思いっきり打ち砕かれた。
しかも、知らなかった方が良いことを知ってしまうというおまけ付きで。
ある日、遠くから「フリードリヒに会いに来たぞ」という声が聞こえてきた。
なんだろう。ものすごく聞き覚えがある声だ。
目を開けると「おお、フリードリヒ! 伯父さんだぞ!」といいながら、こちらをのぞき込む、兄フェルディナントがいた。
完全に固まってしまった俺を見て、兄上は不審げな顔をしていたが、おもむろに魔導具らしい方眼鏡を掛けた。そして、顔色を変えた兄上は、慌てて部屋を出て行った。
え、兄上が伯父ってどういうことだ?
俺はヴィルヘルムの子なのか?
それともイリリアの王子か?
混乱して固まったままの俺を尻目に、戻ってきた兄上が連れてきたのはルイーゼだった。
ルイーゼと皇后子飼の侍女を残し、人払いをした兄上は、恭しく俺に尋ねた。
「あなたは、私の弟でいらっしゃったフリードリヒ4世陛下ですね。正しければ右手の指を立ててください」
俺は人差し指を立てた。
「皇后陛下。これはいかなることでございましょうか?」
「な、なにも……。」
「『何もない』わけはございませんな。先ほど確認いたしましたが、皇后陛下のお子様であらせられますフリードリヒ皇子には、先帝フリードリヒ4世陛下の魂が宿っておられます」
「何をおしゃいますか! いくら先帝陛下の兄君とおっしゃっても、皇后陛下に申し上げて良いことと悪いことがございますわよ!」
「ジュリエッタ! おやめなさい」
「ほぉ。侍女殿はあまり魔法に詳しくないらしい」
「な!」
「先帝陛下は、死に際して転生の魔法を掛けられていらっしゃいましてな」
「それがどうしたとおっしゃるのですか!」
「ジュリエッタ!」
「過去に、自分の子どもに乗り移って永遠に若くあろうとした魔導師がおりまして。その魔導師が神に罰せられて以来、どのような手段であれ、近親者に魂を移すことはできなくなったのですよ」
「「…………。」」
「なのに、皇子殿下に先帝陛下の魂が入っている。これは、子を取り違えたか、はたまた別の理由か。
皇后陛下がご存じないなら、この子は誰かの子とすり替えられたのでしょう。大々的に真の皇子を捜さねばなりません。
が、皇后陛下。いかがなさいますか?」
「『いかが』とは?」
「この子を取り替えられた子ということにするか、先帝陛下の実子としてお育てなさるか、でございますが?」
「ふ、不義の子とはしないのですか?」
「そうするのが正しいのかもしれませんが、それは、いたしかねます」
「なぜでございましょう?」
「我が国は選帝侯制度を採用しております。先帝陛下の崩御が発表されましたので、近々皇帝選挙が行われることでしょう。
で、今のところ候補者は3名です。このフェルディナントめと、ヴィルヘルム、そして、フリードリヒJrです。
票読みをいたしますと、3人が立てば、愚弟が勝つでしょう。また、この子が候補から外れても愚弟が勝つでしょう。
皇后陛下は愚弟ヴィルヘルムの治める国が望ましいとお考えになりますか?」
「ヴィルヘルム殿は、昨日、私を『愛妾』に望まれました」
「は!?」
「あのお方が皇帝をしている国に生きるぐらいなら、リヴォニアの虜囚になる方がまだましでございますわ!」
「では、覚悟を決めていただきましょう」
「わかりました。それで、私は何をすればよろしいのでございますか?」
「いろいろすることはございますが、まずは……。」
兄上は話を一度止めると、おもむろに、俺のシモの世話を始めた。
その後は、ルイーゼから謝られた。すごく複雑な気分だった。
今の俺は赤ん坊ではあるが、おそらく不満げな表情だったのだろう。俺の顔を見て、兄上が言った。
「皇后陛下の行為は責められてしかるべきですが、その前に、あなたが人の情を踏みにじるようなことをしなければ、こんなことは起きなかったんですよ。全く面倒なことをしてくれたものです」
……その通りだと思った。
兄上には大変な迷惑をかけてしまっている。不満なんかもってはいけないし、そもそも、こんな赤子の体では、みんなを信じて任せるより仕方がない。
ちなみに、俺の父親は、なんとコンラートだった!
あの野郎! いつの間に!!
流石に、こちらは兄上としても許せることではなかったらしく、コンラートは俺の目の前で、暴れないように拘束魔法をかけられた上、兄上特製のものすごく痛そうな魔法を浴びせられ、この世の終わりのような悲鳴をあげていた。
兄上は「このまま手討ちになさいますか?」と聞いてきたが、皇后を寝取るようなヤツでも一応友人だ。そのうえ、血縁上では父親でもある。こいつがやらかしていなければ、俺がまた皇帝をできる可能性は皆無だったのだから、『手討ち』はやめておいた。
一生公表はできないが、あれでも父親だ。せいぜい俺のために働かせることにする。
俺が聞いていたのはここまでになる。
ものすごい睡魔に襲われて寝てしまったのだ。
赤ん坊なので……。
その後のことは、翌日兄上から聞いた。だいたいこんな内容だった。
・この話は、現在知っている者以外、一生誰にも話さないし、文書で書き残さない。
・俺が即位できるように、3人(兄上、皇后、コンラート)は全力で運動する。
・即位後3年が経過した後には、皇后とコンラートの婚姻を認める。
・今後生まれる皇后の子にザルツラント家の継承権は認めない。
・以上は制約魔法をもって互いに確約する。
正直、バレたらほぼ誰の得にもならないから、みんな納得の話し合いだったらしい。
皇后付き侍女も、コンラートが側室扱いで引き取ることで満足したそうだ。
あのような女たらしだが、失意の皇后に優しく接していたので、皇后付きの侍女たちからの評価はとても高い。
逆に俺の方が邪険に扱われている。解せぬ……。
唯一の貧乏くじは兄上ではないかと思っていたが、兄上は、
「俺は皇帝なんて、まっぴらごめんだね! せいぜいお前が俺の分まで苦労してくれ!」
と言ってきたので、それを信じることにした。
皇帝選挙は3対3。結局は白黒つけるため戦争になるようだ。
ローゼンブルグ侯がいれば、4対3で勝っていたのだが、既にローゼンブルグ家は無い。
戦争の原因は、欠員となった選帝侯の選出も理由になっているらしいから、俺は自分の罪深さを感じずにはいられない。
フリードリヒ派は西部と首都。フェルゼンラント辺境伯、メクレンブルグ伯が軍の中心だ。ヴィルヘルムの愚行を日常的に目にしている首都の法衣貴族もほとんどが味方に付いた。精鋭揃いの近衛や宮廷魔導師団が加わったのもありがたい。
対するヴィルヘルム派の中心は、東部・南部の領地貴族。まとめ役のキール公、その義弟のファクセ公という、2公爵家が中心となっている。こちらの方が、領地も豊かで人口も多い。傭兵もたくさん集まりそうだ。
兄上の説得で、最大の領土をもつヘルゴランド王の参戦を防ぐことは成功したが、それでも彼我の兵力差は2倍近くにはなりそうだ。なにやら兄上には秘策があるようだが……。
俺としては待つことしかできない。本当にもどかしい。
引っ張ってしまってすみません。また、視点が変わります。明日は、『※皇弟ヴィルヘルムの野望』。実は今回の事件の立役者だった皇弟ヴィルヘルム。それ以前も含めて、さんざん酷い評価を受けてきた彼の人物像がとうとう明かされます。お楽しみに!
※閲覧注意です! 読む人によっては不快に感じるかもしれません。でも、この話が一番短時間で書けましたw




