第23話 歴史資料エミリア・ローゼンブルグの日記より②
これは、ローゼンブルグ事件を引き起こしたオイゲン・ローゼンブルグの娘で、事件の発端になったとも言われるエミリア・ローゼンブルグの日記である。
【ローゼンブルグ事件】
西大陸歴899年。シュバルツ帝国皇帝フリードリヒ4世が、選帝侯の一人だったローゼンブルグ侯により拉致・暗殺された事件。原因は諸説あり、有力なものとしては、皇后候補だった娘との婚約を破棄されたことを恨みに思った。貴族弱体化政策の一環として領地を召し上げられることを恐れた。無理な遠征を命じられて自暴自棄になった。などが挙げられる。
この事件を引き金に、シュバルツ帝国は、『6選帝侯戦争(900~901年)』と呼ばれる内戦を引き起こし、一時、国力を大きく低下させることとなる。また、この事件と、それに続く混乱が同盟国だったイリリア王国の滅亡を決定づけたとも言われている。
《中略》
899年 6月12日
計画は大成功だった。行った準備も完全に効いていた。ただし、エア(※エアハルト・フェルゼンラント。エミリアの従弟にあたり、皇帝の護衛を務めていた)が、全くの誤算で、味方に何人も死者が出てしまった。わたくしが魔導人形で参加していなかったら危ないところだった。あの鬼畜(※フリードリヒ4世か?)に刺した魔剣も、想定どおりの効果を上げてくれている。おかげで、お父様たちはフリーパスで帝都を出ることができた。エアも連れてきてしまったが、彼はどうしよう。残しておいても罪に問われたはずだし、まだ生きているのをわざわざ殺してしまうのも寝覚めが悪い。領都に着いてから本人に選ばせることにしよう。こちらも本格的な戦争準備が始まっている。既に家臣を集めてことの顛末を説明した。驚きはあるものの、それ以上に皇家の横暴への怒りの方が強かった。その後、領都の封鎖と非戦闘員の避難の指示を出した。この身はここで終わろうとも、世界にローゼンブルグ家の誇りを示すのだ。
899年 6月13日
何と言うことだ。神よ。お恨み申します。
《中略》
899年 6月19日
父上たちが到着なさった。魔剣の力で傀儡化した陛下からも話を聞き出したので、残念ながら真実がわかってしまった。陛下も悪くないとは言わないが、悪の根源はあの下郎(※皇弟ヴィルヘルムか?)だった。あいつさえいなければ、こんな思いをすることはなかったのに。ただ、もうしてしまったことは仕方がない。この期に及んでは、できるだけ迷惑をかけないように花道を飾ろう。エアは地下牢に入れた。わたくしたちに従わないという以上、仕方がない。
899年 6月20日
M・M様からの手紙を持った使者が来た。受け取らずに突き返す。あのお方と今回のことは全く関係がないのに、手紙を受け取ろうものなら、あのお方が疑われてしまうかもしれない。ついでにあの方を悪し様に罵った手紙を持たせて、使者を帰す。今までにいただいたお手紙も全て処分せねば。
899年 6月21日
陛下に指示して、手紙を書かせる。玉璽こそ突けないが、花押は直筆のものが書ける。これでしばらくは時間稼ぎができるだろう。ただ、真実を知ってしまったせいで、戦う気が失せてしまった。
《中略》
899年 6月28日
面白いものが届いた。久しぶりに心が動かされた。私たちは話し合った。心がずいぶん軽くなった。なかったことにできるとは思わないが、これならば助けられる人は増えるかもしれない。暗闇でしかなかった未来に希望の光が見えてきた。
《中略》
899年 9月20日
追討軍の派遣が決まったらしい。残念ながら、このままというわけにはいかなかったようだ。だから、私たちは天国へと行くことを決めた。そのためには、まだまだ準備が必要だ。あと何か月猶予があるかはわからないが、1人でも不幸になる人が少なくなるように、準備を重ねよう。
《中略》
899年10月23日
城の周囲は追討軍に囲まれた。この日記を書くのも今日が最後になるだろう。
陛下に関しては、魂が残っているうちに、転生の魔法を呪具に乗せておく。これで、万が一呪が発動し、命を落とした時にも、どこかで生まれ変われるはずだ。転生が、彼の罰になるのか、罪滅ぼしになるのかはわからないが。この事態は彼自身が招いたことでもある。転生して、収拾のために苦心していただくのも一興だろう。もし転生することになっても、神の摂理で近い血族に生まれ変わることはないから、次の人生で皇帝をすることはないだろうが、与えられた立場で次の人生を頑張ってほしいものだ。
これで準備は終わった。明日がこの城の最期の日だ。しかし思い残すことは何もない。
私は今日、全てをいただいたのだから。
※899年10月24日。軍使として城を訪れた皇兄フェルディナントの証言によると、ローゼンブルグ家主従は、皇兄の持参した糧食で、最後の宴を催し、城の奥に消えていったとのことである。意識のない状態ではあるものの、まだ生きていた皇帝と、地下牢にとらわれていた虜囚を引き連れた皇兄が城を出て、しばらく経った時、城は爆発・炎上したと記録されている。また、爆発の直前、城の高い塔の最上階から、胸に短剣を突き刺したエミリアが、水堀に身を投じる姿が目撃されている。なお、皇兄の指示で数日間にわたり堀の捜索が行われたが、ついにエミリアの遺体が発見されることはなかった。
※皇帝フリードリヒ4世の死の直接の原因は、呪殺であった。皇兄フェルディナントは、呪具の存在に気付いており、解呪の方法が見つかるまで、治癒魔法をかけることを禁じた。しかし、フェルディナントを軽んじる、皇弟ヴィルヘルム派の貴族が密かに治癒魔法をかけたことで、呪具が発動。心臓が破裂して死に至ったとされる。
※この日記がフェルゼンラント家の書庫に収まった経緯については、虜囚として囚われていた従兄弟エアハルト・フェルゼンラントに託された、皇兄フェルディナントが預かって、親族であるフェルゼンラント家に渡した等諸説あるが、詳細は不明である。
また、視点が変わります。明日は、『※皇帝フリードリヒ ~転生~』。今回、脚注で、死亡が確認されたフリードリヒ4世。少し思うところのあったエミリアによって転生魔法がかけられていたようですが、果たしてどんな立場の者に転生したのか。ある意味ラッキー、ある意味『ざまぁ』な、その転生先をぜひご確認ください。お楽しみに!




