第18話 ※もう1人の転生者 ~怒り~
第12話、13話辺りのネタバレが盛大に含まれています。そちらを先に読んでおかれることをお薦めします。
俺は21歳になった。もうすぐ高等学院も卒業だ。
このところの変化と言えば、例の乙女ゲーの主人公『カトリーナ・ブラウン』が、フリードリヒと側近の1人で伯爵嫡男のコンラートにまとわりつくようになってきたことぐらいだ。
同じ側近なのに、俺や辺境伯嫡孫のディートリントの所には来ないのを見ると、転生者説は正しい気がする。
誰だ? お前らが容姿で劣っているだけだって言うのは!
確かに2人は相当の美形だけど、ディートリントだって負けてない。俺だって、母は皇帝に見初められるような女性だ。自分で言うのはちょっと恥ずかしいけど、日本にいたときとは比べものにならないくらいの美形なんだ! しかも、俺は皇帝の兄だし、ディートリントは、騎士団長の息子で辺境伯の嫡孫だよ。
あ、言っとくが、『辺境伯』は田舎者のことじゃないからな。国境付近の領地を任された侯爵並みの大貴族だ。特に地域的に即応の必要があるから権限は侯爵以上だ。
あと気軽にしゃべってるから忘れてるかもしれないけど、俺、一応皇族だぜ?
そんな俺らを放っておいて、コンラートにはまとわりつくのは、たぶんコンラートが攻略キャラだからだろう。
でも、幸いなことに、2人とも、カトリーナをほぼ相手にしないで、適当にあしらってるようだから、エミリア闇落ちからの魔王召喚の流れに行くことはもうなさそうだ。それに、ヒロインの方も、他ルートのフラグを結構立ててるみたいだから、ヒロインがバッドエンドで世界もバッドエンドっていう最悪の結末は避けられそうだ。
ここんとこだけは、不確定要素で心配だったから、何とかなりそうで良かったよ。
これで、やっと安心して卒業準備に移れそうだ。
実は、卒業式の少し前に学院主催の舞踏会があるんだけど、今年の運営責任者は俺なんだよね。今年はフリードリヒの卒業と重なるせいか、大貴族や各国の大使なんかも呼ぶんだって。フリードリヒは、コンラートと何かやっているようだから、もしかしてサプライズで結婚の正式発表があるのかもしれない。
詳細を教えてもらってないので、準備がちょっと面倒なことにはなるけど、結婚は人生の晴れ舞台だ。かわいい弟の顔に泥を塗るわけにも行かないから、何が起こっても対応できるように、気合いを入れて頑張りましょう。
と、思ってましたよ。ついさっきまでね。
最悪だよ!『乙女ゲーのヒロイン断罪・投獄』からの、『ギャルゲーのヒロイン断罪・婚約破棄』なんて、誰が予想できる?
俺、今、鏡見たら酷い顔してると思うよ。
これ、この後、どうなんのよ!?
俺、どうしたらいいの?
次の日だ。俺たちは昨日の舞踏会の慰労会と称して、宮城の一室に集まった。本来はこの慰労会は昨日の予定だったんだけど、今日に延期になった。
だって、警備主任だったディートリントは、エミリアの従兄弟なんだぜ。実家への説明もしなくちゃいけないだろうし、仲が良かった従姉妹の断罪は、精神的にもキツイかっただろう。
俺だって無理だったよ。本当は今日だって遠慮したいんだけど、日程の都合がつかないっていうから、仕方なく出てきたようなもんで、できることなら、さっさと切り上げてほしいくらいだ。
脳天気な2人がうらやましいよ!
そう思ってたら、酔いが回った2人が話し始めた。
俺は、最初、こいつらが何を言っているのか意味がわからなかった。
頭が動き出したのは、コンラートのこの一言からだ。
「エミリア殿にも、ローゼンブルグ家のお歴々にも落ち度はございません。が、落ち度がないなら作ってしまえばよいのです」
は?
な ん だ と !!!
得意げに語るコンラート、そして、それを聞きながら、満足そうに頷くフリードリヒ。
混乱していた頭がクリアになるのと同時に、俺の中にふつふつと怒りが湧いてきた。
俺の努力が実らなかったのはいい。もともと、自分可愛さの部分もあったからな。
けどな、あんだけ頑張ってたエミリアの努力を、こんなくだらない理由で無駄にされたって事が許せなかった。
そして、気が付いたときには、コンラートに殴りかかってた。
ただ、冷静になるのも早かった。
何でかって?
実は、俺の拳がコンラートをとらえるのとほぼ同時に、室内に微弱な魔力反応を感じたんだ。
あまりにも微弱な反応だったし、警戒魔法は発動しなかったから、他の面々にはわからなかっただろうが、あの魔力反応はエミリアの物だ。
ちらりとその方角に目を移すと、カーテンの影に1匹のリスのような動物がいるじゃないか。
部屋の中のあんな明るい場所にリスがいるなんて事はあり得ない。間違いなく使い魔だろう。そして、さっきの魔力反応は、使い魔を介して魔法を撃つための準備反応だ。
……よかった。本当に、よかった。
実際に魔法が発動しなかったところを見ると、俺がコンラートを殴ったのを見て、エミリアも頭を冷やしたみたいだ。
準備反応が出るような大規模な魔法を使ったら、リスのような小動物の使い魔は、その魔力消費に耐えられない。怒りにまかせて魔法を使い、結果として使い魔を死なせてしまったとなったら、後でエミリアは悲しむだろう。
我を忘れるくらいに怒らなきゃ、今のエミリアが使い魔の命を奪うようなことをするとは思えない。そんなことをしでかしそうになるくらいだ、さっきの話を聞いたショックは相当大きかったに違いない。
そんなエミリアに心の傷を重ねさせなかったのは、俺のファインプレーだな。
俺も我を忘れてしまってたっていうのは反省しなきゃいけないけど、結果的にベターな選択肢を選べたのは幸いだった。
後は、罪とも言えないようなおかしな罪で罰せられたエミリアの処分を撤回させ、名誉を回復してやらなきゃな。
それをするが、皇族としての俺の、せめてもの償いだろう。
よし! ここは俺の力の見せ所だ!
「ディートリント! コンラートを取り押さえておけ!!」
まずは、不確定な動きをする可能性があるコンラートの身動きを封じる。今は伸びているから良いが、こいつが回復して暴れでもしたら、まともに話なんてできないからな。
「フリードリヒッ! 貴様のこの所行は何だっ!」
そして、固まっているフリードリヒを叱りとばす。
いろいろと優れた弟だけど、こいつはここまで皇族として大切に育てられてきた。言わば温室育ちのぼんぼんだ。たしなめられることはあっても、ここまで感情をぶつけられることはなかっただろう。完全に萎縮したみたいだ。ここは人生経験の差だな。
あとは、今回の主犯どもに蕩々と説教をたれてやった。それから、言われるだけだと不満もたまるから、あえて途中で反論させて、さらにへし折っておいた。
こいつらには、今回の謀略は良いアイディアに思えたんだろうけど、俺に言わせてみれば、ハイリスク・ローリターンな悪手だよ。うまくいったって、婚約者が変わるだけ。失敗したら内乱だよ。
どんなに才能があると言ったって、20そこそこのガキだ。1人や2人で考えられることには限界がある。そこを理解してもらわなくちゃな。
さて、ぐうの音も出ないほどへこんだようだから、最後の一芝居だ。
俺は土下座した。
「陛下。先ほど来、私は臣下にあるまじき言動をいたしました。どのように処断されようと異論はございません。私に罰をお与えくださいますように」
へっへっへ。こう言えば、許さないわけにはいかないだろう。
「立ってくれ。そして、顔を上げてくれ、兄上。良いのだ。言いにくいことをよくぞ言ってくれた。逆に礼を言わねばならぬ。朕が間違っておった。間違いを正してくれた兄上を罰してしまっては、今後、誰も意見を言いに来る者はいなくなる。そうなれば、転がり落ちるのは必定だ。今後も間違いがあれば、遠慮なく話してほしい」
キター! よし! ラスト一押し!
「ありがたき幸せ!では、こたびのエミリア殿たちの罪をなかったことにするわけには……」
「陛下! フェルディナント殿下! それはなりませんぞ!」
へ? ディートリント!? お前、味方じゃなかったの!?
ディートリントの話は、もっともだった。確かにあれだけの人の前で皇帝が宣言してしまったことを、たった数日で撤回してしまったは、とんでもないことになる。どうやら、俺は現代知識に毒されていたらしい。いや、現代だって、首相が言ったことをすぐに撤回すれば、それが妥当で『英断』と言えるようなことであったとしても、間違いなく野党やマスコミにたたかれる。「況や中世をや」というやつか。
さしあたって、今回の処罰者対象者への対処は、俺に一任を取り付けた。
それから、ローゼンブルグ家を貶めないことと、エミリアの将来の保証についても言質をとった。
不満が残る結果だけど、こんな世の中じゃあ仕方がないのかもしれない。
ちなみに、結果だけど、エミリアの『謹慎』処分は動かせないから、ローゼンブルグ領内での、『謹慎』ということにした。広大な領内を自由に動けるなら、エミリアの心も少しは晴れるだろうし、善政の敷かれている、あの領内なら、エミリアを悪く言う人はいないだろう。当然、ローゼンブルグ家への咎めは無しだ。
残念ながら、カトリーナ・ブラウンは、公衆の面前で皇帝に嘘をつくという罪を犯してしまったので、国外追放。男爵は連座で領地没収だ。
これでも、だいぶ甘くなってるんだぜ。最初は、本人は奴隷、親は平民落ち。もしくは、親子ともども着の身着のまま国境から放り出すって流れで進んでたんだ。
貴族位を保ったまま、貴族年金も出る状態で、隣国で暮らせるんだから。俺、相当頑張ったと思うよ。
都の門を出るときには、わざわざ見送りまでしてやった。
「国を出ることにはなったが、その方らが、我が国の貴族であることに変わりはない。折を見て追放は解くが、その前であったとしても、お国の危急存亡の時にはいつでも戻って参れ」
その時、こう言っておいた。だから、なんかあったときには、お前ら戻ってきて、魔王と戦ってくれよな!
皇兄フェルディナントは転生者だった。婚約破棄騒動から数年。彼は皇帝と皇后に慶び事を述べるため、宮城に参内していた。そこで皇帝から思いがけない言葉が下される。次回『もう1人の転生者 ~慶事~』。お楽しみに!
※第13話より時系列は後になります。