第16話 ※もう1人の転生者 ~指導~
あれから2年が経った。フェルディナントも、13歳。まもなく1年遅れで高等学院に入学することになる。
高等学院は12歳から20歳ぐらいまでをフォローしている学校だ。現実社会だと、中学校から短大ぐらいまでにあたる学校だと考えてもらって差し支えない。内部は、初等部、中等部、高等部に分かれていて、中等部卒業と同時に結婚できるという設定になってる。
何でそんな中途半端な設定にしたかって? 俺もよくわからん。
だって、これは『L』を作ったときに、下級生である主人公が、上級生である皇帝と結ばれるために無理矢理作った設定だからな。有り体に言えば、ご都合主義というやつだ。
ちなみに俺は、病弱にかこつけて、小学校に当たる幼年学校には通っていなかったが、高等学院には入学する予定だ。理由は3つある。
1つ目は、わざわざ小学校に通うメリットが見いだせなかったからだ。
幼児として同じ幼児の相手をするのはキツいし、精神だけとはいえ、小学生の中に大人が混じっていたら間違いなく目立つに決まっている。
それが、中学生レベルになれば、ごまかしもきくだろう。
え? このまま引きこもってても問題がないんじゃないか?
残念ながらそういうわけにはいかない。
妾腹で病弱認定されているとはいえ、俺も皇帝の子。婚姻関係構築のため、大貴族や外国との交渉に使える駒なんだ。
高等学院にも通えないような病弱と認定されれば、駒としての価値はないに等しい。一生幽閉とか、『血』を利用されないように『病死』にすることだって、あり得る。
「通わない」って選択は、もはや、俺にはないんだ。
こんなことを言うと、「行きたくないけど嫌々行く」みたいに見えるだろ。でもな、勘違いしないでくれよ。俺は通いたくないわけじゃないんだ。
その証拠に、行きたい理由だってちゃんとある。
何かというと、1つは、弟のサポートをしようと思ったことだ。
上の弟のフリードリヒだが、これは傑物だ。主人公補正があるのかもしれないが、とても12歳の子どもとは思えない思考をしている。
あまりのできの良さに、「もしや、俺のような転生者か!?」と思ってカマをかけてみたが、全くと言ってもいいほど反応がない。
俺は確信したね。「これは『本物』だ!」って。
この調子なら、フリードリヒに任せておけば、この国は安心だ。
それなら、最初っから傍観者に徹すればいい?
俺だってそっちの方が楽なのはわかってるよ。たださ、ここはゲームの世界なんだよ。
で、フリードリヒは主人公なんだ。選択を間違えると『死亡エンド』とかも、それなりにあるんだよ。
そして、フリードリヒが選択を間違えて、死んじゃったとしたら、当然、他のヤツが皇帝にならなきゃいけないだろ。フリードリヒの、後釜は誰かって言ったら、俺か、下の弟になる。
下の弟のヴィルヘルムが、せめて普通だったら、安心して身を引けるんだけど……。
残念ながら、アレは、なんと言ったらいいか……。ちょっと常人とは違う価値観の持ち主なんだ。
例えば、門の上から下を通る行列に小便をかけたり、町ゆく人をパチンコで狙ったり。この間は、侍女の服を無理矢理はぎ取り、侍女が泣くのを見て大笑いしてた。
まだ、9歳だから更生の可能性は皆無じゃないけど、このまますくすく成長したら、どんなモンスターが誕生するかわかったもんじゃない。
いや、俺はどうにかしようと頑張ったよ。
あんまりにも素行が目に余るから、折を見ながらたしなめてはいたんだ。俺は。
けどさ、なぜか、皇帝陛下《父》も、皇后様も、フリードリヒも、何にも言わないの!
3人とも、普段は優秀な人たちなんだよ。それがなぜか、ヴィルヘルムのことになると目が曇るのか、甘々な対応になっちゃう。
あいつ、ナチュラルな魅了属性持ちか、なんか悪いモノが憑いてるんじゃないかって思っちゃうよ!
「このままだと大変なことになります」って訴えても、
「小さい子のすることではないか。さほど目くじらを立てぬでもよかろう」とか言って流されちゃう。
おかげで、一人だけ注意をしてた俺は丸損だ。ヴィルヘルムにとって俺は、「下賤な生まれのくせに、不遜なことを言う嫌なヤツ」有り体に言えば『敵』であると認定されてるみたい。わぁい!
これでもし、フリードリヒが死んじゃったら、間違いなく、血筋のいいヴィルヘルムを担ぐ派閥と、まともな(笑)フェルディナントを担ぐ派閥ができる。そして、その結果として、帝位を巡る内乱が起こるか、はたまた暗殺されちゃうか、どっちにしても、碌なことにはならないな!
こんなわけで、俺自身の将来の安寧のためにも、フリードリヒに『バッドエンド』をもたらすわけにはいかないんだ。
そして、最後の理由がエミリアだ。
魔王召喚の件かって?
うーん、まあ、エミリアの成長は著しいから、それも無いわけじゃないんだけど、今はあんまり心配してないかな。
実は、あの後、エミリアは、俺に何度も勝負を挑んできたんだ。当然、その都度ケチョンケチョンに負かしてやった。
だって、こっちは知識チート持ちの中身大人だぜ。いくら優秀だといったって、相手は小学生だ。負けるわけにはいかないさ。
そして、勝つたびに、禁則事項を設けていったから、些細な理由で使用人を辞めさせたり、宮廷魔導師を小馬鹿にしたりといった、傲慢な行動は、完全になりを潜めている。ちなみに、俺の正体を詮索することも禁止したから、未だにエミリアは、俺が『第一皇子フェルディナント』だってことを知らない。どっちにしろ高等学院の入学式でばれるから、今更なんだけどね。
ただ、エミリアについては感心したことがいくつもあるんだ。
まず、すっごい負けず嫌いで、しかも努力家なこと。
彼女は、負けても、負けても、くじけずに何度でも向かってくるんだ。
最初は「甘やかされてるからすぐ折れるだろ」って思ってたの。ところが、毎回すっげー悔しがって、「次は負けないんだから! 覚えていらっしゃい!!」とか、捨て台詞を残して去っていくんだ。
そして、しばらくすると、前よりちょっと強くなって戻ってくるの。
最初から馬力ではエミリアに敵わないから、知識チートでごまかしてたのに、相手がどんどん底上げしてくるんだ。こっちも鍛錬しないわけにはいかないだろう。
幸い、相手は幼年学校に通っているのに、こっちはフリーだ。まあ、作法とか歴史・地理とか、覚えなきゃいけないことはあるけど、それ以外を魔法に全振りできるから、知識チートをプラスすれば負けないで済むぐらいの底上げはできた。おかげで、俺はまだ13だけど、魔力量は国でもトップクラスなんじゃななかろうか?
ちなみに今のエミリアは、俺以上。下手したら世界屈指レベルかもしれない。元々天才なヤツが努力し始めるとすごいね。
本当だったら、困るところなんだろうけど、何かこっちも楽しくなって来ちゃってさ。本気になって相手しちゃったんだよ。
だって、知恵を振り絞って、本気を出さなきゃ勝てない相手がいるんだ。どうやって勝ち筋を見つけるか考えるのって楽しくないか? 今まで、息を潜めて生きてきたんで、余計、羽目を外し過ぎちゃった。
世界を滅ぼすかもしれない悪役令嬢の能力を底上げするなんて、何を考えてるんだって言われても仕方がないけど、実は、そっち方面には行かないんじゃないかって思ってる。
なぜかって言うと、これは驚いたことの1つなんだけど、彼女、決めた約束事は、一切破らないんだ。
例えば、詮索禁止の約束をしてから、俺が誰か聞かれることは一切なくなったし、宮廷魔導師との勝負禁止の約束をしたら、宮廷魔導師に勝負をふっかけることがなくなったらしい。
予想以上にエミリアは素直だった!
乙女ゲーでは『悪役令嬢』設定だったから、元々の性格も悪いんじゃないかって思ってたけど、そうじゃなかった。きっと、褒められるばっかりで、誰も叱ってくれないから、増長して、段々性格が曲がって行っちゃったんだろうな。
そうそう、『素直』って言えば、彼女、とうとう俺に魔法についての質問をしてきたんだ。
負け続けているんだから、そんなの、あたりまえだろ?
いや、これはすごい成長なんだよ! プライドが高いヤツは、先生とかならともかく、なかなか同輩には質問できないんだ。
同格以下のヤツに弱みを見せるのを『恥』と感じるんだろうな。
身の周りにいないか? ちっぽけなプライドにしがみついて、周りに質問できずに自滅していくヤツ。『聞くは一時の恥、聞かざるは一生の恥』ってヤツだ。
俺は思ったね。「彼女は伸びる!」って。
だから、思わず現代知識の一端を教えちゃった。調子に乗りすぎて、経験だけじゃ説明できないような内容を口走りかけ、冷や汗をかいたのは、ここだけの秘密だ。
おかげで、だんだん余裕がなくなってきた。言ってしまえば自業自得なんだけどね。まあ、もうすぐ高等学院入学だ。俺の正体がはっきりすれば、負けても下僕にするとか言い出さないだろう(そもそも、今のエミリアならそんなことは言い出さないと思う)。何とか逃げ切れそうだ。
でも、「次は負けないんだから! 覚えていらっしゃい!!」って去っていくエミリアを見られなくなるのは、ちょっと残念だったりする。
それだけ、ここ2年のエミリアとのつきあいは、俺に大きな物を与えてくれた。
そのお礼も込めて、頑張った彼女に『ハッピーエンド』を贈る。これが俺の今の目標の1つだ。
思えば、俺がシナリオを下ろされたことで、乙女ゲームのエミリアは酷い扱いをされることになった。どうやっても報われることのなかった彼女を幸せにする。これが天が俺に与えた使命なのかもしれない。
あーあ、俺自身が幸せにすることができるんなら、話は簡単なんだけどな。
残念ながら、彼女は弟の婚約者だ。おおっぴらに接触するわけにはいかない。俺との関係が婚姻の瑕疵になることのないように、今まで以上に節度のあるつきあい方をする必要がある。
いろいろと考えなきゃならないことは多いけど、それが俺の務めだ。
やることは増やしちゃったけど、俺なら何とかできるはず! がんばっていきますか!
皇兄フェルディナントは転生者だった。順調に進んでいると思っていたゲームの内容改善だが、思わぬ見落としがあったことに気付かされる。次回『もう1人の転生者 ~暗雲~』。お楽しみに!