第15話 ※もう1人の転生者 ~出会い~
こちらは、第2話の裏バージョンになります。必ず第2話をご覧になってからお読みください。
エミリア・ローゼンブルグは、『I Canキミに恋してる』の最重要キャラだ。
フリードリヒが主人公のギャルゲーの方では、ヒロインの一人だけど、男爵令嬢カトリーナ・ブラウンが主人公の乙女ゲーでは、フリードリヒルートと、逆ハールートでのみ登場する『悪役令嬢』という設定になってる。
その特徴は、我が儘で、高慢で、嫉妬深いこと。そして、100年に一人という希有な魔法の才能を持っていることだ。
ギャルゲーの方は、エミリア一筋で攻めるなら、すげー簡単に攻略できる。言ってしまえば『チョロイン』だな。だけど、それだけじゃあ『最重要』というには弱い。
実は、彼女は、他のキャラを狙おうとすると、必ず邪魔をしてくるって特徴があるんだ。これは、どのキャラを狙おうが共通してるポイントだ。
当然、ハーレムエンドを狙うためには最大の障害となるキャラになってる。ハーレム狙いをしてたのに、パラメーター上げや、ルートの選択に失敗して、幽閉されたり、刺殺されたりした、プレーヤーも多かったんじゃないかな。
俺もシナリオライターとして、SNSとかで結構叩かれたもんだ。
ただ、いくら批判されても、ここは譲れなかった。
だって、考えてみてくれよ。婚約者が、結婚前から自分をないがしろにして、他の女に現を抜かしているんだぜ。しかも、甘やかされて育った上、自分は相当優秀だという自負もあるっていう設定だ。そんな立場だったら、暴発したって不思議じゃないとは思わないか?
そもそも、結婚前からハーレムとか作っていたら、跡目争いが起こって大変なことになるのは目に見えている。そんなリスクを背負ってまで常識外れなことをやろうとしてるんだ。制作側としても、ハードルを高く設定させてもらうのが当然だろう。
まあ、そっちの方は、主人公が死んだり、閉じ込められたりするだけだから、まだいいんだ。
問題は乙女ゲー『I Canキミに恋してるL』の方だ。
こっちだと、本当にしゃれにならない。
Q 何が起こる?
A 魔王が現れて、世界が滅ぶ。
どうしてそうなったかは、俺にもよくわからん。「シナリオライターのくせに、何で知らねーんだ!」って言われても俺だって困るよ! だって、俺、『L』の方は最後メイン外されちゃったんだから!
経緯としてはこうだ。まず、会社の首脳陣にネット小説にハマったヤツがいて、【乙女ゲー=悪役令嬢ざまあ必須】だと強制してきやがった。
作れって言われてたから、俺も色々リサーチしてたんだけど、有名メーカーの商品には、そんなの見つからなかった。
だから、「そんなゲームねーよ!」って、抵抗したら、「それが新しい」だってさ!
その上「逆ハー有りにしろ」とかアホか!
確かに『新しい』よ!
でもさ、あんなにネット小説で流行してるのに、なんで大手メーカーは誰もやらないと思う?
売れねーからに決まってるだろ!
いろんな感覚の人はいるだろうから、きっとニーズはあると思うよ。でもさ、『ダンゴムシの大冒険』ってリアルダンゴムシゲーム作ったらヒットすると思うか? 多分ね、多少は売れるよ。でもそこまでだよ。
最後は諦めちゃったけど、大して売れそうにもないって、わかってるものを作らなきゃいけないのは辛かったね。
その上だ、俺が文句ばっかりつけたせいで、途中でメインを外されちゃったの!
そしたらどうなったか。エミリアは、どのルートでも現れて、陰湿な中学生みたいにヒロインをいじめまくるキャラになってた。しかも、手段が小学生並みときた。そもそも貴族の『いじめ』って何!? 最後は断罪された結果、闇落ちして魔王を召喚しちゃうという。
てか、これ何のゲームだよ!
俺の設定したエミリアは、こんなアホなキャラじゃないぞ!
せめて、俺が最後までメインを張れてれば、こんなアホなゲームには、しなかったのに!
まあ、終わったことを愚痴っても仕方がない。
何の因果か、俺は転生してここにいる。せっかく貰えた2度目の命だ。俺自身が、悠々自適の生活をしながら長生きできるように、大事にしないとな。
それから、今生の母の時のような後悔は、もうこりごりだ。できる限り多くの人間が不幸にならないように、シナリオを知る者として積極的に動いてやろう。
と、いうことでエミリアだ。さっきの声の様子からすると、『才能はものすごいが、傲慢で傍若無人な小娘』として、順調(?)に成長中っぽい。
このまま成長して、乙女ゲーの『悪役令嬢』になったら、婚約破棄から、絶望の果てに魔王召喚一直線だ。そんなことになろうもんなら、世界中の何10万、何100万単位の人命が危機にさらされかねない。
それだけは何としても避けなくちゃ!
そのためにも、ここらで一遍、上には上がいるっていうことを見せつけて、高慢の鼻をたたき折っとく必要があるな。
元々能力は高いんだ、人の話さえきちんと聴くようになれば、優れた皇妃になるだろう。そして、幼いうちから、自分より優れた者がいることを体感しておけば、仮に、皇妃になれなくても、いきなり、闇落ちして魔王召喚なんか始めることはしないんじゃないか?
いじめ?
そもそも、まともな貴族教育を受けてるヤツが、服を汚すとか、教科書を破くとか、小学生みたいないじめなんかするか?
逆にしっぽを掴まれて、反撃されるのがオチって、わかりそうなもんだけどね。
俺の前世は根っからの平民だったけど、そんな俺だって、小中学生じゃないんだから、もっとスマートな方法はいくらでも考えつく。貴族が対抗者を排除しようとするんだったら、そんな生ぬるい方法じゃなく、ここに書けないような方法だって使って、徹底的にやるんじゃないかな。身分の格差があればなおさらだ。
だから、エミリアがまともになれば、そもそも乙女ゲーの断罪イベントだって、起きないんじゃないか? てか、普通に考えたら起こる方が難しいだろ、これ!
よし! そうとなったら善は急げだ! 早速、鼻っ柱をへし折らせていただきますか。
「あの者には暇を取らせて、もう少し修行させた方がよいのではなくて?おーっほっほっほっ……」
完全に調子に乗った発言をしているエミリアに近づいた俺は、まず思いっきり煽ってやった。
「へー、『100年に一度の天才』って言うから期待してきたんだけどな。この程度なんだ」
「なっ!!」
「これはフェ……」
おっと、あぶないあぶない。まだ、正体を明かすわけにはいかない。宮廷魔導師長が発言しようとするのを慌てて遮った俺は、子どもに負けてうちひしがれている宮廷魔導師にを呼びよせた。
「お兄さんちょっと来てよ」
「はっ!」
「やあ、きみ、残念だったね」
「で、殿下! これはお見苦しいところを!」
「しっ! 静かに! そんなの良いから。 ねえ、ところで、きみ。名前は?」
「も、申し遅れましたっ! 殿下。私ゲラルト・グリューンと申します!」
「だから、いいって! 僕の身分については内緒にしておいて。ね?
ところで、グリューンくん。さっき撃った魔法あるでしょ。僕の言うとおりに、もう1回発動してみてよ」
「で、ですが……」
「え!? 僕の言うことが聞けないの?」
「と、とんでもございません! そ、それでは、どのようにすればよろしいのでしょうか!」
「うん! 土嚢の真上に氷球を作って、真下に向けて打ち出してみてよ」
「へ? それだけでよろしいので?」
「ま、騙されたと思って試しにやってみてよ。お願いね!」
「はっ! では早速! ×××…………」
実は、この世界の魔法の威力は魔力の多寡に大きく関係がある。もちろん魔力をコントロールするための技術が高ければ、無駄が省かれて威力は増すんだけど、同じ技術レベルなら、魔力が多い者の方が、断然強い魔法を放てる仕組みになってる。ちなみに中庭で、魔導師たちが行っているのは技術を高める訓練だ。
ゲームでは、魔物討伐とかでレベル上げをして魔力量を増やし、魔法の威力を高めていくシステムになってた。ところが、エミリアは訓練をしなくても宮廷魔導師長レベルの魔法を放てる魔力チートキャラなんだ。
野球にたとえて言うなら、グリューンくんは、トレーニングを重ね、フォームを研究するなどして無駄を削って130km/hのボールを投げられるようになった人だ。130km/hと言ったら、甲子園に出場する選手レベルで、プロから声がかかったって不思議じゃない。魔力は故障しないから、研鑽を積めば、150km/h近くのボールを投げられるようになるかもしれない。ところが、エミリアは、体も出来てないのに、才能だけで最初から140km/hのボールが投げられる人なんだ。成長して、さらに最適なフォームを身につけたらどうなることか。普通にやったら何をしたって勝てっこない。
ところが、ここに落とし穴がある。実は、魔法も物理法則に左右されるんだ。何を見ても書いてないし、ゲームの方で設定したこともないから、自分も試してみるまでわからなかったんだけどね。なんで今まで誰も試さなかったかは謎だが、これが『強制力』ってヤツなのかもしれない。
おっと、ちょっと怖い考えになってしまったぞ。これに関しては後で考えることにして、まずは魔法と物理の関係の方だな。
実は、弾丸系の魔法は、直線に的に飛ばしているんだが、色々試してみた結果、高いところを狙うと、同じ距離でも威力が弱まることがわかった。そして、術者のすぐそばでなくても発動することもわかった。
考えてみれば、有効範囲のでかい大魔法なんかは、術者の近くでしか発動しなかったら、自爆魔法にしかならない。
他にも、温度とか湿度とか、周囲に存在する物質とかにも左右されることもわかたんだけど、長くなるから、この辺でやめておく。
つまり、高いところで発動させて、それを下に向かって撃てば、重力が作用して自動的に威力は増すって言う寸法だ。ただ、土嚢の真上に形成させられるかは、グリューンくんの腕次第だけど……。まあ、普段訓練してるんだから、ある程度は出来ると期待してる。
俺は、グリューンくんから離れると、エミリアのところに戻った。
「あなた! 先程の無礼な発言は、私を『天才エミリア・ローゼンブルグ』と知ってのものかしら!」
案の定、煽られ耐性の無かったエミリアは、すごい勢いで俺にくってかかってきた。
よしよし。狙いどおりだぜ。
俺は適当に彼女の話を受け流しながら、グリューンくんの魔法が発動するのを待った。
「アイスバレット」
『ダァァァァン』
訓練場全体に轟音が鳴り響く。グリューンくんのアイスバレットは、見事土嚢の山に命中し、山を大きく壊していた。よっしゃ! ベストの結果が出たぜ!!
ここは一気に押そう。
口をあんぐりと開けて固まっているエミリアを、さらに煽るべく、耳元でささやいてやった。
「ね、新米の彼だって、このぐらいのことはできるんだよ」
「あ、あんなの…… そうよ!インチキ、インチキに違いありませんわ!!」
興奮したエミリアは、案の定、俺の提案した勝負の誘いに乗ってきた。後は、科学を知っていれば、魔力云々に関係なく有利に事を運べる勝負に彼女を誘導するだけだから、前世の経験のある俺としては簡単なもんだ。
いくつも引き出しがあるうちで、今回俺が使ったのは、物質の破壊だ。
具体的には、『ストーンウォール』の魔法で2つ石壁を作って、どちらが先に破壊できるかってやつにした。しかも、破片が飛び散ると危険だという理屈を付けて、発動の早い弾丸系の魔法を封じた。エミリアの手足を縛ったようなもんだ。
え? 俺の方も同じ条件じゃないか? 違うんだなぁ。そこは、科学知識チートの見せ所だ。普通なら料理とか鍛冶で使われる『ヒート』と、ただの水を出す『ウォーター』。これを使う。
原理はよくわからんが、ヒートは、一般人でも鍛冶に使えるぐらいの熱が出る。威力が魔力に左右されるこの世界だ。幼少期からトレーニングを重ねてきた俺の『ヒート』は相当高温になる。そこに水をかければどうなるか。まあ、普通の石程度なら割れるわな。
当然、実験済みだぜ! 変なことしてケガしたり、上手くいかなかったら嫌じゃないか!
大人げないって?
ことわざにもあるだろ『念には念を入れよ』って。まあ、調子に乗って「負けたら下僕になる」って約束しちゃったから、万が一にも負けるわけにはいかなくなっちゃったっていうのもあるんだけどね。
いや、びっくりした。まさかエミリアが、『アースクェイク』なんて大魔法を使えるとは思ってなかった。
大魔法だけあって、結構、詠唱に時間がかかるから良かったけど、詠唱が始まったのを聞いたときには、かなり焦った……。いや、耳を疑ったね!
『念には念を入れ』ておいて良かったよ! 余裕ぶっこいてたら、下僕生活の一直線だったかも!
敗北を味わわせてやったし、約束通り、宮廷魔導師たちに謝らせておいた。これで少しは、謙虚になってくれると楽なんだけどなぁ。
皇兄フェルディナントは転生者だった。自分が生き残るために行なっていたゲームの内容改善だが、エミリアの登場で、徐々に変化が生じ始める。転生者フェルディナントが、何を行なったのか。次回『もう1人の転生者 ~指導~』。お楽しみに!