第12話 事件の真実
4人の宴は、どこかぎくしゃくしていらっしゃいました。
陛下とコンラート様は上機嫌で杯を空けていらっしゃいますが、フェルディナント殿下とディートは表情も硬く、あまり召し上がっていらっしゃらないご様子です。
時は進みますが、室内では、たわいもないお話が続くだけ。
(シーちゃんたちには申し訳ないけれど、お話が終わるまでしばらく休ませていただこうかしら)
そんなことを考え始めたときでございます。だいぶ酔いが回ったらしいコンラート様が話し始めました。
「それにしても陛下。このたびはおめでとうございます。上々の首尾でございましたな」
「コンラート。お主の力あってこそだ」
「お褒めにあずかり恐縮至極。が、陛下もなかなかのものでございました」
「まあ、な。アイツがあまりにもアホすぎて、どうなることかとひやひやしたが、本当に上手く口を滑らせてくれたものだ」
「いや、アレには私も驚きました。が、その失言を上手く拾われた陛下の機転。なかなかのものでございました」
「いやいや、ずっと待っておったのだ。あれを逃すような無能では、長くは生きられんよ」
「「ははははは!」」
陛下とコンラート様のお話は、あまりにも唐突で、フェルディナント殿下とディートは、ついて行けていない様子でございます。かく言うわたくしも、何のことやら理解をしかねております。
「それにしてもコンラート。あのカトリ何とかという女は、本当に朕の妃になる気であったのか?」
「本人は大変乗り気であった様子でございますが……。陛下に名前すらまともに覚えていただいていないことを知ったら、くくくっ」
「こら、コンラート。笑うでない。お主だってさんざん焚きつけていたではないか。役得だったであろう?」
「陛下。お戯れを。何が楽しゅうて、あのような者に近づきましょうか。陛下こそ楽しんでおられたのではありませんかな?」
「まあ、ある意味な。ああ、理解のできない言葉を話す『珍獣』としては面白かったぞ!」
「「ははははは!」」
なんでしょう。このお話は。ちょっとわたくしには理解しかねます。見回すと、ディートも怪訝な表情をしているようです。フェルディナント殿下は……。顔色がだいぶよろしくないご様子ですね。どうなさったのでしょうか?
「ま、これで朕もかなり自由に動けるようになったぞ。あの者たちには感謝してもしきれるものではないな」
「陛下にそのように言っていただけて、あの者どもも、草葉の陰で喜んでいることでございましょう」
「こらこら、コンラート。まだ死んではおらぬぞ。まだな!」
「いや、これは失敬。たしかにまだでございますな」
「「ははははは!」」
「……あの、陛下、コンラート殿?」
「おお、ディートリント。いかがした?」
「今のお話は、いかなることでございましょう。私、不才にして、意味がわかりかねるのですが……」
「ああ、そうか! そちたちには教えてていなかったな。あの何とかという男爵令嬢がいただろう。あやつはな、コンラートに踊らされておったのよ!」
「ははは、陛下。人聞きの悪いことをおっしゃいますな。私に踊らされていたのではなく、『私と陛下に踊らされていた』でございましょう?」
は!?
「ま、途中はどうなることかと思ったが、最後は期待以上に働いてくれたのだから笑いが止まらぬ」
「彼女の暴走のおかげで、狭いとはいえ、男爵領が丸々1つ手に入るのですから、工作した甲斐があったというものです。陛下。よろしくお願いいたしますぞ」
「ああ、わかったわかった。ただな、コンラート。侯爵領の分もあるとはいえ、帝領はまだまだ狭いのだ。褒美は領地ではなく金品になるぞ。それは酌んでおいてくれ」
「……あの、陛下?」
「ああ! すまんすまん、ディートリント! 何の話か?ということだったな。実はな、ディートリント。此度の『婚約破棄』は最初から計画されていたことであったのだ」
「……それはいかなることでございましょう。従姉妹のエミリアに何か瑕疵があったのでございましょうか」
わたくしも初耳でございます。わたくしは皇妃となるため、これまで努力を重ねてまいりました。このわたくしの、どこがいけなかったのでございましょう。
「ああ、エミリアに瑕疵はなかったぞ。あったのはローゼンブルグ家だ」
「お言葉ですが陛下。伯父たちは善人を絵に描いたような者たち。悪事を働くようには思えませんが?」
「そうだな、悪事を働いているそぶりは全くなかったぞ」
では、なぜ!?
「ディートリント。確かにローゼンブルグ家の連中は善人である。しかしだ、外戚として朕を支えるには力不足であろう。そんなこともあって、以前から婚約者の交代を考えておったのだ」
「ただ、落ち度がないのに、婚約を解消したのでは、陛下の有責になってしまいます。それでは皇家の力を高めんとする陛下にとって、いささか不本意。そこで、この不詳コンラートめが、一計を案じたのでございますよ」
「コンラート殿。それはどういう……」
「いえね、エミリア殿にも、ローゼンブルグ家のお歴々にも落ち度はございません。が、落ち度がないなら作ってしまえばよいのです」
「ちょうど、陛下に近づかんとする『虫』がおりましたので、少し餌を見せてやりましたところ、よく動いてくれました。まあ、『虫』なので、なかなか思うように動いてくれないのは、ちと困りましたが……。まあ、正直に申しますと、陛下の有責になるかならないかは、賭けだったのです。ところが、エミリア殿が、自分で自分の墓穴を掘ってくださいました」
得意げに語り始めたコンラート様。そして、陛下を見れば、にこやかに頷いていらっしゃいます。
なんということでしょう。婚約解消は既定路線で、わたくしは彼らの掌の上で踊っていただけだったのです。しかも、彼らにとっては『最高』の、わたくしのとっては『最悪』のダンスを……。
「また、カトリーナ殿は、公衆の面前で陛下に虚言まで弄してくださいました。これで、ブラウン男爵家も連座で罰し、男爵領を直轄地にすることができます。
その上、エミリア殿も、陛下を嘲弄されるかのような発言をなさいました。これでローゼンブルグ家にも何らかの罰を与えることが可能になります。
そして、ローゼンブルグ家は外戚ではなくなるのですから、今回のことをネタに締め上げてやることができます。じわじわ痛めつけて力を削げれば、まず上々。いたぶられたことで謀反でも起こしてくれれるのであれば、侯爵領が丸々手に入ります。最高ではありませんか!」
……仕組まれていたこととは言え、わたくしの罪はまだわかります。しかし、家族に何の罪があるというのでしょうか。そして、内乱ともなれば臣民にも多数の犠牲が出ます。そのようなことを全く考慮に入れず、陰謀の成功だけを喜ぶこの男たち。許してはおけぬ!
怒りに我を忘れたわたくしが、使い魔であるシーちゃんを起点に、大魔法を発動しようと詠唱を始めたとき、いきなりコンラート様が吹っ飛んだ。
わたくしの恋が動き出した瞬間だった。
『婚約破棄』最初から仕組まれていた陰謀だった。怒りに我を忘れていたエミリアを勝機に戻した人間とは。次回『恋の始まり』。ようやくエミリアの本当の恋が動き始めます。お楽しみに!