第11話 宴
クーちゃんに運んでもらったシーちゃんが、宮城に着いたのは夜の8時頃でした。
あまり早いと警戒の者も多く、見つかる危険性も高くなります。また、あまり遅いと陛下がお休みなられてしまいます。人に見つからずに、しかも陛下のご反応を知るには最高のタイミングになりましたわ。
予定通り、大きくて見つかりやすいクーちゃんは、少し離れた木の梢で待機。そして、木登りが得意で夜目も利き、目立たないシーちゃんに、離宮の壁を伝わって陛下のお部屋まで手紙を運んでもらいましょう。
番犬を連れた巡回の兵士のすきを狙って、無事シーちゃんは王宮の壁にとりつきました。そして、陛下の私室を目指します。
寝室……にはいらっしゃらないようですね。いらっしゃるまでお待ちしていてもよいのですが、あまり遅くなってしまいますと、クーちゃん、シーちゃんがおなかをすかせてしまいます。とりあえず、明かりのあるお部屋を中心に、調べることにいたしましょう。
壁伝いに、明かりのある部屋を覗いていきますと、声が聞こえてくるお部屋を見つけました。ここは娯楽室でございますね。陛下のお声もいたしますが、他にも数名の方がいらっしゃるようでございます。これは時間がかかるかもしれません。クーちゃんとシーちゃんには申し訳ありませんが、皆様がお帰りになるまで、待たせていただくことになるかもしれません。
とりあえず状況がわかりませんと、待った方が良いのか、出直した方が良いのかわかりません。失礼ではありますが、様子を覗かせていただきましょう。
シーちゃんの視覚を借りて、バルコニーの隅からお部屋の中を覗きます。
娯楽室の中にいらっしゃったのは、にこやかな表情の陛下、コンラート様。そして、いつもより少し愁いを帯びたようにも見える皇兄フェルディナント殿下でした。
その他に数名の使用人がいるようです。
それなりに離れた位置にはいるのですが、シーちゃんの優れた聴力は勝手に皆様方の会話を拾ってしまいます。
「それにしても遅いな」
「陛下、彼は、家族への説明あるでしょうから、時間がかかるのも無理はございません」
どうやら皆様は、どなたかを待っていらっしゃるようでございます。
「そうだな。打ち上げなどする気にはならないかもしれないな。
陛下、本当に呼んでよろしかったのですか?」
「……ああ、そうか、そうか、そうだったな。うっかりしていた。兄上、言いたいことはよくわかるが、心配しなくても大丈夫だ」
心配そうに尋ねるフェルディナント様に、薄く笑みを浮かべた陛下が答えます。
陛下の口ぶりに違和感を感じますが、その違和感に考えを巡らせる間もなく、ドアがノックされる音が響きました。
どなたかお見えになったようです。
ドアが開くと、そこに立っていたのは、わたくしの従兄弟のディートでございました。
『ディート』と申し上げましたが、それは愛称でございます。本名はディートリント・フェルゼンラント。帝国騎士団長アドルフ・フェルゼンラントの嫡男にして、辺境伯ヨルク・フェルゼンラントの嫡孫にございます。
フェルゼンラント辺境伯家は、わたくしの母の実家でございまして、当代の辺境伯は、祖父にあたります。その関係上、同い年のディートと、その弟で2歳年下のエアハルトとは、近い親戚と言うことで、幼い頃、良く一緒に遊んだものでございます。
「申し訳ございません!! 遅くなってしまいました!」
遅れてきたディートは、硬い表情で謝罪の言葉を口にいたしました。
無理もございません。身内から罪人を出してしまったのです。きっと遅れたのも、叔母様たちに経緯を説明したり、善後策を話し合ったりしていたのでしょう。
間抜けなことに、今まで全く気が付きませんでした。わたくしは、親戚にまで迷惑をかけてしまっていたのですね。……自分の愚かさに腹が立ちます。
神様、わたくしはどのような罰を受けようと構いません。どうか、周囲の皆様に罪が及びませんように……。
「そう硬くなるな。ディート」
「しかし、陛下。この度は従姉妹のエミリアが……」
「わかったわかった。それ以上謝らなくていい。言っておくがな、ディート。こたびの件で、フェルゼンラント辺境伯家の者を、何らかの罪に問うつもりは全くないからな。兄上とコンラートが証人だ。ついでに一札書いてやるから、ちょっと待っていろ」
陛下は紙を取り出すと、先程の話を書き付けられました。
「エ・ミ・リ・ア・ロ・ー・ゼ・ン・ブ・ル・グ・の・事・件・に・関・連・し・て・フ・ェ・ル・ゼ・ン・ラ・ン・ト・辺・境・伯・家・の・者・を・罪・に・問・わ・な・い・こ・と・を・誓・う……皇・帝・署・名……と。ほれ、これを持って帰って辺境伯や騎士団長を安心させてやれ! 印章官には指示しておくから、印は明日で良いな」
「陛下! ありがとうございます!!」
……良かった。本当に良かった。
わたくしの不用意なふるまいで、無関係な親族が罰せられたとあっては死んでも死にきれません。沈んだ心がだいぶ軽くなりました。重苦しかった室内の空気も、だいぶ和らいだようです。
「ディートリント。そんなに、畏まらなくてもいい」
「陛下の言うとおりでございます。今日の宴は、舞踏会が成功裏に終わったことに対するねぎらいの席。幹事長のフェルディナント殿下や、会場警備主任のディートリント殿が浮かない顔をしていたり、心ここにあらずといった状態で参加しているのでは、本来の趣旨にそぐいません」
「よし、ディートリントの心配の種もなくたったことだし、始めるか‼」
皆様は、脇に控えておりますメイドたちから好みの飲み物を受け取られました。
「よし、皆、盃を掲げよ。乾杯ッ‼」
「「「乾杯ッ‼」」」
いい飲みっぷりでございます。皆様一気に杯を乾されました。
2杯目を注ごうと近寄るメイドたち。すると、おもむろにコンラート様が、彼女たちを制しました。
「お嬢さん方、裏方の諸君、今日は遅くまで準備をありがとう。これからは機密の話も出るかもしれないから、自分たちでするよ。何かあったら呼ぶから、下がってもらっていいかな?」
指示に従い、使用人たちが室外に下がると、コンラート様とディートが、何やら魔法の詠唱を始めました。耳を澄ますと、コンラート様は警報結界の呪文を、ディートは認識障害結界の呪文を唱えたようです。これで結界の外から部屋の中の様子を見聞きしたり、外から忍び込んだりすることはできなくなりました。
と、同時に、しーちゃんも外に出られなくなってしまいました。厳密に言うと普通に出られはするのですが、出ようものなら思い切り警報が鳴ってしまいます。
盗み聞きをしなければいけないのは心苦しいことではありますが、しばらく待たせていただきましょう。長く待たせてしまうことになった、クーちゃんとシーちゃんには、後でたくさんご褒美をあげませんとね……。
そんなことを考えながらおりますと、室内では宴が再開されました。
結界の中に使い魔が閉じ込められてしまったことで、否応もなく皇帝たちの話を聞かされることになったエミリアそこで語られた思いがけない事実とは。次回『事件の真実』。いよいよ婚約破棄の真実の理由が明かされます。お楽しみに!