鬼神、村へ向かう
館に帰った俺たちはさっそく一階のリビングに向かい、ちょうど料理を終えていたローザに言われ、すでに席についていたガレスと向かい合うように席に着いた。
今日の朝食は卵と肉を焼いたものと、パン、そしてサラダだ。
「いただきます」
全員で食べる合図を取る。それにしても、この言葉は前世でも同じだったから最初聞いた時は驚いたものだ。
俺は一番おいしそうな肉を口に運ぶ。肉は柔らかく、それでいてジューシーでとても朝から食べるものとは思えない。まあ、慣れない魔力操作でそれなりに疲れてはいたし、肉は好物だから構わないのだが。
「そうだアル。魔法の訓練は順調か?」
ガレスが問う。答えようとするが、肉をほおばっているため上手く言葉が発せない。それを見かねたカーミラが代わりに答えた。
「そこそこ順調ですよ。簡単な魔力操作は出来たので、あとは身体強化に慣れることですね」
「それはよかった」
あ、と思い俺は肉を急いで飲み込んで、
「でも魔法がうまく使えないんだ。どうしてか分かったりする?」
「魔法がうまく使えない、か。単純にうまく魔力を扱えていないのか、もしくは詠唱が必要な魔法なのか。だな。ちなみにどんな魔法なんだ? ……ってまだ使えてないならわからないか」
「カーミラでもわからないの?」
「条件があっていないのではと思ったのですが、詳しくは分からないです」
「そうなのね。――あ、そうだわ、アル。今日村に行ってもらえないかしら?」
突然の話題の代わりぶりに内心少し驚きながら聞く。
「いいけど、何で?」
「お昼の食材を切らしちゃってて。お願いできる?」
「それなら私も行きますよ?」
「ううん、カーミラには少しお手伝いしてほしいことがあるから私たちと一緒にお留守番」
手伝うこと、というとやはり家事だろうか。まあこんなに大きい屋敷なのだから一人でやるのも大変なのだろうし手伝ってもらうというのは納得だ。
しかし神様はそうではないらしく、こっちに「私も一緒に行きたいです!」とでもいうような視線を送っている。
「食べ終わり次第行ってくるよ。で、何を買ってくればいいの?」
言うと、神様はすごく残念そうな表情をしていた。この表情の変わりようが面白い。
「そうね。ジャガ芋と干し肉があれば大丈夫ね」
「わかった」
それからほどなくして朝食を食べ終わり、さっそく村に向かうことにした。
家を出る際、神様が珍しく駄々をこねていたのが意外だった。
それと、ガレスから木剣を渡された。曰く、もしかしたら魔物も出るかもしれないから一応の用心のためらしい。
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館の玄関を出て、今朝も使った広い庭を歩き、館の門をくぐって外に出る。おそらく、ここから村までの距離は歩いて三十分ほどだと思う。それくらいなら修行も兼ねて身体強化でささっと行ってもいいのだが、辺りの地形をある程度把握したかったのと、そこまで急ぐ理由もなかったためそれはしないでおいた。
歩き始めてから十分ほど経過した。周囲は森で木々に囲まれている。風の涼しさや、鳥の鳴き声、川のせせらぎが心地いい。そんな静かで落ち着く印象を持った。
しかし次の瞬間、
――グオォォォォォ!
とこの森に不釣り合いな激しくけたたましい鳴き声が響き渡る。鳥は羽ばたき、木々は揺れ、空気は震えている。
「――!」
咄嗟に腰に備えている木剣の柄に手をかける。おそらく、この鳴き声の発生源は森の中。方向はここから左。距離はそこまで遠くない。
そっちの方角に耳をすませると、先の鳴き声の主と複数人との戦闘が起きているような音が聞こえた。
「仕方ない、行くか」
俺は『気』を使って身体能力を上昇させる。魔力による身体強化を使わないのは魔力操作で時間を食うにはいかないためだ。
強化した足で森を駆け抜ける。高速で動いてるからか木々は目まぐるしく後ろへ流れているような錯覚を覚える。
そして徐々に戦闘音は近づいていき、多少遠目からではあるが状況を掴むことが出来た。
「くっ……こいつ!」
「馬鹿! 防いだらまず距離を取れ!」
「グルルゥゥアァ!」
円形に二十メートルほどの大きさで開けた場所に、直剣を持った茶髪の少年、同じく直剣を持った黒髪の少年と杖を持った緑髪眼鏡の少女の三人と角の生えた巨大な熊が戦闘を繰り広げていた。
巨大熊はその鋭利な爪と岩をも破壊できそうな牙で少年二人に襲い掛かっている。それを二人で交互に防ぎ、かろうじて応戦しているようだ。
後退した少年は眼鏡の子に魔法で回復してもらい、完了し次第合図をし、応戦している剣士が熊の攻撃を弾き瞬時に代わっている。
しかしこのままではどう考えてもじり貧だ。一人で抑え込むにもあの小さな体では限界があるし、何より少女の魔力がいつまでもつかもわからない。ここは助けに行くべきだろう。
そう思った瞬間、熊はしびれを切らし、怒りのままに応戦していた茶髪の剣士を吹き飛ばす。そして回復していた少年たちの方へ猛突進していった。
「うわぁぁぁあ!」
「くっそ!」
急いで黒髪の少年が剣を構えて迎撃態勢をとるが、まるで岩のような巨大な体ととてつもない速度の体当たりに、茶髪の少年同様吹き飛ばされる。
勢いそのまま、少女の方へ襲い掛かっていく。
「き、きゃあぁぁぁぁ!」
少女は恐怖のあまり悲鳴をあげる。
装備は長い杖。今までの戦闘を見ていたところ回復系の魔法で前衛二人の補助をするような役目のようだ。攻撃系の魔法で援護しなかったのは見方も巻き込んでしまうのを恐れたからなのか、そもそも使えないからなのか。
どちらにしろ、彼女がピンチなのに変わりはない。
俺は雷のごとき速さで少女のもとへ跳ぶ。熊との距離が大体二メートルほどのギリギリのタイミングで少女を抱きかかえ飛翔する。それにより、猛スピードで突進していた熊はそのまま正面の木に激突し、当たったところから木は折れていった。
「きゃあ! ――え……? え?」
俺の腕の中にいる眼鏡の娘は何が起きたのか全く分からない様子で困惑していた。
それもそのはず。何せ今いる場所は地上から十メートルほどの高さの位置なのだ。そして重力な赴くまま俺たちは熊のいる反対側の位置へ着地する。
「あ、ありがとう、ございます」
「ううん、気にしないで」
礼を言われたので思ったままをそのまま返す。
すると、倒れていた二人が膝に手をつき、ゆっくりと起き上がる。そしてダメージを受けた場所を抑えながらこちらに近づいてくる。
「ミナを助けてくれてありがとう」
「僕からも礼を言わせてください」
茶髪の少年と黒髪の少年がそれぞれ言う。ミナ、というのは今助けた少女の事だろう。ミナは二人に魔法をかけて治療しながら、
「あの、君の名前は……?」
「アルトリウスです」
短く名乗ると黒髪の少年が、
「アルトリウスくん。もしよかったら手を貸していただけませんか? 僕たちだけでは勝てそうになくて……」
「ユージン! 助けてくれたとはいえこんな子供に何を言ってるんだ! ルイングリズリーはまだ木の下敷きになってるはず。今のうちに逃げるのが得策だろ!」
ユージンという名前の少年の言葉に、茶髪の少年が激しく反対する。そんなやり取りのさなか、前方で物音が聞こえた。
「グルルルル……」
「くそっ! もう起き上がってきたか!」
茶髪の少年は剣を構え、熊の方を見ながら悪態をつく。すると俺の方へ向き直り、
「アルトリウス君、君は早くここから逃げて助けを呼ぶんだ!」
魔法による治癒が完全じゃなく、まだ傷は残っている。それに、ミナを見ると微かに息が切れているのが分かる。おそらくだが、魔力の底が付き始めてきているんだろう。そうなると、これまでのような戦い方で助けを待つこともかなわない。
それらを踏まえたうえで俺に逃げろと言ってるんだ。この少年たちが何者かは分からないが、勇気ある少年たちだということは分かった。
俺はふうっと息を吐き、腰に納めてあった木剣を抜く。
「みんなは休んでてください。こいつは俺が片付けるので」
まっすぐと標的を見据えてそう言葉を発する。
「何を馬鹿なことを言ってるんだ! 君は早く逃げ」
言い終わる前に俺は地面を蹴って走り出す。
「グルオォォォォォ!」
俺を次の獲物と見定めたのかけたたましい雄たけびを上げ、俺と同じように加速する。熊との距離が近づく。俺は突進してくる熊へ跳び、一瞬で二撃の斬撃を両肩に見舞う。しかし。
「うおっ、硬っ」
さっき体の大きさを岩と表現したが、その硬さはまるで鋼のようだった。それでも、俺の『気』を纏った剣戟で動きを止めることは出来た。
すかさずまた走り出し、今度は背に飛び乗り上段から強烈な一撃を振り下ろす。
「グァァァァァ!」
しかし、さすがの巨体と頑丈さ。ダメージはあったものの、背に乗っていた俺は乱暴に振り払われてしまった。
「まじかよ……。俺たちが手も足も出なかった奴をたった一人で……」
「すごい……!」
「これなら勝てるんじゃ……?」
三人の盾になるように着地すると、各々がそう言葉をこぼす。
ちらりと二人の持っている剣の方に目をやる。どちらも刃こぼれしていてもう使うことが出来なさそうだ。
となると。
「まずいな……」
『気』で攻撃力を上げているにもかかわらず、少ししかダメージが通っていない。
鉄製の武器ならもしくは、と思ったがすでに使用不可となっている。
正直に言って、このままでも負けることはないが、武器の耐久力が持たない。つまり、やつに決定的な一撃を見舞う手段がなくなってしまうことを意味する。
「グルアッ!」
ルイングリズリーという名の熊は二足で立ち上がり突進から爪での攻撃に切り替えた。黒く輝く鋭い爪は、俺の急所へと振り下ろされる。
「はっ!」
突進ほど単調な攻撃ではなくなったが捌けないほどじゃない。俺は斜めに振り払い、下ろされる前足をはじき返す。
しかし、その巨体に似合わぬ俊敏さで再び爪での攻撃を再開する。右、左と連続で素早い爪撃を繰り出す。俺は即座に対応しそのすべてを木剣で振り払う。
その攻防の中、タイミングを見計らって俺は巨大熊の手をさっきよりも大きく弾き三人のいる後方へ退く。
「――よし」
『気』での強化を解除し、魔力を使うために集中する。魔法はまだ使えないから、俺がするのは身体強化だ。今朝使った時に感じたことだが、『気』による強化よりも、単純な力は勝っているような気がする。
おそらく、魔力量の多さが理由なのだろう。身体能力の上昇量は、単純な『気』での上昇より多い。が、『あの力』よりはさすがに劣る。
「――」
体の内側に眠る莫大な魔力を知覚し、全身に巡らせるイメージで操作する。
こんな怪物と戦うんだったらもう少し魔力操作に慣れてからの方がよかったと内心でつぶやくが、この状況で文句を言ってられる暇はない。
体に今朝と同じように光のオーラが纏われる。多少時間はかかったが、身体強化に成功した。
熊の方に目を向けると、もうすでにのけぞりから回復していた。唸り声を上げ、その怒りをあらわにした眼光で俺を睨んでいる。
後ろにいるミナという少女は直接睨まれているわけでもないのに「ひっ」と恐怖した声を漏らしている。それほどまでに、奴の形相は恐ろしいものであった。
俺はそれにおびえず、切っ先を巨大熊のほうにまっすぐと向け刃に魔力を込める。
魔力で力を上げられるのなら、剣にも同じようなことが出来るのではないか。そう考えた末の結論だ。
あの敵には斬、打ともに大したダメージは入らなかった。残されているのは突、つまり俺の全力の刺突だ。
ルイングリズリーと俺との間に空いた十メートルほどの距離。お互いに攻撃の届かない間合いの外側。
――イメージする。刃を伸ばし、間合いを消すほどの突きで、あの鋼のような肉体を貫く。そんな至高の一撃を。
「はぁぁぁぁ……!」
俺を中心に、解放された、荒ぶる魔力の嵐が周囲の木々を激しく揺らす。
「す、すごい……」
さっきまでの戦闘を見て言葉を失っていた茶髪の少年が言葉をこぼす。
「グルアァァァァ!」
俺の魔力に呼応するかのように激しい雄たけびを上げ、突進してくる。
俺の木剣はボロボロでおそらくこの一撃で壊れるだろう。奴も本能的にそれをわかっていたからその攻撃に移ったのだ。