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罪の鬼神と過ちの女神  作者: 坂本 天
第2章 白銀の願い
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絶望に重なる絶望


「アルトリウス様!」


 遺跡の外壁に叩きつけられた衝撃で岩壁が崩れ、無数の瓦礫が体の上にのしかかる。


「う……あ、ぐ……」


 ……何てざまだ。

 倒したと思ってた魔獣使いはまだ倒れてなんかいなくて、切断したはずの腕は復活を果たしていた。

 それに全く気付くことすらなく、油断し、不意打ちを許してしまった。あってはならない失態だ。 

 その結果、殴られた背中の骨は砕け、叩きつけられた拍子に胸骨にはひびが入っている。流れる血は止まることなく流れ続け、今もなお溢れている。

 この場所に到着していた時からずっと身体強化をかけていたからなんとか致命傷にはならずに済んだものの、見逃すことはできないほどの大怪我だ。

 

「よしよし、不意打ち大成功だ! このためにわざと剣を受けたが、その甲斐はあったな。ほんと……良い気分だぜ」


 俺に不意打ちをかましてくれた魔獣使いは、満足そうに唇を歪ませている。対照的に、ルーズヴェルトさんは憤怒の表情だ。


「貴様……!」


「あーあー、痛え痛え。いくらあのガキが強いといっても、意識の外からの攻撃じゃ、たった一発であのざまだ。全く……なんて体たらくだよ。拍子抜けにもほどがあるぜ。ま、じじいは楽しませてくれるよなぁ?」

  

「く……っ。……そこをどけ!」


 地を蹴り、光の魔力で速度を上げながら、ルーズヴェルトは剣を振るう。

 老騎士の接近に合わせて、半魔は左腕を地面に叩きつけ、衝撃で噴きあがった大地を盾にする。パワー任せの力技だ。


「小賢しい!」


 道を阻む岩の盾に向かってルーズヴェルトは強力な魔斬を叩きこむ。力技には力技といったところか、岩石ごと切り裂いてその先にいる魔獣使いにまで刃は届く。


「ほぉ……さすが元団長殿だな。だが、無駄だ」


 しかし読んでいたのか左腕で斬撃は防がれ、ほぼ無傷で余裕綽々の状態だった。

 余裕の笑みを浮かべる魔獣使いにルーズヴェルトは高速で接近し、瞬く間に連撃を加える。相手に攻撃する暇すら与えないほどの速度の連続攻撃。ここで一気に決めきるつもりなのか、奴を斬りつける度に噴出する赤い鮮血の量が先の一戦よりも多く、剣の一振りすべてに魔力を乗せて破壊力を上げているのが分かる。


「――――!」


 光を全身に纏い、さらに剣速が増す。度重なる剣舞の嵐に、魔獣使いはその巨体を動かすこともままならず、かえって巨大な的となっていた。剣を振るうほど、周囲に魔斬の余波が飛び交っていく。

 夜の森を彩る鮮血と光魔の乱舞。圧倒的手数の多さと正確さに、さしもの魔獣使いの半魔の肉体であれど抵抗できず、ひたすらに斬撃の嵐を受けていた。

 

「か……ッ」


 凄まじい速度の連撃に魔獣使いの体がよろめく。

 その一瞬の隙を歴戦の老騎士が見逃すはずもなく、追撃の一歩を踏み出す。この一歩は深追いとは決して言わない、必殺の一手となるはずのものだ。しかし、命のやり取りをする戦場において、必ずしもそうなるとは限らない。

 

 それが弱者のものであれば、間違いなくただの隙に他ならない。

 ただ、それが仮に強者だったら? 悪知恵の働く者だったら?

 

 あの魔獣使いは間違いなく後者の手合いだ。それに加えて、奴は魔物の力を手にしている。

 そして俺は遠巻きに見ていたのだ。ルーズヴェルトさんが発していた魔力とは別の、強大な風の波動を。そして伝える間もなく、そのときは来てしまった。

 

「……!」


「――『ヴォルテックス』」


 ルーズヴェルトの近距離から放たれる風属性超魔法『ヴォルテックス』。

 見逃すわけがない、その確信があったからこそ奴には読まれていた。あの一瞬の隙はこの一撃を決めるための誘導だったのだ。


「ルーズ、ヴェルト、さ……」


 とぎれとぎれにルーズヴェルトさんの名を呼ぶ俺の声は魔獣使いの放つ超魔法の轟音にかき消される。

 超魔法の暴風は大地を抉り、木々をなぎ倒して、直線状にあるすべてのものを破壊していった。

 ぱらぱらと塵が落ち、残されているのは破壊の傷跡だけ。あの超魔法は、文字通り何もかもを消し去った。


――――


 火魔法で瓦礫を吹き飛ばして、何とか立ち上がる。


「……っ」


 全身が激痛にまみれていて思わず声にならない声を漏らす。こんなダメージ、前世でも負ったことのないほどの怪我だ。このままではまともに奴の相手をすることは出来ない。俺はいったん魔力を解除してから、深く息を吸って『気』を全身に、特に大きなダメージを受けている箇所に流す。


 『気』というのは身体能力や肉体強度を飛躍的に上昇させること以外にも、傷の回復を促進させることが出来る。魔法と違って特に才能だとか潜在能力は必要ないため、そういう点では勝っていると言えよう。しかし、出来るのはあくまで促進のみ。魔法のようにすぐに傷を癒したりなどは出来ないから、速攻性がある魔法の方が咄嗟の場においては優秀だ。


「――――」


 倒れそうになるのをかろうじて生きてる右足で支え、集中する。

 殴られた背中。叩きつけられた前面。瓦礫により潰された両腕、左足。

 それらすべてに『気』を流して傷の回復を促す。暖かな力の流れが損傷部位に届き、体外へと流れでる血が止まる。この調子だと、折れた骨が治るのはまだまだ時間がかかりそうだな。まあ、何とか血は止められたから戦えはするが。


 ……とはいえ。


「……くそっ」


 抉られた大地とそれを行った巨体の主の背中を見て悪態を漏らす。

 俺のせいだ。俺がさっさととどめを刺しておけばこんなダメージも負わなかっただろうし、ルーズヴェルトさんも……。


 ルーズヴェルトさんといえどあの魔法を喰らえばただでは済まないだろう。それこそ普通なら死んでいてもおかしくない。地形を変えるほどの威力なんて常識的に考えて防御不可能だ。耐えられるわけがない。

 ただ、あの人ならもしかしたらということもある。

 希望的観測にすぎないが、あの人は防御に特化した聖剣術の達人だ。あれを防げてても不思議じゃない。俺に教えてないだけで、あれを防ぐ術が何か無いとも限らない。


「……よし、なら」


 今は目の前の敵を倒すことだけを考えよう。まずあの魔獣使いを仕留めなければ、どのみち助けるのも不可能だ。負傷のハンデがあるとはいえ、立ち回り次第では負けは無い。ルーズヴェルトさんとの戦いのおかげで奴の動きはある程度把握した。


「はっは! あんな動きが出来るから脅威だと思っていたが今の俺なら大したことない雑魚だったな!」


 それに、今奴は俺が戦闘不能と思い込み油断しまくっている。調子に乗りやがって。

 魔物の力を取り込んだ後姿は俺の気配に気づかず、隙をさらしている。狩るなら今だ。

 俺は右手に炎の魔力を握りしめ、駆けだす。


「はははっ! ……が! な、なん……」


 高笑いしている魔獣使いの背に炎魔法を連発して奇襲を仕掛ける。直撃し、爆発を起こすと魔獣使いはうめき声を吐き出し、片膝をつきながら顔だけこちらに向ける。

 その視覚の死角をつき、奴の巨体に乗り込む。同時に奴の機動力を削ぐために背に生えている鳥翼を狙って刀身を閃かせる。


「あがぁああぁぁ!?」


 もがき苦しむ魔獣使いに、振り落とされるような形で飛びのく。

 混乱状態で何が何だか分からない人間に対して奇襲を仕掛けるというのは最も効果的な戦略だ。対処する脳が動作せず、まともに動くこともままならないで殺される。そんな奴等を俺は何度も見てきた。

 それに、今の俺は損傷、消耗が激しく万全とは決して言えない状態だ。奴の攻撃を受ける前に戦力を削るには奇襲が適格と言えよう。


「て……めえ……! まだ、生きてやがったのか!」

 

「喋るな」


 刃に魔力を巡らせて変色した顔面に魔斬を撃ち込む。魔力で作られた斬撃はノーガードの顔面を一刀両断し、切り傷から薄汚れた血を噴出させる。


「ぁぁああああ!?」


 俺は魔獣使いが絶叫するのを眺めながら、刀についた血を振って落とし、鞘に納める。


「演技はいい。どうせすぐ治るんだろ?」


 言うと、魔獣使いはピクと巨体を震わせて舌打ちをしてから立ち上がる。それと同時に蒸発したような音がし、見ると魔獣使いの顔の傷は消え失せ、切断したはずの両翼は新たに生え変わっていた。


「……ちっ、バレちまってたか。ま、さすがに二度目は恥晒せねえもんなぁ?」


 その煽り口調を無視して口を開く。奴の一言一言に憤り、冷静さを欠くのは駄目だ。


「それも魔法の一種なのか知らないが、超再生の力は予想外だった。ルーズヴェルトさんの与えたダメージも今は大して残ってないみたいだし、もっとも気を付けるべきなのはその左腕じゃなく再生能力だったみたいだな」


「ああ、そうさ。あの方から賜った魔物の力に加えて『超再生』の魔力。これぞ力! 絶対的な力だ! これでお前らみてえな自分が正義みたいな面でのうのうと生きている奴らを根こそぎ殺して、残った弱者の心を絶望に染め上げてやるのさ! 弱者は強者の前にひれ伏す! その世界こそが俺たちの理想! その世界を作ることが俺の使命だ!」


「…………」


 まるで何かに囚われたかのように、そう話しだす魔獣使い。奴の理想とする世界は、自分本位で、身勝手で、他者のことを何も考えていない最悪な世界だ。

 力なきものは強者に絶対服従せざるを得ず、いつ殺されるかわからない恐怖に肩を震わせ、毎日のように誰かが命を落としていく。支配者はそれを何とも思わずただ遊戯かとでもいうように眺めているだけ。……まるで俺の前世のような、そんな最悪で最低な、吐き気のする世界だ。


「……へえ。お前の行動理由はそれか。……なら俺は、力のない人々を悲しませないように、辛い思いをさせないように、希望を与えてやるさ。お前らみたいなやつらを倒してな。弱者が虐げられる力がすべての世界なんて間違ってるってことを証明してやる」


 命が無慈悲に消えていく地獄のような世界を作ろうというなら、俺にはそれを止める責任がある。世界を跨ごうと、俺の志は変わらない。何の罪もない人々が理不尽に命を落とさないように、命を張って守り抜く。それが『鬼神』と呼ばれ、この世界に転生した俺の生きる意味だ。


「……すぅぅぅぅ――」


 今の体の状態じゃあまり無茶はしてられない。とはいえ無理をしないと倒せない相手なのは変わりない。驚異的な再生能力がある限り、先のように部分破壊は意味をなさない。ならば大技で一気に片を付けるのが最善だ。

 深く息を吸い、集中。自然な動作で抜刀術の構えを取る。


「――――」


 奴を一撃で葬るために、広範囲を一撃で抉るほどの威力を出せる技を使うしかない。

 今の肉体の状況や負担を考えれば諸刃の剣どころか自滅の剣としか言えないが、出し惜しみしていられるほど勝機が見いだせていないのだ。


「……そうか。そうか! ようやくできましたか!」


 突然、魔獣使いは興奮気味に声を上げた。

 そして、ニヤっといやらしい笑みを浮かべて、翼を広げて飛び上がった。


「この魔の力、あのじじいの敗北――さあ、度重なる絶望を、さらに超える絶望を与えてやるよ」


「なに……?」


 俺が疑問を抱きそう言うと、魔獣使いは右手を夜空に掲げた。


「出でよ――」


 地響きが起きて、視線の先にある古代遺跡が徐々に崩れ、崩壊を始めていった。

 崩れ行く墓場の中から、夜よりも黒い漆黒の巨大な何かが天へと昇って行った。


「なんだ……あれは」


 月の光に照らされて、その姿が鮮明に見えてきた。

 魔獣使いが小さく見えるほどの巨大な肉体。全身に鎧のように纏われている、光を反射する漆黒の鱗。星空を覆い隠す偉大な羽。

 あれは、あんな怪物は今までに見たことがない。だが、知っている。

 あれは――竜だ。



五〇分の花嫁のイベントやばかった。

書いてたやつ出しときます

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