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罪の鬼神と過ちの女神  作者: 坂本 天
第2章 白銀の願い
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決戦前夜


 その日の夜、戦いが始まる前の最終確認を、広場に設置した大型テントにて行っていた。

 この場にいるのは冒険者のウルヴェルたち。衛兵隊のゲイルとエド。助っ人組のルーズヴェルト、カーミラ、そして俺だ。

 作戦会議という真剣で厳粛な場にて、最初に口を開いたのはこの場の最高責任者たるゲイルだ。


「まず、我々の拠点、ラフォレはこの位置。敵の拠点の古代遺跡はこの位置となっている。カーミラ殿の予測では日を跨いだ瞬間に魔物の軍勢が攻めいるということだが、それは間違いないんだな?」


「ええ、おそらく。たしか、兄さんの交わした契約では、その日を含め三日後に開戦ということでしたね?」


「ああ。それで間違いない」


 戦いのための準備のための最大限の時間であり、魔力化され封印された人々を救うための最小の時間。全てにそぐうようにした結果の三日だ。


「であれば、日を跨いだ瞬間に戦いが始まると思っておくべきでしょう。奴らは狡猾です。三日後という確定した情報で油断させておいて、零時になった瞬間に魔物や魔獣で強襲……ということも十分に考えられます」


 現在時刻は午後八時。日を跨ぐまであと四時間。それなりにまだ準備ができる時間帯と言えるだろう。

 そうして一旦結論づいた交戦の時間帯に、冒険者のウルヴェルは首をかしげる。


「でもカーミラちゃん、さっき隊長さんが言ってたようにラフォレと遺跡じゃこんなに距離が離れてるんだぜ? もしも本当に0時開戦としても、それなら近くに魔物の一匹でもいないとおかしくないか?」


 ウルヴェルの疑問はごもっともだ。

 馬車を使ってもそれなりに時間がかかる距離を一瞬で移動することなど不可能だし、仮に近くにいたとしても魔物の軍勢とあれば隠れきれるわけがない。魔眼持ちの俺や、ルーズヴェルトさんがいれば尚更だ。

 しかし、その疑問を晴らす要因がこれまでの戦いからいくつか出てきているので、それを説明するため、軽く咳払いをして注目を集める。


「俺が遺跡で対峙した魔獣使いは姿だけでなく気配をも隠す術を身に付けていたんだ。たしか、ルーズヴェルトさんが大門の近くで魔獣と交戦した時も似たような感じだったんですよね?」


 俺からの問いに、老騎士は頷く。


「おそらく、気配隠蔽の術でしょう。闇属性の魔法にそういったものがあります。とはいえ大量の魔物に術を施すとなるとそれ相応の魔力が必要となってきますが……」


「俺が対峙した『影』がそれを可能にしたんだと思います。どうやったかは知りませんが、俺が放った蒼炎を吐息だけでかき消しましたからね」


 かつての強敵、第六天魔王をも凌ぐ闇の力。それをもってすれば、大規模な術をかけるのくらい造作もないことだろう。


「それらを踏まえ、敵陣に乗り込むのは兄さんとルーズヴェルトさんに任せたいと思いますが、それでよろしいですか?」


「承知しました」


「問題ない」


「では、他のみなさんは町の防衛。ひいては、前線から抜けてきた魔物を仕留めるという役回りでお願いします」


「任せろ!」


 ウルヴェルは戦の前であっても元気だ。カーミラの前だからそう振る舞ってるのかもしれないが、こういう心構えは大事だ。恐怖に心が支配されてしまうと、要所要所で動きにぶれか見られ、戦線維持が出来なくなってしまい、すぐに崩れる。

 そういった意味で、虚勢を張る程度の余裕があることはいいことではあるのだ。


「…………」


 一方、その傍らにいる黒髪の冒険者、ユージンの顔色には曇りが見えていた。

 

「どうかなさいましたかな?」


 それを見かねたルーズヴェルトが大丈夫かと声をかける。

 

「いえ……」


「あと数時間もすれば戦いが始まります。今のうちに言っておかなければ後悔する……ということもありますから、何かおっしゃりたいことがあるのなら、口にしておく方がよろしいかと存じます」


 過去にそう言った経験があったのだろうか。妙に説得力のある物言いに、ユージンはハッとさせられたようだった。


「……嫌な予感がするんです。準備は万端。作戦も問題ない。でも、どこかでそれが狂って、失敗するっていう嫌な予感が……何も根拠はないんですけど、そう思えて仕方がないんです……」


 ユージンが抱いているのは命を懸けた戦いの前の不安だ。それは武の道を進む誰しもが立ち向かわなければならない最初の関門で、もっとも超えるのが難しい巨大な壁。ましてや、それが彼のような、どちらかと言えば臆病なタイプの人間であればなおさら高いと思う。


 俺の場合は幼少期の頃からそれが日常であったし、そもそもの武力の差で死というものの恐怖を感じること自体がなかったから壁自体存在しなかった。

 とはいえ、普通であればこれが当たり前の話なのだ。


「わからなくもないさ、ユージン殿。しかし案ずるな。住民の避難も無事に済み、防衛線も築き、もはや盤石な状態だ。そのうえ、心強い人たちが敵陣へ乗り込もうというのだ。心配するようなことは何もない」


「ゲイルさん……」


「ゲイルさんの言うとおりだぜユージン。俺たちには最強の味方が付いてるんだ。ぜってえ負けねえよ!」


「そうだよユージン。わたしたちにはアルトリウス君たちがいるんだから大丈夫だって!」


 そう言って、冒険者仲間のウルヴェルとミナはユージンを元気づける。

 負けるつもりは毛頭ないが、こうまで期待され、過大評価されると少し居心地の悪さを覚えざるを得ない。現にエドがにやにやしながらこちらを見ているせいでつい目をそらしてしまった。


「……そう、だ。そうだね」


 そうして、黒髪の冒険者はこの場にいる全員へ向き直り、言った。


「皆さんすみません。そして、ありがとうございます。もう大丈夫です」


 その一言で安堵し胸をなでおろす。

 俺が言うのもなんだが、彼はまだ若い。伸びしろは十分あるだろうし、何より恐怖心の壁を超える足掛かりを掴めたのは大きいと思う。数時間後の戦いで戦闘中に動けなくなってしまうというのが多少なり軽減されるからだ。


 みんなが安心したという空気の中、よかったです、とカーミラが微笑む。


「では、東西南北それぞれにゴーレムを配置したとはいえ、それだけじゃカバーしきれないでしょう。それを考えて、防衛に回る人たちを四部隊に分けて編成し、配置についてもらいます」


 地図にあるラフォレの町を指さしながら、カーミラの指示は続く。


「東に第一部隊。南に第二、西に第三、北に第四部隊です。これがゲイルさんやユージンさんと相談して決めたそれぞれの隊員表です」


 全員に紙を配り、それが終えると、表を見たウルヴェルが声を上げた。


「ユージン、お前ビビってたのに隊長やるのか!?」


「うるさいなあ。僕以外に誰が君に指示を出せると思っているのさ。それに、今はもう平気だしね」


 第一部隊。

 ユージン、ウルヴェル、ミナ。その他衛兵隊員数名。


「第二部隊は俺ですか隊長」


「ああ。頼んだぞ、エド」


 残りの第三、第四はゲイルが担当し他の衛兵隊の人間で固められているようだ。

 それなりに実力者が東南に寄っているのは、南側に古代遺跡があり、その方向から攻められる可能性が高く、それを危惧しているからなのだろう。


「戦闘中の細かい指示などはその場の部隊長が行うということでお願いします」


「了解した」


「それと、あと数時間後に始まる戦い、重要なのはお二人です。とはいえ、ルーズヴェルトさんは無茶しすぎないでくださいね。兄さんもですよ」


「肝に銘じておきます」


「わかってるよ。自分の力は理解してるつもりだ」


 奴らの力は侮れない。ただ、それゆえに多少の無茶でもしないと倒すのは無理だ。

 今この場を仕切っている女神もそれは承知のはず。俺が鬼の力を使うと話した時からわかっていただろう。つまり、彼女が言う無茶とは死なない程度という認識でよさそうだ。


 俺が内心そう納得していると、ゲイルが口を開く。どうやら作戦会議を終わらせるようだ。


「これより数時間後に戦いが始まる。残り僅かな時間で各々最後の準備をしてほしい。装備の手入れや作戦の確認に限らず、友や顔見知りと話すのもいいだろう。もしかしたらこれが最後になるかもしれないからな」


 縁起でもないことを……。と思うが、実に正しい考えだ。


「いったいどうなるか、それは神のみぞ知る……というやつだが、皆最大限の努力をしてほしい。未来を掴むために。攫われた人たちを救うために」


「…………」


 ……?

 何か、違和感のようなものを周囲から感じる。今、この現状ではありえないようなことで、しかし既視感のようなものもある気配。

 周囲に目線をやると、他のみんなは特に何かあったような素振りはなく、唯一ルーズヴェルトさんだけが何かに気づいた様子だった。


「では、かいさ――」


 そして告げられる解散の合図。

 それと同時に、違和感の正体はすぐに明かされることとなった。

 

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