大変なことと最後の修行(仮)
「俺はいかねえぞ!」
休憩も終わり、そろそろ正午に近づいていた時間帯。住民の移送もほとんど終わりかけたころに、そんな怒声が耳に届いた。
声のした方に目を向けると、中年の男が、町の兵士に向かって声を荒げていた。
「ご説明した通り、明日ここにまた魔物の軍勢が押し寄せてきます。最悪の場合、防衛が突破され、ここにいれば被害を受ける可能性がありますので、早急に避難をお願いします」
「へっ! そうならねえようにお前ら衛兵隊が組織されてるんじゃねえのか! お前らが不甲斐ないせいで町長も、他の奴らも連れ去られて……。どうせ死ぬんなら、俺はこの町を墓場に選ぶぞ」
「しかし……」
若い衛兵の人は痛いところをつかれたのか、少し言葉を詰まらせるが、何としてでも馬車に乗ってもらおうと訴える。
危惧していたことではあるが、やはりこのような行動をする人は現れたようだ。しかし、あの男の気持ちもわからないでもない。顔見知りも、これは知らなかったがこの町の町長も魔物に攫われて、今度は魔物の軍勢が攻め込んで来ようというのだ。こんな状況で、どうやって冷静でいられようか。
この現状を招いてしまったものとして責任を全うしようと、あの二人の方に一歩踏み出し――。
「あの――」
「なあ、あんた」
割り込むようにして、見覚えのある白髪の男が言葉をかぶせた。
「言うこと、言いてえことは違うんじゃないのか?」
「え……?」
「……っ」
若い兵士は何のことかわからず声を漏らし、言われた本人は居心地が悪そうに目線を外していた。やがて大きく息をつき、少し恥ずかしそうに頬を搔いてから言った。
「ようは……あれだ。この町は俺らのもんでもあるから、お前らだけにその重荷を背負わせるわけにはいかねえって話だ」
「ってことだとよ、兄ちゃん」
「あ、ああ、そういうことでしたか」
恐怖によって生まれた不安や混乱によって生まれたあの発言というわけではなかったみたいで、兵士の人と同じように安堵の声を漏らすが、それはそれとしてあの心意気は認めるが現実問題それは難しいように思える。
「こう見えて、俺ぁ若いころは騎士を目指して剣の腕を磨いてたことだってある。……だから俺にもやらせてくれよ。この町を一緒に守らせてくれ」
先程とは打って変わって怒声ではなく真剣な声色で話す男に、兵士は一瞬判断を戸惑う。が、やはり大切な住民を戦地に出すというのはいけないという結論に落ち着いたらしく、
「……申し訳ありませんが、それは出来ません」
「な!? どうしてだよ!」
「それは」
このタイミングだと思い、俺はずいと体を出して口を開いた。
「それは出来ません」
「なんだお前? 子供が口を出してくるんじゃねえよ」
背に鍛冶屋の爺さんの「お前さんは……」という声と兵士の「アルトリウス様……!」という声を背に受けて、手と視線で制してから中年の男に目を向ける。
腕を組んで、なんだこいつとでも言いたげな顔をして俺を見る男に、一度軽く息を吐いてから、
「俺の名はアルトリウス・ディモンド。領主、ガレス・ディモンドの息子です」
「領主様の……? ……それはそれとして、そのお坊ちゃまが何用で?」
「話はそばで聞いてました。おじさんのその勇気もしっかりと」
「ならよ――」
「でも、それは出来ません。この戦いを引き起こしてしまった責任が俺にはあります。住民の皆さんを必ず守り抜き、救い出すという責任が。そしてそれは、衛兵隊の皆さんも同じです」
男の言葉に声をかぶせて、自身が招いてしまったことへの責任を口にする。
助けなければならない。救わなければいけない。俺と共に、戦うと決意してくれたみんなの意志だ。
「この戦いにかける思いは、誰よりもあると自負しています。だから、信じてください。そして、待っていてください、魔物を打ち倒して、攫われた人たちを取り戻すのを」
「……信じて、いいんだな」
「はい」
そう一言自信をもって断言すると、中年の男は観念したように大きく息を吐き出す。
「わーった。信じるよ。ただ、負けることは許されねえからな。それと一人でも欠けてみろ。そんときゃ、俺の磨き上げられた剣でぶった切るからな!」
「……っ。ありがとうございます」
深く頭を下げ感謝を述べる。一見、口の悪い男だったが、その胸の内に宿る人一倍のやさしさの裏返しともとれるものだったんだと思う。
兵士に連れられ馬車に乗り込んだのを見送り、ほっと胸をなでおろす。
「よく言ったな、ボウズ。聞いてた人数は少ないとはいえ、そいつらは不安があって最後までここに残っていたやつらだ。その前であんだけのこと言ったんだから、こっから先は後には引けねえぜ」
「わかってますよ。というか最初から後戻りするつもりはありませんでしたし」
俺が少し反抗の意志を込めながら言うと、「そうかいそうかい」と俺の背中を叩きながら大きく笑った。
「そういえば、爺さんは馬車には乗らないんですね」
「あ? そんなん当たり前だろうが。わしが居なくなって、誰が武器を手入れすると思ってるんだ」
「なるほど」
そういう理由ならたしかにこの爺さんの力が必要になってくるし、この場に残るというのもうなずける話だ。
「んま、そういうわけで。わしは工房でまだ作業があるからな。……あ、そういやお前さん、妹がお前さんのこと探しとったようだぞ。何やら緊急で大事な要件だそうだ」
「カーミラが? わかりました。すぐに向かいます」
「おう、そうしてやれ」
そう言い残しこの場をあとにした鍛冶屋の老店主を見送る。後姿が消え、さあ行こうと思った矢先、「なあなあ」と興奮気味の声が聞こえた。
「カーミラちゃんのとこに行くのか? なら俺も一緒に行くぞ!」
「お前は仕事しろ」
敬語もなくなり距離が近づいたゆえの一言をげんこつと共に浴びせた。
これはしばらく会わせるのはやめておくのが正解だとひそかに心に決めた。
――――
それからすぐにカーミラいる作戦会議用の大型テントへと向かった。
「失礼します」
中に入って辺りを見渡す。すると、ゲイルやエド、ユージンや他の冒険者の人たちと作戦の最終確認を行っているカーミラと目が合った。
「あ、兄さん。こっちです」
「ああ」
「来たか、アルトリウス殿」
「大事な要件っていうのは? まさか、魔物がもう?」
契約によって交わされた条件では、戦争当日まで両陣営ともに危害を加えられないようにはしていたが、俺が知らないだけでその条件を掻い潜る何かしらの手段があるのかもしれない。そもそも、奴らから伝えられた情報自体嘘という線も十分にありうる。
「いや、用があるのは我々ではないんだ」
「え?」
「私です。アルトリウス様」
そう言って奥から顔を出したのは、呪いや魔獣との戦闘によるダメージで休んでいたはずのルーズヴェルトだ。
「ルーズヴェルトさんが? というか、傷はもう平気なんですか?」
「ええ。そちらの方はカーミラ様のご尽力もあり十分動けるまでに回復いたしました」
その言葉を聞いてほっとした。
「それは良かった。それで、用とは?」
聞くとルーズヴェルトはふっと息をつき、言った。
「――最後の修行です」
――――
「ここならばよいでしょう」
ルーズヴェルトに連れられて来たのは、以前カーミラと力試しの場に選んだ広場だ。
先の場で言っていた言葉の真意について聞くべく、口を開く。
「あの……さっき言っていた、最後の修行というのはいったい……?」
「決戦は明日。もちろん負けることなどありえませんが、万が一ということもあります。万全を期すために、時間をかけて学んでもらおうと思っていた聖剣術の全てを、可能な限りマスターしていただきます」
「そういうことでしたか。……でも、あまり時間ないですよ?」
剣の修行をつけてもらえるというのは正直めちゃくちゃありがたい。しかし今の時刻は午後一時を回ろうというところ。いくらなんでも短時間で何かしらの技や技術を身につけられるとは思えない。うまくいってもせいぜい付け焼刃程度にしかならないだろう。
「問題ありません」
「え?」
「その短い時間で叩き込むつもりですので、ご心配なさらず」
「はは……そうですか」
鬼畜だ。
今までよりももっときつくなるのはほぼ確定だ。
とはいえ、この程度で音を上げていては絶対に勝つことは出来ないし、使命を果たすことも不可能だろう。
「……死ぬ気でいきます」
「無論、そのつもりで」
――――
技術的な指導も何とか済ませ、今は実戦形式でその技術を落とし込む訓練をしている最中だ。実戦形式、と言っても聖剣術に集中するため魔剣術の戦い方との併用は無しで、完全に剣術と習った技のみの戦闘だ。
「か……っ! はぁ、はぁ……」
勢いよく攻め込んだはいいものの、老騎士の鋭い剣技に圧倒され、硬い地面の冷たさを背中に感じる。
「早く立ち上がってください。この程度で音を上げるようでは、あの者どもを倒し攫われた方々を救うなど到底不可能ですぞ」
「くっ、……言われなくても!」
低い姿勢から地を蹴って、ルーズヴェルトの足元から切り上げる。ルーズヴェルトは最低限の動きで後ろに飛びそれを避けると、高速の連続突きを仕掛けてくる。一撃一撃を見極めて目で追い、強化された身体能力と反応速度ですべて避けきりながら、反撃と言わんばかりの剣戟を見舞う。
「ではそろそろですかな?」
「……へぇ」
構えを変えて、今まで前方に向けていた剣を後ろにし、逆に空いていた左側を正面にした。
先程までの隙のない構えとは違い、今度のは力を抜いた自由な構えだ。この特徴は魔剣術に相違ないはずだ。
つまり、ここからが修行の本番にして最終段階と言って差し支えないだろう。俺は全身に流れる魔力の『質』を変えて、教わった技の準備を始める。
「――参ります」
「いつでも」
応じながら持っている刀を正面に構え受けの態勢を取ると、ルーズヴェルトは短く唱え光の魔力を展開する。光線として放たれたそれを右に飛んで回避し、低い跳躍から地に足が着いた瞬間に強く踏み出す。半ば突進ともいえる俺の攻撃を、ルーズヴェルトは後ろから振り抜いた大振りの薙ぎ払いで相殺。
「……っ」
「ふんっ!」
軽くのけ反る俺に、老騎士は返しの刃に属性魔力を乗せ、無数の『魔斬』を発動する。あの一振りでおよそ十の魔斬を展開した彼の剣士の技量に感服しながらも、飛来する斬撃を迎え撃つため高速で刀を振るう。
「はぁぁぁあ!」
至近距離にて魔斬が放たれたため後方に跳躍しながらの剣舞となるが、魔力によって強化された肉体とさらに自身へと付与した風の魔力の恩恵で剣速が加速され、すべて撃ち落とすことに成功する。
自身へと付与した風の魔力。これが教わった技で、聖剣術の特徴である自身への魔力付与だ。効果は魔力の属性、性質によって異なる。風の場合は前述した通り、移動速度と攻撃速度の増幅。そして、全ての属性に共通するのは、同属性の魔法攻撃のダメージを軽減させるところだ。
「お見事です。が、こちらはどうでしょう……『ホーリーレイ』!」
ルーズヴェルトの両の手に集束していたの矢が、まばゆい光を放ちながら曲線を描いて飛来する。一つならまだしも、七つ……いや八つだ。
「容赦ない、な!」
魔斬とは違い、速度やタイミング、角度に規則性なんてものは無いため、一つ落としに行けば別の方向から攻撃が加えられてしまう。それは避けるべきだと判断し、受けよりは回避に専念する。
ローリング。跳躍。魔法迎撃。それらを用いて半数を防ぎきることに成功する。しかし光属性の魔法なだけあって速度も速く、その上追尾性能もあるせいで残りの半数はどうにも避けきることは出来そうにない。そう判断した俺は、ルーズヴェルトから教わった魔力付与とは別のもう一つの技を使う。
「…………」
心を落ち着けて迫る四つの光の矢を見据える。
それぞれの方向から輝きを放つそれは、方向は違えど到達点は同じ、俺のところだ。来る場所は分かっている。あとは落ち着いて、教わったことを実戦に落とし込むのみ。
「ふ――ッ!」
刃の上に塗り固めるようなイメージで魔力を上乗せし、迫りくる光の矢に向かって刀を振り落とす。
一つ、パアンと音を立てて弾ける。
二つ、同じようにはじけ飛ぶ。
三つ、歪み二つに分裂する。この瞬間、感覚的に失敗したと察し、動きを変える。
最後の一つは、風魔法で体を横に飛ばしてギリギリ回避し、隣を過ぎていくホーリーレイに向かって炎魔法を飛ばして撃ち落とす。
すべての魔法を防ぎきった俺はふうと息をつく。
「お見事です。アルトリウス様」
「……いえ、二つ目までは上手くいきましたが、魔力の調整が甘かったのか三つめが駄目でした。四つ目は咄嗟に魔法を撃って何とかなりましたけど……実戦では気を付けないとですね」
今やったのは魔力を刃に与える魔力付与とは違う、刃上に塗り固めるようなイメージで魔力を使う技だ。上乗せした魔力によって、触れた魔法を相殺する防御技で、ガルーダという魔物の放つ超魔法すらルーズヴェルトさんは打ち消したらしい。
「実戦形式であれだけ出来れば上出来です。細かい調整は戦いの中で感覚的につかめてくるでしょう。これで、私が今教えられる技の修行は大方終わりました。あとは明日の決戦でどれだけ力を出し切れるか、ですね」
「はい。明日……ですね」
「おや、不安がおありですか?」
「ああ、いえ。そういうわけではなく……いや、正直不安です。これだけ尽くしてもらって、いろんな人が協力して立ち向かおうとしていて。それでも、奴らを相手にそう簡単にうまくいくとは到底思えないんです」
たった数時間程度とはいえ厳しい修行によっていくつかの技を習得した。しかし、それは付け焼刃程度の熟練度でしかない。
聖剣術を鍛錬し多少防御力が上がったとはいえ、奴らに届くのだろうか? カーミラのおかげで鬼神の力を引き出せたが、それをもってしてもあの『影』を前に勝つビジョンが浮かんでこないのだ。あの第六天魔王を超える異様なまでの闇の力は、おそらくあんなものではないはずだ。
「対峙したからこそわかる、ということですかな」
「……ええ。奴らの力は、多分俺が思っているよりもずっと強大です。万全の準備をしても、勝つのは厳しいと言わざるを言えません」
「アルトリウス様」
「……?」
「一つ申し上げておきますが、この戦いはアルトリウス様がお一人で背負う必要はありません。むしろ、盾としての役割を半ば全うしきれていなかった私が背負うべきことです。それに、あなたはまだ若い。転生者とはいっても、それは変わりません。時には人を頼り、仲間の手を取るということも大事ですよ」
ルーズヴェルトの言葉を聞き、俺はハッとする。
俺は無意識のうちに全てを自分で解決しようという考えに至っていた。
この件に関わり、この現状を招いてしまったのは自分で、だから何としても自分の力で解決しないといけないと思っていた。しかし、そんなことは決してないのだ。
俺の力だけでは奴らには及ばない。でも、この戦で戦ってくれる人たちみんなの力を借りれば、十分やり合えるはずなのだ。頼れる大人たちの力を借りるということが何故頭に浮かばなかったのだろうか。
「ありがとうございます。じゃあ、思う存分、頼らせてもらいますね」
「仰せのままに」
かくして、ルーズヴェルトとの最後の修行(仮)も幕を閉じた。




