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罪の鬼神と過ちの女神  作者: 坂本 天
第2章 白銀の願い
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不安と覚悟の二日目


 戦争前日早朝。

 今日は残された時間を使い、衛兵隊の半数は町の住民の避難に、残りの半数は防御を固めるために森に罠を張ったり、陣形や作戦の確認などを行っていた。そして、俺はというと……。


「さて……カーミラの言ってた通り、ここにもいるな」


 風が吹きつける山のふもと付近で、眼前に確認できる巨大な岩の魔物を見て息を漏らす。

 ここはラフォレの町からそう遠くない位置にある山だ。ここに来た経緯としては、昨日の力のコントロールの修行と並行し、あの鍛冶師から受け取った刀――村正を試しておきたかったのだ。

 そしてその二つを同時にやるにはどうすべきかカーミラに確認したところ、以前戦った魔物がちょうどよく山に行けばいるだろうということでこの場所に足を運んだ。


「……ふっ!」


 さっそく俺は鬼神の力を解放させると同時に魔力で身体強化を行う。

 全身にびりびりと痛みが走り、体の内側から力が漲る。そして腰に帯刀した刀の柄を握り、腰を落とす。俺の存在に気づいたのかようやく動き出したストーンゴーレムを見据え、何重にも強化された脚力を使い、一瞬でストーンゴーレムの真上に跳躍する。

 

「――居合」


 かつての感覚を思い出すように『気』を刀身に乗せ――!


「落雷!」


 空を蹴り、真下にいる岩の魔物目掛け、村正の銀閃を雷のごとき速さで一直線に振り下ろす。超速で放たれた斬撃は、ストーンゴーレムの頑強な岩肌すらいとも簡単に両断した。その後まもなく、岩の魔物は粉々に砕け散り、俺はふうっと息を吐く。


「よし……次」


 吐きながら、鬼神の力のみ解除する。そして、事前に『サーチ』で発見した魔獣の群れ目掛けて森へと翔る。

 足に力を込めて大地を蹴るたびに後ろへ流れていく木々の速度が加速する。一本、また一本と次々と視覚の外へと流されて行き、それからすぐに開けた場所に到着した。

 確認できたのはおよそ八体のハウンド――犬の魔獣だ。群れを成して固まっている魔獣の意識の外側から刀を抜き、再び『気』を込める。


「――八岐大蛇ッ!」


 空中で刃を振り抜き、同時に刀身から放たれた八体の竜頭。それぞれが別のハウンドへと牙を向けて飛翔する。木々を掻い潜り自在に駆け回った龍牙に魔獣共が気づいた時にはもう遅く、迫りくる剣技に対し、成す術もなく食らいつくされた。

 

「……ふう。使えるみたいでよかった、『幻獣無双流』」


 幻獣無双流。

 前世の世界で俺が戦乱の世を終わらせるために、『気』の精密操作と共に教わった剣術の名だ。

 読んで字のごとく、己が鍛えた肉体と剣力によって幻獣……例を上げれば龍や一角獣を斬撃として具現化し解き放つといった技や、自然現象を技術によって体現するという技もある。


 かつてこの剣術を俺に教えてくれた師匠は、そのすべての技が極限まで極められていて、そのうえ鬼神化した俺の剣戟すら軽々しく受けるほどの実力者だった。あの人が戦で命を落とすまで、ついには勝つことも叶わなかったのだが、魔力を覚えた今であれば……と思うこともたまにある。


「でも、足元にも及ばないだろうな」


 戦で命を落とした、と言っても四国の全勢力総勢約一万の兵をたった一人で相手したからなのだ。しかも、それだって九割ほどの敵戦力を壊滅させたという事実だってある。こんな化け物じみた芸当は『鬼神』と恐れられたかつての俺にだって不可能だ。それこそ、他に出来そうのは『円卓』である父のガレスくらいなものだろう。


「そう考えたら、俺の師匠、とんでもない人ばかりだな……」


 この世界で人類最強の騎士と、おそらくそれと同等の実力の侍、呪いを受けながらも強力な魔獣を単独で撃破するロートル。

 三人挙げられるがどの人も人外の実力を誇っている。そんな人たちから剣を教えてもらえてるだなんて、力をつけるという点において、いくらなんでも恵まれすぎている。


「それに、魔法だって……」


 俺を救ってくれた女神が、絶対的な魔力を誇るこの世界においての妹が教えてくれているのだ。

 そこまでされていて、たかだかぽっと出の魔獣使いや、いずれ倒すことを目標にしている邪神の手先の『影』ごときに負けるわけにはいかない。

 ましてや、今回に関していえば俺だけの戦いではない。人の命が懸かっている。負けることは許されない。


「……勝負は明日だ。必ず……」


 涼しい風が優しく吹く森の中で、燃え滾る激情を声に乗せて、戦いの覚悟を呟いた。



―――――


 忙しなく人々が行き交うラフォレの町の広場。

 喧騒が辺りを包み、不安が住民の中に生まれながらも、兵士たちの案内や声掛けによって滞りなくラフォレの町の人々は馬車に乗り込み、ディモンド邸への避難を進めていった。

 無数にいる人の流れの中から、顔を知っている剣士たちを見つけ声をかけた。


「ウルヴェルさん」


「お、アルトリウスじゃん。どうした?」


 茶髪の若き冒険者ウルヴェルだ。汗をぬぐいながら、少年らしい明るい笑顔で応じる。


「見たところ忙しそうですね」


「あー、まあな。人も多いし、馬車の数も限られてて運べる人の数にも限界があるらしいし……そういえば、カーミラちゃんは?」


「多分、ルーズヴェルトさんのところだと思いますけど……どうかしたんですか?」


 俺が不審そうに問うと、俺の耳元に口を近づけ小声でささやきだした。


「……あの子、アルトリウスの妹なんだろ? ちょっとさ、俺に紹介してくれないかなー、なんて」


「え……。……は!?」


 一瞬、何を言われているのか頭が理解するのに時間がかかったが、高速で思考が回転し、そんな素っ頓狂な声を吐き出した。

 一方、その原因を作り出した剣士はというと、


「いやさ、昨日カーミラちゃんに傷を治してもらったんだけどさ、そのときめちゃくちゃ優しくてさ。しかもその上めちゃくちゃ可愛くて……」


 と、俺の妹への熱烈な愛情を語っている。

 最初に出会った時の彼の印象は弱きを助け悪しきを滅する、だったり人情に厚いというか、正義感にあふれた少年。というような感じだったのだが、こと恋愛になってもその一直線の特徴は引き継がれているらしい。というかスイッチが入るとこうなるタイプなのだろう。

 長々と熱弁しているウルヴェルに頬を引き攣らせていると、突然両手を握られた。


「……!?」


 驚いて顔を上げると、目を輝かせてこちらを見るウルヴェルの顔があった。


「これからよろしくお願いします! お義兄さん!」


「誰がお義兄さんですか!」


 思わず俺は腕を振りほどき顔をそむけた。

 彼の愛の告白のほとんどは右耳から入って左耳へ流れていったのだが、いったいどういう流れでそんなことをいう結論に至ったのか気になってしまった。とはいえ、


「だいたい、うちの妹を誰かにあげるつもりはありませんので」


「えー、そんなこと言わないでくれよ~。あ、そうだ。未来の義兄弟になるわけだし、そろそろ敬語やめにしないか?」


 にやり、と笑みを浮かべながらそう口にするウルヴェルに、ちょっとだけ嫌な感情を浮かべた顔を向ける。しかし、敬語で話さなくてもいいと言うのなら、それも悪くはないと考える。

 して、さっそく。


「……一部、納得はいってないけど、その提案には賛成だな。じゃ、改めてよろしく、ウルヴェル」


 言いながら、右手を前に差し出す。


「はは、よろしく。アルトリウス」


 それに応じるように、茶髪の剣士は微笑しながら俺の右手を掴んだ。



――――


 自称俺の義弟を名乗るウルヴェルと友情の握手を交わした後、暇を持て余すのもどうかと思い微力ではあるが住民の避難の手伝いをすることにした。それから住民の避難も一段落し、少しの間の休憩が入った。

 そこで再び、休んでいたウルヴェルに声をかけた。


「カーミラはいいとして……ユージンさんとミナさんはどこに?」


「んー。ユージンは他の衛兵さんのとこで隊別の作戦会議で、ミナは多分けが人の治療かな。カーミラちゃんが来てからは魔力とか技術的に、軽傷の人を中心に治してるみたいだけど」


「へえ」


 ということはやはり冒険者三人組は別々の場所で活躍していたということか。

 住民を馬車へ乗せていっている最中も他の二人の姿が見えてなかったが、適材適所ということらしい。


「にしてもさ」


「ん?」


「明日、なんだよな……」


 詰まれた木箱に腰かけながら、遠くを見つめてウルヴェルは呟いた。

 その言葉と声色に、隠しきれない不安と迫りくる死への恐怖が乗せられているのがたった一言で伝わった。


「……悪かった」


 こんな状況にしてしまったことと、そんな思いをさせてしまったことに対し謝罪する。

 すると、思いのほか声色が落ち込んでしまっていたのか、ウルヴェルは「いやいや」と焦るように手を振り、


「なんつーかさ……お前がこの選択しかできなかったってのは昨日の説明でわかってるんだよ。てか俺なら多分その場で逃げてたと思う。いや何なら多分死んでる」


 言いながら、ウルヴェルは恥ずかしさをごまかすように笑った後、それにさ、と茶髪の剣士は言葉を継ぐ。


「冒険者として村を出てから、いつ死んでもおかしくはないって覚悟を決めてたんだ。だから、もしこの戦いで命を落とすことになっても悔いはない……って言ったら噓になるけど、まあ仕方ないって思える。けどさ、やっぱり怖いもんは怖いんだよな……どれだけ気丈にふるまってもそれは変わらない」


 それから、ウルヴェルは周囲を見渡す。俺もそれにつられて周りを見る。そこには、次の避難用馬車を待ってテントで休憩してる町の住民や、不安を押し殺すようにうずくまっている人。今にも泣きだしそうな子供と、それをあやす母親。今一度装備を確認する兵士。いろいろな人たちが集まっていた。


 そのたくさんの人たちに共通して言えること、それは当たり前にあった平穏が突然壊されてしまったことへの戸惑い。明日が来るかわからない恐怖。他にもいろんな感情が渦巻いていることだろう。


 ウルヴェルたち冒険者や、この町の兵士たちといった戦闘能力のある人たちですらそのような感情を抱いているのだ。今、ウルヴェルが言ったように、それを顔に出さないで隠しているという人も必ずいるだろう。


「でもさ」


「……」


「……お前が居れば何とかなる気がするんだ」


 状況が状況だったとはいえ、自分の独断でこんな選択をしてしまったことに思い詰め、顔を伏せていると、突然大きな声のそんな一言が耳に届いた。


「あの日、森の中でルイングリズリーに殺されそうになった時、お前が来てくれて俺たち三人は命を拾えた。今回は規模もかかってるものも何もかもが違うから、あんま比較にはならないだろうけど……それでも、お前なら何とかしてくれるって信じてる」


「……っ!」


 まっすぐな瞳で、力のこもった声でそう言われ、喉が詰まる。

 正直、俺のやったことは責められこそすれ、こんな言葉をかけられることではないのだ。……いや、言い換えてしまえば、俺が自ら責任を取れということだ。この選択をしたのは俺なのだから、この戦いに勝つ義務と責任は俺にある。


「……ああ。任せておけ。必ず勝利を掴んでやる」


「おう、そんで、そのあとは遺跡で宝探しだな」


 馬車での一幕をまだ覚えていたのかと、軽く笑い飛ばし、


「はは。そうだな」


 絶対に負けられない戦いへの覚悟を改めて決めた。








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