一日目--夜
鬼神の力を制御しながらの戦闘は、これまでの感覚とは大きく違い暴走させないよう最大限の配慮が必要なため、簡単な剣技を繰り出すのですら難しいものとなっていた。
ただ、その際魔力との併用により、一時的にだが力のコントロールが容易になることがわかった。しかし、残念なことにそれも長続きはせず、せいぜい一分が限界といったところだ。それを過ぎれば、またあの苦痛との戦いもしなければならないため、実質的にはその一分がまともに戦える時間だ。
「それにしても、凄まじいですね、その力」
日が落ち始め、辺りが暗くなりつつある時間帯。
女神の手によって創り出された氷像の戦士たちとの力試しも区切りをつけ、衛兵隊本部へと戻る道中、隣を歩くカーミラが言ってきた。
それに俺は頷きで応じる。
「ただ、問題なのは時間制限付きってことだな。瞬間的にパワーは上がるけど、すぐに勝負を決めないとこっちが先にやられちまう」
今回に限って言えば、あの『影』が敵にいる。この力がどれだけ通用するのかはまだ未知数ではあるが、どちらにせよ短期決戦に持ち込むしかない。
「ですね。ん? ……あれは」
言った後、何かに気づいたのか目を細めてカーミラが言った。その方向に視線を向けると、見覚えのある髭の男が細長いものを持って何かを待っているかのように、衛兵隊本部の前に立っていた。
「……鍛冶屋の!」
ストーンゴーレムの核を渡し、刀を作ってくれている鍛冶師の爺さんだ。俺は駆け寄り、声をかける。
「おお、ぼうず。待ってたぞ」
「もしかして、それが例の?」
「ああ。頼まれていた刀だ」
言いながらかぶせていた布を取り、黒い鞘に納められた打刀が姿を見せた。
「銘は村正。東の国に古くから伝わる名刀から貰った名だ」
「村正……」
わずかに刃を抜き、暗がりを銀色の閃きが刀身を伝うように一瞬輝く。
一目見ただけでわかる。これは良い刀だ。
前世でも村正という刀は存在していた。肉を切り、骨を断ち、血を吸い、刃が鋭さを増す。そんな逸話が村正にはあり、妖刀として恐れられていたものだ。
「どうやら、ストーンゴーレムの特性をその刀身に宿しているようだが、使ってみないとその力のほどは分からぬな」
「へえ」
と、なるとやはり名は同じであっても、前述したような特性はないだろう。
代わりにある、ストーンゴーレムの特性、と言えば岩に関することだと思うが、今店主が言ったように使ってみないとその真の力は分からない。
今は時間も遅いし、確かめるとなれば明日が最適だろう。それと合わせて、他のことも確かめておきたいことが出来た。
と、俺が色々と思案していると、髭の店主は咳払いをした。
「ともかく、注文通りのものは持ってきた。次は……お前さんがやる番だ」
厳かに、真剣な表情で店主は言う。
その言葉には、攫われた人たちを助けるという意味も込められているだろうが、その真意はまた別のところにある。俺はそれを理解し、こくりとうなずき、
「わかってます。この刀で、必ず」
この刀を作ってくれたことへの謝意と、交わした約束を果たすという意味を込めて、その言葉を口にした。言葉を受けた店主は納得したように「そうか」と言って、この場をあとにし、自身の家である店へと帰路を辿った。
「あのおじいさんと何かあったんですか?」
店主の爺さんを見送り、本部に入ろうとすると、終始無言を貫いていたカーミラが言ってきた。
「ん? ああ、刀を作るのを条件に頼みごとをされてな」
「どんなのですか?」
「単純に、連れ去られた娘を助けてほしいって話だ」
たった数時間前、あの武器屋であったことを思い出す。
「一つ頼みを聞いてくれねえか」
厳かに、言葉に重みを乗せてそう言い放つ店主に一瞬たじろいだが、すぐに姿勢を正し、
「頼み、というのは?」
「魔物の襲撃で攫われた人間の中にわしの孫がいる。名はジュリ。あの夜、あの子はわしを庇い、骸骨共に連れ去られてしまったんだ……。本当なら、わしが自らあの子を助け出したい。だが、それも叶わぬほど、老いて衰えてしまっている。だから、わしの代わりに、あの子を助けてほしいんだ……!」
すっかり色が抜け落ち、白髪になった頭を下げて俺に頼み込む老店主。
その声に、言葉に後悔が乗せられているのが、伝わってくる。
この町の住民が味わった凄惨な夜のことは、色々な人から話で聞いた程度のことしかわからず、ほとんど想像でしかない。だけど、大切なものを失う気持ちは俺にもわかる。
だからこそ、あんな辛い思いをする人はもう見たくない。
助けられるのなら、手を差し伸べたい。
「顔を上げてください」
「……!」
「そんなこと、頼まれなくたって最初からやり遂げるつもりでしたよ。だから、俺と……この町の衛衛兵隊を信じてください」
「――」
「絶対に救い出しますから」
最後にそう言いきり、俺と老店主の間で数秒の沈黙が生まれる。すると突然、その沈黙を切り裂くように不意に店主は顔をそらし、
「……ああ。……ありがとな、ぼうず」
顔を背けながら放たれたその言葉の節々に、震えが生まれているのを感じる。そう、それはまるで涙をこらえているかのように。そして俺は見逃さなかった。顔をそらす直前、瞳から一滴輝く水が零れ落ちていたことを……。
その後、俺は何を言うでもなく、最後に店主の背中に向けてお辞儀し、武器屋から立ち去った。
「そう、でしたか……」
「ああ。だから、勝つぞ。あんな奴等には絶対に負けられない」
「ええ。それに……」
と、カーミラは顔を曇らせる。今、カーミラが言いたかったことの意味は俺にもわかる。
明後日戦うあの『影』たちは、邪神の仲間である可能性が非常に高い……というかほぼ確定だ。
攫われた人たちを救うということ以外にも、そもそも俺がこの世界に招かれた理由である邪神討伐の使命。それを達成するための、邪神のしっぽを掴むための足掛かりになるにちがいない。だからこそ負けられないのだ。
「……」
「……っくしゅ」
沈黙していると、氷魔法の使い手が夜の闇に流れる冷えた風に耐えかねてくしゃみをした。俺はそれに微笑を洩らし、
「さ。寒くなってきたし中に入ろう」
「……はい」
笑いを交えながら俺がそう提案すると、女神はどこか不服そうにそう言葉を漏らした。




