覚悟
ルーズヴェルトへの相談も済み、後からここに来ると言っていたカーミラを待つ。それからほどなくして、テントの入り口が女神の声と共に開かれた。
「遅れてしまいすみません」
少し青みがかった黒い長髪をポニーテールにした姿のカーミラは、急いで走ってきたのか少し呼吸が乱れている。
深呼吸をして息を整えたのを確認し、声をかける。
「走ってきたのか?」
俺の問いかけにカーミラは「はい」とうなずく。
「ゴーレムの配置を済ませた後、前の戦いで傷を負た衛兵さんたちや町の住民の傷を癒してから、急いでここへ来たので」
「そっか」
「ご立派ですねカーミラお嬢様」
「いえいえ」
それから、カーミラは治癒魔法を発動する。彼女の手から発せられた暖かい光の魔力が傷ついた老騎士の体を癒していく。
「……これは……」
治癒させていく過程で何かに気づいたのか、小さな声で驚いたように呟いた。
「あの、ルーズヴェルトさん……」
「……気付かれましたか。さすが、あの二人の子ですね」
「気付かないわけないですよ、こんな……」
「どういうこと? 何かあったのか?」
深刻そうな声色で話す二人に、何もわからずついていけてない俺は問いを投げる。
状況から察するに、ルーズヴェルト自身のダメージに関することだろうが……。
「……ルーズヴェルトさんは」
「お待ちください、お嬢様。ここは私から説明します」
カーミラが説明しようと口を開くと、ルーズヴェルトの声が覆いかぶさる。
「私が長い間休暇をいただいていたのはご存じですね?」
「はい。父さんから聞きました」
以前、ガレスから聞いた話では、ルーズヴェルトはその休暇中に西の国を見て回っていたのだと言っていたはずだ。前に食べたルーズヴェルトの手料理が西の国で学んだ料理だとか。
「私が行っていたのは、西の帝国『ヴォルグリア』。キャメロット王国と友好関係にある、いわゆる軍事国家と呼ばれる大国です」
「なんでまたルーズヴェルトさんがそんなところに?」
「私の故郷、というのも理由の一つですが、ヴォルグリアで数年前からとある魔物が現れ、その調査も兼ねてヴォルグリアを見て回っていたのです」
西の国がルーズヴェルトの故郷というのは少し驚きだ。
父のガレスと以前から師弟関係であり、その上執事として仕えてきていたのだし、何よりキャメロットの聖騎士団団長を務めていたのだから、この国で生まれ育ったものだと勝手に認識していた。
「ということは、その魔物に……ってことですか」
「ええ、その通りです」
そう言ってから、ルーズヴェルトは手から発した魔力を横腹に当てる。
すると、禍々しいという言葉が似合うほどの黒紫色の痣が老騎士の横腹に出現した。
「これは……」
「件の魔物……邪龍カースドレイクから受けた、削命の呪い」
「この呪いは、痣を受けた対象の肉体を常に傷つけ続け、癒しの効果も半減させてしまうんです」
「……!? そんな呪いを……」
常に肉体にダメージを受け続け、治癒魔法の効き目すら薄くしてしまう恐ろしい呪いを受けたというのに、目の前の老騎士は顔色一つ変えることなく日常を過ごしていたというのか。
屋敷に戻ってきたときも。料理を作っていた時も。俺に修行をつけてくれていた時も。
「何か、何か治す方法は……そうだ。カーミラ、お前なら」
焦りが言葉に現れているのを喋りながら感じているが、何か解決策がないかと、女神の力を携えた妹に頼る。
しかし、絶対安心の女神と言えどその力は万能ではないらしく、顔を横に振った。
「呪いの効果を弱めることは可能ですが、この痣を取り除くには術者を倒さなければならないんです……」
「そう、なのか……」
呪いをかけた張本人――邪龍カースドレイクと呼ばれる魔物。
ルーズヴェルトに治らない傷をつけた上に、彼の剣ですら倒すことがかなわなかった強力と言わざるを得ない敵。
ルーズヴェルト自身は呪いによる痛みは大したことないようにしていたが、言い換えるならそれは毒だ。長い目で見れば、それはいつか全身に回り、肉体を滅ぼす。
「その邪龍の所在は……」
「取り逃がした際にキャメロットの方角へ飛び去って行ったのは確認しましたが、細かな位置までは」
「……」
そうだろう事は何となくわかってはいたが、やはりそううまくはいかないようだ。
ただ、これからどうすればいいのだろう。
目前の問題――『影』や魔獣使いとの戦いがあるというのに、頼みの綱であるルーズヴェルトの現状がこんななのを知って、それでいてなお戦わせるなんて、俺にはできない。
「そんなに深刻そうな顔をする必要はありませんぞ」
「……!」
考え事をしていたからか、自然と暗い顔をしていたのを指摘され、俺は思わず顔を上げる。
「私とてこれでも元王国聖騎士の長を務めていた者。これくらいのことは心配するまでもありません」
俺の内心とは裏腹に目の前の老騎士は自信に満ちた表情で、まるで俺を安心させるようにそう告げた。
その顔を見て俺は悟った。
今この人に何を言っても、彼の下した決断は変わらないのだと。前世でも似たような表情をして、考えを変えなかった人がいたから。……その後の結末も、分かり切っていたというのに。
だから俺は言いたいことをぐっと押しやり、
「……わかりました。その言葉、信じます。でも絶対に無理だけはしないでください」
言われた老騎士はふっと息を漏らし、
「ええ、当然ですとも」
と安心したように口にしたのだった。
――――
そのあと、カーミラがルーズヴェルトにかかった呪いの効果を弱めて、また後でと言葉を交わした。テントから出たところで隣にいる女神に声をかけた。
「なあ、カーミラ」
「はい」
「ルーズヴェルトさん、ああは言ってたけどお前から見て実際どうなんだ?」
かつての経験からルーズヴェルトの容態は察することは出来るが、その情報を確実なものとするために、治療した本人であるカーミラに問う。
「……本当のことを言うと、非常に危険な状態です」
俯きがちに答えるカーミラにやっぱりそうかと、内心で決めかねていたことを決定した。
「魔力を覚えた時みたいな別空間って今作れたりするか?」
「え? それは可能ですが……何をするんですか?」
「ま、とりあえずやってくれ」
そう言うと、カーミラは疑問を顔に浮かべながらも、一旦一目のつかないところまで移動し、以前やった時と同じように真っ白な世界を展開した。
「それで、いったい何を?」
「ルーズヴェルトさんの現状を知った以上、俺も無理をしないといけないと思ってさ」
「と、言いますと?」
「……あの力、『鬼神』を使う」
そう告げると、カーミラは驚いたように目を見開いた。
「……! でも、それはまだ体が耐えられないんじゃ……」
「ああ。だから、最初っから本気でやる訳じゃない。せいぜい一割か……まあそのくらいだ」
前世では幼いころから戦に参加していたから、長い年月をかけて自然とあの力に耐えられるほどの器が出来上がっていた。
しかし、今はまだ剣を振り始めて数か月程度。そのうえ、魔力に頼った戦い方ばかりで基本的な肉体の強化はあのころと比べてほとんどままならない状態にある。
今の体で第六天魔王とやり合った時並みの力を使えば、その反動で間違いなく肉体が弾ける。よって、何とかしてその力を制御しあふれ出る破壊の衝動を抑え込まないといけないのだ。
「……やりたいことは分かりました。では、私は暴走した時に無理やり抑え込む係ってことですね」
満面の笑みでわりと物騒なことを言う妹に頬が引き攣る。
「話が早くて助かるよ。……じゃ、さっそく……ふんっ!」
体の中心にある『気』や『魔力』とはまた別の力の根源を手探りながら、記憶をたどりながら、力を込める。
内包されていた力を解放させると同時に、闇の瘴気が、破壊の衝動が、俺の体を覆いつくす。
「く……ッ……か……ッ、!」
どす黒い感情が俺の心を塗りつぶし、あふれ出る暗黒が肉体の制御を奪っていく。
このままではまずいと消えゆく理性の中で感じていた。これ以上力に飲まれると、絶対に戻ってこれないと本能的に察してしまったからだ。しかしそれと同時に、彼女が一緒でよかったと安堵もした。
「――氷魔……ッ!」
暴走しかけの俺の体を、目の前の女神は強力な氷魔法で瞬時に封じ込めて見せた。
死なない程度で、それでいて戦場を血の海に変える力を閉じ込めるほどの魔法。速度、威力ともに必要最低限で最大限の効力だ。これほどの技をまさに神業と言うべきなのだろうと、容赦のない一撃を食らい身に染みて感じた。
「カ、ハ……ッ……は、ぁ」
文字通り頭が……いや、体ごと冷えたからか消えかかっていた理性が再び姿を現し始めた。
「兄さん!」
それに気づいたのか、カーミラが声を上げながら氷漬けの魔法を解除した。氷結が砕け散り、俺の身体が自由になる。
「はぁ、はぁ……」
「大丈夫……じゃ、なさそうですね」
「……ああ。思ったよりもだいぶきついな。それと、さんきゅな」
暴走を止めてくれたことに対して謝意を述べると、カーミラはいえいえと照れたように笑った。
「しかし、予想はしてたけどやっぱりそう簡単にはいかなかったな」
「ですね。それでも……やるんですよね?」
「ああ、その覚悟はきめたからな」
俺の過去を知り、たくさんの命をゲームの材料に持ってきた下衆どもを倒すため。いつか倒すと心に誓った邪神討伐へ大きく前進するため。
呼吸を整えてから、再度力を解放させる。
「はぁぁあ……ッ!」
さっきのである程度要領は掴めた。が、依然難易度は変わらずだ。破壊の権化たる鬼神の意思が、俺の意識を飲み込んで--。
「思い出してください、兄さん!」
二度目の意識消失の直前、妹の叫びが耳に届く。
「グ--ッ、あ……っ」
うめき声を吐き出しながら、残りある理性を使い、言われたままに記憶を辿る。
一年以上前、あの戦いよりももっと前。結局のところ、俺は自分の意志だけで鬼神の力を引き出せたことは一度もなかった。
あの力を使うときは、決まってもう一人の俺の協力が必要になっていた。それが当たり前で、当然で、それがダメだと気づくまで日常になっていた。
――でも、今は違う。
あいつはもういないし、あの頃とは違い俺は殺人マシーンではなくなった。
後悔が俺を変えた。
女神が、赦してくれた。
父が、背中を押してくれた。
短い期間にこれだけ多くの濃密した出来事があって、そのどれもが今の自分を形作る大切なことで。
だから、そのすべてに報いるためにも。今度は助けられるようになるためにも。あの闇の力を我が物としなければならないのだ。
「は……っ、あぁぁあ……ッ!」
声を張り上げ、内側から流れる強大な力の奔流を無理矢理にでも抑えこむ。反発するように、体から流れ出す瘴気がさらに力を増す。
「兄さん……」
心配そうにこちらを見つめるカーミラ。
彼女が近くにいるなら、怖くない。心配することは何もない。ただ信じて、覚悟を決めるだけだ。
「か……ぁぁぁあああ……っ!」
器から大きく溢れた力の反動で身体中が痛みで悲鳴を上げている。しかし、それと同時にあと少しでこの力を抑え込めると感じている。
この白い空間に、台風の目のように俺を中心に取り巻く漆黒の渦が徐々に弱まっていっているからだ。
カーミラもそれを感じ取ったのか、こちらに向けて構えていた手を僅かに下げ始める。それで確信した。今はこちらに分があることを。
「い、い……かげ、ん……」
--言うことを、聞きやがれ。
自らの身体を抱くように腕を掴み、もう何度目かというほどの力の抑制を口にする。
そして、
「は、……ァァあああッ!」
最後の力を振り絞るかのように咆哮し、暴力の嵐を、暗黒の竜巻を。制御することがついに、出来た。
「はぁ……、っ……はぁ」
膝に手をつき、息を吸って吐く。
先程まで辺りに渦巻いていた黒の瘴気が消え失せ、まるで何事もなかったかのように白い世界が広がっていた。ただ、一つだけ違うとすれば……。
「成功……したんですね」
「……ああ、みたいだな」
手のひらを見、開いて閉じてを繰り返しながら応じた。
『気』とは違い、『魔力』とも言えない俺のかつての力。苦難の末ようやく制御し、今は昔ほどの力ではないものの、確かにそれを物にすることが出来た。
「とりあえず……」
言いながら、カーミラはこの白世界を指をならして消し去った。世界が霧散して、現れたのはラフォレの町の人気のない空き地。それなりに広く、大きな家が二、三軒ほど建ってもまだ余るだろうという広さだ。
「その力、試しますか?」
目の前の女神は氷の魔力を手に秘めながら、俺にそう問う。
言われた俺は、膝に手をつきながら顔を下げ、一瞬だけ思考し顔を上げた。
「よろしく頼む」
そうして、カーミラが展開した氷の戦士たちとの手合わせが始まった。




