やれること
カーミラとの話も一段落し、ローザとシロにも声をかけた。
戦いの場所がラフォレの町近辺になる以上、この館にいればきっと安全だろうということで二人にはここで待っていてもらうということで話はついた。
それから俺とカーミラはすぐに移動しラフォレの町に到着した。
「ここがラフォレの町ですか……」
魔物の襲撃で凄惨な状況になった町の風景を目の当たりにして、カーミラの表情は少し曇る。
体だけじゃなく心までも傷ついた人たちを見たら、彼女も胸が痛む。カーミラは優しいから、そうなるのはわかっていた。ただ、今はその人たちを救うためにカーミラの力が必要だ。
「カーミラ、こっちだ」
少しの時間も惜しいため、先を急ぐとカーミラを呼ぶ。
案内した先はここに来た時に連れてこられた衛兵隊本部。中に入り、二階の会議室へと歩を進める。
「アルトリウスです」
二回ほどノックをして返事を待つ。
「入ってくれ」
部屋から聞こえたゲイルの声に促され、ドアを開けて中に入る。
「待っていたぞアルトリウス殿。して、そちらが件の……」
俺の隣にいる黒髪の少女を見て口を開いた衛兵隊の隊長。その姿を見て俺はにっと笑って見せ、
「はい。最終兵器です」
と、自信満々に言った。
言われたカーミラは自分に対する物騒な名前に少々不満な様子だったが、すぐに姿勢を正しぺこりとお辞儀をして見せた。
――――
「それでカーミラ殿、どうするつもりなんだ」
「どうするんだ」
それぞれの自己紹介も終え、さっそく作戦会議に入ろうというところで隊長がそう言った。それに合わせて俺も同調するようにカーミラに問う。
「ええと、まず前提としてわたしたちの戦力はあまりにも乏しいです。もしも一度に大量の魔物が攻め込んできたら間違いなくここは陥落します」
「ああ。あのルーズヴェルトさんでさえもあそこまでやられてしまったわけだしな」
ルーズヴェルトほどの実力者でも満身創痍となってしまうほどの強大な魔獣の存在。それに加えて邪神の配下だと思われるあの『影』と、魔獣使いが率いる大量の魔獣。
確定している敵と、あくまでも予想すべき敵の数を統合させると、たしかに今のままだと戦力不足なのは明白だ。
「その戦力差を埋めるために、屋敷に張ったのと同様の結界と氷のゴーレムで防衛力を高めます」
結界とゴーレムは屋敷に戻った時に確かに確認できた。
聞いたところ結界は魔獣や魔物を弾き、ゴーレムは中型の魔獣程度なら複数相手にできるほどの強さらしい。
「はい。どれだけの数の敵が来るかはわからないので、ゴーレムは出来る限り多く作っておきます。それと並行して、ルーズヴェルトさんや未だ回復しきれていない衛兵さんのダメージもわたしの治癒魔法で可能な限り回復させます」
「聞くがカーミラ殿。それほどの魔法行使、膨大な魔力が必要となるはずだが魔力は持つのか?」
「ゴーレムの数や結界の強度にもよりますが、想定している範囲では最大でも五割程度は使う予定ですね」
「それでも半分とは……その年齢でとてつもない魔力量だな……」
それはそうですよゲイルさん。だって目の前にいるのは人間の姿をした女神様なんですから、と心の中で呟く。
とはいえ魔力量だけでいうなら俺も神様からの恩恵で同じくらいのはずなのだが、やはり魔法に関しての経験値や知識量の差でやれることがここまで大きく変わってくる。
今回ばかりは完全にカーミラ頼みで不甲斐ないが、これから告げられる作戦では俺も重要な役割を担っているのだ。
「そして作戦ですが……攻め込むのは、兄さんとルーズヴェルトさんの二人に任せたいと思います」
俺とルーズヴェルトが担っているのは、いわば遊撃隊と言えるポジションだ。単身で切り込んでいき、敵の戦力を削りながら、あの『影』や魔獣使いを仕留めに行く。防衛に関していえばカーミラや衛兵隊の力があるからおそらく破られる心配はない。
つまり、この戦いの勝敗は俺とルーズヴェルト次第なのだ。
「それ以外の衛兵さんたちはここで防衛線を築いてほしいです。……この戦い、死者は絶対に出したくはありません。そのための最善の策、のつもりです」
「わかった。他の者にはそう指示を出しておこう」
「それと、住民の避難誘導もお願いします。場所は……ディモンド邸にしましょう。かなり広いのである程度の余裕はあると思います」
「了解だ」
ありがとうございます、とカーミラは軽くお辞儀した。
作戦も大方は決まったとみて、俺は席を立った。
「どうかしたのか、アルトリウス殿」
「善は急げです、ゲイルさん。俺は今やれることをやってきます」
――――
衛兵隊本部を後にした俺はカーミラを連れて、髭の老店主の鍛冶屋に来た。初めの救出作戦から数時間は経過したため、もしかしたらそろそろ刀も完成した頃合いなのではないかと思っていたのだ。
「すいませーん……っていないな」
店内にはあの店主の姿は見受けられなかった。すると横からひょいっと顔を出したカーミラが言う。
「奥の部屋にいるんじゃないですか? まだ武器を作ってる最中とか」
「ああ、なるほど」
たしかにそれもそうだなと思い、カウンターの奥の扉を開ける。開けた先は細い通路になっていて、さらにその奥の扉の先から、カーンカーンと金属同士を打ち付ける音が聞こえてくる。おそらくこの先に工房があるのだろう。少し距離があるとはいえここからでも強い熱波を感じる。
近づくにつれて少しづつ温度は上がっていき扉の前ではもうかなり汗が出ている。カーミラはというと自身の氷魔法でその熱を相殺していて、汗の一つもかいておらず涼しい顔をしていた。
「失礼しま……っ!」
ドアを開けると、今まで封じ込められていたとてつもない熱風が俺とカーミラを歓迎した。そしてその熱の源、工房の奥では一人の老鍛冶師が金槌一本で熱を一身に浴びながら、金属を叩いていた。
店主は俺たちが入ったことに気づいていない。周りが見えないくらいに、視線は、意識は、赤く熱を帯びている金属に集中し、時折落ちる汗を拭う時くらいにしか姿勢を変えることはなかった。
俺はカーミラと目配せをし、この集中をとぎらせるような邪魔はしまいとそっと工房から出ることにした。
そのまま鍛冶屋から出た俺とカーミラは互いに顔を見やる。
「まだ武器はもう少しかかりそうだし、何から始めるか」
「そうですね……とりあえず、ここに来た時から結界は張っていたので、あとはゴーレムですね」
「いつの間に……まあわかった。俺はルーズヴェルトさんのところに行ってくる。少しあの人に相談したいことがあるんだ」
「ではまたあとで合流しましょう。ゴーレムを配置し終わったら、そちらに行きますね」
――――
「ルーズヴェルトさん、入ります」
一言断りを入れてから、老騎士が休んでいるテントの中に入る。
「アルトリウス様」
会議の後、ルーズヴェルトの大事を取り空きテントで休んでもらっていたのだ。その証拠にいつもの執事服姿ではなく、上半身に包帯を巻いた姿だ。
「傷の具合はどうですか?」
「ええ、ミナ様のおかげで見える範囲の傷は癒えました」
横腹をさすりながらルーズヴェルトは言う。
「見える範囲は、ですか」
「さすがに彼女もまだ未熟。深い傷を完治させるほどの腕は持ち合わせてはいなかったようで」
「ま、それはカーミラに任せれば大丈夫ですよ。ゲイルさんから作戦の方は?」
「先程お聞きしました。町の衛兵はここの防衛に回り、私とアルトリウス様で攻め込むと伺っております」
「そのことで一つ相談したいことが」
かつて王国聖騎士という一大組織を率いるほどの実力と、年齢故の長い経験。それを見込んでこの人に聞いておきたいことがあった。
「実体のない敵と相対した時、ルーズヴェルトさんはどう対処しましたか?」
実体のない敵……『影』。俺の剣技が効かず、魔法でさえも通用しなかった。
魔物や魔獣、魔獣使いだけならおそらく問題はない。しいて言えばルーズヴェルトを追い込んだガルーダという魔獣が脅威だが、それ以外ならば対処は可能だ。ただあの『影』だけは今のままでは絶対に勝てない。
「実体のない敵、ですか。ゴースト系統やシャドウウォーカーといった魔物であれば聖属性の付与された武器で攻撃は通ります」
「聖属性……」
火、水、土、風、雷、氷、光、闇の八属性に含まれない特殊な属性だ。
生まれつき定められている属性とは違い、後天的に会得することによってしか使うことが出来ない。しかし、元から武器に聖属性が付与されているものもあると聞いたことがある。
「遺跡でそのような魔物に?」
「いえ、魔物ではないんですが……ルーズヴェルトさんは俺が転生してこの世界に来たというのは知っているんですよね?」
「はい、ガレス様から伺っております」
「父さんと母さんの子としてこの世界に生まれる前……前世の俺を知っている敵と遺跡で遭遇したんです。影みたいな見た目で、実体がないから剣も効かなくて、炎魔法も通用しなくて……」
「なるほど……それで実体のない相手への対処方法を」
ルーズヴェルトは納得したような顔で口を動かす。
「でしたら、可能性としてですがもう一つ対抗しうる手段が存在します」
「それは?」
「ゴースト系統ならゴースト、シャドウウォーカーなら闇属性の攻撃が当たるように、同じ属性を持っているのであれば実体のない相手であろうと攻撃は通ります」
「同じ、属性……」
俺はしばし考えを巡らせる。
あの『影』と同じ属性。奴自身が言っていた、第六天魔王より強力ではあるが同じであると。つまり、奴の闇の力は言ってしまえば俺の鬼神の力と同じであるはずだ。死ぬ前の最後の戦いから考えればその可能性が高い。ただ問題は、今俺がそれを使えるかどうかにある。
この世界に転生し、これまであの力に頼ってこなかったのは、自身の肉体がまだあの力の反動に耐えられるほど鍛え上げられていなかったからだというのももちろんあるが、それとは他にもう一つ……もう一人の俺、かつて憎んできた俺の闇の部分の声が全く聞こえてこなかったのだ。
第六天魔王との戦いもそうだが、鬼神の力を使うときは決まってあの声が聞こえてきていた。幼い時も、戦で烈火のごとき勢いで戦場を焼き尽くしていた時も。
嫌で嫌で仕方がなかったのは事実だが、なんだかんだ死ぬまで付き合ってきた相棒のような存在だと無意識のうちに認識していたのかもしれない。だから居なくなった今、当たり前のように感じていた傍らにいたもう一人の自分と共に戦う安心感みたいなものが無くなり、使うことが少し怖くなっていたのかもしれない。
「アルトリウス様?」
黙りこくっていた俺にルーズヴェルトは声をかける。
「ああ、すみません。大丈夫です」
今まで何度も使ってきた力に、何故今更怖がっているのか。どうせ遠からず使うことになっていたのだ。力に体を慣らしておくなら、早い方がいいだろう。
「この戦い、必ず勝ちましょう」
「ええ、勿論ですとも」




