執事対ガルーダ
風属性超級魔法『ヴォルテックス』に抵抗すら許されず、ただ無様に命を散らすしかないと思われたその瞬間。
「無事ですか、皆様」
空間にある全てのものを無に帰す威力を秘めていたあの超魔法は、一人の男によって、何事もなかったかのように霧散した。
男の名はルーズヴェルト·オーウェン。
円卓の聖騎士ガレス·ディモンドに仕える執事。
かつて、王国聖騎士団の長を務めていた生粋の実力者。
「あなたは……」
「遅くなってしまい申し訳ありません。ここから先は私にお任せして、皆様は下がっていてください」
「しか……」
しかし、と言葉を続けようとしたゲイルだが、ルーズヴェルトの目には最早ガルーダしか写ってはいなかった。
「わかりました。あとは頼みます」
「ええ、お任せを」
そうしてゲイルは、気絶しているエドを抱えて馬車のある安全圏へと退避した。幸いなことに、ゲイルとエドがガルーダに応戦している間に、他の兵士やウルヴェルたちが他の魔獣を撃退してくれていたため、危険は特になく戻ることが出来た。
遠目から、老剣士と鳥獣の戦いを眺める。
先程までとは打って変わって、音一つない静寂だ。
ルーズヴェルトとガルーダとのちょうど間くらいのところに、木の葉がゆらりゆらりと落ちていく。それが地面についた瞬間--。
どちらからともなく、戦いの火蓋は切って落とされた。
先手を打ったのは魔獣ガルーダ。風の魔法によって加速された攻撃速度と、人間の腕をいとも簡単に引き裂く鋭い爪での攻撃だ。
対するルーズヴェルトは、一歩たりとも引かず、まさに騎士の鏡のような構えで迎え撃つ。
「カァァァァァァ!」
声を上げながら連続攻撃を仕掛けるガルーダ。全身に風を纏わせて、そこから放たれる攻撃はゲイルや他の兵士たちには考えたくもないほどの恐ろしさを感じさせるが、それを受けている老剣士……否、老騎士は軽々しく、それでいて的確に捌いていた。
両者の体格差は、約1.5倍。
背丈だけではなく、肉体自体の大きさもまるで違う。それなのに、あの体のどこにガルーダの猛攻を軽々しく捌く力があるというのだろうか。
老騎士ゆえの長年の経験か、はたまた他に何か秘密があるのか……。全く持って未知数である。
「う、うぅ」
あの目まぐるしい戦闘を見ていると、馬車からエドの目が覚めた声が聞こえた。
「エド、体に異常はないか?」
「は、はい。多分平気です。ってそれよりあれ……」
少し先にて行われている異次元の戦闘に気が付いたのか、エドは頬を引き攣らせていた。
「ああ。間一髪のところでルーズヴェルト殿が助けてくれたんだ」
「はは。さすが、爺さんだな」
爺さん、と軽い口調で呼べるのは、エドがルーズヴェルトの孫だからだ。
小さいころから稽古をつけてもらっていたという話を、いつだったか聞いたことがある。それゆえに、エドの戦闘スタイルは大盾を装備した聖剣術と、自身の魔力を用いた奇襲、サポート。
聖剣術の型にとらわれず、自身の強みも活かせているのが、衛兵隊の中でも高い実力を誇っている理由だ。
「って爺さん!」
戦局が変わったのか、エドは戦っている老騎士を呼んだ。
ゲイルも目を向けると、ルーズヴェルトがガルーダとの競り合いになっているのが見えた。
「キシャアァァァァ!」
「ふん!」
鳥獣の剛腕を弾き、後ろに飛んで大きく距離を取る。
「はあ……はぁ……。私も衰えましたな。さすがに連戦となりますと、限界が来るのも早い……」
ルーズヴェルトは肩を上下に揺らして、疲労しているのが見て分かる。それもそのはず、ガルーダの猛攻を一人ですべて受けていた上に、あの強靭な肉体にダメージを与え続けてきたのだ。相対していたのが、王国聖騎士であろうと、簡単にできることではない。
それほどまでに恐ろしく、強大な相手なのだ。魔獣ガルーダは。
しかし同時に、それを成しえていたルーズヴェルトが、やはり凄腕の実力者なのだと改めて感じさせられた。元王国聖騎士団長の名は伊達ではない。
「しかし……いや、だからこそというべきか」
「どういうことですか、隊長」
「ルーズヴェルト殿は、ここにくるよりも前に魔獣との戦闘があったそうだ。そのうえ、ここまで駆けつけ、あの魔獣と相対していることを考えると……」
「疲労で、いつ崩れてもおかしくない……?」
「その通りだ」
いくら実力があるとはいえ、体の老いには勝てない。それはどのようなものでも等しく同じだ。
だというのに、ルーズヴェルトは必要以上に体力を消耗している。
このままでは、いつ老騎士の守備が瓦解し、戦況がひっくり返ってもおかしくはない。
「だったら俺が……!」
剣を握り、あの戦場に乗り込もうとするエドを、ゲイルが止める。
「待て、エド。お前が行くなら私が行く。お前の実力は確かに認めているが、あの時一撃で気絶していたのは誰だ? 少し頭を冷やせ」
「だからって、このままじゃ爺さんが!」
「エド、隊長殿!」
ゲイルとエドが言い合っていると、戦いに集中しているはずのルーズヴェルトから大声で名を呼ばれた。
「ここは私に任せてくださいと、言ったはずですよ」
浅い呼吸を交えながら、言葉がとぎれとぎれでそう言われた。
あの老人に任せることしかできない自分たちの力のなさを、悔いることしかできない。
「はぁっ!」
魔力を込めた斬撃で、ガルーダを後方へ吹き飛ばす。さらに、ルーズヴェルトは魔斬で追い打ちをかける。手数を主体にしているのか、攻撃力自体はさほど高いものではなかったが、数の暴力というやつで、ガルーダは明らかに押されていた。
「カァァァァァ!」
しびれを切らしたガルーダは、風属性魔法によって周囲を一気に嵐の渦に巻き込み、強引に連続の魔斬を無効化した。
飛び行くルーズヴェルトの斬撃も消え去り、巨大な渦が収束したその瞬間。
一筋の光が、ガルーダ目掛けて閃いたのが、戦いを見ていた全員の視界に写った。
一瞬の瞬き。
まばゆい光によって、ほんの少しの瞬間だけ視界が白に染められていたが、それもすぐに収まり、再び目を開くと――。
「カ……ッ」
「はあっ、はぁっ……」
鳥魔獣ガルーダの胸元へ銀刃を突き刺し、大地へと背をつかせたルーズヴェルトの姿があった。
息も絶え絶えで、すでに満身創痍とでもいえそうな姿だが、剣をついたルーズヴェルトは、真の意味で騎士であった。
「爺さん!」
誰よりも早くルーズヴェルトのもとへ駆けつけたのはエドだ。それに続くように、ゲイルが駆ける。
「止まれ!」
エドが近づこうと走ると、ガルーダの胸から剣を引き抜いた老騎士が、倒れているガルーダから距離をとった。
その直後、傷を抑えた状態でガルーダは立ち上がり、怒りをあらわにした般若のような表情をしていた。
「コォォォォ……」
翼を羽ばたかせ、はるか上空へ飛び立ったガルーダは、先と同様に口に風の魔力を集束させていく。上空から放たれる以上、ルーズヴェルトにそれを止める手段はほとんどない。
簡単なものでいえば魔斬だが、放ったところで『ヴォルテックス』にかき消されるだろうから、大した意味はない。
絶体絶命というのなら、まさにこういう場面のことを言うのだろう。
「……」
しかし、誰よりもダメージを負い、誰よりも年老いている騎士の眼には、一つもあきらめの感情は見受けられなかった。
「カァァァァァ……!」
遥か高くへ昇ったガルーダは、さっきより数段威力の高い『ヴォルテックス』を発動する。
白く輝く鳥獣の咆哮。
天候を変えるほどの超威力。空を灰色の雲で覆いつくした。
「ルーズヴェルト殿……!」
ゲイルたちは今度こそ終わったと、半ばあきらめの境地に至っていた。
なにせこの辺境の地において、これほどまでの強さの魔獣は見たことがなかった。魔界が近く魔力が芳醇な場所とはいえ、あの魔獣ガルーダは明らかに異常だ。
このブリタニアの長い歴史においても、ここまでの魔獣はおそらくそうはいないだろう。ましてや超級の魔法を行使する怪物。
それゆえに、ここにいる戦士のほぼ全員が絶望していた。
しかし同時に、あの老騎士ならば何とかしてくれるのではないかと、期待の念を、希望を抱いていた。
そしてきっと、それに応えてくれる。
「……すぅぅ」
深く息を吸い、切っ先を上空のガルーダへと向ける。
未だ魔力を溜めているガルーダに対し、ルーズヴェルトも、刀身へと魔力を充填し始めた。
銀色の刃が淡い光に包まれていく。
弱々しく、しかしたしかな輝きを灯して、今にも超魔法を放ちそうなあの魔獣を打ち倒さんとばかりに、その光は力を増していく。
「あれは……」
この場にいる者の中で、エドだけはルーズヴェルトが使おうとしている技を知っていた。
そして、それがこの現状を打破できる切り札だということを。
「カァ--ッ!」
聖なる光が剣だけではなくルーズヴェルト自身の体にも纏われたとき、魔力の溜めが終わったのか、ガルーダが咆哮する。
放たれる超魔法、『ヴォルテックス』。
先程の一撃とは比較にならないほどの威力と範囲。確実にあの老騎士もろとも、この場にいるすべてを破壊するほどの大嵐。
「…………」
しかし当のルーズヴェルトは、迫り来る嵐に一寸たりとも動じてはいない。倒すべき敵だけを見据え、ただ剣を構えていた。
静かに、ただ静かに集中し、己が剣に全てを乗せ、守るべきものを守るために。
そして今。
「--閃光よ、荒ぶる嵐を貫き、敵を穿て」
ルーズヴェルトの持つ剣から、溜め込まれていた光が一挙に放出する。
何もかもを無に帰す聖なる光。
一瞬にして世界を白に染め上げ、風の超魔法ごとガルーダを包み込んだ。
「コ、カ……ッア」
光に覆われたガルーダは、うめき声を上げながら、徐々に体が崩壊していった。
「消え去れ、我が聖なる光と共に」
ルーズヴェルトの放った聖光は魔獣ガルーダを跡形もなく消し飛ばし、雲に包まれた灰色の空は、ゲイルたちの絶望を晴らしたかのように、晴天の霹靂になった。




