ゲーム
「く、くくっ」
何の前触れもなく笑いだした魔獣使いに、声を荒げる。
「何が可笑しい!」
「話は最後まで聞こうよ、って言ったのもう忘れた?」
「なに……?」
実体のない奴の言葉に、問いで応じる。その直後、部屋の中央にある祭壇に、巨大な水晶玉が出現した。
「この玉の中には、昨夜拐った人達が魔力の塊として入っている。そこで、君にひとつゲームを仕掛けたいと思う」
「ゲームだと?」
「この中の人達は、僕の力によって魔力となっているけど、元に戻すことは簡単だ。今から言うゲームに勝てば、綺麗さっぱり元に戻してあげるよ」
「さあどうする円卓の息子ぉ! ここで無様に逃げるか、勝てるかわからない勝負に挑むか、二つにひとつだぜぇ?」
「……そのゲームとやらをして、俺が勝ったところで、あの中にいる人達を助ける気なんかさらさらないんだろう?」
俺だって、助けられるのなら助けたい。しかし奴等は人の命をなんとも思わず弄ぶような連中だ。そう簡単に事が運ぶとは思えない。
「約束を守る保証がない以上、無理矢理にでもお前らを倒してここを切り抜ける」
燃え盛る炎剣を片手に、斬りかかろうと魔力を全身に巡らせ、床を蹴ろうとしたその瞬間--。
「--『だから、待ちなよ』」
その一言で、俺は全く身動きをとることが出来なくなった。この感覚、どこかで感じたことがある。たしか……
「これは、第六天魔王の……!」
「ああ、そういえば彼は君が倒したんだっけ。まあ、そういうことだよ。ちなみに、彼よりも僕の方が強力だから、君にこの術を解くことは出来ないよ」
「……っ」
「さて、と。それじゃ、ちゃんと最後まで聞いてもらおうか。まず、約束は破られることはないよ。『契約』を結ぶからね」
「け、契約、だと……?」
「なんだ、お前そんなことも知らねえのか? 『契約』ってのは、魔力を通して両者が納得のいく条件で結ばれる、言わば縛りみたいなもの。どちらか片方が破れば、破った側にそれ相応の制裁が下る恐ろしいもんだ」
「今言った通り、『契約』をすれば、約束が破られることは絶対にない。契約内容はもちろん、君が決めてくれればいい」
契約さえすれば、助けられる可能性はぐんと上がる。こちらが勝てればの話ではあるが、今の現状を鑑みても、そっちを選ぶ方が得策だ。とはいえ。
「……なぜ、俺に有利なようにする。今ここで俺を殺すことは、簡単なはずだ」
「俺だってそうしてぇんだぜ? だけどよ、それじゃ、なにも楽しくない。てめえが有利な上で絶望に顔を歪めるのを想像するだけで楽しそうで仕方がないんだよ。そうですよねぇ?」
「ああ。君のことはいつだって殺せる。だから言っただろう? ゲームだって」
……なるほどな。
結局のところ、自分達が楽しむこと、その手段は誰かを傷つけ、悲しみ、怒りの感情を露にしているところ。その上で絶望に落とし、殺す。
やはり、この連中を許すわけにはいかない。しかし今のままでは勝ち目はほぼ零に等しいというのは変えようのない事実で現実。癪ではあるが、奴等の言う『契約』とやらを結ぶ他道はないだろう。
「いいぜ、乗ってやる。それで、お前らを必ず倒す……!」
「契約成立だ」
ーーーー
「拐われた人達はアルトリウス殿が必ず救いだしてくれるはずだ! 我々は彼の頑張りに応えられるよう、死力を尽くして魔獣を倒すぞ!」
ゲイルの一声に、冒険者と兵士の「おおっ!」という士気の上がったであろう声が重なる。
この量の魔獣が一気に押し寄せてくる以上、いくら道が広いとはいえ、狭まってくるのは自明の理。しかし、冒険者たちとの連携により、確実に数を減らすことに成功している。このまま行けば、なんとか倒しきれるはず……。
「うあぁぁ!!」
あと少しというところで、誰かが叫びを上げる声が聞こえた。
「どうした!」
声の方に意識と体を向け、現状把握のために確認すると、巨大な魔獣と右手を失った兵士が倒れていた。
「う、隊長……」
応急措置として、手の付け根の辺りに布をきつく巻き付ける。これでも気休め程度にはなるはずだ。
「動くな。これ以上血を流したら死ぬぞ。ミナ殿!」
これ以上のダメージを負わないために、治癒の力を持っている冒険者、ミナの名を呼ぶ。
「彼の傷は治せそうか?」
彼女の力なくしてはここまでほとんどの被害を出さずに魔獣を相手にすることは出来なかった。ゆえに、少しの期待を込めてそう聞く。
「ここまで大きな傷となると、私の力では完治まではできません……」
申し訳ないと言うように、ミナは頭を下げる。
「いやいいんだ。とりあえず出来る限りのことはしておいてくれ。この魔獣は私が倒す」
「待ってください隊長。俺も手伝いますよ」
そう言って横から来たのは焦げ茶色の髪の青年。衛兵隊の中でも若く、その上実力も高いエドだ。大盾と片手剣を携え、相対する魔獣へと刃を向けている。
「エド、自分の持ち場はどうした」
「ウィルのやつが変わってくれましたよ。ヤバイやつが出たから応援に行けって。あいつ、あんまり強くないくせに格好だけはつけたがるから」
お人好しのウィルらしいと、つい笑いの含んだ息が漏れる。
「そうか。それで、お前から見てこいつはやれそうか?」
鳥の頭。山のような筋肉質な肉体の背に翼があり、体から伸びる腕の先には、おそらくこれで味方兵士の腕を抉ったのであろう鋭い爪が血に塗られ赤黒く照らされている。
「正直な話、隊長と一緒にやればなんとかいけるかと」
「ならば十分だ。行くぞ!」
両手に持ったバトルアクスを構え、ガルーダのような見た目の魔獣に突撃する。
迎撃しようと、魔獣は自慢の爪でなぎ払い--。
あと少しでノーガードのゲイルに直撃しようかというタイミングで、ゲイルの視界は、走っていた場所よりも更に後ろの場へと変わっていた。
その直後、金属に固いものが衝突したときの高い音が鳴り響く。
「重っいな。隊長、頼みます!」
エドは左手の大盾で魔獣の爪撃を受け止めていた。エドの魔力『入替』で自身と対象の位置を入れ替えたことによって、ゲイルは後ろへ、エドが前衛へと変更されたのだ。
エドの声に応じて、再度魔獣のところへ走り込む。
「おおおお!」
魔力『加速』によって瞬間的に速度が増したゲイルは、超速で魔獣に飛びかかり、急所を目掛けて、斧を振り下ろす。
「ホォォォォォォオ!!!!」
魔獣は咆哮し、ゲイルの斧を空いた右腕で受け止めた。速度と元の力でバトルアクスは深く突き刺さったものの、急所を仕留めることは出来ず、むしろこっちが大きな隙を晒すことになってしまっていた。
ガルーダは爪撃を受け止めたエドを、大盾ごとその強靭な脚で蹴り飛ばし、刺さった斧にぶら下がったままのゲイルを左右に大きく振り落とした。
「がはっ!」
「ぐっ!」
エドは衝撃を受け止めることが出来ず、地面に背をつけ、ゲイルは木に激突した。
「コォォォォォオ!!」
咆哮と共にガルーダは風を口に収束させていく。
「これは……風魔法!?」
魔獣が炎のブレスを吐いたりというのは今のままででもそう少ない事例ではなかった。しかし、今発見されている魔獣で、魔法を使用するのはごく僅かなのだ。それこそ、魔界に行かなければ存在こそ知らないというほどに……。
それほど希少な存在なうえ、使う魔法はとてつもない威力を秘めている。
「オォォォォォ!!」
口元に魔力を溜め込んだガルーダは、未だ体勢が悪いゲイルたちに、追い討ちをかけるように、それを一度に解き放った。
荒れ狂う嵐のごとき暴風。
風属性超級魔法『ヴォルテックス』。
万物を吹き飛ばす、大自然の怒り。
鳥獣の放つ超魔法に、ゲイルたちはなす術もなかった。




