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罪の鬼神と過ちの女神  作者: 坂本 天
第2章 白銀の願い
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古代遺跡


「ここか……」


 長い道のりを全力で走り抜け、到着した灰色の砦。地図で示されていた通り巨大で、どことなく感じるその雰囲気はまるでここに訪れるものは生きては帰すまいと、そう言っているような恐ろしさがあった。

たしかこの遺跡は古の墓ということだったらしいので、その主の力の強大さや周辺地域への影響力、統治者としての力の誇示がしたかったという考えが伺える。


 ゲイル曰く、かつての統治者は魔界からの侵攻をたった一人で抑え込み、そのまま魔界七将という魔界でもトップクラスの実力者すら撃退したという。そんな大きなことを成し遂げた英雄ならば、ここまで巨大な墓を建造されるというのもうなずける話だ。


 しかし、どうしても一つ疑問が浮かぶ。あのローブの男は一体何のために生贄を欲したのだろうか。奴が口にしていた『儀式』という言葉……間違いなくそのためなのだろうが、まったくもってその詳細が分からない。


さらに言えば、儀式に必要な生け贄というのは揃っているわけなのだから俺たちのことをわざわざ待ち伏せせず、さっさと済ませてしまえばよかったのに、なぜあのような場所で魔獣を従えて待っていたのだろうか。


「……考えても埒が明かないな」


奴とその仲間の真意は俺にはわからない。だが、その作戦自体をなんとか阻止し拐われた人たちを救出する。それが今の俺の最重要任務だ。

 

「よし」


 頬を叩き、今一度気合を入れなおし、敵の本拠地へと足を踏み入れた。


――――


 古代遺跡、第三階層。

 俺は最上階の、おそらく中心部付近の広間で、ラフォレの町兵士の報告にあった骸骨の魔物たちと刃を交えていた。


 骸骨の魔物――骸骨剣士スカルソードマンと呼ばれるこの魔物はその名の通り、右手に剣、左手に盾を携えた骸骨の魔物だ。その剣士スタイルの装備の上、胸部と脚部にはしっかりと軽鎧を装備しており、まるで死んだ剣士の成れの果てとでもいうような風貌だ。

 

 そして、その見た目に恥じぬほどの剣の腕で、周りにいる骸骨戦士スカルウォリアとの連携もあり非常に厄介だ。

 

「おおぉぉ!」


 俺は苦戦している要因たる連携を崩すべく、まずは周りにいる取り巻きの骸骨を銀色の刃で一閃する。一体一体の戦闘力はさほど脅威足り得ないため、確実に各個撃破していく。


魔法を交えた俺の新たな戦闘スタイルは、今までの剣術とはかなりかけはなれたものとなってはいるものの、ガレスやルーズヴェルトのおかげで何とか実戦で使える程度には成長していた。


ものの数秒で仲間がやられたのを見てまずいと思ったのか、骸の剣士は大きく距離を取り、改めて剣を構えた。今までは遊び半分で虫をなぶるつもりだったのが、今度はまるで俺を敵として再認識し、確実に仕留めるというような雰囲気だ。


「そりゃ光栄だ、ならこっちも全力で行かせて貰う」


こちらもそれに応じ、左手に握った剣を構え直す。全身に巡った魔力を、さらに刀身にも流し、修行の中で得た『魔力付与エンチャント』という魔法を発動する。


魔力を込めた刀身はみるみるうちに炎に包まれ、やがて紅蓮を纏う灼熱の剣へと姿を変えた。


「ーーーー」


目の前にいる標的を見据える。

奴も本気を出すのか、おそらく魔法の一種であろう、その周りだけが視界がうねったように歪んでいた。


静寂がこの場を支配しーー。


どちらからともなく一瞬にして距離を消滅させた。片方は、燃え盛る烈火の銀剣。片方は、空間を歪ませる漆黒剣。互いの全霊の刃が衝突し、この広い部屋に、衝撃と金属がぶつかった時特有の甲高い音が響き渡った。


「……っ!」


骸の剣士の猛攻に次ぐ猛攻。上下左右、縦横無尽に繰り広げられるその剣撃は、勢いの強さも相まって獣のような獰猛さと、防御のことなど全く考えていないという気概を感じさせた。

俺はその圧に押されつつも、一撃一撃が重いその連続技を全ていなす。


「ーーーー」


魔物とは思えないほどの磨かれた技の数々。お見事と言う他ない。

しかし、その全てを俺は防御しながら観察し、自分のものとした。


「ーーここだっ!」


期を見計らい、上段からの斬撃を弾き返し、今までのお返しと言わんばかりにラッシュを開始する。


上段から振り下ろし、そのまま下段から切り上げる。後ずさった骸骨の剣士を、左手に握られた炎剣は逃がすわけもなく、瞬く間に斬撃の雨を浴びせた。それは骸骨剣士が先ほど俺に放った連続技と全く一致するものだ。


一瞬で灼熱の連撃を浴びた骸骨剣士は、耐えられるはずもなく、力が抜けたかのようにその場に伏した。


「きっとこの先に……」


拐われた人たちがいる。

奥の大扉を視界にとらえ、一歩ずつ近づいていく。扉に触れ、手のひらに冷たさを感じる。ざらざらとしたりすべすべとしたりするから、岩なのか鉄なのか微妙なラインの材質だ。

両手で左右の扉を押す。大きさのせいでやけに重たいが、俺の力ならば、開けることはそう難しいことではない。引きずるような音をたてながらゆっくりと扉は開放された。

視界に広がるのは、予想だにしなかった光景だった。


「どうなってるんだ……?」


さっきまでいた広間よりも一回りほど広い正方形の部屋、中心には祭壇のようなものもあり、さらにその祭壇を照らすように天井が開かれている。

それ以外は特に何もない一室。しかしそのどこにも、人の姿は見られなかった。


儀式というのをやるのなら、祭壇もあるし多分ここだろう。だというのに、魔獣使いや町の人々の影も形もないとはいったい……。

そう思考していると、どこからか声が響いた。


「よくここまでたどり着いたな、『円卓』の息子」


「……!」


首を振り、周りを見渡す。しかし声は聞こえど姿を捉えることは出来なかった。


「おーおー、そんな必死に探したって俺は見つけられないぞ? なにせそこにはいないんだからなぁ」


「拐った人たちはどこへやった!」


「はっは! 残念だったが一足遅かったなぁ。とっく全員、生け贄としてもうこの世にはいませ~ん! そんでもって、さっき言った言葉はぜ~んぶ嘘でしたー!」


そう言って、高笑いする姿の見えない魔獣使い。


「生け贄にするまえになぶっていたぶって、女子供の悲痛に泣き叫ぶあの表情、最高に気持ちよかったぜぇ?」


「……この外道が」


「あ? てめえに言われたかねえな」


「なに……?」


「何千って命を奪っておいてよくそんなことが言えるよなぁーー『鬼神』さんよぉ」


「………………は?」


思考や、奴への憤りが、完全に停止した。一瞬何を言われたのか、よく分からなかった。それゆえにそんな変な声しか出すことは出来なかった。


「どうして、それを……」


俺の過去。前世について、ちゃんと知っているのは、女神であり俺のこの世界での妹をしているカーミラだけだ。父のガレスには多少は話したものの、細かく……ましてや俺の忌まわしき異名《鬼神》のことなど口にしてはいない。

だとすれば何故、あの魔獣使いは知っているのだろうか。

それを聞くために脳を回転させ、なんとか一言を口にする。


しかし、その答えを得ることは叶わなかった。


「お喋りは感心しないな、『嘘者ライアー』」


突然現れた『影』がそれを遮ったからだ。


「お前は……」


不定形な、実体を捉えられない人の形をした『影』。ゆらゆらと揺れて、今にも消えてしまいそうな姿はまるで焚き火の炎のようだが、その色はすべての光を飲み込むんじゃないかと思うほどの暗黒だ。


「やあ、“この世界では”初めまして。たしか、アルトリウス·ディモンド……だったよね?」


『影』は口と思われる部分を動かし、そう言った。


--この世界では


目の前に立つ正体不明の『影』はたしかにそう言った。


「……なるほどな。何者かは知らんが、お前が俺の過去を知っていて、あの魔獣使いに教えたのか」


「その通りだよ。『鬼神』鬼丸。君のことはずっと見てきたし、誰よりも知っている。君の……許されざる罪のこともね」


「……」


俺の、罪。

大切な人を守れなかった、俺の弱さ。

神様から赦しを得た、俺の拭えない過去。


「なぁんでも知ってるよ。君が戦に駆り出されて、夢中になって人殺しをしている間に、大切な家族をみすみす殺されてしまったことも」


「黙れ」


静かな怒りが己のなかで燃え盛り、気づいた時には体が動いていた。奴の言葉に被せるように一言口にし、魔力付与で攻撃力を増した炎剣で、胴体と腰を両断、一閃する。

少し遅れ、切断面から『影』の胴体がずれ落ち--。


「……人の話は最後まで聞きなよ?」


「な……っ!?」


渾身の一撃は、全く効いてなどいなかった。いや、そもそも斬った感触すら感じることが出来なかったのだ。それは奴が影だからなのか、もしくは他になにか理由があるのか……。

その疑問はすぐに晴らされることとなった。


「残念ながら、僕には剣の攻撃は効かないよ。何せ僕は実体のない『影』、なんだからね」


「だったら……ッ!」


剣が通用しないのなら、魔法だ。

後ろに飛んで距離を取り、右手に魔力を集め、一気に放出する。ストーンゴーレムを倒すときにも使った火属性上級魔法の蒼炎。今俺が使えるなかでもっとも威力が高く、強い魔法。蒼い炎を滾らせた火球は、目の前の敵を焼き尽くす。


「ふっ」


ストーンゴーレムに背をつかせたほどの火力を秘めている、俺の渾身の魔法は、あろうことか『影』の吐いた、なんでもない一息によって霧散した。


「危ない危ない。ここでそんな大技使ったらこの遺跡もろとも崩れちゃうよ」


 俺の魔法を大技と称しながらいとも簡単に消し去った『影』は、まるで何もなかったかのように平然としていた。


「……っ」


 まずい。まずすぎる。

 剣も、魔法すら効かないような相手にどう対抗すればいいというのか。

 最悪、魔法によるダメージがなくとも、爆発でこの遺跡の崩壊を誘い、がれきの下敷きにでもできればと思っていた。しかし、どうやったのかはわかりようもないが、奴は蒼炎《魔法》をただの息で消した。

 それほどの力を持つ上に、こっちからは攻撃する術がない。どう考えても手詰まりだ。


「はっは、さっすがですねえ、あれってたしか上級魔法ですよ? いくら何でもでたらめ過ぎますよ」


 次の策を講じるべく思考を巡らせていると、『影』の後ろの何もなかったはずの空間から一人の男が現れた。


「魔獣使い……!?」


「あれ、もう出てきちゃってもよかったの?」


「あれほどの力の差があるみたいですし、問題は無いでしょう。だよなぁ、円卓の息子」


「く……っ」


 ……状況が最悪すぎる。

 俺の現状の手札が通用しない正体不明の『影』。それに加えて、魔獣を使役するうえに姿隠しの能力を保有している男。この二人を相手にどう立ち回ればいいというのか。


 魔法で魔獣たちを牽制しつつ、出来る限りあの『影』との戦闘は避ける。もしかしたら何か効果があるものもあるかもしれない。その可能性は、まだ捨てきれない。


 それともう一つ、戦わずにこの場を離脱する、というのも一つの手ではある。助け出すはずの人たちを救えなかった以上、ここで、勝ち目の薄い勝負を仕掛けるのは無意味…………


「……んなわけあるか」


 あの魔獣使いの言葉が嘘だろうとそうでなかろうと、今目の前にいる敵は、必ず仕留めなければならない。今も戦っているであろう、ゲイルさんやウルヴェルたちとの誓い。店主との約束。

 それが果たせなかった今。

 俺にできることはただ一つ。

 目の前の敵を、絶対に逃がさないことだ。


「……ふーん。こんな絶望的な状況でもまだやる気はあるんだね」


「当然だ。攫われた人たちを救えなかった以上、お前らをここで逃がすわけにはいかない」


 剣に炎を纏わせ、臨戦態勢に入る。


「く、くくっ」


 声を上げ、宣戦布告をすると、不意に影の隣にいた魔獣使いが肩を震わせて声を漏らしていた。





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