赦し
意識は覚醒し、気が付けば何もない真っ白な空間に俺は立っていた。
「ここは、いったいどこだ……? 俺は、死んだはずじゃ……」
ここで目覚めるより前の記憶を探る。
あの戦いで、命を代償に奴の心臓に刃を突き立てた。そしてそのまま死んで……。そう考えるのなら、ここはあの世って考えるのが妥当なのだろうか。
「その通り、ここは死後の世界です」
「!?」
突然後ろから聞こえた声に驚き、前方に飛び振り向く。振り返った先には一人の少女が立っていた。
「……!」
俺は目の前に立つその少女に目を奪われてしまった。
青みがかった長い黒髪に色白の肌。長いまつ毛の下にはぱっちり大きな淡い青色の瞳。身長はおよそ百五十センチほどだろうか。顔つきと小柄な体から幼いような印象を持つが、白を基調とした服装が清楚な雰囲気を漂わせ、どこか大人っぽい魅力を彼女から感じる。
「こんにちは」
名も知らぬ美しい少女はニッコリ笑顔でそう挨拶してくる。
「…………」
見つめる。
「あ、あの……」
「…………」
目の前に立つ少女に、どこか懐かしさを感じた。この綺麗な顔立ち、一度見たら忘れそうにもないはずだが、どうにも思い出すことは出来ない。
「そ、そんなに見つめられると困ります……」
言いながら、赤く染まった頬に両手を当てる。
「あ、その、すみません」
「あ、いえ、大丈夫です」
困っていると気づき咄嗟に謝ると、手を胸の前でぶんぶんと振った。
このままだと話が始まりそうにないため、一度小さく咳払いをし、質問を投げかける。
「あの、ここが死後の世界って言いましたが、あなたは?」
「私は……いわゆる神様、という存在です」
神様……。信仰の対象になっていたり、戦いの前に祈る、あの神様なのだろうか。自分で聞いておいて何だが、こんなこと言われてもわけがわからないとしか言えない。
「……神様、ですか」
とりあえず納得したように言葉を継ぐ。
「あ、その顔は信じてませんね?」
「……聞いたのは俺ですけど、まさかそんなこと言われるだなんて思わないじゃないですか」
「ふふ、確かにそうですね」
そう言って笑い、「うーん」と腕を組み顎に手を当てて考え込んでいる。すると、突然「あっ!」と大きく高い声を上げた。
「ど、どうしました……?」
「そういえば、あなたをここにお連れした理由を伝えていませんでした」
「連れてきた……理由?」
「はい。えっと、まず死んだ人間の魂というのは浄化され、記憶をなくして新たな命として生まれ変わらせる、というのがルールなのですが、今回あなたにお願いしたいことがあってその輪廻から引き抜かせていただきました」
死んだら生まれ変わるというのは何となくそういうものだと知っていたが、それがルールとしてあるものなのだとは知らなかったから驚きだ。
俺は小さく相槌を打ち、言葉の先を促す。
「それで、お願いしたいことというのは、あなたが今まで過ごした世界とは全く別の世界に転生し、その世界で復活する神を滅ぼしてほしいのです」
「別の世界の神を滅ぼす……? なぜ俺に? いや、そもそもそんなことが可能なんですか?」
神というのは、元来人間が拝める存在、人知の及ばぬ存在として知られてきた。神話では世界を簡単に滅ぼすほどの力を有していたり、逆に世界を創ることすら可能としているのだ。言っては何だが、そんな化け物に俺が太刀打ちできるとは到底思えない。
「突然そんなこと言われて、訳が分からなくなるのは当然です。なので一から順に説明していきますね」
そう言って、目の前の神様はふうっと息をはく。
「まず、あなたに転生してもらいたい世界は魔法という超常的な力が存在する世界です」
「待ってください。たしか魔法って、奴が使っていた……」
俺のいた世界を混沌に陥れようとしていた第六天魔王が授かったという力のはず。それが存在する世界で、その世界の邪神を倒すってことは……。
「はい。鬼丸さんの考えている通り、私が倒してほしいと言った邪神は、あなたの世界で諸悪の根源となった第六天魔王という男を裏で操っていた者です」
「……やはり」
なるほど、たしかにそれなら納得がいく。
「……私は、復活する『邪神』の脅威に対抗するべく強い戦士を求めて様々な世界を見てきました。およそ三千年という、永遠とも思えるほどの時間です。そして、その長い時間の中、ついに私は見つけたんです。たった一人で千の軍勢に立ち向かっていく一人の剣士の姿を」
「…………」
心臓がドクンと響く。
「最初は、こんな危険な戦いをそう何度も生きて戦い抜けるわけがないと思ってました。でも、一つの勝利が十の勝利に、十の勝利が百の勝利になっていき、私はついに確信したんです。この人こそ、世界を救ってくれる英雄に違いないと……」
「それが、俺だと……?」
「はい。こちらの勝手だということはわかっています。でも、お願いします……どうか、世界を救ってください……『鬼神』鬼丸さん」
神様は深々と頭を下げている。しかし、
「顔を上げてください、神様。……残念ですけど俺にはそんな大それたことはできません……だって、前世で守れたものもなければ救うなんてこともできなかったんですから……」
下げた頭の方を見ながら、弱弱しい声で、過去のことを思い出しながら、そう言葉をかける。
家族は俺のせいで死んでしまった。かつての仲間は俺の目の前で殺されてしまった。
そのうえ、第六天魔王という、いわば傀儡となっていた男を倒すのすら命を失ってようやく成せたのだ。そんな俺にいったいどれほどのことが出来ようか。
「――知っています」
「……え?」
はっきりした声で放たれた言葉に一瞬反応するのが遅れてしまった。するともう一度。
「知っています。……だって、ずっと見ていましたから。あなたが傷つき、なお立ち上がって戦うところを。家族が殺され絶望の淵に立たされても、再び前を向いて歩きだすところを……ずっと、見てきましたから」
「……! だったらなおさら……」
「鬼丸さん」
「……」
「私は、あなたの戦う力だけを見たわけじゃないんです。その心の強さを見て、何度でも立ち上がれるその強さを見て、あなたなら神をも倒し世界を救ってくれると、そう思ったんです」
そんなことを、まるで物語に出てくる英雄のことを語るように言う神様。
俺は知らない。そんな、俺とかけ離れた強い戦士を俺は知らない。
「……誰のことを言ってるんですか。俺は、そんなすごい奴じゃない。家族も、友も救えなくて、何度も心がくじけて。……俺はそういう弱い人間で。だから、俺に何を求めても意味がない」
「そんなことありません」
俺のことを強いと、そう言う彼女にそんなことはないと言い返す。しかし、はっきりとした声で反論される。俺は俯きかけていた顔を思わず上げ、彼女の優しい瞳を見やる。
「何度も言うようですが、あなたは心がくじけるたびに、立ち上がってきました。そして、幾度となく繰り返される戦いを生き残り、勝ってきたじゃありませんか。それに……」
「……それに、何ですか……」
ここで言葉を切る黒髪の神に、その先を促す。すると、彼女は確信を持ったかのようにその意思を言葉に乗せた。
「――あなたは、たくさんの人たちを救っています」
返ってきたのは、そんなありえない一言だった。
「そんなこと……」
「あります」
ない、と継ごうとするところで、言葉をかぶせてくる。
「これを見ても、同じことが言えますか……?」
手のひらを上に向けて突如巨大な宝玉が出現する。先の一言を聞き、その球をのぞき込むと、そこには様々な光景が映っていた。
『鬼丸殿……どうか安らかに』
声を抑えて、目を閉じ顔の前で手のひらを抑えている人。俺が昔から世話になっていた将。その後ろには、見知った武士が複数……。
「いや、そんなもんじゃ、ない……?」
その後ろには百や二百なんてものではなく、およそ千もの人間が跪き、黙祷をささげていた。
「これは、あなたに救われてきた、あなたへの恩がある人々が、あなたの死を悲しみ、感謝の意を伝えているんです」
「救われてきたって、そんなこと……」
神様の言葉に小さく反論し、水晶の中をまじまじと見つめる。
無数の映像に移っている顔見知りの武士たち。念じているのか、その心の声がこの水晶を通して発せられる。
――鬼丸さん、あなたのおかげで家族のもとに帰ることが出来ました。
――あなたが死んでしまうなんて、まだお礼も言えていないのに……。
――どうして……どうして先に逝ってしまったんだ、鬼丸殿……。
――君があのときに助けてくれたから、今の私があります……本当に、感謝しています。
「……ぇ」
身に覚えのない感謝の言葉、俺の死を悔む言葉。他にもいろいろな言葉が耳を通して頭の中に流れ込んでくる。
どうして、そんなことを言う。どうして、そんな顔をする。
俺は戦を終わらせるため、戦況が危うい場所へ積極的に赴き、常に犠牲者を出さないように立ち回ってきた。無論、全ての戦で犠牲者ゼロを保てていたわけではない。だが、俺の罪を償うためならと、わが身をささげ、他の戦士の代わりに軍勢を相手に戦ってきた。
はたから見たら、それは他人のための自己犠牲に見えるかもしれない。この行為が自己犠牲なのは認めるが、本質は違う。他の奴らが死ぬくらいなら自分が死んだほうがましだという半ば自身の生に対してあきらめのこもった心で戦っていたのだ。
他の人を救おうだとか、守りたいからとか、そういう気持ちは確かにあった。しかし、その本質にあるのはすべてが自分のため。己の罪を少しでも許してもらいたいという、身勝手な欲望から溢れた、一種の自己満足にすぎない。
だから、こんなにたくさんの人たちから、これほどまでの謝意や悔恨を次々と並べられるのは間違っているのだ。
そう。こんなこと、間違っている。あってはならない。
「な、んで……みん、なが……」
頭の中で現実として起こっていることを否定する。しかし、言葉は震え、その事実を心のどこかで受け止めてしまっていた。
その証拠に、瞳から涙がこぼれ、震える頬を伝って、白い地面に落ちていった。
「言ったでしょう? あなたに救われてきたからこうして集まってきてくれているのです。あなたの頑張りが、こんなにたくさんの人たちを助けていたのですよ」
俺の贖罪の戦いを、まるで親が子供に言うときのように優しく褒める神様。その表情は、慈愛に満ちていて、俺の罪を赦してくれるような、女神のような微笑みだった。
――でも、それでも俺は。
「……俺は、赦されても、いいんでしょうか……? 」
自分の罪は拭いきれないものだと、ずっと思い込んできた。いや、それは今もなお変わらないものだと思っている。
しかし、人を助けられないというのは間違っていたのかもしれない。それは、ただの思い込みで、本当は助けることが出来ていたのかもしれない。
神様が見せてくれたみんなの気持ちを見て、そう思うようになってしまった。でも――。
「――俺みたいな罪人でも、人を助けることが、出来るんでしょうか……?」
やはり、昔から俺の心の根底に深く根付く考え方。それは、一朝一夕で変えられるような簡単なものではない。
それは分かっている。分かっているのだが。もし、もしもそれを変えることが出来るのだとしたら、それは神様からの赦しを得ること。そんな超常的なあり得もしないことでもないと絶対に無理だ。
……しかし、今俺の目の前にいるのはその神様だ。
目尻に涙をため込み、真っ白な地面に膝をつけながら問う俺に、神様は優しく包み込む笑顔をそのままに、
「――あなたの罪を赦します。あなたは、人を助けられます」
「……ぁあ」
その優しい一言に、ため込まれた涙は決壊し、神様と対面してから一番の涙の量を流しだす。
「う、あああぁぁああぁぁぁぁあ!」
長い年月の感情が、赦されないと思っていた俺の罪が、すべて涙と共に押し出されていった。泣きじゃくる俺を見て、神様は俺の頭を胸にやさしく包み込み、柔らかな感触と共に、子供をあやすかのように優しく撫でてくれた。
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「もう大丈夫ですか?」
「はい。もう心配いりません」
心配する神様の声に応じ、濡れた頬を拭う。
「見苦しいものを見せてしまってすみません。それと、その……ありがとうございました」
「いいえ、とんでもないです。わたしは事実を伝えたまでなんですから」
「それでも、ありがとうございます」
俺は心の底からの感謝の意を伝える。
事実、全ての過去を清算したわけじゃない。神様に赦しを得たからと言って、守れなかった俺の罪、死んでしまったという事実が消えていくわけじゃない。でも、それでも区切りをつけることはできた。
忘れたわけではない。ただ、そのことを忘れないようにと心に決めた。今俺にできるのはそんなことぐらいしかない。あと他にできることと言ったら――。
「……神様の頼み、邪神討伐のために俺の力を使ってください」
「……私からお願いしておいてなんですけど、本当にいいんですか?」
「はい。俺の力を、人を助けるために役立ててください」
「――! 任せてください!」
それから少しして神様からの説明が始まった。
「では、転生する際に私があなたに与えられる力について話していきますね」
「お願いします」
小さくうなずき、話を促す。神様は咳払いして、
「まず、神に匹敵する魔力量、魔力については先程説明しましたよね?」
「えっと、たしか魔法を使うための力でしたっけ? それが多かったり、強かったりするほど、魔法の威力も上がる……とか」
「その通りです。魔力が多ければ多いほど、使える回数も増えていきます。神に匹敵するとなればなおさらです」
「なるほど。それにしても神に匹敵するって、大丈夫なんですか? いくらなんでもやりすぎな気が……」
「相手は邪神です。なりふり構っていられません」
「そ、そうですか……」
「はい。じゃあ次の力、魔眼について説明しますね」
「お願いします」
「魔眼というのは、魔力を見たり魔法を使うのを補助したりできる、魔法の眼です。鬼丸さんに与える魔眼は二種類あって、それぞれ特別な固有能力を持っています」
魔法というのはおそらくこの世界では欠かせない武器になるはずだ。それを補助できるとなるとかなりありがたい恩恵だと思う
「それはすごいですね。ちなみにその能力っていうのは?」
聞くと、神様はふっふっふと不敵な笑みを浮かべた。
「それはですね――――」
「――――いいんですかそれ……?」
あまりにもな能力だと思ったのでそう確認すると、
「相手は邪神です。なりふり構っていられません」
と、さっきと同じことを言った。
「なるほど……邪神というのはそうでもしないと勝てない相手なんですね。まあ神だから当然と言えば当然か……」
「はい。遥か昔、神から力を分け与えられた戦士たちや、その他大勢の神々ですら封印という手段を取らざるを得なかったわけですからね」
「……それを聞くと、勝てるか余計心配になってきました……」
「ふふ。まあ、心配ご無用です! だって私がついてるんですから!」
ふんっと鼻を鳴らしながら自信満々に胸を張っている。その姿に勇気づけられる。
「……そうですね。俺には神様がついてますもんね」
「はい、そのとおりです! ……さて、ではそろそろ始めましょうか」
元気よく返事をした直後、真剣な表情に移り変わる。そしてその口ぶりから察するに、おそらく転生の事だろう。
「俺はどうすれば?」
「鬼丸さんはそこに立っているだけで大丈夫です」
「わかりました。……うお!」
返事した瞬間、突如として体が光に包まれ、驚きのあまり声を上げた。
「転生先の家庭はそれなりに裕福ですし環境も申し分ないはずです。その世界では私はあなたの妹として転生する予定ですのでよろしくお願いしますね? 兄さん」
「……わかりました」
「あれ? 嫌でした?」
「別に、ただ神様が自分の妹になると考えたらなんか変な感じで」
「なるほど……確かにそうかもしれないですね」
そう言って神様はふふっと微笑む。
俺の体を覆う光がより一層強さを増す。
「それでは、いってらっしゃい、鬼丸さん」
「いってきます、神様」
その言葉を最後に目の前が真っ白になり、俺の意識は新たな世界へと旅立っていく。
――ここから、ここから始まるのだ。生まれ変わった俺の新たな人生が。
どうもです。今回は転生について書きました
次回からは異世界で鬼丸を待ち受ける新たな生活を描いていこうと思いますので、ご期待ください!ブクマとかよろしくお願いします!