先に行け
「やあやあ皆の衆ごきげんよう」
突如聞こえたその声に、その場にいた全員が顔を向けた。視線が交差する先に、大型の鳥の魔獣と、その上に乗っている声の主であろう黒ローブを纏った男がいた。
その口調は礼儀こそ正しいもののようであったが、その奥にどす黒い何かがあるように感じ取れた。
「何者だ!」
「おー怖い怖い。そうカッカすんなよ衛兵隊隊長殿。んまあ、言わなくてもなんとなく気付いてるだろうが……そうだ、俺が今回の事件の首謀者だ」
「いったい何のためにこんなことをした!」
「ん? そうだな、詳しくは言えねえが、昨夜拐った住民どもは、俺たちの目的のため、もれなく全員生け贄となりました!」
「!」
今、この男はなんと言った?
拐った人は全員生け贄となった、たしかにそう言ったように聞こえた。だとしたら、目の前にいるこの薄ら笑いを浮かべているローブの男は、人間の命を踏みにじったと言える行動をしたのだ。
その事実に、全員の殺気や怒りが一気に頂点に達す。しかしその憤りを馬鹿にするように、この男は口を開けて笑っていた。
この世界においての生け贄とは、前世の世界とは違い、名ばかりのものではなく実際に命を対価にして行う儀式の材料なのだろう。それをあろうことか人間の命で支払うとは、真の目的が何にしろ、やつを許すわけにはいかないと心に決意した。
しかし、そんなことはお構いなしにローブの男は言葉を続ける。
「おお、揃いも揃ってそんな怖い顔すんなよ。さて、と、ここでお前らに朗報だ。目的のための儀式はまだ完了してねえから、まだ助かる可能性は残ってるぜ?」
「……それを教えてどうする気だ」
「さあなあ? どうせこれから死ぬことになるお前らへ最後の手向けってやつかな?」
さっきからふざけたことばかり言うこの男に対する怒りが抑えられず、俺はゲイルさんの前に一歩を踏み出し、同時に魔力による身体強化を自身に発動する。
「御託はもういい。お前をここで切り伏せて、魔獣共も一掃して、住民たちを救い出せばいいだけのことだ」
「あ? ガキ。ンなことが出来ると本気で思ってんのか?」
「ああ」
言うと同時に奴のいる上空へ跳躍する。
一瞬で目と鼻の先程の距離まで到達し、腰から抜いた剣で切り裂くべき首を目掛けて斬撃を繰り出す。おそらく、この場にいた者は誰一人として反応することは出来なかっただろう。それほどまでに速度を上げた一撃だ。
しかし、魔獣の高速飛翔によってさらに遠くへ移動され、すんでのところで斬撃は空を切った。
「ちっ」
舌打ちをし、もといた地面に着地する。
「おお、速い速い。こいつがいなけりゃ危うくお陀仏だったぜ」
嘲笑うようにしながら魔獣の背中を叩く黒ローブの男。
「しかしあのじじいよりはまだ遅えなあ。そんなんじゃこいつのスピードには追い付けないぜ?」
「……! お前、ルーズヴェルトさんに何を!」
「俺たちの邪魔になりそうだったからな、今頃魔獣のエサになってるんじゃねえか?」
「……っ、き、さま!」
激昂し、奴に一撃見舞わせようと刀身に魔力を集中させる。父のガレスから学んだ魔剣術の技の一つ、魔斬だ。
届くかどうか、当たるかどうかは関係ない。やつへ一撃を入れる。そのためだけに剣を後ろへ構え――と、発動の直前で割って入るようにゲイルが手を出してきた。
「待て、アルトリウス殿。怒りに身を任せては奴の思うつぼだ」
「っ……、そう、ですね。すみません」
ゲイルの言葉で怒りを抑え、一度頭を冷やす。
冷静になるんだ。
たとえ魔獣が相手だろうと、ルーズヴェルトほどの強さなら問題なく切り抜けられるはずだ。あの人は強い。それはよく知っていることだ。そんなことも考えられなくなるほど怒りに染められるとは、いくら奴がクズとはいえ、今まででは考えられないあり得ないことだった。
「おおなんだ、止めんのか。つまんねえなあ。まあいい、それじゃ俺は今から儀式に取り掛かるから先に行かせてもらうぜぇ。魔獣共に殺されないようせいぜい頑張るんだな」
「待て! く……っ」
この場から逃走する男を追おうとするが、道を遮断するように出てきた魔獣共が邪魔をしてくる。一瞬で切り伏せるも、奴の乗っている鳥の魔獣の飛翔でもう影も見えなくなっていた。
「アルトリウス殿、ここは我々だけで切り抜ける。だからあとは任せて先に行け」
「さすがに無茶です。俺も一緒に戦います」
「奴は攫われた人たちを何のためかわからないが生贄にすると言っていた。つまり、この大量の魔獣は邪魔をされないための時間稼ぎのはずだ。このまま全員が足止めを喰らっては助けられるものも助けられない。そうだろう?」
「でも……」
ゲイルの言っていることは正しい。
このまま戦ってしまえば、大幅に時間を使ってしまう。
そんなことになれば数十という命を犠牲にしてしまうという最悪の結果になる。そうなったら、あの店主との約束や、何より、助けると誓ったのにそれを嘘にしてしまうことになる。
そして、ここで迷っていたら拐われた人たちだけでなく、ここにいる全員まで死んでしまうかもしれない。
「……わかりました。必ず、助けてきます」
「頼んだぞ。英雄の息子」
俺はその言葉に無言で頷き、頭に詰め込んだ地図を元に遺跡へと走り出した。




