奪還作戦
馬で屋敷を出発してからおよそ一時間くらいで目的のラフォレの町に到着した。
馬での移動に慣れていることに驚かれたが、さすがに前世の話は出来ないので父さんが教えてくれたとてきとうにごまかしておいた。
到着したラフォレの町は、聞いていた通り巨大な町だった。森を大きく切り開いて作られた土地に大きく町が作られたような形だ。入り口は大きな門が構えられていて、隣に並ぶように兵士が槍を地面に突き立てて立っている。その兵士たちに会釈しながら門をくぐり町に入った。
「……っ」
最初に目に入った光景は実に痛々しいものだった。
レンガ造りの家々は半壊し、辺りには火が立ち込めていたのか、黒く焦げたあとが残っている。進んでいくにつれて見えてきた、臨時で設置したテントに、けがをした人たちが治療のために運ばれていた。
女性や子供関係なく傷を負っていて、とはいっても重症と言ったものは見えた限りでは無く、ほとんどが元気な姿ではあった。前世ではもっと辛いようなものを何度も見たことがあるとはいっても、痛ましい気持ちになるのは確かだ。
「アルトリウス殿、こちらです」
「ああ……はい」
そのままついていくと、ひと際大きな建物にたどり着いた。白メインの建材で建てられたそれは、どこか教会を思わせるような作りだった。
馬をそばに止め、大きめの木製の扉を開けて中に入る。建物内にはテーブルやいす、カウンター席だったりがあり、様々な装備を身にまとった人たちが重々しい空気でそこにいた。入るなり、全員の視線が一斉にこちらに集まり、俺は場違いなような気がした。
そんな気持ちを抱きながら少々委縮していると、若兵士さんと同じような鎧をつけた男がこちらに歩いてきた。
「戻ったな、ウィル」
近づいてきた兵士は、短いこげ茶色の髪に整った面持ちをしている好青年といった印象だ。
「エドか。隊長は上か?」
「ああ、そうだが……応援を連れてくるってなってたはずだけど、まさかその子が?」
「そのまさかだよ」
「はあ!? お前、こんな子供に……」
まあ、普通ならそう思うよな。俺の身体年齢はおそらく十四か十五。俺をつれてきたウィルと、今話しかけてきたエドはおそらく二十代前半。低く見積もっても十歳くらいの差があるのだ。
「まあまあ聞けって。この子は領主様の息子さんで、領主様ですら認める実力の持ち主だそうだ。ディモンド邸の執事さんが言ってた」
「ふーん……この子がねえ……」
やはり疑惑の視線を向けてくるエド。いや、これは疑惑と言うよりある種の心配も含まれているのだろう。
「あ、ほらやっぱそうだよ。おーいアルトリウス!」
と、そんなことを思っていると騒がしい足音が一階の奥のほうから近づいてきた。
視線を向けると、そこには見知った冒険者たちがこちらに手を振っていた。
「ウルヴェルさん! それに、ユージンさんやミナさんまで」
一ヶ月くらい前、森でクマの魔獣に襲われているところを偶然見つけ、手を貸したのがこの人たちだ。
たしか、ウィルさんの話では応戦してくれた冒険者がいるとか言っていたが、まさかこの人たちだったとは。面白いこともあるものだ。
「君たち、知り合いだったのか」
「はい。前に、ルイングリズリーに襲われたときに彼が助けてくれたんですよ。しかも、そのまま一人で倒しちゃったんです」
茶髪の剣士が自慢げに話す。すると黒髪の少年も同調してうなずく。
「あれは凄かったですよね」
「凄くびっくりしちゃったもんね」
「あはは……」
彼ら彼女らの言葉に思わず苦笑する。
まあたしかに自分よりも年下の少年があろうことか全員でかかっても倒せない相手をねじ伏せたのだ。そりゃびっくりするに決まってる。
「ルイングリズリーを一人で、か。にわかには信じがたいが、今はそんなことはいい。早く二階の談話部屋に行こう。隊長たちが待ってる」
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俺と並んでいるウィルさんの正面には、室内だからか軽めの装備でいる複数の男たちが円卓の席に座っていた。
室内は大きな円卓があるだけでなく、そもそもの部屋の大きさが広いため、下にいる人たちを入れてもまだあまりありそうだった。
「彼が攫われた人たちを救出するために応援に来てくれた、アルトリウス殿です」
「…………」
ウィルさんの言葉の先は、円卓の中心に座っている中年の男だ。年齢的にはおそらく三十代半ば。無精ひげのよく似合う、俺の前世で武士をやっていてもおかしくないような雰囲気だ。
「彼は昨夜応戦してくれたウルヴェル殿たちが苦戦していたルイングリズリーを一人で討伐したほどの実力者だそうです。それに、あの領主様の息子だそうです。領主様本人はキャメロットの方まで行っているとのことで、代わりに彼に来てもらうということになりました」
ウィルさんの紹介が入ったところで、隊長さんとやらは机に肘をつき指を組んで無言だ。おそらく、理解するのに時間がかかっているのだろう。まあさすがにこのような反応には慣れたので別にいいが。
「えっと、ご紹介にあずかりました、アルトリウス・ディモンドです」
とりあえず名乗りは大事なので挨拶をしておく。
すると、色々と飲み込んだのか隊長の複雑な表情を浮かべていたのが少し晴れた。
「……私は隊長のゲイルだ。それにしても、ガレス殿の息子か」
「はい、そうですが、父をご存じで?」
「ああ、以前この町に来た時に衛兵たちに稽古をつけてくれたんだよ。それにしても、あの『円卓』の息子なら確かに実力はありそうだ。もちろん、ガレス殿から鍛えてもらっているのだろう?」
「ええ、まあ」
「ならなおさら、我々はぜひとも君を歓迎する」
「期待に沿えるよう、頑張ります」
「ああ、だが無理はしないように。さて、では会議を始めよう。ウィル、下にいる者たちもここに集めてくれ」
隊長のゲイルさんがウィルさんに呼びかけると「了解です」と返事をし、すぐに部屋の外の人たちに声をかけに行った。それから数分もたたないうちに、冒険者のウルヴェルたちや、他の兵士たちがぞろぞろと部屋に入ってきた。
「これで全部か?」
「はい。他のものは町の住民たちのけがの手当てや、手伝いをしておりますので、今作戦に参加できるものとしましてはこれで全員です」
見渡す限り、せいぜい二十人程度の戦士たちだ。先に大テーブルにて待っていた人たちを含めてもその程度なので、訂正はしないが果たしてこの人数で魔物の軍勢とやらに勝てるのか。
「わかった。……みんな、集まってくれてありがとう。確認だが、今ここにいる人は、攫われた人たちを救出するために集まったということでいいのだな?」
おそらく部下であろう兵士たち以外にも冒険者の人たちが無言でうなずく。それを、部屋全体に視線を巡らせて確認したうえで再度口を開く。
「それでは、これから救出作戦の概要を説明する。昨日の深夜、闇に紛れて現れた奴等は我々衛兵隊の防衛を搔い潜りおよそ二十名ほどの住民を攫って行った。索敵に長けた部下が捜索し、発見することに成功した。場所はここ、古代の遺跡だ」
地図を開き、ラフォレの町からさほど離れていない森の不自然に空いている場所を指さす。辺りが緑色に対し、そこだけ鼠色っぽいのは遺跡というのが石で作られたものだからなのだろうか。
「予測できる魔物は、襲撃時に現れたゴブリン、骸骨剣士、最後に骸骨戦士の三種だ。単体ではどれもそこまで脅威ではないが、数が異様に多いため厄介だ。相対した時は必ず複数人で迎撃すること。それと最後に、おそらくだが最も厄介なのがいる可能性がある。――魔界七将か、あるいはそれに次ぐ階級の魔族だ」
「……!」
言うと、部屋全体に緊張の空気が一気に広がる。俺は魔族というものの知識は全くと言っていいほどないのだが、彼らの反応を見るに、相当な脅威と言えるのだろう。そもそも、俺ではなく父さんを呼ぼうとしていた辺り、その魔界七将とやらの恐ろしさがわずかだが垣間見える。
周囲を見るとみんなの顔に不安の色が浮かび上がるのがわかる。百戦錬磨とはいかずとも、経験を積んでいるであろう彼ら戦士をここまでにさせるとは、それほどまでに恐ろしいものなのだろうか、魔界七将というのは。
俺以外のほとんどが魔界七将の名に臆していると、この場をおさめている一人の男の声がこの静寂に包まれた部屋全体に響いた。
「皆の者、案ずるな。我々には強力な助っ人がいる。アルトリウス殿、さあ」
突然促されて思わず全員の視線が集まる場所まで足を踏み出してしまった。案の定、ウルヴェルたち以外の疑惑の念が乗せられた視線が一気に突き刺さる。
「えっと……」
さて、どうしたものかと頭を回転させる。
こういった場面は前世ではそこまで珍しいものではなかったが、今世での立場を考えても発言の内容によって、これからの立ち位置が変わってくる可能性がある。と言っても、この場にいるほとんどが初対面だから立ち位置も何もないのだが。
さて、まじめに考えよう。
全員が不安になっているところでは、鼓舞してくれる言葉が不可欠だ。しかし、それは信頼に足る人物からの言葉に限られる。
残念ながら俺は彼らとは初対面で信頼のしの字もない。なんなら、「なんだこいつは」といったような目を向けられている。
刹那の思考の後、深呼吸をはさみ、言うべき言葉を、俺の口からみんなに伝える。
「みなさんが不安だというのは分かります。でも、攫われた人たちは多分もっと怖いだろうし、不安で胸がいっぱいのはず。助ける役目の俺たちがこんなんじゃ助けられるものも助けられません。それに、皆さんは経験を積んだ戦士のはずです。俺の名前はアルトリウス・ディモンド、『円卓の聖騎士』ガレス・ディモンドの息子です。俺たちが力を合わせれば、魔物や魔獣なんて敵じゃない、俺はそう思っています。だから必ず、攫われた人たちを救い出しましょう!」
言葉が合っていたのかはわからない。でも、俺の前世含めて十八年程度の人生経験でこの場にそぐうと思う言葉を選んだつもりだ。もちろん、俺の本心からの言葉である。
発言からほんのわずかな間を置き、
「「おおぉ!」」
と、俺の放った一言に、不安を振り払い大きな声で応える。
「言うじゃねえかボウズ!」
「そこまで言われちゃあな」
「ああ、腹をくくるぞ!」
「『円卓』の息子さんならたしかに大丈夫かもな」
などなど、他にも様々な声が俺のもとに……いや、この部屋中に届いた。
そうだ。とかつてのことを思い出した。
たとえ敵の軍勢の方が数が多かろうと、俺はそれを何度もねじ伏せてきたんだ。
今回もやることは変わらない。ただ、敵を倒すだけじゃダメだってだけだ。
「お見事。さすが、ガレス殿の息子だ」
「……ありがとうございます」
ふう、と息を吐き、傍らにいた隊長のお褒めの言葉を受けて素直に礼をする。
どうやら、言うべき言葉は間違っていなかったようで安心した。
俺は部屋中を見渡し、それぞれが互いに鼓舞し合っているのを見る。
攫われた人たちの救出という一つの目標に団結力が高まり、救出部隊の士気も高まっている。そんな中俺はただ一人、
「……気合い、入れるか」
そう、自分に向けての言葉を最後に送った。




