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罪の鬼神と過ちの女神  作者: 坂本 天
第2章 白銀の願い
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町からの依頼


「なにが起こって……」


 俺は魔法によって戦況の打開を試みた。結果的にはルーズヴェルトさんの防御にほころびを生み出し、一撃を差し込むまでは出来た。しかし、それは完璧に対応されて防がれてしまった。

 そこまではまだいいのだ。ルーズヴェルトさんは聖剣術の達人の上、長年の経験による実力の高さがある。だから納得は出来る。

 でも次の瞬間、わけもわからないまま俺は地に付していたのだ。


「魔法による搦め手を交えるのはお見事です。しかしまだ荒い。私くらいの実力者になると、届きませんぞ」


 そう言って、倒れる俺に手を差し伸べたのは、息一つも乱さず汗もかいていない余裕な様子のルーズヴェルトさんだ。俺は素直にその手を取って起き上がる。


「俺もそれなりに鍛えてきたつもりなんですけどね。それにしても、今何をしたんですか? 訳もわからず倒されてたんですが」


「私が使ったのは相手の攻撃を受け止め、その威力をそのまま相手に返す、聖剣術の技の一つである――ナガシです」


ナガシ……」

 

 技の名を口にする。

 相手の攻撃をそのまま返す。なるほど、どうりで俺が倒れているわけだ。


「すごい技ですね。やっぱり経験の差でしょうか」


「ええ。それもあるでしょう。魔剣術は柔軟で自由な剣術ですが、その分実戦での経験を多く積まなければ上に上がっていくのは難しい。と言ってもこれはどんなことにも言えることではありますが」


「……それで、俺の今の実力はルーズヴェルトさんから見てどうでしたか?」


 俺は個人的に気になっていたことを聞いてみた。父さん以外に俺が剣を交えた人はこの人が初めてで、しかも父さんが認めるほどの達人。剣を交えるではなくとも剣技を見たことがあるカーミラや、前に助けた冒険家の三人はすごいと言ってくれたが、この世界での剣の頂の一端に触れている人たちからの率直な感想というのを聞きたかったのだ。

 そしてルーズヴェルトさん顎に手を置き考えるようなしぐさをする。


「ふむ、そうですね……。一概に実力というのは言い切れるものではありませんが、アルトリウス様の剣の腕は申し分ないレベルにあります。技の冴えや使うタイミング、一撃ごとの鋭さも王国聖騎士の上位者……いや、下位の『円卓』と比べても遜色ないと思います。ですが……」


「ですが……?」


「……問題は魔力や魔法。全体的に使い慣れていないまま無理やりねじ込んできているという感じがしてきます。練度もまだまだ。たとえタイミングが良くても、それが未熟な一撃なら真の強者には届きません。それらを踏まえると、ガレス様どころか下位の『円卓』の足元にすら及ばないというのが私の感想です」


「そう、ですか……」


 ルーズヴェルトさんからもらった言葉は実に厳しいものだった。そのことに声を落としながら言葉を漏らす。

 この世界で力をつけようと奮闘してから早一か月と少し。ガレスという、この世界最強クラスの剣士との修行と、カーミラとの魔法の修行で少しずつだけど強くなれているという自覚はあった。事実、先の一合でも魔法を用いることで戦況打開を試みることが出来たし、今までできなかったことが出来るようになっていた。それでもなお、俺の実力はこの世界の頂には遠く及ばないのだ。


「しかし、幸いなことにアルトリウス様はまだ若い。私やガレス様と比べても遥かに可能性があります。これから先、強くなる機会には多すぎるというほどに恵まれているはずです。ですから、気を落とさず一歩ずつ進んでいきましょう。そのために私や他の皆さまがいるのですから」


「……そうですね。これから、よろしくお願いします」



 それから、俺の聖剣術の修行は本格的に開始された。今回の剣のぶつけ合いはあくまでも現状の実力を直に測るためのもの。次の日からはもっときつい修行が待っていると笑いながら言っていたルーズヴェルトさんに戦慄しながらも、気を引き締めていこうと心に決めたのであった。



 そして、ガレスが旅立ってから三日が経ったある日、事件は起きた。









「住民が魔物に攫われた、ですか」


 そんな物騒な事件が俺たちのもとに届いたのは、早朝のことだった。

 

 三日前からの習慣となったルーズヴェルトさんからの稽古。それを始めるために修練場に向かっていると、ボロボロの姿の兵士が正門前で呼び止めてきたのだ。

 そこで話を聞くと、どうやらその兵士はここから北西の地点にあるここらでは一番大きな町であるラフォレから来たらしく、その町でに魔物の軍勢からの襲撃があり応援を求めにここまで何とか来たそうだ。

 そしてその話をルーズヴェルトさんにも共有するために、談話室で向かい合っている。 


「ゴブリンやその他の魔獣以外にも、このあたりでは見たことのない骸骨の魔物もいました。そしてあの統率力、おそらく上位魔族かそれに与するものが関わっているはずです。そうなると我々では対処しきれません」


「なるほど。たしかに、その場で殺さず連れ去ったとなると、裏に何者かがいてもおかしくありませんな……」


「はい。昨晩は偶然立ち寄っていた冒険者の方々も応戦してくれたのでなんとかなりました。しかし、今後のことを考えても、どうか領主様のお力をお貸ししていただきたいのです」


 夜の闇に紛れて現れた魔物に応戦し討伐、追い返すことには成功したものの、騒ぎによって生まれた混乱で逃げ遅れてしまった人たちが連れ去られたそう。

 見たことのない魔物や、裏に何者かがいるのを考えると、『円卓』の力を借りたいということらしい。たしかに確実性もあるし、賢明な判断だと思う。

 でも、残念なことに今は――。 


「……しかし、申し訳ありませんが、ガレス様は現在キャメロットの方まで出払っておりまして屋敷には居られないのです」


「そ、そんな……じゃあ、いったいどうすれば……」


 頼みの綱の聖騎士がいないと知り、希望を失ったかのように俯く兵士。頭を抱えた姿はまさに絶望そのものだった。

 この人がどんな光景を見たのかはわからないけど、そこまでひどいものだったのだろう。

 俺としては、ぜひとも力を貸してあげたいし、早くしないとラフォレの町の住民たちが犠牲になってしまう。だけど、俺では身に余る要件だと思う。


「お待ちください。何も助けをよこさないと言っているわけではありません」


 ということは、多分ルーズヴェルトさん自ら行くんだろう。


「ここにいる、アルトリウス様にそちらの応援へと向かってもらいます」


 ルーズヴェルトさんがそんな予想外のことを言う。すると、兵士の人も「え?」と素っ頓狂な声を出して俺の方を見る。ついでに俺も「え?」と声が漏れた。

 俺が行くのは別に構わないのだが、実力的にルーズヴェルトさんが行くものだと思っていた。


「いくらなんでもこんな子供に……」


「あまりこの方を見くびらないよう。アルトリウス様は、私はもちろんのこと、ガレス様も認める実力の持ち主です。そこらの魔物程度ならたやすく切り伏せるはずです」


 以前のルーズヴェルトさんからの評価は厳しいものだった。しかし、それはあくまでも『円卓』のメンバーや、他の聖騎士と呼ばれる人たちと比べたらの話。一般的なレベルで考えたら魔物相手でも十分相手できるというのが正確な評価なのだろう。


「ガレス様まで……? ……そこまでおっしゃるなら、お願いします。アルトリウス殿。どうか、我々にその力をお貸しください」


 ソファに座り直し、こちらを向く。そして真剣なまなざしでお願いするラフォレの兵士。

 俺は出来ることなら人を助けたいと思っているし、知ってしまった以上、見て見ぬふりなんてできない。何より、今回は人の命がかかっていて、急を要する。断るわけがない。


「わかりました。連れ去られた人たちを取り戻しましょう」



----


 ラフォレの町へ向かうための準備している最中。ある程度の武器や防具はあっちで揃えられるらしいので、俺は最低限の装備――鉄製の鎧に腰にはロングソードを備えている――を身に着け、それら一式を武具庫から用意してくれたルーズヴェルトさんに一つ質問をしてみた。


「あの、何でラフォレに向かうのがルーズヴェルトさんじゃなくて俺なんですか? あ、別に嫌だとかそういうのじゃなくて、単純に俺よりも適任だと思ったので」


「私はガレス様からの命で、魔族の侵略を防ぐ第一防衛陣としての役目がありますので」


 なるほど。あのとき『盾』と言っていたのはこの役目の比喩だったのか。たしかに、『円卓』がいない現状、新たに高い実力の人間をそこに置き、役目を任せるというのは納得だ。

 だけど、今回の事件を考えると――。

 

「……今回の騒動、魔族が関わっている可能性があるんですよね? 言っては何ですけど、それってその、まずくないですか?」


「……不甲斐ないことに。ですので、私は今から山脈にある魔界と人界とを隔てる壁に向かって、突破されていないかの確認をしてきます」


「わかりました。……一応の確認なんですけど、俺たちがいない間、ここが攻められるなんてことはありませんか?」


 正直に言ってそれが一番の心配事だ。

 俺とルーズヴェルトさんが、一時的とはいえ居なくなったとしたら、防御的にはかなり薄くなってしまう。そして屋敷に残るのは母さんにシロといった戦闘能力のない二人。

 今回の相手が確定ではないが、魔族という人間と敵対している勢力ならばなおさらそれが恐ろしい。

 『円卓』の家族ということもあり、狙われる可能性は十分ありえる。


「それに関しては私にお任せを!」


 俺が不安を口にすると、突如そんな声が聞こえた。

 俺の罪を赦してくれた一人の神様。この世界では俺の妹――カーミラだ。


「お嬢様が……ですか?」


 そう疑問を声に出したのはルーズヴェルトさんだ。まあ、仕方ないと思う。カーミラの実力を見たことがないのだから。……と言っても俺もちゃんとはみたことがないけど。

 というか、正直カーミラは俺についてくるものだと思ってた。


「はい。私が居れば大抵の魔物なら対応できますし……他にも気を付けておきたいことがあるので」


「安心してくださいルーズヴェルトさん。カーミラの魔法の実力は信用できます。任せておいても大丈夫だと思いますよ」


「ふむ……。アルトリウス様が仰るのであれば、そうなのでしょうな。ではカーミラお嬢様、無理はしない程度でお願いします。私も確認が済み次第、すぐに屋敷に戻りますので」


 ルーズヴェルトさんが屋敷にもどってくれるのならそっちは安心だけど、ラフォレで応援は望めないわけか。……いやいや何弱気になっているんだアルトリウス・ディモンド。俺はこの役目をルーズヴェルトさんから任されたんだ。一人でも十分事足りるということを証明しなければいけない。

 そもそも、魔物の軍勢程度倒せないようでは、この世界に来た目的――邪神の討伐なんて夢のまた夢だ。


「ルーズヴェルトさんがそっちに行ってくれるなら安心です。俺も自分の役割をしっかりとこなさないとですね」


「兄さんも無茶はしないでくださいよ? 危なくなったら命だいじに、ですからね」


「わかってるって。……それじゃ、急がないとだしそろそろ行きますか」


「ええ。そうしましょう」


 顔を見合わせお互いに出発の意を伝える。すると、


「二人とも、頑張ってください!」


 カーミラが屋敷の玄関から出る俺たちを笑顔で見送った。

 それから屋敷正門まで二人並んで歩いていった。正門前では先程の兵士が馬に乗って待っていた。


「それじゃ、僕はあの人とラフォレにいくので、ここでいったんお別れですね」


「気を付けて行ってください。くれぐれも油断だけはしないよう」


「わかってます。……それだけは絶対にないので」


 俺は余裕を見せることや多少の冗談を言うことはあっても、油断することだけは絶対にありえない。なにせ、前世では幼いころから常に戦場で戦っていたのだから。

 最強の剣士『鬼神』として各地で勝利し続けた俺は、自然と名が広まっていった。だからか、当たり前のように暗殺者に狙われるわ、決闘を申し込まれるわ、罠に誘われるわで毎日気を張って生きてきた。

 さすがに今はそこまででもないが、最低限、最大の注意を常に払っている。例えば、あの兵士が、腰に備えたロングソードで切りかかってこないか、森から突然魔獣や魔物が飛んでこないか、などだ。

 まあいくら何でもあり得ないだろうとは思えることもあるが、それくらいのことがあると注意だけはしておきたいというのが本心だ。

 最悪を想定して、最善の策を考える。これが俺が前世で一番学んだことだ。そして、今後も一番活用できるだろうことでもある。


「アルトリウス殿! 急ぎましょう!」


「はい、今行きます! ……ルーズヴェルトさんも気を付けてくださいね」


「ええ。……では」


 ルーズヴェルトさんは軽く一礼をする。俺もそれに倣ってお辞儀をする。

 そうして、俺とルーズヴェルトさんは別の方向へと歩を進めた。俺はラフォレの町への応援に、ルーズヴェルトさんは任されたものではあるが人界の『盾』としての役割を全うするために。



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