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罪の鬼神と過ちの女神  作者: 坂本 天
第2章 白銀の願い
11/33

白髪の少女、その名はシロ

 森でゴブリンから助けた白髪の少女を、とりあえず家に連れて帰ることにした。帰ってきたとき、ボロボロの少女を俺が連れてきたことにローザは困惑していたがすぐに受け入れ、急いで着替えやら手当やらの準備を始めてくれた。

 そして、その少女はというと、今はカーミラと一緒にお風呂に入れてもらっている。


「こーら。うまく洗えないのであんまり暴れないでください」


「うー」


 浴場の外で待っていると、そんなやり取りが聞こえてくる。どうしてか、カーミラは気分がよさそうで声色が高い。それに比べて、白髪の少女は現れるのを嫌がっているような感じだ。

 しかし、俺が助けた時には返事もしてくれないほど壁があったのだが、やはり女の子同士だと多少なりとも心を開きやすいのだろうか。

 

 それから少しして、

「兄さん、そろそろ出るので、タオルと魔法の準備お願いします」


「あいよ」


 返事をし、高い位置にある戸棚から二人分のタオルを取り出す。

 ここまでは何となく日常的な内容だ。しかし、問題はここから。

 魔法の準備。俺は、一か月の修行で適性である『火』と『風』はほんの少しではあるが使うことが出来るようになった。しかし、出力や規模といった魔力コントロールがうまくいっていない。そこで、カーミラの提案で日常生活に落とし込むという案があり、見事それが採用されたのだ。

 

「じゃあ、でますよ」


 思案していた俺をよそに、風呂場の扉は開けられ、解放された湯気と共に、二人の少女――否、美少女たちが姿を現す。

 

 片方は、青みがかった長い黒髪を頭上に束ね、風呂上がりだからかやけに頬が赤く見える。発展途上の体は、しかしながら確かな成長具合を感じさせ、紅潮した頬も相まって色気を感じさせる。

 一方、白髪の少女は先ほどと打って変わり、土にまみれて汚れていた体は、洗われたことによって白い肌を惜しげもなくさらしていた。その白い輝きは、それこそ、穢れを知らない処女雪のようだった。

 

 俺は出てきた二人にタオルを渡し――正確には、白い子が怖がってカーミラの後ろに隠れてしまったため、その分も含めてカーミラに渡した。

 受け取ってくれなかったことに残念がっていると、髪をふきながらカーミラが、


「怖がらせるようなことでもしたんですか?」


「心当たりはないんだけどな……」


「自分で気づいてなくても、相手がそう思っているということは往々にしてあります。これからは行動に気を付けないとですね」


「う……。そ、そうだな……」


 怖がらせる要素と言ったら、やはり戦闘だろうか。戦うときは目つきも変わり、雰囲気も変わる。もちろん、戦闘狂の方向にだ。

 そのうえ、自分の命を脅かしていた存在を、不意打ちとはいえ、いともたやすく剣の錆にしたのだ。こんなに幼い子からしたら恐怖以外の何物でもないだろう。


「兄さん。そろそろ」


 ある程度拭いた二人を前に、俺は「ああ」と短く返事をして目を閉じる。魔法で乾かすとは言ったが、それでも体に巻いたタオルは外さなければならない。妹や幼子の裸体といえど、二人も女の子だ。さすがに生まれたままの姿を見るわけにはいかない。

 それに、妹とは言ってもその正体は神様だ。裸を見たらどんな罰が下るか分かったものじゃない。ああ恐ろしや恐ろしや。


 そして、妹兼神様は最後の確認をする。

「見えてないですね?」

「うん」

「本当ですね?」

「本当」

「……実はちらっと薄眼で見ていたり……?」

「見てないから早くしろっ!」


 最初のうちは入念なチェックだったが、途中から調子に乗って、最後の方はいたずらっぽくそう言ってくるカーミラにしびれを切らし、俺は大声で叫ぶ。

 「あはは」というからかったような声と、無音の衝撃がこの着替え場で重なる。その後、俺の声に驚いたであろう白髪の子をなだめている妹の声も耳に届けられると、目の前でするすると布が肌からずれていくような音が鼓膜へと運ばれてくる。

 

「では、お願いします」


「――よし。いくぜ」


 魔力を使うために両手を前に構える。

 風呂上がりでは、二つの属性を同時に扱う。『火』と『風』だ。順序として、まず『火』で熱を発生させる。これも調整が必要で、加減を間違えるとこの家全体が一瞬で火の海に変わる。

 次に『風』。先程発生させた熱を『風』の魔力に乗せることによって熱風を発生させるのだ。『火』と同じように、加減を間違えるとこの場に暴風が巻き起こり、家ごと全部が吹き飛んでいく。

 なぜわかるのかって? それは、平原で魔法を使った時に経験したからだ。あの時は辺りの草木が一瞬にして燃え上がり、カーミラの助けがなかったら危うく死んでしまうところだった。


 今度はそんな失敗はしまいと意気込み、魔力を腹の中心から両手へと流し込む。片手だけなら調整もそれなりにうまくいくのだが、両手のうえ二種類の同時発動。これは相当難しい。


「く……っ」


 苦戦しながらも、まずは右手に熱を発生させるために魔力を込める。

 ――調整を間違えるな調整を間違えるな調整を間違えるな。

 心の中で念じながら、魔力の微調整を行う。料理にも共通して言えることだが、火加減は本当に大事だ。

 右手に集められた魔力は、手のひらを通して徐々に魔法としての形を帯びていき、やがて熱素として具現化された。


「よし――」


 右手の魔力を維持しながら、今度は左手の方へ意識を移す。

 次は『風』。これは『火』と比べると扱いやすくはあるが、一歩間違えると大惨事になりかねない。そのため、俺は『火』同様慎重に魔力をコントロールする。

 そして、俺の魔力に呼応するように、空間に僅かな渦が出現する。

 しかしまだ。わずかに『風』が弱い。二つの魔力の複合は全く同じ魔力量によってしか完成しない。だから、俺はもう少し左手に魔力を流し込み最後の微調整を行う。

 

 ――よし、ここだ!


 二つの異なる力が拮抗した瞬間、その二つを融合させ、新たな別の『魔』として世界に顕現させる。

 『熱風』。

 熱の力を帯びた魔の風は、二人の濡れた体を包み込み、少しづつ乾かしていく。

 この魔力の調整にも慣れてきて、熱風の熱量で部屋全体が暖かくなり始めたタイミングで、


「もう大丈夫ですよ」


 と、ふいに、完全に乾いたことを知らされる。


「ん? ああ、わかった」


 俺は魔力を解除し「ふう」と一息つく。

 今はまだ魔力の操作に時間がかかってしまっているが、日常的に同じようなことをしていけば魔力コントロールも自在になっていき、もっと強力な魔法が使えるようになるはずだ。


 そんなことを考え、閉じていた眼を開け――。


「あ」

「え」

 

 目の前に立つ妹と目が合う。その瞬間、脳みそがかつてないほど全力で回転し、魔力の操作に集中しすぎて忘れていた、目を閉じていた理由を思い出した。

 そうだ。ここは着替え場で、二人の女の子は裸なんだった。


「……」

「……」



 三人の間に静寂が訪れる。

 先のタオルを巻いた姿とは違い、今度は何にも邪魔されず、何の障害もない。二人の白い柔肌があらわになっている。

 カーミラは結っていた髪を前に下ろしており、その背中まで伸びた長髪が前に垂れているからか大切な部分は隠れているが、控えめなふくらみによって髪の中間で小さな山が築かれていて、それがかえって艶めかしさを感じさせてくる。


「……」


 白髪の子は、そもそもカーミラの裏に隠れていてあまり姿が見えないが、ちらちら見える雪のように白い肌が白光していてまぶしい。


 コメントとしてはまさに変態的だと自分でも感じているが、そう思うほど二人の体は美しい物であった。

 そんなふうに、つい見とれていると、俺の魔力によって熱せられた着替え場の空気が微かに冷えていくのを感じた。

 そしてもちろん、凍てつかせている者の正体は――。

「兄さん?」

 そう問うカーミラは笑顔だった。たしかに笑顔ではあったのだが、その目は全く笑っておらず、背筋が凍り付くような声色だった。

 そしてゆっくりとカーミラが右手を突き出し、魔力を発動させる。青白い光が周囲に現れ、この部屋の空気を凍てつかせる。

 そして次の瞬間。


「反省してください!!」


 巨大な氷撃が発生し、一室もろとも爆音とともに俺を吹き飛ばしていった。



----


 吹き飛ばされた部屋の修繕は後日専門の人が来てくれるだろうということで話は済み、今は自室で氷撃によって受けた傷をカーミラが治療してくれている。


「全く。女の子の裸を見るのは駄目だってことくらいわかりますよね? これに懲りたらしっかりと反省してくださいね!」


 強く念を押して言いながらも、先の魔法によって受けたダメージを治癒魔法で回復させてくれている。口調は叱るものではあるが、まるで子供に言い聞かせるような感じだった。


「悪かったって。不可抗力だったんだよ。それに、あんな強烈な魔法打つ必要なかっただろ」


「それは兄さんが全面的に悪いです。乙女の裸を見るのはどんな罪よりも重いんですからね」


 大げさすぎる罪の選定に「んなわけあるか」と心の中でつぶやく。

 もし、そうだとしたら俺の罪は一体どうなるのか、と心のどこかで考えてしまう。神様に背中を押され、ガレスに叱咤されても、俺の根本はやはり変わらないままだ。

 そんなふうに自分の過去のことを考えていると、ゆっくりと部屋のドアが開けられる音が後方から聞こえた。

 

「あ、あの……」


 その方向に、白い癒しの光を受けながら顔を向けると、ドアと壁の隙間を隠れるように、恐る恐る入ってくる小さな白い人影が目に入った。


「……」


 少女はぼさぼさに伸びきっていた髪を綺麗に切り整えられていて、とても可愛らしくなっている。


「その髪、どうしたんですかシロ?」


「シロ?」


 聞きなれない名前で、白髪の少女のことを呼ぶ妹にそう問う。


「はい。お風呂の時に聞いたんですよ」


「なるほど……」


 俺が森から連れ帰る時に聞いたらちっとも答えてはくれなかったのに……。

これが女神と鬼神の差かとしみじみと感じながら、僅かに心に傷を負う。それを吹き飛ばすように顔をぶんぶんと振り、言った


「それより、その髪切ってもらったのか?」


「……ん」


 俺の言葉にシロがこくりとうなずく。おそらく、切ったのはローザだろう。俺が修行に明け暮れて髪が伸びてしまった時にもわざわざ切ろうとしていたくらいだからな。こんなにかわいい子が、ぼさぼさな髪のままでいさせるはずがない。


「すっごくかわいくなりましたね! 兄さんもそうは思いませんか?」


 カーミラは喜びの声を上げながら駆け寄り、シロの頭を柔らかな胸に抱きよせる。そして、俺の方に同意を投げかける。


「まあ、いいと思うぞ」


 事実、森で拾ったときとは比べ物にならないくらい可愛げがあるように思える。

 隠れていた目元は、しっかりと現れ、大きな銀色の瞳が優しく開かれている。肩にかかるほど伸びきっていた後ろ髪は肩よりも上に揃えられていて、その幼い雰囲気に合った髪型だ。


「ですよね! よかったですね、シロ!」


「……うん」


 カーミラの一言に、シロは今までに見せたことのない、小さな微笑みを浮かべた。


 

----


「この子のことを知っている人はいませんかー!」


「名前はシロって言います、どなたか心当たりのある方はいらっしゃいませんか!」


 俺とカーミラは、シロの親を探しに村に出ている。一番、人の行き交いが多い、村の中心の刻限塔の辺りで大声で村人たちに呼びかけるが、いっこうに見つかるような気配がない。

 部屋での会話を思い出す。



 シロが部屋に入ってくるよりも少し前。俺とカーミラはシロについて話していた。


「記憶が、ない……?」


 カーミラが小さくうなずく。


「どうやら、あの森に入ってゴブリンに襲われる以前の記憶がほとんどないみたいです。覚えていたのはシロという自分の名前だけ……」


「そう、なのか……」


 それはまた、辛い境遇にいるなと思う。自分の名前は分かっているけど、どうしてこんな場所にいて、誰が頼れて誰を信じていいのか、何もわからない状況なんて、心細いにもほどがある。


 それに、あんなに小さな子供だ。寄り添ってあげられるような人物が必要で、それは、自分の肉親以外にあり得ない。だから、今俺たちにできることは――。


「なら、あの子の居場所を見つけてやらないとな」


「はい。この後、さっそく、村に行ってあの子の親を探してあげましょう」




 と、言うような感じで話は進み今に至る。

 しかし、どれだけ呼び掛けても、それらしい人は姿を見せない。


「近くにある村や町はここしかないはずなんだけどな」


 吐息と共に小さくつぶやく。

 こうなったら、ダメもとでも、もう少し遠くに足を運んで探すというのも考えないといけないな。

 そんなふうに別の案を考えていると、妙齢の女性がこちらに歩いてきた。


「あの……」


「はい、なんでし」


「はい! なんでしょうか!」


 遠くまで村人に声をかけに行ってたカーミラが全速力で駆け寄ってきて、俺の言葉にかぶせるように返事をする。

 その元気に少し驚きつつも、彼女は言葉を継ぐ。


「その、誰かをお探しなら村長のもとに行ってみては? あの人ならこの村の人は全員覚えているでしょうし、この村のことなら大体わかるはずです」


「本当ですか!」


「情報感謝します」


「役に立てたなら何よりです。では」


 そう言ってこの場を去る女性に、俺たちは感謝を込めてそろってお辞儀をする。


「では兄さん、さっそくその村長さんの下へ行きましょうか」


「ああ」


----


 村長の家の前に着いた俺たちは、ドアを二回ほどノックする。


「領主のディモンド家の息子のアルトリウスです。少し聞きたいことがあって、お時間よろしいですか?」


 それから少しして、ガチャリとドアが開けられ、無精ひげの男性が姿を見せた。村長のカリウスさんだ。


「アルトリウス君と、カーミラちゃんか。どうぞ中へ」


「失礼します」


 応じて中に入る。

 部屋はベッドやテーブル、料理のためのキッチンだったりと、一般的な様子だった。促されるままに椅子に座り、本題を話す。


「それで、聞きたいことというのは? アルトリウス君の頼みなら大抵は聞いてあげられるが……」


 前に倒したルイングリズリーという熊の魔獣は、昔から辺りの森に住み着き、しまいには主になってしまい村にもいつ被害をもたらすのかわからなかったらしく、倒そうにも、強すぎて被害が増える一方で対処に困っていたそうだ。

 そんなときに俺が討伐して、とんでもない感謝をしているのだとか。だから、こんな感じの返事をするのだ。


「森で白髪の少女がゴブリンに襲われているのを助けまして、その子、名前をシロっていうんですけど、それ以外の記憶が全くないんです。この村でシロの親を見つけて保護してもらいたかったんですけどなかなか見つからなくて、村長のもとに来たんです。何か知っていることはありませんか?」


 カリウスさんは顎に手を当て、しばらく思案する。


「いや、少なくともこの村の子ではないと思う。そもそも、白髪の子なんていたらわからないはずがない」


「そうですか……」


 落胆したように、カーミラが肩を落とす。


「ごめんねカーミラちゃん、力になれなくて」


「いえ、そんなことありません! この村の子ではないというだけでも貴重な情報です。ありがとうございます」


「俺からもお礼を」


 二人で頭を下げ謝意を述べる。すると、


「少し遠くの村や町にも聞いてみるから、これからも頑張って」


「――! ありがとうございます!」


 村長の気遣いに、再び感謝を伝えた。




 


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