出会い
その日の晩。
ガレスは館二階のバルコニーで深いため息をつきながら闇夜に浮かぶ月を眺めていた。雲一つない夜空は、ガレスの心のうちとは全くの正反対であったが、考え事をするのには最適な夜だった。
「まさか、あの子たちが予言の子だったなんてな……」
予言の子、というのは数年前に王都キャメロットであった予言にまつわることだ。その内容は、『闇の神が復活せし時、対する光の力がこの大地に生まれる。いづれ光と闇は交わり、このブリタニアの地に古の戦いが再来する』。
聞いた当初はピンとこない内容だったが、今となってはそれなりに分かったと自分なりに完結している。
「しかし、闇の神が復活せし時、か」
アルトリウスたちがこの世に生を受けてからもう一年が過ぎている。もし仮に予言の文言がすべてあっているのだとしたら、すでに邪神はこのブリタニアに復活していることになる。
しかしこれまでの生活でその前兆すらなければ、王都からの伝法もない。
それらのことを踏まえると、
「予言が間違っていた……? いや、すでに復活はしているがどこかに身を隠しているのか……?」
いづれにせよ、光の力であるアルトリウスたちのことを王都に知らせるのが得策であるに違いない。考えるのはそれからでも遅くはないだろう。
それに、アルトリウスとカーミラが何者であろうと、自分たちの子であることに変わりはない。少なくとも今は親子として、家族としての生活を大切にしていきたい。
そしてガレスは、伝書鳩に手紙を託し、その日の夜を終えた。
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一か月ほどが経過した。
早朝、俺は森で魔獣を狩りながら、剣と魔法の修行をしていた。ガレスが「対人戦闘も大事だが魔獣との戦闘にも慣れていた方がいい」と言っていたからだ。
前に戦ったルイングリズリーほどの魔獣はさすがに出なかったが犬のような魔獣に遭遇し討伐している。そしてこれがなかなか面白い。
魔獣の大きさは大型犬と同じくらいで、それでいて俊敏性もある。連携の取れた動きで常に死角から獲物を狙うハンターのような動きだ。そして、奴らの武器は尖った牙と爪。やはりこれもあの熊ほどの鋭さは無いが、当たったらかすり傷程度では済まないだろう。
「ふっ!」
攪乱しながら確実に攻めてくる魔獣たち。単体の強さでいえば確実にあの熊の方が強いだろうが、戦いづらさでいえばこちらの方が明らかに上だ。
しかし所詮獣。攻撃のパターンにそこまでの変化は無く、慣れてしまえば対応するのもたやすい。
複数の方向から同時に飛んできた犬型魔獣を、俺は連続斬りでその場に切り伏せる。
これを含めてもう十体ほど倒したが、視認できる範囲ではあと十数体は残っている。
俺は油断せずまた剣を構えなおし、ガレスから教わったあの技を使うために左手に握りしめた鉄剣に魔力を溜める。
しかし、
「――くっ」
魔力を溜めている間は無防備な状態になる。その隙を待ってくれるわけもなく、魔獣は容赦なく俺に牙を向ける。
この技は必然的に隙が生まれる。その隙をどうやってカバーするか、それを考えながら今こうして戦っているのだが、やはりなかなか難しい。溜めた魔力は一度放てばそれでおしまい。適当に撃ったところで、それじゃ何の意味もなさない。そこで、俺の出した結論は、
「だったら――ここだ!」
生い茂る木々の中、全方位に群がる犬の魔獣たちの位置を視認した瞬間、俺は空中に飛び上がり、高速回転しながら剣を振るう。その時、放つ魔力を一度ではなく振るった刃の回数に分けて斬撃を飛ばす。一発の威力は落ちるが、魔獣を倒すのには十分すぎる威力だ。飛ばされた斬撃は木々もろとも複数の魔獣の首を切り落としていった。
俺はその場に着地し、額の汗をぬぐう。
「ふうっ、いい調子いい調子」
あの技を見せてもらってから、俺はカーミラとの魔法の修行も欠かさずに日々を過ごしてきた。そしてその修行の過程でガレスの技を自分なりに改良することに成功したのだ。それがついさっき使った無数の斬撃だ。名前は考え中である。
次なる相手を求めて、目を閉じて意識を集中させる。今やっているのは周囲の魔力を知覚し、存在しているものの位置を確かめる『サーチ』だ。
この技術も修行の中で使えるようになったもので、魔眼の魔力を見るという特性を応用したものだ。自分を中心にある程度の範囲まで索敵することが出来る。最近覚えたばかりだからまだ慣れていないが、完璧に扱えるようになったら、この巨大な森一帯は索敵できるだろうとカーミラが言っていた。
「――ん。これは……」
『サーチ』にかかった反応は複数あった。その中でも特に気になるものがあった。姿かたちまでは細かく分からないが何となくで輪郭は見えてくる。そして映し出されてきたのは、森を走っている小さな人影と、それから少しばかり離れたところに同じく複数の小さな人型の影。複数の影が追いかける形だ。
魔力の種類から考えると単独の方が人間で、複数の方が魔物。状況から考えるとどうやら幼い子が森に迷い込んで魔物に襲われているようだ。
「まずいな……」
距離としてはそこまで離れてはいない。身体強化を使えばすぐにつけるはず。問題はそれまでに幼子が攻撃されないかだ。
俺はできる限りの速さで森を駆け抜ける。ルイングリズリーの時はあくまでおおよその方角しか分かっていなかった。だが、今回は距離も方角もほとんど完璧に把握できている。だから、周りにも注意を向けながら走る必要がなく、その分到着するまでの時間が明らかに早い。この調子なら間に合いそうだ。
一分もかからない間の疾走をし、ついに『サーチ』の対象を発見した。いや、ここは追いついたというのが適切だろうか。
逃げるまでの結果なのだろう、泥にまみれたボロボロの服を着た、肩ほどまで伸びた白髪の女の子が、棍棒をもった三体の緑色の小人――ゴブリンに岩壁を背に座り込んだ状態で追い詰められているというのが現在の状況だ。
俺はすかさずその場に走りだし、鞘から剣を引き抜く。対象は三体、いずれもこちらに気づかず背を向けている。これなら接近し制圧するのはたやすい。
俺は障害物となっている木々を足場に飛びながら近づき、ゴブリンの頭上から落下し剣を振り下ろす。
「ギギィ!?」
斬られたゴブリンは奇声を上げ、その場に崩れる。そして一体目を仕留めた勢いのまま、残りのゴブリンも二振りで切り伏せる。
その後、安全確認のため、『サーチ』を発動し、近場に魔物や魔獣がいないことを確認する。
そして、女の子の方へと体を向ける。少女は大きな銀色の瞳でこちらを見つめている。その表情から読み取れるのは警戒の色だ。だから、俺は安心させられるように出来る限りの優しい声色で、
「安心して。もう、大丈夫だから」
と手を差し伸べた。




