婚約破棄の代償
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「アンジェリーナ、貴女との婚約を破棄する。そして、マリアと婚約することを宣言する」
私はこの国の王太子である。
私は、この卒業パーティーの場で、長年の婚約者である公爵令嬢であるアンジェリーナに婚約破棄を突きつけた。
このアンジェリーナという女はとても生意気である。
私よりも勉強が出来、いつも何かと私に向かって小言を言ってくる。
いや、アンジェリーナだけでなく、私の側近である宰相の息子、騎士団長の息子、外務大臣の息子もアンジェリーナと同じくらい小言を言ってくる。
『リック様、言動には気を付けてください』
『貴方の何気ない一言で、多くの人の人生が狂ってしまいます』
『リック様は多くの人の命を握っていることを自覚してくださいませ』
『感情に任せた言動ほど、時が経つほど後悔いたします』
など、毎日似たようなことを、アンジェリーナと側近たちは私に話す。
もう、うんざりだ。
そんな時、マリアに出会った。
マリアはとある男爵の庶子であった。
マリアの母の死をきっかけに、マリアは男爵家に引き取られることになった。
マリアは何事にも一生懸命だった。
それでいて、笑顔をいつも絶やさなかった。
その笑顔を私だけの物にしたかった。
そのためには、結婚するしかないと思った。
アンジェリーナは強い。それに公爵家という権力を持っている。私と婚約破棄をしても新しい婚約者なんてすぐに見つかる。
だけど、マリアには私しかいない。
卒業パーティーで婚約破棄を行うアイデアは直ぐに思い付いた。もちろん、側近たちには相談しなかった。きっと婚約破棄を止めようとするから。
そして、今日は待ちに待った卒業パーティー。
私は意気揚々とアンジェリーナに婚約破棄を突きつけた。
「何事ですか」
静まり返る卒業パーティー会場に凛とした声が響いた。
「女王様……」
アンジェリーナが声の主を見て、つぶやいた。
卒業パーティー会場に現れたのは、私の母親である女王。
母は史上初の女王だ。いつも凛としている母を尊敬している。
「女王陛下、私はアンジェリーナとの婚約を破棄し、新たにマリアを婚約者に迎えたいと思います!どうか許可を」
私は母である女王陛下に膝を突きマリアとの婚約を願った。
「いいえ、許可しません。リック及び男爵令嬢マリア、貴方たちは格式高い卒業パーティーを台無しにしました。沙汰があるまでそれぞれ謹慎することを命じます。アンジェリーナ及び宰相令息達。其方たち4人は今すぐ王城に来なさい。女王の命により、今回の卒業パーティーを中止する」
衛兵に促され、私は王宮にある自室に帰らざるをえなかった。同じく衛兵に帰宅を促されたマリアは、いやマリアだけでなくアンジェリーナと側近たちを含めた5人は、顔を青くしていた。
翌日、王宮にある母の執務室に呼ばれた。そこで私の処分内容を聞いた。
私の処分内容は以下の通りだ
①学園の卒業資格のはく奪
②1年間の謹慎。王宮からの外出禁止。1年間真摯に王太子教育を受けること。もちろん外部と接触することも禁止
③1年後、再び学園に通い卒業資格を取ること。
以上の3つだ。
私はこの決定を受け入れた。1年間我慢すれば、元の生活に戻れる。また、マリアに会える。
私はこの時そう思っていた。きっとマリア達5人も同じような処分内容だと思っていた。
1年後、私の謹慎処分が解かれた。
私は2回目となる最終学年を迎えた。
和気藹々としている教室に入ると、一瞬して教室は静まり返った。
生徒たちは私のことを窺うように見ている。
私と生徒たちは2歳も年が離れている。それに加えて、私は王太子である。私をどう扱えばよいのかわからないのだろう。
まあ良い。これから私の方から話しかけ距離を縮めればいい。
そう思いながら、私は席に着いた。
学園に登校を始めて1週間経ったが、私の学園生活2回目は決して順風満帆と言えない。
学校の授業についていけないわけではない。2回目の最終学年ということもあり、またこの1年間みっちりと王太子教育を受けていたため、授業はとても簡単である。
他の生徒たちとの距離が全然縮まらないのである。別に無視されているわけではない。皆挨拶をしてくるし、こちらから話しかければ、言葉を返してくれる。グループ活動を行ったときは同じグループメンバーで熱い議論を交わした。
クラスメイト達は最低限の接触しか私にしてこない。私に挨拶をした生徒に話しかけようとすると、足早にその場を去り、話しかけた生徒は緊張した面持ちで最低限の言葉しか返してこない。授業中どんなに熱い議論を交わしても、授業が終わるとすぐに私の側を離れる。
嫌でも分かる。私が生徒達に嫌われていることに。いや、嫌われているというよりも恐れられているという方が正しい。生徒達が私を見る目には、いつも恐れの色が浮かんでいる。
なぜ、恐れられているのか理由は分からない。そのため、私と同じように学園に復帰した側近たちに理由を尋ねようと探した。しかし、側近たちの姿は見えなかった。側近たちだけでない、アンジェリーナとマリアの姿もなかった。どんなに探しても姿の無い5人について、教師に尋ねた。どの教師に尋ねても同じ答えが返ってきた。
「もう、王太子には関係のない人たちです」
そう答える教師たちは、悲しみと怒り、そして憐れみを含んだ顔で私に言う。
私は教師たちが浮かべるその表情に不安になった。一刻もこの不安を解消したくて、授業後急いで一番仲の良かった宰相の息子モーリス宅へ向かった。
宰相宅に着き、宰相宅の門番に「モーリスに会いに来た」ことを告げると、門番は教師たちと同じ表情を浮かべ「モーリス様はいらっしゃりません。お帰りください」と私に言った。
モーリス宅を追い返された後、私はすぐに騎士団長宅と財務大臣宅を訪れた。しかし、モーリス宅と同じように追い返された。
私はその足で、マリアの家を訪れた。愕然とした。マリアの家は廃墟となっていたのだ。
私はとても怖くなった。
その場から走り逃げ出した。
無我夢中で走っていると、いつの間にか通いなれたアンジェリーナの家の前に立っていた。公爵宅の門番は私の姿を見ると、教師や宰相宅の門番とは違い、怒りに満ちた目を私に向けてくる。
「この人殺し!!」
門越しに私を罵る声がした。声の主は今年13歳になるアンジェリーナの弟である。
なぜアンジェリーナの弟が私を罵っているのか理由が分からなかった。理由を聞こうと声を掛けるも、アンジェリーナの弟は、繰り返し私を「人殺し」と罵るばかりである。
「レイ!止めなさい」
アンジェリーナの弟を止めたのは、門番が呼んできた公爵夫人だ。
公爵夫人がアンジェリーナの弟を抱きしめると、アンジェリーナの弟は泣き崩れた。私は公爵夫人に声を掛けた。ここで公爵夫人に声を掛けなければ、誰も私の疑問に答えてくれないと思ったからだ。
公爵夫人は私に冷たい視線を向けた後、ため息を一つ吐いた後私を屋敷に迎え入れてくれた。アンジェリーナの弟は気に食わないのか、私を睨み付ける。
私は、サロンに案内された。歓迎されていないのか、お茶が出されることはなかった。
公爵夫人は私が口を開く前に、私が起こした婚約破棄騒動の後に起こったことを話してくれた。私はその話を聞いて愕然とした。
マリア・アンジェリーナ・モーリス・騎士団長の息子のテリー・外務大臣の息子のウィリアム。この5人はあの騒動のあと女王により処刑されていた。
マリアは断頭台で処刑された。側近だった3人は絞首刑。アンジェリーナは母により毒杯を賜わっていた。
私は急いで王城に向かった。そして、執務室にいた母に問い詰めた。なぜ、あの4人を処刑したのかと。
「あの男爵令嬢は貴方を誘惑しました。アンジェリーナは貴方の心を引き留めることができませんでした。そして、あの側近3人は貴方の婚約破棄を止めることができませんでした。だから処刑しました」
母は手を止め、私の顔を見ながら答えてくれました。
「マリアは私を誘惑などしていません。ただ、私がマリアを好きになり、マリアとの婚約を望んだだけです!!」
「だからです」
母はため息をつきながら答えました。
「貴方とアンジェリーナの婚約は、私が決めました。貴方はそれを勝手に破棄しました。貴方はいつから私より偉くなったのですか?」
母の言葉にぐうの音も出ない。確かに私とアンジェリーナの婚約は私たちが8歳の時に母が決めたことだ。しかし、だからと言ってそれがどうして4人の処刑につながるのが分からない。
「いいですかリック。王は間違えてはいけないのです。それは王太子である貴方も同じです。王や王太子の間違いを防ぐために、配偶者や側近たちがいるのです。そのことを貴方は分かっていますか?」
『王は間違えてはいけない』
それは幼いころから、母が何度も私に言い聞かせてきた言葉だ。アンジェリーナと側近たち3人も何度も私に言っていた。
「貴方は私が決めた決定、つまり王命に逆らいました」
母のその言葉に背筋が冷たくなった。アンジェリーナとの婚約破棄がここまで大事になるとは思わなかった。
「も、申し訳「リック、謝ってはいけません」
反省の弁を述べようとしたら、母に止められた。
「謝罪するということは、自分の過ちを認めることです。いいですか、リック。何度でも言います。王は間違えてはいけません。王が行うこと、発する言葉、その全ては正しくなければいけません。王が行うこと全ては正しいことなのです。決して謝ってはいけません」
母はそう言うと立ち上がり、私の前まで歩き私を抱きしめた。
「リック、今回の婚約破棄……王命を破った件について貴方は何も悪くありません。貴方を止められなかった、あの5人が悪いのです。だけど、安心しなさい。全ての元凶である、あの5人は母がきちんと処分しました。間違いを犯したあの5人は、もういません。大丈夫です。次はきちんと貴方を正しく導いてくれる側近を準備します」
母の言葉に、私は涙を零した。
私のせいで処刑されてしまった5人を思って涙を零した。私が王太子である限り、アンジェリーナたち5人に謝ることなどできない。
それから、私は執務に打ち込んだ。学園へは卒業単位のための最低限しか通わなくなった。学園に行ったときは、生徒たちとは最低限の会話しか行わなくなった。すると生徒たちはあからさまに安堵の表情を浮かべた。
そのうち、母が選んだ新たな側近たちが私の元を訪れた。やって来た側近たちは皆怯えた表情をしている。私は学園の生徒たち同様距離を取った。
側近たちは、王城で出される料理を食べるたびに腹痛と嘔吐を繰り返し、私の側近を辞任していった。それから、何度も私の側近は選ばれた。しかし、その度に側近たちは激しい腹痛と嘔吐に襲われた。側近たちの辞任が5回を超えてからは、側近が私に付くことはなくなった
学園を卒業した後、母が選んだ新たな女性と結婚した。彼女は遠方の国の第三王女だ。末っ子だった彼女はとても自由奔放で我儘な女性だった。
1年後、彼女は男の子を出産した。彼女は産後の経過が悪く王都から離れた避暑地で暮らすことになった。それでも彼女の体調は戻らず、ついに彼女は自国に戻ることになった。子供は母が育てることになった。
私が母から王位を継いで30年後、私は病に倒れた。私は倒れてからすぐに子供に王位を譲渡した。
今日は息子が新たな王となるめでたい日。にぎやかな音楽が遠くから聞こえる。
今日は私が「王」から解放されるめでたい日。
だから……
「すまない、アンジェリーナ。マリア、モーリス、テリー、ウィリアム。本当にすまなかった」
私は1人、寝室のベッドの上で5人に謝った。もう、王から解放された私はやっとあの5人に謝ることができる。
「ごめん。本当にごめんな」
私は死ぬ間際まで、5人に謝り続けた。




