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第9話。天ぷらを作ろうとしたミシャがケガを負ってしまう。ルイに宥められる鞠絵だが、ミシャの容態は!?

第9話です。

「うわあん、おかあさん!おかあさん!!誰か助けて!!」

 皆が仕事に出ているか家の中で仕事をしているかの昼間。

 静まり返った通りに子供のけたたましい悲鳴が響いて、私は編み物をしていた手を留めた。

 なっなに!?どうしたの!?

 っていうか、今の声はケリーじゃなかった!?

「たすけて、誰か助けてよう!!おかあさんとキアが死んじゃう!!」

 そうだ、ケリーだ。

 私は編み物をテーブルに放り出し、椅子を蹴って立ち上がった。ドアを開けるのももどかしく、近所であるケリーの家の前まで急いで走っていけば、すでに数人の女性たちがケリーを取り囲んでいた。

「どうしたんですか!?」

「マ・リエ!!」

 わあん、と泣きながら、ケリーが他の女性を押しのけて私に抱き着いてきた。その全身は激しく震えていて、腰に抱き着いてくる力の必死さに、何か起こったことの重大さを知る。

「どうしたのケリー、泣いてたらわからないわ!」

「お、おかあさんが…!キアが…!助けてマ・リエ、こっちに来て!」

 ケリーの声に驚いて集まってきていた女性たちと一緒に家の中に入った私は、悲惨な状況を目にして言葉を失った。

 台所のかまどの前に倒れたミシャ。その下で泣き叫ぶキアの声。

 ミシャの近くには鍋が落ちていて、中身が零れている。

 この匂い…まさか、油が入った鍋をひっくり返したの!?

 ぞっと背筋に寒いものが駆け上がる。私は走り寄ろうとして、鍋の中身…油のほとんどが、キアを抱き締めて覆い被さっているミシャの首から背中にかけてかかっているのを見た。

 きっとキアをかばったのだろう。

「ミシャ…!」

 ひどい。

 触ろうにも、未だ油の温度が高いらしくて触れない。辺りには熱せられた獣の油の匂いと共に肉が焦げる匂いも立ち込めていて、一緒に入ってきたご近所の女性たちが悲鳴を上げた。

「ミ、ミシャ!お湯を被ったの!?」

 駆け寄ろうとする女性を必死で止める。

「待って、寄らないでください!煮立った油を被ったんです、まだ熱いから近寄ると火傷をしますよ!」

「に、煮立った油、ですって…!?どうしてそんなものが」

「と、とにかく私、皆を呼ぶわ!風魔法を使えば、畑にいる人たちも呼べるから!」

「お願いします」

 ミシャを運ぶにしても人手が…特に男性の手が必要だ。

 とにかく、早く冷やさなければ。今すぐに。

「皆さん、すぐに井戸水を汲んできてください!患部を冷やします!」

「火傷なら冷やすのが一番ね、わかったわ!」

 出て行った女性たちが各々の家からバケツを持ってきて、次々に井戸水を汲んで持ってきてくれた。私はそれをゆっくりとミシャの背にかける。床はひどいことになってしまうが、今はそれでころじゃない。

 油の温度が下がると他の女性たちも近くへ呼んで、皆で水をかけながら、私は恐る恐るミシャを覗き込んだ。顔は綺麗だったけれど、その眉はきつく寄せられて苦悶を示している。うつ伏せに倒れて気絶している彼女が強くその腕に抱き込んでいるのが、しゃくりあげ泣き続けているキアだった。

 その頬には油が飛び散っていて、白くて柔らかい肌に痛々しく焦げついている。

 私は泣いているキアの頬の火傷にも水をかけ続けた。少しでも跡が残らないといいのだけど…。

 そうしながら私はキアを覗き込み、泣き叫ぶ彼女をなだめようと声をかけた。

「キア!キア、大丈夫?私よ、鞠絵よ、皆が来たし今お水で冷やしているから安心して。危ないからそのままじっとしてるのよ」

「お、おか、おかあさん、うわあん」

 煮立った油を被ったのならひどい火傷をしているはず。ミシャが着ているのは薄手の生成りのワンピースで、油ですっかり背中に貼りついてしまっていた。恐る恐るファスナーに手を伸ばしてみたけれど、油がべっとりとくっついていてツルツル滑る。

 どうしよう…とにかく脱がさなくちゃならないけど、こんなひどい火傷は見たこともない。直接かかったらしき背中もだけど、飛び散った首筋も赤くただれていた。無理に脱がしたら皮膚が剥がれてしまうかもしれない。

 どちらにしろ救急車案件だけれど、この村に救急車が来てくれるわけもないし…。

「ちょっとどいておくれ、ミシャ!これはひどい…!」

「先生」

「先生、ミシャを助けてください!」

 皆が口々に呼ぶところからして、人々をかき分けて出てきた人はこの村のお医者さんのようだった。

 茶色の髪にブラウンの瞳、額には白い角のついた男性だ。その後ろには、やはり同じような色の髪と瞳の色をした、看護師さんらしい女性が二人ついてきた。

「どうしたんだね、これは一体…」

「熱した油を背中や首に被ったんです。ひどい火傷です。まずは冷やして服を脱がせなければと思うんですけど、ぴったり貼りついて脱がせられなくて…下には娘さんのキアがいて、彼女は頬に火傷をしています」

 私が説明をする間にも、キアは泣き叫び続けている。彼女の小さな手が母親の背中を抱こうとするのを、私は止めた。

「キア、お母さんの背中は今痛いから、触らないでいてあげて」

 するとキアは細くすすり泣き始めたので、私は彼女の金色の頭を撫でて少しでも宥めようとしながら話しかけ続けた。

 ミシャのほうは、そろそろとファスナーを下ろしたドクターが、眉をしかめて首を振る。

「駄目だ、すっかり服に貼りついてしまっている。これは麻酔をかけて手術をしなければならないな」

「おかあさん、ごめんなさい、おかあさん…」

「とりあえず診療所に運ぼう。一応担架を持ってきているから、皆手を貸してくれるか」

「はい」

「はい」

 畑仕事から戻ってきた男性陣の数人が進み出てきて、背中に触れないようにミシャを抱えあげて担架に乗せ、運び出していった。彼女の手から離されたキアは泣きながらよちよち歩いて母親にすがりついたが、戻ってきたザインが抱き上げて診療所へ運ぶべく出て行く。

 私は鍋の転がった床の惨状を振り返った。

 私のせいだ。

 きっとミシャは家族のために、お昼ごはんに天ぷらを作ろうとしたのだろう。ダイニングテーブルの上に置いてあるもうカットされた食材や、すでに出来ている天ぷらの衣を見れば一目瞭然だ。

 もうこれから揚げようとしていたのなら、天ぷら油の温度は百七十度以上のはず。そんな高温になるものを扱うのに、私は作り方を教えただけで、危険なことを何も伝えてなかった。気を付けてねとは言ったけど、ただそれだけだった。

 もっと、油を扱う際の注意事項をきっちり伝えるべきだったのに。

 あんなにお世話になった家族に、なんてひどいことをしてしまったのだろう。

 私は唇を噛んで拳をぎゅっと握り、部屋に立ち尽くした。

 その時。

「マ・リエ。大丈夫か?」

 やはり畑仕事から風魔法でメッセージを受け取り、戻ってきていたのだろう。戸口には白髪のルイが残って、私に声をかけてくれた。

「…ルイ」

 部屋の中には、私と彼の二人きり。残りは全員診療所に向かったから。

 だからかもしれない。 

 それどころではないのに、つい気が緩んでしまったのは。

「わ、たし」

「どうした、大丈夫かマ・リエ」

「わたしの、せいなの」

「え?」

「ほら…天ぷら。あなたのところにもお裾分けしたでしょう」

「ああ」

「あれをね。ミシャに教えたの。それで、残りの油もあげたの…ミシャはそれを使おうとして、どうしてかはわからないけど鍋が引っくり返って…多分キアを庇おうとして、ミシャが高温の油を被ったんだわ。私が…ちゃんと、教えておかなかったから。私が…責任をもって教えなくちゃならなかったのに…それなのに…だから」

 気がつくと、私は長身のルイに抱き寄せられ、その腕の中にぎゅっと抱き締められていた。

「…お前のせいじゃない」

「でも」

「泣くな、マ・リエ。…泣くな」

「わたし」

「お前のせいじゃない。油を被ったとしてもそれは、キアやミシャの責任だ。ミシャはトンカツをお前の家で作ったのだから、油が高温になることなんて分かっていたじゃないか。お前のせいじゃない、だから…泣くな、マ・リエ」

「…ルイ」

 温かい。

 私を慰めようとするルイは一度ぎゅっと私を抱き締めてから力を抜き、そっと背中をさすってくれた。

 だから私は今やるべきことを思い出すことができた。

「ありがとう、ルイ。もう…大丈夫」

「…そうか。オレのほうこそ、すまない」

「え?何が?」

「…その…お前の合意もなく、いきなり抱き締めたりして。悪かった、お前が泣いてるのを見たらつい…」

 なんだ、そんなこと。

 純粋なんだなあ、ルイは。ユニコーンだからかな?

「ううん、いいの。おかげで落ち着いたわ。私も診療所へ行かなくちゃ」

「オレが場所を知ってる。行こう」

「うん」

私たちは診療所に向かって走り出した。ルイが案内してくれるまでもなく、皆が行ったほうへ走っていけば診療所はすぐにわかった。

 その周りにはたくさんの人々が、心配そうに集まっていたからだ。

「マ・リエ」

「サラ」

「大丈夫?顔が真っ青よ」

「私の…私のせいなの。ごめんなさい」

「何を言ってるの。ほら、中に入って。ミシャは背中をもう少し冷やしたら処置を始めるって。その前にキアと話してやって」

 診療所の中は、考えていたより近代的な道具も揃えられていた。これらも街で調達してくるのだろう。聞けば薬草と魔法を使った全身麻酔での手術も可能とのこと。ドクターは一人だけだけど、看護師さんも含めていずれも街で医学を学んできた村出身の人たちだそうだ。

 ザインに抱き着いているキアは、看護師さんに頬の火傷の治療を受けていた。痛いのだろう、未だに泣き続けている。

「キア」

「マ・リエおねえ、ちゃん」

「キア、怖かったね。痛いよね」

「…うん。でも、あたしなんかよりおかあさんが」

「何があったか、話してくれる?」

 するとキアは大きな青い瞳にみるみる涙を盛り上がらせて、しゃくり上げ始めた。(続く)

第9話までお読みいただき、ありがとうございます。

次回は鞠絵さんがミシャのひどいケガを癒せるのか?

更新は明日のお昼になりますので、また読んでいただけましたら嬉しいです。

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