第84話。只人の国として栄えた古代アトラス帝国と女王ヴァレリアの成り立ち、そして世界のほころびとは。
第84話です。
「この世界は混じりものの動物側の始祖がいた魔力の高い世界と、人間と獣のいた魔力のない世界とが、虚無の世界に吸い寄せられて互いにくっついたんですよね。そしてそのくっついた部分がちぎれて残ったのが、今のこの世界であり、虚無の世界…つまりほころびが漏れ出てくる世界は常に裏側にある…と」
「そうです。その際に魔力によって動物と人間が融合したものが混じりものなのでございます。融合することもできなかった、あまりにも弱く力のない人間を神が哀れんで、瘴気や邪気から結界を張り守ってやった者たちが只人であり、古代アトラス王国はその一つでした」
なるほど、ヴァレリア様はその王国の女王様だったのね。
「一万年の昔の話でございます。ピンクブロンドの髪と金の瞳をもつ、大変美しい方であったと伝え聞いております」
わあ…それは綺麗だっただろうなあ。
私と同じように想像したのだろう、ユニコーンたちとタニアがほう…と溜め息をつく。
「古代アトラス王国は一万年前にこの世界ができ混乱していた時期に、開いたほころびから漏れ出る瘴気に侵されて瀕死の状態でした。多くの民を避難させ、城に最後まで残っていたヴァレリア様とその側近らは瘴気に侵され、余命いくばくもありませんでした。その時、当時最も力を誇っていた金竜にほころびを封じる力を与えるべく、神は魂の力の強さに惹かれてヴァレリア様とその側近たちに、竜との混じりものとなるよう話をもちかけたのです」
どのみち余命の少なかった彼らは、それでほころびを閉じる力を得られるならば…家族や友人を助けることができるならと、全員がその提案に頷いたのだという。
しかし城を出た彼らが振り返った時、彼らの背後に神が結界を張ったために、民のもとへ戻ることは二度とかなわなかった。
結界はその後消えたのだが、その間に女王を失った古代アトラス王国は、食料を巡る只人の小国同士のつぶし合いによって、数年とたたずに滅んでしまったからだ。
結界が消えた後、かろうじて生き延びていた一人息子に出会ったヴァレリアは、彼にそのウロコを一枚与えた。彼は子孫代々、それを受け継がせたそうだ。
王国のあった場所は長い間瘴気が消えるまで使い物にならず、何世代かたって神金竜と聖銀竜によって土地が浄化された後に、光竜がその封印を守り領域としていたが、建国の王が神金竜であるヴァレリアのウロコによるほころびの封印の管理を条件に、土地を譲り受けて今の帝国を築いたのだとか。
その時の建国の王は只人ではあったけれど、ヴァレリアのウロコを受け継いだ立派な人であったらしい。
もし今の皇帝もウロコを受け継いだ人なのだとしたら、その王様とは段違いだな…。
只人についてはわかったわ。あと聞きたかったことは。
「それと…ほころびについて、詳しくお聞きしたいんです」
おばば様はまっすぐに私の目を見つめた。
「あなた様は知っておく必要がありますな」
「はい。私もそう思っています」
それでは、とおばば様は語った。
「私の知る限りのことをお話いたしましょう。世界の成り立ちの伝承にあるように、この世界には虚無の世界が張り付いており、空間が溶かされるようにほころびが生まれると考えられております。この世界に張り付いているその世界は虚無に覆われており、生命は存在していないと考えられています。ほころびを放っておくと裂け目が大きくなり、この世界を侵食していき、やがてこの世界は引き裂かれ、虚無に飲み込まれてしまうということです…」
「虚無に…」
「これは確定ではございませんが、ほころびは生命の多いところに限って現れるといわれています。まるで生命を滅ぼすために現れるかのように…」
私の脳裏に、どろりとした真っ黒な虚無がほころびからあふれ出てきて、私の知っている大切な人々を飲み込んでいく様子が浮かんだ。それはとても恐ろしい想像で、人々は悲鳴をあげることもなく黒く染まって崩れ落ちてゆく。
「………」
その考えにぞっとした私は、己が肩を両腕でぎゅっと抱え込んだ。その私の後ろから長い手が伸びてきて、私をそっと抱き締めてくれる。 ルイだ。
私はほっとして、肩の力が少し抜けるのを感じていた。そんな私の両脇にサラとタニアが寄り添ってきてくれて、ルイの背後にはダグの気配も感じる。
ああ…あたたかい。
これが、生命のあたたかさだ。
これを失わせてはならない。
「うん」
そうだ、勇気を出そう、鞠絵。
私には心強い仲間たちがついていてくれるんだ。
怖いけれど、私には成すべきことがある。それを成し遂げるまでは、止まることはできない。(続く)
第84話までお読みいただき、ありがとうございます。
虚無とはなんと恐ろしいものなのでしょうか。
また次のお話も読んでいただけましたら嬉しいです。




