第79話。一人なのを幸いに、ナギに語り掛ける鞠絵。ナギに言いたかったこととは?
第79話です。
「…あ」
気づくと、私は清潔なベッドに横になっていた。小さめの部屋には誰もいない。枕元の棚には水差しが置かれていて、その横にはいい香りのするお香が焚かれており、ベッド脇の窓からは夕方の陽が差していて、まだ夜ではないことが知れた。
私の頬には涙が伝っていて、私はそっと袖口で水滴をぬぐった。
まだ、あの姿が目に焼きついている。あの声が、耳に残っている。
一人なのを幸いに、私はそっとナギに語り掛けてみた。
ナユのことだけでなく、言いたいことがあったので。
ナギ。
ナギ、起きられる?
『…大丈夫だ。どうした、マ・リエ?』
心なしかその声と瞳が濡れているように感じて、私はできるだけ優しく囁いてみた。
さっきの…ナユのウロコの記憶、一緒に見たよね?
『ああ。姉上の姿と声。懐かしかった。カルダットがあのウロコをくれて、そなたがそれを持って眠ったからこそ見られたのだ。二人には、感謝している』
あんなふうに記憶をこめたウロコが、まだあるって言ってたよね?
『ああ、そうだな』
探そうね。また一つ、目的が増えたね。
すると私の中でナギは、そのローズクォーツ色の瞳を細めた。
『姉上の記憶を見れば、もっとたくさんの情報を得られるだろう。探すべきだな』
うん。それもそうだけど。
それだけじゃなくて。
ナユの姿と声に、また会えるんだよ。
楽しみだね。
ナギはそれを聞くと首を持ち上げ、遠くを見つめるように顎を上げた。
『…ああ…そうだな…』
それから、もう一つ話したいことがあるの。
ナユのタマゴを見た時から思っていたことだと言うと、ナギは私をまっすぐに見つめてくれた。
あのね。ナギ。
『なんだ』
ごめんね、ナギに家族がいるってこと考えてなかった。
一万年もたって誰も知らない場所にきて、知ってる人もいなくなっていて、とてもとても寂しかったよね。
私ばかりいろんな人と知り合いになって、仲良くしてもらって、大切にしてもらって。
そんな中、ナギはひとりぼっちで寝てたから寂しかったよね。
ごめんね。
するとナギは優しい声でこう言った。
『何を言う。我のことを誰も知らないわけではない。そなたがいたではないか。それにそなたに向けられた好意の一部は、我に向けられたものでもあると思っていた。違うのか?」
違わないわ、その通りよ。
皆が私を聖銀龍と崇めるのは、あなたに対してのものだと思ってるもの。
『いや、我とそなたは一心同体だ。間違いなく、そなたに向けられたものでもある』
少しでも寂しくなかったなら良かった。
そう囁くと、ナギは少しばかり照れくさそうに言った。
『カルダットのところでは醜態をさらしてしまったが、あの時は姉上は独りぼっちだと思っていたのだ。だが、タマゴを残すくらい愛した相手がいたのだな』
そうね。その通りね。
『姉上は長生きしたから、連れ合いと最後まで連れ添えなかったが、タマゴがいたのだから、きっとそこまで寂しくはなかっただろう』
うん。
黒鋼たちにも大事にしてもらったのだから、ナユはきっと、そんなに寂しくなかったと思うよ。
私がそう言うと、そうだな、とナギは笑った。
彼が笑ったことが嬉しくて、私もふふっと笑い始め、私たちはしばし二人で笑った。
良かったね、ナギ。血縁が残っていてくれて。あの子たちが、早く孵るといいね。
『そうだな。我が戻った以上、聖銀竜は今、必要とされている。きっとそう遠くはなかろうよ。姉上の言葉通り、あの子たちを導いてやらばならぬしな』
ナギの声を聞きながらふと見ると、窓から山脈が見えた。その向こうから、何か声が聞こえたような気がして、私は耳をすませた。
あれ…気のせいかな?(続く)
第79話までお読みいただき、ありがとうございます。
聞こえた気がしたのは何だったのでしょう。
また次のお話も読んでいただけましたら嬉しいです。




