第70話。聖銀竜を待ち続けた黒鋼竜たちに会って欲しいとおばばに頼まれる鞠絵。姉であるナユのウロコを受け取ったとき、ナギは…。
第70話です。
おばば様はそれまで両手に黒い手袋をしていたが、おもむろにそれを取り外した。
すると手の甲にあったのは。
「黒い…ウロコ?」
「そうです。ヒト型になったとき、神金竜は額に、聖銀竜は胸に、そして黒鋼竜は手の甲にウロコがあるのです。あなた様の胸にもおありですかな?」
「はい」
私が頷くと、おばば様はにっこり笑って己が右手の甲にあるウロコを左手で撫でた。
「これは黒鋼竜たる印、我らが誇り。こうしてあなた様に見えるようにして礼をするのが流儀でございます」
言った通り、右手の甲を私に見せるようにして胸の前に置き、おばば様は私の前に膝まづいた。
「お、おばば様…!」
「我ら黒鋼二十五頭、一万年の時を超えて命を繋ぎお待ちしておりました。我らが仕えていた最後の聖銀様のお言葉通りに」
二十五頭…?そんなに少ないの?
「我らの寿命は千年あれど、昔は数百頭いた我が一族も数を減らし、血も濃くなってしまいました。それゆえ我らの力を存続させるために真竜より嫁を、婿を迎えて参りましたが、そのタマゴの全てが黒鋼となるわけではありません。ほとんどは真竜として生まれてくるのです。真竜の子供たちはこの過酷な環境下では育てきれぬゆえ、里子に出してしまいます。ここ千年は、どうにか二十頭以上を維持してきたのです」
確かに千年の寿命は長いけれど、一万年を生き抜いてくるのは容易なことではないだろう。
創世の頃から八千年は経っている。少なくとも四十代以上は続いていることになる。
なんという執念だろうか。
聖銀竜が帰ってくる。
そのナユの予言だけを頼りに、八千年から一万年を生き抜いてきた、黒鋼竜たち。
「隣の部屋には残りの黒鋼竜たちが集っておりまする。皆、聖銀竜様をずっと待っておりました者たちゆえ…どうか、会ってやってくださいませ」
そう頭を下げられて、私はごくり、と喉を鳴らした。
彼らが一万年待ち続けた最後の聖銀竜。
それこそが、この私なのだ。
立ち上がったおばば様が、椅子の横に置いてあった小さな机の上にある箱を大事そうに手に取った。
「マ・リエ様、その前にどうかこれをお受け取りください」
開けられた箱の中身を見た瞬間に、私の中のナギがまた叫び声を上げた。
「これは我らが宝として保管してきたもの。最後の聖銀竜、ナユ様のウロコでございます」
『姉上…!』
突き動かされるように青みがかった銀色のウロコを手に取った私の中で、ナギが伸ばした手が私の手に重なった。
『ああ…姉上だ。これは確かに、姉上のウロコだ…おおお、懐かしい…懐かしい…姉上…姉上…』
ナギはさっきのようにボロボロ泣くことはなかったけれど、彼の感情を共有する胸が締め付けられるようにきゅうっとなって、私は息が詰まった。
お母さんが元気だった頃を思い出す時のような、懐かしくて嬉しくて、でももう戻らない時間が切なくて。
そして…愛おしい。
「ナユ様は戻ってこられるナギ様のため、ご自分が少しでも長く生きて、少しでも多くの伝承を残していかなければならないと、聖銀竜の中では最も長生きされました。あの御方はこの世界にとって、伝説の聖銀竜様なのです」
「…そうでしたか…」
『姉上…』
私の手を通してウロコを抱きしめるナギが、微笑みながら頬ずりしている。
私には兄弟姉妹はいないけれど、家族の繋がりが直に感じられて、私はまた潤んできそうな目を幾度もまばたきして我慢した。
「さあ、あちらの部屋でございます。皆、あなた様を待っておりますゆえ。どうぞ、お声をかけてやってくだされ」
そう言うおばば様について行きながら、私はナユのウロコを胸ポケットにしまった。これは借りた服だから、あとで自分の服のポケットに移さなくちゃ。
本当は箱の中に戻そうとしたのだけど、ナギが離さなかったので。
この胸ポケットなら落としたりもしないし、ナギも抱きしめていやすいでしょう。
ルイたちもついてきてくれようとしたのだが、おばば様にやんわりと、ここは聖銀様だけで…と止められてしまったので、皆はこの部屋に残ることとなった。ちょっと不安だけど、一人で何もできないなんてダメだよね。私は彼らに微笑んでみせて、部屋を出た。(続く)
第70話までお読みいただき、ありがとうございます。
黒鋼竜たちとはどんな人たちなのでしょうか。
また次のお話も読んでいただけましたら嬉しいです。




