第7話。鞠絵に心を寄せる真っ白なユニコーン、ルイとのひと時と、豚の脂から油をとって天ぷらを作る鞠絵。
第7話です。
お肉、けっこうもらえたなあ。
五百グラムくらいはあるんじゃない?私一人では一度には食べきれないけど、村人たち全員がこのくらいずつもらっていたから、誰かに分けるっていってもなあ。
ルイのところは男性二人だからもっと食べるかも、と思って、私は恐る恐るルイに話しかけてみた。嫌われてるのかもしれないけど、ダメにしちゃうのも勿体ないし、例の洞窟冷蔵庫に入れるにしてもユニコーンの足に頼むしかない。
「うちもそこまでは食べないから、冷蔵庫に入れてきてやる。ちょうどいいからマ・リエの場所を作ってきてやろう。必要な時はオレに言ってくれれば、取りに行ってきてやる」
「え、でも…いいの?」
「畑仕事の最中は難しいかもしれないけど、この足でひと駆けすれば着く場所なんだから、すぐに行ってきてやるって言ってるんだ」
やっぱり私からは少し目線を外しながら、ルイはぼそぼそとそう言ったが、いつもより言葉数も多かったしなんだか少し、得意げにも見えた。
「そう、あなたは速いのね」
「ま、まあ…な」
はっ…これはチャンスでは!?
ちょっと機嫌がよさそうに見えるし、白いユニコーンを見るチャンスなのでは!?
そう思いたった私は勢いこんでルイに頼み込んでみた。
「じゃ、じゃあ、このお肉のほとんどを冷蔵庫に入れてきて欲しいんだけど」
「お安い御用だ。ほら、こっちの葉っぱに今夜使うだけ肉を移せよ」
「これでいい?」
「こんなちょびっとしか食わないのか、マ・リエは小食なんだな」
あら?今日はちょっと饒舌じゃない?いつもよりたくさん話をしてくれる。
私は嬉しくなって、背の高いルイに残りの豚肉を葉っぱで包んだものを差し出した。
「今夜はお肉はあまり使わない予定だから。ありがとう、ルイ」
「い…いや、…気にするな、こんなことくらい」
「でも」
「これくらい、いつでもやってやるって言っただろ。それじゃ、すぐに行ってくる」
そう言ったルイの姿が見る間にユニコーンへと変わる。それは私が期待していた通り、純白のユニコーンだった。
ああ…感動!
これよ、ユニコーンっていったら私にとっては、真っ白な馬の姿だもの!
純白の毛並みは太陽の光に照らされて、毛先がダイヤモンドの粉をちりばめられて光っているようにすら見えた。タテガミも尻尾も、根元から毛先まで白い。鼻づらと目元はうっすらとピンクがかっていて、柔らかい色合いが純白の姿の中に、瞳と共に色味を添えていた。
特に目を引く瞳は草原のような鮮やかな翠色をしていて、真珠のように輝く馬にエメラルドをはめ込んだよう。
なんて…綺麗なんだろう。
彼が身じろぎするたびに、肩や腹の筋肉が薄い皮膚の下で動く。それと同時に真珠色の毛並も動いて、本当に生きた白い伝説の生き物が目の前で躍動しているのだ、と実感させた。
足元を見ると、やはり白い蹄は先端が二つに割れていて偶蹄目なのがわかる。額の角以外は見た目がすっかり馬なものだから、蹄が鹿みたいに二つに割れているのが意外なくらいだけど、確かユニコーンは偶蹄目なのよね。それも本で読んだ通りだわ。素敵。
そして何より、彼の額の真ん中、前髪をかき分けるように生えている長い角が素晴らしい。全身よりも更に真珠のような輝きの見事な角が、尖った先端まで真っ直ぐに伸びている。額を見れば、角の根元の断面は丸いことがわかった。
ユニコーンの出てくる絵本は何冊か読んだけれど、そのうちの一冊のユニコーンは小さくて偶蹄目で、タテガミや尻尾は地面に引きずるほど長くて、その角はねじれて生えていた。でも私は別の本のユニコーンの姿のほうが特にお気に入りだった。
そう、まさに今目の前にいるルイの姿そのものが。
ああ…素敵…私、白いユニコーンと知り合いなんだ。
私の視線に気づくと、ルイは恥ずかしそうにぷいと顔を背けた。
「すごい…綺麗。真珠みたい」
「…き、れい?」
私の呟きに耳がぴくんとこちらを向いて、エメラルド色の瞳がちらりと私を見やる。うんうん、そうよ!
「尾花栗毛のキアも綺麗だったけど、あなたの毛並みは本当に素晴らしいわ!私が思い描くユニコーンそのものだもの!」
「…おかしなやつだな。ユニコーンといったら鹿毛か栗毛が普通だ。たまに父さんみたいなブチとか、村長みたいなグレーがいるけど…オレは村で一人しかいない、突然変異の変な色なんだよ」
「そんなことない!とっても綺麗よ、本当よ!私、あなたみたいな白毛が大好きなの」
「ほんとにヘンなやつ。そんなこと言うの、お前だけだ」
「そうなの?真っ黒なダグはモテるんでしょ、だったら真っ白なあなただって」
「ダグは森の中でもあまり目立たないからいいんだ。オレはこんなだから、目立っちゃって狩りには向かない。若い連中は必ず狩りにも行くのに、オレは畑仕事をするしかないんだ。恥ずかしいよ」
「恥ずかしくなんてないってば!ルイは綺麗よ、本当よ!私はあなたの毛色は神様から授かった素晴らしいものだと思う。お父さんだって…きっとお母さんだって、誇りに思っていたはずよ」
「…え」
翠色の瞳にまっすぐ見つめられて、私の胸がドキリと高鳴った。なんて色なんだろう…彼は森の中では目立つと言ったけれど、瞳の色は森そのものだ。
「母さんが…そう思ってくれてた?ほんとにそう思うか?」
「ええ、もちろん。だから自信を持って、ルイ」
力強く頷いてみせると、ルイは少し首を下げてフルル…と鼻を鳴らし、しばらくしてそうか…と小さく呟いて顔を上げた。
「…確かに母さんは、オレの毛色を綺麗だって…恥じることはないって、言ってくれてた。でも家族以外でそんなこと言ってくれたのは、マ・リエが初めてだ」
そうなの?ヘンなの。まあ、森で目立っちゃうのは本当だろうけど、普段はヒト型で仕事だってしてるんだから、本当に何も恥じることなんてないのに。
「やっぱり、鳥だと見方も違ってくるのかな」
「は、ははは…」
私が鳥との混じりものだっていう話は、もう村中に伝わっているらしかった。霊鳥様なんですって?とサラに言われた時には、そんな恐れ多い…と思ったものだったけど。
村長とかに鳥になってみせて欲しい、と言われなかっただけ良かった。まあ、記憶がないし何の種族かすらわからない私に言い出す人もいないと思うのだけど。
ごまかし笑いをする私にルイは首を伸ばして、私が手に持った包みに鼻づらを寄せた。その鼻づらは心なしか、ピンク色が濃くなっていた。
「…ま、まあ…誉めてくれて、ありがとうマ・リエ。…ほら、早くそれ、寄越せよ。紐を結んでオレの首にかけるんだ。それともくわえて行こうか?」
私はあわてて紐を持ってきて、今夜は肉はあまり使わないから残り四百グラムほどの肉を包んだ葉っぱに結び付けた。ルイの首に掛ける時、翠色の瞳が間近にあってまた胸がドキドキしてしまった。
「じゃあよろしくね。それと…もし良かったら」
「うん?」
「またその姿を見せてくれると嬉しいわ。私、本当にあなたの姿が大好きだから」
ぜひまた、お願いします。
そう頭を下げると、ルイは驚いたように大きく瞳を見開いてぱちぱちと瞬きをし、それからゆっくり息を吐いて苦笑いした。
「…わかった。お前がそう望むなら、また…今度、な」
「やった!ありがとうルイ!お願いね!」
「わかったから。じゃあオレ、行ってくる」
「はい、よろしくお願いします」
ああ、駆ける姿も素晴らしいわ。
首が弓なりになっているのも綺麗な姿勢。
真珠色のユニコーンの姿はあっという間に見えなくなってしまったのだけど、私はしばしぼうっとしてその残像を追っていた。
あっいけない、まだやることがあったのだった。
大きな豚から脂身をもらってきたから、煮込んで油を取ろうと思っていたんだ。
脂身はそれぞれの家庭に少しずつ分けられるけれど、あまり日持ちもしないことから量は使われず、私が広場に行ったときもかなりの量が余っていた。それはどうするのか聞いたところ、燃やしてしまうのだというから、私が処理できそうな量をもらってきたのだ。
火を起こして大きな鍋に水と一緒に脂身を入れて煮込む。脂が浮いてきたら、別の鍋にもう使わない目の粗い布をかけて中身をあけ、脂身は取り出してそのまま放置。するとやがて脂部分が固まってくるから、それを取り出す。
水と脂身は捨てて、また別の脂身を水に入れて火にかけて…を何度か繰り返して、小さな鍋にいっぱいの脂の塊ができた。
よし、できた。
使う時にはこれを火にかけて溶かせば油になる。
動物性の油だし日持ちはしないけど、数日は使えるでしょう。
これを少し使って天ぷらをしてみようかと思うんだ。
夕方になり、夕飯の支度をする時間になると、私は天ぷらの支度を始めた。木のボウルに卵を一個割り入れて、冷たい井戸水を二百ミリリットルほど…もちろん量りようがないから目分量だけど、このくらいだろう…加えてよく混ぜ合わせる。出てきた泡はスプーンですくって取っておく。
この世界に小麦があって良かった。この村でも小麦は作っているらしい。水車を使って粉にひいているから、小麦粉はある。
その小麦粉を百グラムちょっと加えて、スプーンの先でつつくようにして混ぜ合わせていく。
サラサラにしないようにするのがコツだ。小麦粉のダマが少し残るくらいにするのがいいのよ。
さて、次は食材の準備だ。サツマイモやカボチャといった根菜類、それ以外の野菜やきのこ、それに今日の午前中にもらった小魚。午後にもらってきた豚肉は軽く茹でて野菜と一緒にサラダにするとして。
うん、こんなものかな。いっぱい作ってルイやサラ、ミシャのところに少しずつお裾分けしようっと。
元いた世界では割と料理をしていたし、少量の油をフライパンに入れて揚げ物をしたことだって何度もあるから、コツはわかっている。
できた油の半分くらいを別の鍋に入れて、火にかける。しばらくして油が熱せられてきたら、温度の確認だ。菜箸に衣をちょっとつけて油の中にぽたり。途中まで沈んですぐに浮いてくるようになったら、百七十度から百八十度になっているから、きのこや野菜、魚を入れられる。
じゅわっといい音をたてて、食材が揚がっていくのを見るのはどれくらいぶりだろう。入院しているお母さんに手作りのごはんやお菓子を少し持っていくこともあった。でも、それらももう食べられなくなったのはいつからだったろう。
お母さん、私が揚げる天ぷらが好きで、揚げ物が食べられなくなるまではよく食べてくれていたなあ。
あっいけない、焦げちゃう。
私は潤んできた目をぐいっと拳で拭いて、食材に注意を払った。きのこや魚を揚げていれば自然と温度が下がる。また衣を垂らして、鍋の底まで沈んでから浮いてくるのを確認できれば、今度は根菜類を揚げる番だ。油を吸い込むという特殊なワラに揚げた食材を並べていくと、ワラがじゅっと脂を吸い込んで揚がった食材がカラッとなった。おお、これは美味しそう。
衣も食材もいっぱい用意したから、お裾分けには十分ね。
「よし、できたっと」
洗剤は街から買ってきたものか灰汁を使っているので、少しはお皿に油が残っても大丈夫だ。天ぷらをカラッとさせておくため、お皿の上に油を吸う特殊なワラを敷いて食材を乗せる。油を吸ったワラは炊き付けに使うので、ゴミになることはない。
こっちは自分で食べる分、あんまりなくて大丈夫。それからこっちはお裾分けの分。
「こんばんは、ルイ、ルード。あのね、天ぷらっていう料理を作ってみたの。少しだけれど味見してみてくれないかしら」
これが評判よかったら、今回の油が使い終わっても、また脂身がもらえたらやってみよう。
「おやマ・リエ。これはありがとう。いただくよ」
ルイのお父さんのルードはとても穏やかな人だ。茶色の髪にところどころ白いメッシュが入っている。ルイがお父さんはブチだと言っていたから、このメッシュがそうなのかな。
瞳の色は黒だから、ルイの翠色の瞳はお母さん譲りなのだろう。
私はその後、サラの家とミシャの家にも天ぷらを届けた。
「あら、これはどういう料理なの?」
興味を示したのはキアのお母さんのミシャだ。私は簡単に説明し、目を輝かせる料理好きなミシャに、明日はトンカツにしてみたいと話した。
「トンカツ?」
「良かったら一緒に作ってみる?そのためには、固くなったパンがあったらもらいたいのだけど」
「あるわよ。霧吹きで水をかけて焼けばまた柔らかくなるから取ってあるの。いくつ必要かしら?」
「どれくらいの大きさかにもよるかも」
割と大きかったので二つもらうことにして、翌日の夕方にパンを持って手伝いに来るというミシャに、天ぷらと天つゆを渡した。気に入ってくれるといいけど。
「わあ、これなに?」
ミシャの後ろからゆっくり歩いてきたキアが、彼女にしがみついてそう声を上げた。彼女は少しずつ立っていられる時間が長くなって、今ではつかまり歩きから自分だけでも歩けるようになってきている。
子供の成長は早いよね。
「こんばんは、キア。天ぷらっていう料理よ。ちょっと見てくれはよくないけど、これにつけて食べてみてね」
干した小魚を煮て出汁をとって、魚醤と混ぜて簡単に天つゆも作ってみた。みりんがないからほんの少しだけ、料理用にもらったお酒を煮てアルコールを飛ばしたものを加えてみたけど…まあまあじゃないかなと思う。
それを瓶に入れて、他の家にも天ぷらと一緒に届けたの。
「マ・リエのお料理、美味しいもんね!楽しみ!」
キアもケリーもザインも嬉しそうに受け取って、御礼を言ってくれた。一緒にどうかと誘われたけど、私は自分の家で食べるからと辞退した。
「そう?ならまた明日の夕方にね」
お母さん、私こっちの世界でもご近所さんとうまくやってるよ。皆、親切で優しい人たちばかりだよ。額に角があるけど、時々ユニコーンになるけど、それ以外は人間と何も変わりないよ。
(続く)
第7話までお読みくださり、ありがとうございます。
次回は鞠絵さんがミシャと一緒にトンカツを作りますが、そこでとんでもない事件が起こります。
よかったらまたぜひよろしくお願いします。