第69話。エリアスおばばに慰められる鞠絵。歌を歌っておばばの体調不良を癒す。
第69話です。
「こちらへ来てくだされ、マ・リエ様」
そう細い両手を伸ばされて、私はおばば様の座る椅子の前で膝まづき、その黒い服をまとった太腿の上に両手を置いた。
その上からおばば様のあたたかな両手が私の両手を包みこんで、そっと握ってくれる。
「あなた様はそのように可憐なお姿をしていらっしゃいますが、本来はもっと濃い人生を送られたのではありませぬか?それゆえ、もともと歌に御力をお持ちだったのでしょう。それが、ナギ様の聖銀の御力に増幅されたのだと、このばばは思いまする」
「おばば様」
さすがは一万年前から続く黒鋼竜の頭領。私がもともとは別の世界の者だということも、彼女にはお見通しなのだろう。
「はい。私は別の世界からやってきました。そこで殺されかけて、ナギに融合の話を持ち掛けられ、こちらの世界へとやってきたのです。元の私は…もう少し、年齢を重ねています」
本当の歳は言いたくなかった。それは後ろにルイがいたから…自分より八つも年上だと知ったら、彼が引くんじゃないかと思って怖かったから、歳はぼかしてしまった。
それでもおばば様には伝わったらしい。彼女は私の手の甲を優しく撫でながら、大変だったのですね…と声をかけてくれた。
それだけで、元の世界での色々なことがいっぺんに思い出されて、私は泣きそうな気持ちになった。
だめよ鞠絵、さっきだって大泣きしたんだから。あれはナギで、今泣きそうになってるのは鞠絵だけれど、二回も泣いちゃうなんて恥ずかしいもの。
「ありがとうございます、おばば様。楽にしていてくださいね」
小さく頷く彼女を確認して、私は膝まづいておばば様の太腿の上で手を握られながら、息を吸い込んで歌い始めた。
「おお それは黒き宝玉か
すべての色をその身に包む 至高の存在
経験を 思いを重ね 時には辛き生き方もしてきたであろう
それでも尚 その内なる黒色は純粋な色を失わず
年月経て更に強くきらめく 黒き宝玉よ
その長たる存在のあなたに 今私は願う
体から辛きこと消えて 痛みは消えうせ
力みなぎりますように 楽になりますように」
私が歌い始めると、彼女を金色の光がきらきらと包み始める。それは今までと同じだったが、私はさらに心をこめて歌った。
まるで、自分の祖母や母を癒してやれるような気持ちになっていたかもしれない。
細かい金色の光は彼女をつつくようにきらり、きらりとまといつき舞い踊っては、時には彼女を通り抜けていった。全身を金の光で包まれるおばば様を、炎竜のメイリーは驚きの表情で、私の背後の人々は感嘆の表情で見つめていた。
歌が終わり、金色の光がおさまると、おばば様はほう…とため息をひとつ吐いた。
「なんと…これは」
私の両手を包んでいた両手を離して、自分の腕を、腰を、脚をさする。
「なんと…痛くない」
静かな呟きだったが、それは驚きと喜びに満ちていた。
全身の滲みがなくなり、痛みや辛さが消えた時の炎竜たちの呟きに似ていた。
「このばば、ここ数十年というもの体中がギシギシ悲鳴を上げていましてな。メイリーに支えてもらわねば、一人で立つのもままならず。それが…」
私が両手を太腿の上からどかして立ち上がると、おばば様はそれにつられるように椅子から体を起こした。
「あらあら…まあまあ。立てるではないか。ほらメイリーご覧、私は一人で真っ直ぐ立っていますよ!」
「はい、おばば様。腰も曲がっていませんし、背筋もしゃんとなさっています!」
メイリーが手を叩いてそう叫ぶ。椅子から立ち上がったおばば様は腰に手を当てて数回ひねり、右に、左にとゆっくり歩いて、それから私の周りを速足でぐるりと回った。
「なんと、なんと…!歩ける、一人で歩ける…!どこも痛まないし、体の奥底にいつもくすぶっていたしんどさもない」
そう呟いたおばば様は両手を頭の上に上げてうーん、と大きく伸びをして、ぷはあ…と満足気な溜め息をついた。
「まるで、若い頃の力が戻ってきたようじゃ。体がとても軽い。マ・リエ様、これがあなた様の歌の御力か。なんと…素晴らしい」
おばば様はさっきまでの動きが嘘のように軽やかに私の前に回ってきて、力強く私の両手をぐっ、と掴んだ。
「このエリアス・カルダット、感動いたしました。マ・リエ様、あなたの御力は素晴らしい。世のため、人のためになる御力です」
「あ…ありがとうございます」
心なしか、声まで大きくなったような気がする。私の歌で若返りはしないだろうけど、おばば様の不調を取り除くことができたのだと思うと、私の心には満足感があふれた。(続く)
第69話までお読みいただき、ありがとうございます。
私も鞠絵さんに歌を歌ってほしいですね。
また次のお話も読んでいただけましたら嬉しいです。




