第64話。黒鋼竜の領地に下りてきた鞠絵たち。タニアとリヴェレッタが先程の黒鋼竜の若者の、鞠絵に対する態度に怒り…。
第64話です。
広場にはわずかな風が吹いてはいるが冷たくはなく、むしろ太陽に照らされた春のように暖かく、私が着てきた恰好では早くも汗ばんでくるくらいだった。
私は高度の高いところへ行くからと厚手のロングドレスの下にズボンを履いて、靴も寒冷地用のものにしている。
ドレスはそんなに華美なものではないが上品なデザインで、炎竜のところの女性たちが用意してくれた。私はユニコーンの村で着ていたようなワンピースでいいと言ったのだが、黒鋼竜に初めて会うのだから、きちんとドレスでなければ…と押し切られたのだ。
上着は鳥の羽根の襟つきで、身頃は二重になっていてとても温かい…のだが。
「ここは暖かいのですね?」
思わずそう問うてみると、大人の黒鋼竜はヒト型になって私を振り返った。ヒト型になっても大きい。がっちりしていて背が高く、体の厚みもすごかった。相当鍛えているのだろうが、元々の体の造りが大きいようだ。
「はい。我らが住処は結界に守られておりますゆえ。薄着で十分なのですよ。とは言っても、ここに来られるまでには薄着では寒すぎますが」
私は上着を脱いで、仲間たちを見やった。竜たちは既に全員ヒト型になっていて、黒鋼の三人は薄着だった。ユニコーンたちは暑そうに上着を脱ぎ、胸元をぱたぱたやって風を取り入れたりしている。ドレスの下のズボンも脱いでしまいたいなあ。
…と思っていたら、ヒト型になったタニアがスタスタとこちらへやって来て、黒鋼の若者の一人の胸ぐらをつかんでその巨体をガッ、と持ち上げた。
「タッ、タニア!?何をするの!」
「先程はよくも、姫様に対して無礼をはたらいてくれたわね!」
バリバリ…ッ!と、凄まじい音がして光が散った。
「えっ、痛、痛たたたた…!」
「思い知りなさい!」
また光と轟音がして、タニアに捕まれた若者が悲鳴を上げた。
雷だ。雷虎であるタニアが、その属性の雷を若者に浴びせているんだ。
私はあわてて駆け寄ろうとしたが、スーリエ様に腕を掴まれて止められた。
もう一人の若者の元へは、リヴェレッタ様とダラス様が詰め寄っている。
「だから言ったろうがよ、ああ?なんで見ようとしなかったんだてめえ」
「すすすみません、だからニセ者だと思ってて…」
「仮にも神竜様ともあろう黒鋼竜様が、真偽をはかることを怠るとは…聖銀様に万が一のことがあったらどうするつもりだったのです」
「ごごごめんなさい」
「聖銀様に対して、ブレスを吐こうとさえしてたよなあ?この落とし前はどうつけるつもりだい、ええ?」
リヴェレッタ様、冷静な(に見える)ダラス様と違って恫喝みたいになってます。
それにタニア、もう雷はやめて危ないわ。
「大丈夫ですよ、マ・リエ殿。雷虎の属性は雷ですが、黒鋼竜は全ての属性を持っていますから、耐性があります。多少の雷ではびくともしません。タニアもそれをわかってお仕置きをしているのですよ。その証拠に、どちらにもあの方は手出しをされていないでしょう」
「そ、そういえば」
唯一の大人の黒鋼竜は、ヒト型になると一層大きくがっちりした男性だったが、両腕を組んで黙って立っているだけで、タニアのことも、リヴェレッタ様とダラス様のことも止めようとはしていなかった。
若者二人はしばらく私の仲間たちのお叱りを受けてしきりに謝っていたが、やがて私の元へと引き出されてきた。
「私に謝っても仕方ないです。姫様に謝りなさい」
「そうだ。てめえもだ」
「は、はいぃ。ごめんなさい、聖銀様」
「知らなかったこととはいえ、ブレスまで吐きそうにして…脅してすみませんでした」
私は苦笑して、両手をパタパタと胸の前で振った。
「いいえ、もういいんです。ちょっと怖かったですけど」
「姫様が」
「聖銀様が」
「「怖かったとおっしゃってるじゃ「ないか!」「ねえか!」」
タニアとリヴェレッタ様の怒号がかぶる。
「いっいえ、大丈夫ですから!謝ってくださったのですから、もう気にしないでください、本当に!皆さんも、落ち着いて!」
同じように黒鋼の若者の胸ぐらを掴み上げる二人を、私は必死になだめた。しばらく後、タニアは牙をむきながら、リヴェレッタ様は鼻息を荒くしながらも若者を下ろしてくれた。
それまで静観していた黒鋼の男性が、静かに語りかける。
「お気が済まれましたでしょうか?本当に、若い者が失礼をいたしました」
「いえ、もういいんです。お二人とも、そうですよね?」
「…姫様が、そう言われるのなら」
「…そうだな」
すると男性は頷いて、ありがとうございます、と頭をひとつ下げ、それから私たちを手招いた。
「それではこちらへどうぞ。差し出がましいかもしれませんが、そのお姿では暑くはございませんか?数は少ないですが真竜の女性もおりますから、お着替えくらいは用意できます。その後、おばば様のところへご案内いたしましょう」
え?黒鋼の女性は?
よく見れば、その質量からどうしてもいかつく見えてしまうけど、大人の黒鋼はとても優しそうな目をしていた。若者二人も私を見て照れくさそうにしているし、締め上げられても抵抗もせず謝ってくれたし、見た目ほど怖い人たちではなさそうだ。
良かった…と、私は胸を撫で下ろした。何しろ第一印象が喧嘩ごしでとても悪かったものだから、心配だったのだ。(続く)
第64話までお読みいただき、ありがとうございます。
二人の怒りがどうにかおさまってよかったです。
また次のお話も読んでいただけましたら嬉しいです。




