第6話。異世界にやって来て聖銀竜と融合したことで美少女になってしまったことに気づいた鞠絵。ユニコーンの村にて過ごすひと時。
第6話です。
ウソ。
自分で自分の頬に触れてみる。
ぷるん。
てっ…手触りがいい…。
ぺたぺたと、顔中を触りまくってみる。
唇もみずみずしくて柔らかい。
確かに触ってる感触が顔にあるし、鏡の中の自分はやっぱり白くて爪も綺麗な桜色をした手にぺたぺた触られていた。
うわー…これは美少女だわあ。
そういえば、キアが私のことを盛んに綺麗なお姉ちゃん、って言ってた。服のことかと思っていたけれど、これは小さい女の子からしてもそう言いたくなるのわかるわ。
良かった、こっちの世界の人たちの美的感覚がおかしいとかじゃなかった。私だって、こんな人を見たらすごい、モデルさん?可愛いし綺麗って思うもの。
それじゃあルイが私につっけんどんだったのって…あの年頃の男の子だったら、もしかして照れてたのかな?
自分だってイケメンなのに、可愛いヤツめ。ふふふ。
私は肩から少し下のあたりまで伸ばしていた自分の髪の毛を、改めて指で持ち上げて確認した。長さは変わらないのね。あ、でもくせっ毛のストレートだったのにふわっふわになってるし、くるりと巻き毛になっている。
ずっと無意識に背中に流していたから、色や毛質が変わっていたなんてちっとも気づかなかった。大体、普通そんなこと考えもしないし。
指に巻きついてきたふわふわでくるくるした己が髪の毛は、確かに薄く青みがかった銀色だった。
綺麗な色…。
あっ…そういえばこの色味、見たことある。
そうだ、ナギだ。
ナギがこんな青銀色の鱗に、同じようなローズクォーツ色の瞳と赤紫の瞳孔をしてた。
私、ナギと融合して彼の色になっちゃったってこと!?
それに彼の力で若返ったのかな。
ああ、それでなんだ。私はまだ二十八歳だったけど、最近は溜まった疲れが出てきて体が重かったのに、こっちの世界に来てから妙に体が軽いと思ったの。
「わー…どうしよう」
といったってもうこの姿になっちゃってるんだから、この世界ではこの体で生きていくしかない。私は呆然としながら、ミシャに声をかけられるまで鏡を覗き込んで顔や髪の毛をぺたぺたしていた。
「マ・リエ?そっちはどう?こちらは終わったのだけど」
はっ!
「あっごめんなさい、まだ終わってないの」
「そう?なら私はこちらの拭き掃除をしてるわね。ちょっと気になるところがまだあるから」
「あ、ありがとうミシャ。でもルイはもう終わったって」
「ふふ、ホラあの子は男の子だから…掃除は得意じゃないのよ。お母さんが亡くなってから、お父さんと一緒に家事をしてきたから、他の男の子よりはできるのだけどね」
えっ…お母さんが?そうだったんだ、ルイ。
「村長はルイの家にはお母さんが使っていた部屋があるから、あなたを泊められるって言ったのよ。でもルイはお母さんの部屋を誰にも使わせたくなかったのね。わかってあげてね」
「はい、それはもちろん。ここの掃除を手伝ってくれただけで、十分ですもの」
「ふふ、あなたはいい子ね、マ・リエ。それじゃ、寝室はお願いね」
そうか、どうにもミシャに子供扱いされると思っていたけれど、この風貌を知った今となっては納得だわ。
私は今度こそ寝室を片づけながら、ミシャに着せてもらった服がとても心地よく動きやすいのに驚いていた。
この十年というもの、お母さんの世話をするばかりで、私自分の世話を焼いてくれたり甘やかしてくれる人はいなかった。それでいいと思っていたけれど、私の精神は知らぬうちに疲れを貯めていたのだろう。ミシャに体を拭いてもらったり服を着せてもらったりして世話を焼いてもらうのは、とても心地よかった。
人にやってもらう、っていうことが、こんなに気持ちのいいことだなんて。
だからお母さんはいつも私に笑顔でありがとう、って言って喜んでくれてたのかな。
『ほらほら動かないの』
『こっちを直してあげるから、動かないで』
『後ろの上のほう、少しだけ髪を結うわね。あなたがつけてる髪飾りは綺麗だからドレスと一緒に仕舞っておいて、こっちの飾りをつけるといいわ。私のお古だけど、あなたの髪に合うと思うの』
ミシャがしてくれていたことを思い出すうちに、お母さんがまだ起き上がれるうちは私がお母さんを拭いてあげてたなあ、髪の結わえっこもしてたなあ。小さい頃は一緒にお風呂に入って、体を洗ってもらったり背中の流しっこをしたり、体を拭いてもらったりしてたなあ、なんて次々脳裏に浮かんできてしまい、私はぐすっと鼻をすすって袖で目を拭いた。
いけない、服を汚さないようにしなくちゃ。
私は寝室の片づけを済ませ、少し干していた布団も運び込んでベッドメイクを終わらせた。これでいいかな。
「今夜は私のところにいらっしゃいな。皆で一緒に夕飯を食べましょう」
「えっ、いいんですか!?」
「もちろん。これから私の家に行って、キアの歩行練習に付き合ってやってくれる?私はちょっと寄るところがあるから」
「わかったわ。本当に色々ありがとう、ミシャ」
「いいのよマ・リエ。あとで着替えも渡すわね。そっちは色染めしていない生成りだけれど。寝間着はサラが、前に使っていたものをあげるって言っていたから」
「わあ、助かります」
私は家の前でミシャと別れて、少し先にあるミシャの家に向かった。
キア、少しは歩けるようになるかな?と楽しみにしながら。
◆ ◆ ◆
その後村長にミシャから、やはりマ・リエの種族は霊鳥であった、確かに羽根の印があったと報告があり、それを伝えられた村の皆は安心した。
しかしそれでも何かあったら困るし、まだよそ者には違いないからと、サラやルイやミシャを始めとして村人全員でそれとなく見守ることにしたのだが、鞠絵はそれを不慣れな自分に対して世話を焼いてくれる優しい人たちなのね、と嬉しく思ったのだった。
◆ ◆ ◆
私がこの村にやってきてから五日も経った頃だろうか。
広場が騒がしいなと思っていたらルイが家に飛び込んできた。
「マ・リエ、キアのお祝いに豚を潰すそうだ!脂ののった大きいオスを三頭もだぞ!皆で分けるそうだから、マ・リエにも持ってきてやるよ!」
珍しく一気にしゃべって、また飛び出していく。
私のごはんはミシャやサラの母親のシルが作ったものを持ってきてくれたりしたが、毎回では申し訳ないので、朝や昼は自分で作って食べていた。今も昼食が終わったところだ。
材料は干し肉や卵、各種野菜をミシャやシルが持ってきてくれた。それから塩や魚醤といった調味料も。
塩は場所は秘密だが、岩塩が採れるところがあるらしいし、魚醤は湖の小魚を使って女性たちが半年に一度大量に作って皆で分けるそうだ。
コショウなどの、木の実をすってこしらえた調味料はあったが、さすがに醤油やみりんや味噌はなかった。砂糖は豊富とはいえないけどおやつを作ることができるくらいにはある。街で買ってくるとのことだったが、そんなに高価ではないそうだ。
なんだか意外。異世界って、砂糖は貴重品かと思ってた。
でもお酢はある。お酒を作る時に失敗してできるビネガーだ。もちろんお酒は手作りのものがあるけれど、どう見ても未成年のせいか私には勧められなかったし、勧められたとしてもそんなには飲めないので助かった。そこは見た目に感謝。
今朝はパンと焼いた卵とサラダを、お昼には干し肉を薄く切ってフライパンで熱し、出てきた油で卵と一緒に焼いて、塩で味付けをしてパンと食べた。
残った油は特殊なワラのようなものに吸い込ませる。そのワラは炊き付けに使ったり、油の量が多い時にはワラを燃やして灰を肥料にするらしい。
現在の私(高校生くらい?)と歳の近いサラが時々顔を見せては色々な話をしていってくれるので、この村のこともわかってきた。
牛もヤギも豚も鶏も放牧しているから、卵も牛乳もバターも肉も必要ならばあること。
村からほど近い場所、森の中に、入口は狭いが中はとても広い洞窟があり、内部は風通しもよくかなりひんやりしているので、そこを私の世界で言うところの冷蔵庫にしていること。それぞれの家庭で使う場所が決められているらしい。しょっちゅう使うというよりは、数日とっておきたい食材を入れておいて必要な時に取りに行くようだ。
ヒト型の足では少し歩く場所のようだが、ユニコーンの姿になれば苦にならない距離なのだとか。
村にはパン屋さんもあるし、燻製を作る職人もいると聞いて、私は胸が躍った。お酒はあまり飲めないけど、燻製は大好きなので。お米がないのが残念だなあ。まあ、田んぼは大変だものね。
ミシャのように服の生地を作る人もいれば、それを使って服に仕立てる仕立て屋さんもいる。狩りや畑仕事をしている人たちも多い。
皆それぞれに仕事を持っていて、多くはなくてもお金も出回っていた。
狩りで獲れた獲物の肉や、畑や山でとれた野菜、牛乳やバターやパンや燻製、服やその布地、手作りの装飾品、その他の品物を荷馬車に乗せて、力自慢の村人がユニコーンになってそれを引っ張り、街まで行って売ったり必要なものと交換したりしてくるらしい。
街かあ…いいなあ、私も行ってみたい。
しばらくはこの村でお手伝いをしたいけれど、そのうち同行できるようにお願いしてみようかな。
今日も今日とてやって来たサラの話は、私のことに話題が移ってきたので、分からない、覚えていないの一点張りをしていたら、諦めないサラはそれなら好きな人はいなかったの?と聞いてきた。
来たコレ、女子高生くらいがするっていうコイバナだ。私は元々そういうことには興味がなくて、高校生の頃からもう調子があまりよくなかったお母さんのことのほうが気になって仕方なかったから、カレシを作るどころか女の子たちのコイバナにも入っていけてなかった。
「ええと、そういうサラは誰か好きな人がいるんじゃないの?」
こういう話を振ってくるってことは、自分がその話をしたいからだろうと踏んで、私はそう聞いてみた。するとサラはきゃっ、と飛び上がって、自分の頬を両手で包んだ。
サラのまだ十代のふわふわの頬は、うっすらとピンクに染まっている。
あっ、これは当たりですね。
「わっ私…あのね…あのね」
「うん」
私が元いた世界なら女子高生のサラは、両手で頬をくるんだままの顔を左右に振って、ふふふと笑った。
いやん、可愛い。
これが男子に夢中になる女子高生かあ。いやあの世代は夢中になるものは色々だから、コイバナが正当なとかは言わないけど。
「私…ダグさんが好きなの」
「ダグ」
「マ・リエも会ったことがあるでしょう?ほら、マ・リエが初めてこの村に来た時、村長さんの後ろに控えていた黒髪のひとよ」
「ああ…」
あのムッキムキの。
「やっぱりあの人、黒いユニコーンなの?」
するとサラはきゅっと私に向き直り、ブラウンの瞳を輝かせた。
「そうなの!この村の人たちは、私みたいな茶色とか栗色とかが多くて、ううんそれが普通なんだけど、ダグは違うの!あんなに真っ黒でツヤツヤしてて、角も真っ白で形が良くて長くて大きいし、角度もいいし!タテガミも尻尾もあんなにサラサラな人いないわ!わかるでしょマ・リエ!」
「え…えと…」
すいません、ユニコーンの基準はわかんないです。
でも確かに村長といたヒト型の彼は高身長で筋肉質で、顔つきもキリッとした美形だった。やっぱりさぞかしモテるんだろうなあ。
そういえば、目の前のサラの額の角はまだこじんまりとしていて、若くて可愛い彼女にはよく似合っていたが、ダグの角は他の村人たちのそれよりも大きくて少し長かったことを思い出す。
「イケメンだったのは覚えてるわ」
「でしょでしょ!皮膚は薄くて黒々としていて」
あ、やっぱりユニコーンの時の話ですか?
「走るとすごく速いのよ。汗がうっすらと皮膚の上に乗って、その下の筋肉が」
あー…はいはい。
そんな強いユニコーンだから、村長の警備とかもしてるのね。
どうやら、街に売買に行く時もボディガードとして毎回ついて行っているらしい。
私がダグの話をうんうん頷きながら聞いてあげていると、ドアがコンコン、とノックされてルイが顔を出した。
そういえば、真っ黒なダグが人気なら、真っ白なルイ(まだ想像だけれど)はどうなんだろう。ヒト型の角しかわからないけど、それなりにいい形をしていると思うし、翠の瞳もとても綺麗だ。
ダグは黒い瞳だったわね、確か。
「マ・リエ…あ、サラもいたのか」
「こんにちは、ルイ」
「ああ。二人とも、広場に来るといい。豚の解体が済んだから」
「あっそうなのね!わかったわ、お母さんも連れてマ・リエと行くわね」
「じゃあうちも父さんと先に行ってる」
ルイの視線はずっとサラにあった。最後に私をちらりと見たが、すぐに目を逸らしてパタンとドアを閉めていってしまった。
うーん、これはどういうことなんだろう?やっぱりよそ者の、しかも大切なお母さんの部屋を使われそうになった女性は気に入らないんだろうか。
ごめんねルイ。
白いユニコーン…見せてもらうの難しいかなあ…。
できたら見たいんだけど…ぜひに。
「マ・リエ、私お母さん呼んでくる。少し待っててね」
「うん」
本来の私からしたら年下のサラだけれど、私はあえて今の姿に見合った応答を心掛けていた。まだちょっと不慣れだけれど、若返ったことは素直に嬉しかったので、慣れるまでそうはかからないだろう。
精神的には二十八歳だから考え方はそのままだけど、それはしょうがないよね。
豚かあ…ここ数日で私も村を見て回ってたけど、牛もヤギも豚も鶏も、私の世界の動物と変わったところは見受けられなかった。本当に助かる。狩りで獲ってきたっていう動物の中には、知らない姿の生き物もいたけど、ユニコーンもドラゴンもいるのだから知らない動物がもっといたっておかしくない。そんな中で、家畜や調味料とかが同じようなのは有難い。
火は起こさなきゃならないし、水は汲んでこなきゃならないし、そういえば油がないけどね。動物の肉を先に焼けば油が出るから、それで野菜も炒めたりできるけど、油が欲しいなあ。
そうだ、豚を解体したのなら、脂身をもらえるかも。聞いてみよう。
「お待たせ、マ・リエ。さあ、行きましょう!」
母親のシルを連れたサラが顔を出したので、私はお祭り状態になっている広場へ向かったのだった。(続く)
第6話まで読んでいただきありがとうございます。
次回は村でつぶした豚の脂を使って鞠絵さんが天ぷらを作ります。
仲良くしている人たちにも分けてみた感想は?
また次回も読んでいただけたら嬉しいです。