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第55話。ルイに誘われて夜のデートに出かける鞠絵。

第55話です。

「実はさっき、炎竜たちと風呂に入ったんだ。その時、夜の星がとても綺麗に見えるって場所を教えてもらってさ…マ・リエと一緒に、見たいと思って」

 最後は声が震えてしまった。これを断られたら、潔くお休みを言って部屋に戻ろう。星の話は本当だったが、口実に過ぎなかった。広い部屋に一人残されて、無性にマ・リエに会いたくなった、ただそれだけでここまで来たのだから。

 扉の向こうで、マ・リエは首を傾げた。陽も落ちてから女性を誘いに来るような人だっただろうかと。

 けれど急に一人になって寂しくなっていたのはマ・リエも同じだったので、正直言ってルイの誘いは嬉しかった。何よりも、彼の顔を見れば安心できると思った。

 木の扉が内側からそっと鍵を外される音を、ルイは夢見心地で聞いた。カチャリ、という鍵の音がこんなに綺麗だと思ったことは初めてだった。

「ルイ」

 扉ごしでない、彼女の声。なんて可愛らしいのだろう。この声こそが今までも大勢の人々を救ってきただなんて、到底信じられない。

 …否、マ・リエだから有り得るのだ。マ・リエだからこそ。

 長身のルイに間近で見下ろされて、マ・リエはその顔を見上げてほっと息を吐いた。やっぱり彼といると安心する。炎竜の封印の洞窟で、彼がいてくれるだけで心を正常に保てたのは気のせいではなかったのだ。彼の傍にいるだけで、包まれるような安堵を覚える。

 マ・リエはルイが差し出してきた右手に、躊躇なく己が左手を重ねた。

「行こう。…っと、外は少し涼しい。湯冷めしないように、何か羽織ってくるといい」

 一旦はマ・リエの左手を握ったルイが、そう促す。マ・リエは素直に頷いて部屋に戻り、上着を羽織って外に出る靴に履き替えた。

「これでいい?」

 廊下の明かりで見えるルイも、同じように支度している。ルイは頷いて、もう一度改めて手を差し出してきた。

「こっちだよ」

 廊下を抜けて階段を下り、あちこちに明かりが灯された誰もいないエントランスに出ると、もうすぐそこは外だった。

「星を見に行くの?」

 なんてロマンチックなんだろう、とマ・リエは少し可笑しくなった。もう成人しているそうだけど、前の世界の自分からしたら明らかに年下の青年と、こんな時間に手を繋いで二人きり、星を見に行こうだなんて。

 でも、繋いだ手があたたかくて。

 大きな手に包まれた己が手があまりに気持ちよくて、とても振り払うことなんてできない。

 小柄な少女となっている自分に合わせて、長身で脚も長い彼がゆっくり歩いてくれるのがわかるのも嬉しかった。

 薄闇ほどに感じられる見事な星明りの中、すぐ傍を歩く彼の体温が心地よくて、泣きたくなるくらい胸が詰まる。

 それはルイも同じだった。

 右手に握った、小さな手。柔らかくて、細くて、でもとてもあたたかい。

 守ってあげたい、と強い気持ちが自然に湧き起こってきて、ルイは握った指に力をこめた。もちろん、彼女が痛がらない程度に。

 はやる心を抑えて、自分の胸くらいまでしかない少女が小走りにならないよう気を遣って歩く。隣を歩く少女の体温がじんわりと右側から滲みてくるようで、つい頬が緩んだ。

「もう少しで着くよ」

 右側を歩く彼女を見下ろして優しい声を出せば、明らかに少女の表情がふんわりと緩んだのがわかった。

 オレを、信頼してくれている。

 好意を寄せている女性からの、まっすぐな好意は純粋に嬉しかった。ルイは目尻を下げて、彼女の唇がほんと?と綴るのをうっとりと見つめた。

「ああ…ここだ。ほら、マ・リエ。ここを上がるんだけど…」

 そこは一メートルほど高くなっていて、百九十センチ近い高身長のルイには簡単に上がることができた。

 けれどマ・リエは苦労するだろう。ルイは両手を差し伸べることをまず考え、しかしそれでは彼女の服が汚れてしまうと思い直し、彼女のすぐ横に立った。

「ルイ?」

「ごめんマ・リエ、ちょっと失礼するよ」

 そう断って右手を彼女の背に当て、少し屈んで左手で長いスカートごと、彼女の両膝をすくい上げる。段差の前で立ち止まったマ・リエの両脚が行儀よく閉じていたことが幸いして、スムーズに抱え上げることができた。

「きゃっ!ル、ルイ!何をするの!?」

 驚いた声も、ちょっと批難する声も可愛い。ルイは星明りの下で片目をつぶって見せ、わざとおどけた声を出した。

「抱き上げちゃった方が簡単だからさ。この段差を上るだけだから、ちょっとじっとしていてくれ」

 マ・リエはお姫様抱っこをされた上にウインクまでされて固まり、反射的にルイの胸を押し返そうとしかけていた両手を、もじもじと所在なく胸の上で動かした。

 背中と、スカート越しに膝裏に添えられた大きな手が、抱き上げられていても不安ひとつ感じさせない。ルイの大きな体が頼もしく、マ・リエは大人しく彼の腕の中におさまっていた。

 小さな掛け声ひとつで段差を上ったルイだったが、そのままマ・リエを下ろそうとはせず、抱いたままでスタスタと歩き出す。

 マ・リエは慌ててルイの胸のシャツを掴んだ。

「ル、ルイ、もういいわ、ありがとう。下ろしてくれて大丈夫だから」

「いや、段差はもう一段あるから」

 そうは言ったものの、彼の脚はいつまでたっても段差を乗り越えることはなく、ただ歩き続けるだけだった。

 星空の下、二人の間に沈黙が下りる。さっきより間近で感じる互いの呼吸音だけを聞きながら、二人は夕闇にまぎれてそっと頬を染めた。

「着いたよ、マ・リエ」

「ここなの?ありがとう、ルイ」

 結局段差はなく、どのくらい歩いたろう。ルイがマ・リエをようやく下ろしたのは、木々がなく一面開けた高い丘の上だった。(続く)

第55話までお読みいただき、ありがとうございます。

このあとも2人はデートを続けます。

また次のお話も読んでいただけましたら嬉しいです。

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