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第52話。炎竜の館へ戻って食事をした鞠絵、天然温泉に誘われる。

第52話です。

 やがて涙を拭いて顔を上げたリヴェレッタ様は、まだ濡れている私の目をしっかりと見てこう宣誓した。

「ではこのリンガル・リヴェレッタ、聖銀竜マ・リエ・ナギ様のお言葉に従い、最期まで生き抜くと今ここに誓います」

「はい!」

「それにしても、本当にあなたという人は」

 新たな涙でまたぐしゃぐしゃになった顔をほころばせてリヴェレッタ様は微笑み、それからダラス様の腕を借りて立ち上がった。

「条件をのんで下さって、私としても嬉しいです」

「…こちらこそ…ありがとうございます。…さあ、時間をとらせてしまいました。館に帰りましょう」

「はい!」

 帰りは心なしか、リヴェレッタ様の心がその背中から伝わってくるかのようで、私はまた密かに泣いてしまった。自分が産んだ大切な人との間のタマゴまで見た後にあんな言葉を発するなんて、どれほどの覚悟が必要だったことか。

 でも良かった、これでリヴェレッタ様は生きてくれる。もう、自分から死のうなんてしないでくれる。

「ありがとうございます、リヴェレッタ様」

 そっと呟くと、彼女はちらりとその立派な角が何本も生えた頭をこちらに振り向かせたが、黙って優しく飛んでくれた。

 館に着くと、二人の若い女性の炎竜たちが広場に待っていてくれて、大きな背中から降りた私とルイに歩み寄ってきた。

「お部屋の用意が整っております。お二人とも、こちらへどうぞ」

 え、でも。

 まだリヴェレッタ様が心配で振り向いたが、彼女は微笑んでひとつ頷き、ダラス様の腕にその腕を絡めた。

 もう大丈夫、ってことよね?

 そう安心したら、途端にお腹がきゅう~と音をたてたものだから、私は恥ずかしくなって下を向いた。

 リヴェレッタ様が笑う声がする。

「おなかがすいたでしょう。今、用意させますから」

 炎竜たちに連れられて館の中に入っていくと、そこで待っていたのは、更に二人の炎竜の女性たちだった。この方たちは少し年齢が年上のようだ。

 リヴェレッタ様が頷くと、さっと私とルイの周りを取り囲む。

「さあさあ、お食事にいたしましょうマ・リエ様。その後私たちと一緒に温泉に入りましょうね!」

「ちょ、ちょっと待って、あっ、ルイ!」

「ルイ様もご一緒にお食事にいたしましょうね~」

 炎竜の領主の館で供されたのは、豚の丸焼きと地熱で作った魚の燻製、山菜を調理したもの、それに。

「どうぞ、これは我らの郷土料理です」

「鳥の卵を温度の高い温泉につけておいたものですよ」

 そっ…それは温泉卵!?こんなところで食べられるなんてビックリです!それも、ここの郷土料理だなんて。

 私は思わぬ元いた世界との共通性になんだか可笑しくなりながら、温泉で真っ黒になった卵をむいて食べてみた。

 それは記憶にある温泉卵と違わぬ味で、懐かしくも美味しかった。

「火山の地熱を利用した温室で、フルーツ栽培も有名です。どうぞ召し上がって」

 こっ…これはバナナ!?それにスイカやマンゴーまであるではないか。果物大好きだからすごく嬉しい。えっこれってドラゴンフルーツなんじゃ?こっちでの名前はさすがに違っていたが、私は面白くなってくすくす笑いながら食べた。炎竜たちはそんな私を嬉しそうに見ながら、一緒に食べてくれた。

「チーズもありますよ。燻製にして食べることが多いです」

 丸焼きといい、なかなかダイナミックな料理が多い気がする。炎竜さんたちって、もしかしてちょっと大雑把なんだろうか。

 トンカツとか作ったらウケそう。いや、トンカツが大雑把な料理ってわけじゃないけど、ガッツリ系よね?

 美味しい料理の合間にはお酒も勧められた。私はお酒の味は知っているけどあまり好きじゃなかったし、もう見るからに強そうなお酒だったから断ったけれど、この体はまだ少女なのに勧めてくるとは…この世界では一体何歳からお酒オッケーなんだろうか。もしかして、子供の頃からとか?

 お酒をいただかない代わりにごはんをお腹いっぱい食べて、案内された部屋で少し休んでいたら、一緒にごはんを食べた女性たちがやってきて皆でおしゃべりした。部屋はルイとは別れていて久しぶりに一人でいたから、彼女たちとの他愛もない話は楽しかった。

 元の世界にいた頃は、一人きりになることは少なかった。早朝から働きに出て、帰ってきてアパートで簡単な家事をしたら病院に行って母と夕方まで過ごし、帰ってきて夕飯を簡単に済ませたらまた仕事に出て。帰ってきたらくたびれてすぐに眠ってしまったし、寂しいと思う暇もなかった。一週間に一度の楽しみは、日曜日の午前中に通っていたカラオケだけで、それは一人だったけど思いっきり声を出して気持ちが良かった。

 だから今、私の歌声が人を癒したり邪気を祓ったりできることが、夢のように嬉しい。

 この世界に来てからも、キアやケリー、ミシャやサラ…そしてルイやダグたちに囲まれて、最近はそれにタニアも加わって、とてもにぎやかに過ごしていた。それはとても、忙しくも幸せな日々だった。

 正直私に与えられたこの部屋は広すぎて、ちょっと寂しくなってきていたところだったから、皆が来てくれて楽しい。

「さ、マ・リエ様。温泉に入りましょうね!私たちと一緒に!」

「えっ」

「気持ちいいですよ!汗も流しましょう。ささ、こちらです」

「マ・リエ様」

「行きましょう、マ・リエ様!」

 私を呼ぶ、何人もの声。

 そのどれもが弾んでいて、明るい。

 嬉しい。

 私を見て笑ってくれる人々、私の名を呼んでくれる人々、手を差し伸べてくれる人々。

 母の介護を辛いと感じたことはなかったけれど、決して遠くない別れの予感は辛かった。胸を締め付けられるように悲しかった。

 たまに眠れない夜は、それをどうしても考えてしまって枕を涙で濡らした。

 でもそんな時私はたった一人で、寒くて寂しかった。

 今はこんなにも、人の手の温かさというものを知っている。

 お母さん、私は今、幸せだよ。

 これからすることがどれだけ大変なことであろうとも、こうして笑いかけてくれる人が、ちょっと発音はヘンだけど私の名を呼んでくれる人が、手を差し伸べてくれる人がいる限り、私は頑張れる。そう思える。

「はい。温泉、行きましょう!」

 にっこり微笑んで頷けば、ほう…という顔になった炎竜の女性陣全員が、次いで素晴らしい笑顔になった。

「本当に可愛らしいお方ですこと」

「なんてお美しい」

 姿の美しさを誉められることは、この体が美少女だと知っていても、正直まだくすぐったかった。(続く)

第52話までお読みいただき、ありがとうございます。

炎竜の領地に湧いている天然温泉とは。

また次のお話も読んでいただけましたら嬉しいです。

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