第51話。タマゴを見たリヴェレッタが突然鞠絵の前に膝まづき、その命かけて言い出したこととは…。
第51話です。
「温泉があるのですか!?」
「ええ、火山ですから。館の中に天然温泉が沸いているのです。ヒト型にちょうどよい温度に調整してありますから、マ・リエ殿も入れますよ」
やっ…やったあ…!今までの苦労が全部吹っ飛ぶ気がする!
温泉…温泉…ああ…きっと生き返るわあ…。
保育室の中でずっとウキウキしている私を怪訝そうに、それでも微笑んで見守ってくれたルイとは、当然だけど一緒には入れないけどね。
サラとタニア、ダグも連れてきてやれたら良かったなあ。
「マ・リエ殿。少し、こちらへ来ていただけませんか」
二人の保育炎竜に見送られて保育室から出ても浮ついている私とは裏腹に、祝福の歌を歌った直後あたりから沈んだ表情をしていたリヴェレッタ様が、私を呼んだ。
「はい?」
保育室から離れ山の上を歩いていくリヴェレッタ様の背中は、何か決意を秘めているように見えて、私は首を傾げる。
「マ・リエ殿」
振り返ったリヴェレッタ様が、いきなり膝をついて頭を垂れたものだから、私は驚いた。
ルイも急いで私の隣に立つ。
「リ、リヴェレッタ様!?どうされたのですか?」
「あなた様をお連れする時、私は申しました。あなたを偽物呼ばわりした無礼はこの命で贖います、と。マ・リエ殿のおかげで、封印は強化され邪気は祓われ、我々の穢れまで綺麗にしていただきました。連れ合いも救っていただき、祝福の歌までいただいて、タマゴにも会うことができました。…もう…思い残すことはございません。どうかこの命、お持ちくださいませ」
ええっ?そんなこと、言われたことすら忘れてた。
あまりのことに私もルイも言葉を失い、リヴェレッタ様の隣のダラス様を見上げると、言葉の内容を初めて聞いた彼も驚いたのだろう。きゅっと唇を噛んで、一度きつく目を閉じた。
しかし赤い瞳を開いた彼は私を真正面から見て、ひとつ頷いてみせるではないか。
ええっ止めてくださいよあなたの奥さんでしょ!?
ダラス様はリヴェレッタ様の肩に手を置いて、静かに私を見つめた。
「リンガルが言ったことならば。炎竜の長の名において、その言葉の責任はとらねばなるまい」
ちょっと、ちょっと待って!
口をぱくぱくさせている私の代わりに、ルイが進言してくれた。
「待ってください。確かにユニコーンの村でリヴェレッタ様はそう仰いましたが、我々もマ・リエもそんなこと望んでいません」
そうよそうよ、ルイの言う通りよ。
お願い、思い直して。
私はあわててリヴェレッタ様に駆け寄り、彼女の両肩に手をかけて上体を上げさせた。
「マ・リエ殿」
リヴェレッタ様が腰の短刀をすらりと抜いて、己が首に当てた。
「血であなたを穢したくない。離れていてください」
「そんなことさせないわ!!」
私は叫び、万が一にも刃が首をかすめないよう、渾身の力を込めて彼女の手首を下にはたいた。戦士でもあるリヴェレッタ様が私なぞの力で短刀を落とすはずもなかったが、彼女は余程油断していたのだろう、あっさりとその手から短刀が地面に落ちる。
その短刀を、私たちの前に駆け寄ってきたルイがさっと取り上げた。
「何をなさるんです、私は」
「私に命を捧げるというのなら、その命がこの先尽きるまで、生き延びてください!」
私はそう、夢中で叫んでいた。
リヴェレッタ様の赤い縦長の瞳孔が、きゅっとすぼまった。
「生きて、生きて、もうどうしようもなくなってもあがいて、最期まで生き続けてください!それが、あなたの命に対する私の望みです!」
「…マ・リエ殿…」
「子供たちを育てて、皆を導いて。いつか炎竜の長の座を退いても、あなたの役目は終わりません。その経験を生かして次の世代を育てる責務がある。そして皆に囲まれて、惜しまれながらこの世を去るその時まで、その命…私に捧げたと思って、生きながらえて下さい」
「………」
「お願いします。それが、私のあなたの生命に対する願いなんです」
ぽたぽた、と上から水滴が落ちてきて顔を上げると、私たちに覆い被さってきたダラス様が、黙って涙を流していた。
「…あなた…」
「リンガル。マ・リエ殿の寛大なお言葉…お受けするわけにはいかないだろうか」
「え」
「お前がマ・リエ殿に命をもって贖うことになった、その経緯はオレにはわからない。でも…っ、子供たちに会って」
また水滴が降ってくる。リヴェレッタ様は黙って彼を見上げていた。
「子供たちに会って…オレは…この子たちをお前と一緒に…育てていきたいと…思った。オレと一緒に…生きて…くれない、だろうか…リンガル」
「…あなた」
「そうですよ!リヴェレッタ様に今ここで死んでもらっても、私はちっとも嬉しくないし、スッキリもしません!それより生きて、生き抜いて欲しいです!」
お願い、言うことを聞いて。
緊張する私の背中を、ルイの大きな手のひらがそっと撫でてくれる。
ありがとう、ルイ。そうしてもらうと緊張が少し楽になるわ。
リヴェレッタ様はしばらく目を閉じてじっとしていたが、やがて顔を上げて私を見た。
「マ・リエ殿」
「はい」
「…お気持ち、有難く…受けさせていただきたく…存じます」
やった!聞き入れてくれた!リヴェレッタ様はとても意思が強い方だから、他に何て言えば受け入れてくれるんだろうとあれもこれも考えていたけれど、ダラス様の言葉も心に響いたんだろうか。
私は嬉しくて彼女の両手を握り、泣きながらこくこくと何度も頷いた。
「はい。はい…っ。ぜひ、ぜひお願いします…!」
「ああ、マ・リエ殿…ありがとう。…あなたは本当に…我らの全てを救って下さって…本当に…」
リヴェレッタ様は次第に子供のようにしゃくり上げ始めた。ダラス様がぎゅっと彼女を抱きしめる。
同じように、私を背中からルイが優しく抱き締めてきた。(続く)
第51話までお読みいただき、ありがとうございます。
今回より少し書き溜めをしたいので、1話の投稿が少し短めとなりますが、どうかご容赦ください。
また次のお話も読んでいただけましたら嬉しいです。




