第50話。150人の炎竜たちから鞠絵が受けた宣誓とは。そしてリヴェレッタのタマゴを見に保育室へ向かった鞠絵たちが見たものは。
第50話です。
「マ・リエ様」
一人が声を発すると、全員がそれに唱和する。
「「マ・リエ様」」
「ありがとうございます」
「「ありがとうございます」」
「我ら炎竜一同」
「「我ら炎竜一同」」
「あなた様に忠誠を誓います」
「「あなた様に忠誠を誓います」」
「この命の炎消えるまで」
「「この命の炎消えるまで」」
広い庭に集った百五十人の炎竜たちは、地面に片膝を着き心臓の上に右手を当てて、私に向かいそう宣誓した。
そしてしん…と静かになる。
えっ?
これってもしかして、私の言葉を待ってる?
「あ、あの」
背後でルイが風魔法を使った気配があった。びっくりしすぎて声を張れない私のために、小さな声でも庭に響くようにしてくれたのだろう。
私はこくり、と喉を鳴らして、バルコニーの柵を握り締めた。
何か言わなければ。
ここまでしてくれた皆に、応えなければ。
でもこんなことされたのはもちろん初めてだから、あまりに驚きすぎて喉がひりつく。
私はもう一度唾を飲み込んで、ようやく一言発した。
「ありがとうございます、皆さん」
「「はは…っ!」」
小さな私の声に、怒涛のような百五十人分の声が追ってきてびっくり。
「え…えと、こ…これで邪気は浄化されました。皆さんは自由です。火山の中の聖銀竜の封印も強化しましたし、邪気も祓いました。もちろんリヴェレッタ様とダラス様の邪気も。炎竜の封印は今は簡易的なものが張られていますが、リヴェレッタ様が後々きちんと張り直してくださいます。もう心配しなくて大丈夫です」
「おお…!」
館がビリビリいいそうなくらいの歓声に、私は思わず柵から離れて数歩下がってしまい、リヴェレッタ様の腕に背中を支えられた。
「申し訳ない。驚かれたのですね」
「リヴェレッタ様…すみません、私はこういうの、慣れていなくて」
「いいのですよ。お声をかけてくださり、ありがとうございます。皆よ、もう顔を上げよ。我らはもう下がる。皆ももう自由にしてよい。ずっと館にいた者には、館の外での住まいも保証しよう」
「「はい!」」
「「ありがとうございます、マ・リエ様、リンガル様!」」
「「ありがとうございます!」」
うむ、と満足げに頷くリヴェレッタ様の耳に、何人かの声が響いてきた。
「聖銀様に、直接もっと御礼を申し上げたいです」
「私も」
「私も、もっと聖銀様とお話がしたいのですが」
「リヴェレッタ様」
「ええい、聖銀様はお疲れだ!ご挨拶がしたいのであれば、後日にしろ!お前たちも下がれ!」
ええー、とブーイングする声、口々に御礼を叫ぶ声に手を振って、私はやっとバルコニーから離れた。
ああ、ほっとした。
皆を浄化してあげられたこともそうだけど、あの空気にはビックリした…私、元々普通のいち日本人女性なんですから…あんな人数に膝まづかれるとか無理。
「マ・リエ殿、大丈夫ですか?本当にありがとうございました。何とお礼を申しても、足りないくらいです」
まだ緊張で膝がちょっと笑っている私に、リヴェレッタ様が優しく声をかけてくれた。
「良ければ客間でお休みください。私はタマゴをダラスに見せてやりたいので、保育室に行ってまいります」
えっ?タマゴ?リヴェレッタ様とダラス様の?
「それは…それは…私も見たいです!ご一緒してもいいですか?」
リヴェレッタ様はなんと、と呟いて赤い瞳を見開いた。
「私たちのタマゴを、マ・リエ殿がご覧になってくださるというのですか。それはもちろんです。ぜひとも」
やった!どんなタマゴなんだろう?あっそうだ。私はルイを振り返った。
「ルイ、あなたはここで休んでいていいからね」
するとルイはムッとしたように唇を尖らせて横に首を振った。
「何を言うんだ。マ・リエの行くところ、オレも行くに決まっているだろう」
あっ、やっぱり?
何となく、そう言われるんじゃないかとは思ってた。
嬉しいけど、私がいつもルイを引っ張り回しているようで申し訳ないなあ。
「それではこちらです、マ・リエ殿、ルイ殿」
保育所は、聖銀竜の封印がある所とこの館との中間くらいにある、とのことだった。やはり少し遠いので私はリヴェレッタ様に、ルイはダラス様に乗せてもらって移動することとなった。こんな距離、竜の翼ならばひとっ飛びだ。
山の中腹より少し下には綺麗な建物があった。この中にタマゴの保育室があるらしい。建物に着くと中から炎竜なのだろう女性が二人出てきて、リヴェレッタ様に一礼をした。
この人たちはタマゴが盗まれて以来、どんなことがあってもタマゴから離れないという規律があるそうだ。だから彼女たちは炎竜の封印に関わってはおらず、滲みもなかったということだった。
「ようこそおいで下さいました。タマゴは安全にお預かりしております。こちらへどうぞ」
「おお、ありがとう」
リヴェレッタ様はダラス様の腕を引っ張るようにして、保育室に入っていった。
わあ、あったかい。これは火山の地熱のせいだろうか。温度も湿度も適度に保たれた内部の広い床には、あちこちに柔らかい布が敷かれており、その上に大きさは様々な真っ白いタマゴたちが並べられていた。
鳥の卵のことしか知らないけど、一時間に一度転卵するとか、一日に一回はあたたかい濡れタオルで拭くとか、あるんだろうか?
リヴェレッタ様は迷うことなくタマゴたちの間を奥に進み、中央付近にあった二つのタマゴを指し示す。
「この子たちよ、あなた。元気でしょう?」
ダラス様はそのタマゴたちを見るなり、赤い瞳を潤ませてそっと手を伸ばした。
「おお…この子たちが。なんといい子たちだろう。この艶といい、色合いといい、素晴らしい。この辺りがザラザラしているのもいいな。この丸みも。ありがとう、最高の子供たちだよ、リル」
艶?色合い?丸み?
すいません、全部同じに見えるんですけど…。
どの辺りがザラザラしてるといいタマゴなんですか?
サラがダグを誉めた時も、ユニコーンの角の良し悪しが私には理解できなかったけど、竜のタマゴの良し悪しも私にはわからないです…。
だって私…人間だもの!
チラリと窺うと、ルイも困った様子でキョロキョロしていた。
そうよね、ルイはユニコーンだから、角の良し悪しはわかってもタマゴのそれは無理だもんね。
広い室内とはいえ、あちこちにタマゴがある状態でうろうろするわけにもいかない。リヴェレッタ様が手招いてくれて、私たちはお二人のタマゴを一緒に見せてもらった。大きいのか小さいのか、あとどれくらいで孵化するものなのか、状態はいいのかそうでもないのか、全くわからないけど。
それでもこのタマゴがリヴェレッタ様の子どもなのだと思うと、愛しさがこみ上げてくる。
「マ・リエ殿、ぜひこの子たちを抱いてやってください」
「えっそんな!」
そんな怖いことできません!万が一にも落としたらどうするんです!私、そんな重い責任とれませんよ!
「そこに座っていただければ、私たちが支えますから」
ああ…リヴェレッタ様とダラス様が超イイ笑顔してる…この雰囲気は、非常に断りづらい…。
それにこの子たちにも、祝福を歌ってあげなきゃいけないわね…。
私はとうとうおっかなびっくり、一つずつタマゴを抱かせてもらった。二ついっぺんには怖くてできなかったので。
もし割れたりしたら、絶対に私の命はないよね?
抱いた感覚からすると、それはタマゴでした。
大きなタマゴ。
殻はとても硬そうだったので、それだけは安心したけど。
確かにザラついてるところはあるけど、それのどこがいいのかは、私にはわからないなあ。
適当に撫でると、リヴェレッタ様たちがわあっと声を上げた。
「頭を撫でていただいて、ありがとうございます。良かったなあ」
えっここ頭だったんですか?私は目をぱちくりさせた。
わからないなりに、正解を引いたらしい。
丁重にタマゴをお二人に返した後、私は保育室のタマゴたちに、先刻も歌った炎竜への祝福の歌を歌った。これで三度目だ。
皆とても喜んでいるとお二人に言われたけれど、やっぱり私には理解できなくてすいません。
ダラス様が満足そうに笑って、私たちに言った。
「館に戻ったら夕飯にいたしましょう。やっとゆっくり食事がとれます。その後に、温泉がございますからゆっくりなさってください」
えっ温泉!?元日本人の私はその一言に反応して飛び上がった。(続く)
第50話までお読みいただき、ありがとうございます。
タマゴの良し悪しはわかりませんよね。
また次のお話も読んでいただけましたら嬉しいです。




